消えた言葉、剥き出しの血   作:みそそ

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第1話

「――というわけでお集まりの皆さん。本日のカルデア公開講座は、近年データベース内で部分的に復元されました、アイルランド写本から散逸したはずの『もう一つのアルスター神話』についてです。司会進行は私、マスターの藤丸立香が務めます!」

 

カルデアの大型講義室。教壇に立ってマイクを握る藤丸の背後では、巨大なホログラムスクリーンが淡いブルーの光を放っている。

 

観客席には、シミュレーターの空き時間を待ちくたびれたサーヴァントや、ただの野次馬、果ては通りすがりの王様たちまでが適当に席を埋めており、どこか学園祭の出し物のような緩い空気が漂っていた。

 

「そして本日の講師としてお招きしたのはこちらのお二人! アイルランドの光の御子クー・フーリンさんと、カルデアのオカン兼・正義の味方エミヤさんです!」

 

パチパチパチ、と最前列でマシュ・キリエライトが健気に拍手を送る。

その横で、教壇に用意されたパイプ椅子に腰掛けたエミヤは、深く、それはもう深いため息をつきながら眼鏡の位置を直した。

 

「マスター。……まず、その不名誉かつ出所不明の肩書きを公共の電波で流すのをやめてもらおうか。私はあくまで、英霊の座にある一介のアーチャーだ。なぜアイルランド神話の解説に私が引っ張り出されなければならないのか、今でも納得がいっていない」

 

「固いこと言うなよ弓兵。お前、カルデアのライブラリに引きこもってアイルランドの古写本の解読を手伝ってたろ? そのおかげで今回の失われたデータが見つかったんだ。立派な共同研究者じゃねえか」

 

隣の椅子で、クー・フーリンは長い足を思い切り机の上に投げ出し、背もたれに体重を預けてケラケラと笑っている。相変わらず態度が野生動物のそれだ。

 

「私が手伝ったのはシオンに頼まれたデータクリーニングであって、君の生前のやらかしを穿り返すためではない、槍兵。……大体、君は当事者だろう。少しは真面目に座ったらどうだ」

 

「当事者もクソもねえよ。俺たちの時代のドルイド(僧侶)のオッサンどもはな、『教えをけして文字にしてはいけない』なんて頑固な戒律を守ってやがったんだ。すべては口伝え。耳から聞いて頭に叩き込む。だから、俺が死んだ後にアイルランドがどうなったかで、物語の形なんていくらでも変わっちまうのさ」

 

「その通りだ」

 

エミヤが手元の端末を操作すると、ホワイトボード代わりのスクリーンに古代アイルランドの年表が映し出された。

 

「クー・フーリン、君の生きた神話(アルスターサイクル)は、後世に流入したキリスト教徒の手によって激しく改変(リライト)されている。彼らは君たちの『野蛮で血みどろな土着信仰』を、自分たちの都合の良い『高潔な騎士の誉れの物語』へと書き換えて記録した。……つまりだ、ランサー。君が今カルデアで『面倒見のいい兄貴』として定着しているのも、後世の改変によるバグではないのかね?」

 

「ハッ、そいつは手厳しいねぇ! 現代の倫理観に合わせるために、俺のキャラクター性がマイルドに修正されたってか?」

 

クー・フーリンが面白そうに眉を上げる。すかさず、藤丸がホログラムの操作パネルを叩き、クー・フーリンの等身大立ち絵をスクリーンに大きく拡大した。

 

「マイルド化といえば、エミヤさん! ランサー兄貴のこの衣装とビジュアルなんですけど……よーく見ると、もの凄く計算された機能美を感じませんか?」

 

「……何の話だ、マスター」

 

エミヤの嫌そうな視線を無視して、藤丸はノリノリでレーザーポインターを照射する。

 

「見てください! まず、この天高く逆立った青い髪の毛! 重力に真っ向から逆らうこのスタイルは、どんな絶望にも屈しない『不屈のメタファー(象徴)』です。そして後ろの長いポニーテールは、激しい白兵戦の中で敵の視線を惑わせて誘き寄せるための『ひらひら』として機能している!」

 

「ほう?(自分の後ろ髪を引っ張りながら)へえ、そんな高度な戦術的意味があったのか、これ」

 

「さらに、この全身を包む青いタイツは、風を切り、空気抵抗を極限まで減らすための合理的な戦闘衣装! そこに散りばめられた銀色の装飾は後世に付与された『騎士のメタファー』であり、金の髪飾りは『王族のメタファー』。そもそもケルトにおいて『青』自体が王族の色ですからね。……つまり! 本質は野生的なケルトの戦士なのに、その装いは徹底的に計算され尽くした『効率的なサイボーグ』のようにも見えるんです!」

 

観客席から「おお……!」と納得のいくような、いかないような、微妙などよめきが起こる。クー・フーリンは「おいおい、俺ってサイボーグだったのか。かっこいいじゃねえか」と大層ご満悦だ。

 

しかし、エミヤだけは頭痛をこらえるように額に手を当て、深い諦念の籠もった声を絞り出した。

 

「……やれやれ。マスター、君のその盲目的な好意(フィルター)が生んだ過大評価には、いささか目眩がするよ」

 

「えっ、違いますか?」

 

「違わざるを得ないね。効率的なサイボーグ? 冗談じゃない。君は彼の衣装の『致命的なアンバランスさ』に気づいていないのか? ――見給え、あの両肩の防具(アーマー)を」

 

エミヤがビシッと人差し指でスクリーンの肩パーツを指し示す。

 

「全身スキンタイツのような、およそ防御力を捨て去った軽装のくせに、なぜか肩だけガチガチの鎧で覆われている。攻撃を防ぎたいのか、身軽に動いたいのか、デザインのコンセプトが支離滅裂で滑稽極まりないだろう」

 

「おい弓兵、サラッと人の私服を滑稽とか言うな。機能美だよ、機能美。肩は大事だろ、肩は」

 

「いいや、これこそが先ほど私が言った『原典のリライト』による明確な弊害だ。後世の人間が、彼を『誉れ高き高潔な騎士』に仕立て上げようとして、銀の装飾や肩鎧という『騎士の記号』を無理やり付け足した。だが、彼本来の根底にある『血みどろの狂戦士』としての野生が衣装を食い破り、結果としてあんな歪な格好ではみ出してしまっているのさ」

 

「騎士の側面から、狂戦士の側面がはみ出している……」

 

藤丸が感心したように顎に手を当てる。すると、クー・フーリンがニヤニヤと笑いながら観客席の後方へと視線を向けた。

 

「騎士の記号、ねぇ。……なぁ、そこのセイバー。お前はどう思うよ?」

 

突如話を振られ、観客席の少し後ろで大人しく座っていたアルトリア・ペンドラゴンが、ピクリとアホ毛を揺らした。

 

「……私ですか、ランサー」

 

「さっきのマスターの考察を借りるなら、青が王族で、銀が騎士のメタファーだったな。アーサー王伝説とケルト神話ってのは、いわば親子関係みたいなもんだ。俺より少し後の時代のフィンの武勇伝が、お前たちの円卓のモデルになってる。つまり、衣装のデザインも地続きだ。お前は俺に比べて『銀色の面積』が圧倒的に多い。王族の側面以上に、徹底的に『騎士(としての誉れ)』の面が強調されてるわけだ。……どうだ、図星か?」

 

「(目に見えて動揺し、声を荒らげる)――ランサー! 彼女のアーサー王伝説と、君の野蛮なケルト神話を無理に結びつけるのはやめたまえ! 全然、まったく、これっぽっちも違う!」

 

それまで冷静だったエミヤが、突然教壇を叩かんばかりの勢いで立ち上がった。

 

藤丸は(うわ、エミヤさんめちゃくちゃ慌ててる……! アルトリアさんの『完璧な騎士であらんとして国を滅ぼした絶望』とか、生前の重苦しい因縁に話が飛び火するのを全力で阻止しようとしてるんだな……オカンだ……)と察し、冷や汗を流す。

 

「いいえ、アーチャー。私は構いませんよ」

 

アルトリアは凛とした姿勢のまま、静かにエミヤを見上げた。

 

「私自身、ブリテンの騎士道がケルトの古い土着信仰からどう変遷したのかには非常に興味があります。ランサー、続けてください」

 

「セイバー、君は生真面目が過ぎる! この男の適当な放言にこれ以上付き合う必要はない。今日の議題はあくまで――」

 

「あ、あの! ええと、その話もめちゃくちゃ興味深いんですけど! 一旦、話を『ケルト神話から読み解く、古代の人間の本質』に軌道修正させてください!」

 

藤丸が慌てて割って入ると、エミヤはホッとしたように小さく息を吐き、藤丸に「助かった」と言わんばかりの鋭い視線を送って席に座り直した。

 

「……コホン。そうだな、マスター。進行に戻ろう」

 

「はい! というわけで、後世のキリスト教徒に騎士っぽく美化される前の、本来のケルト神話――つまり、文字を持たなかった彼らの『本当の原典』には、一体どんな人間の本質が描かれていたのか。いよいよ、データベースの復元映像を見てみましょう!」

 

藤丸がホログラムの再生ボタンを押すと、講義室の照明がスッと暗くなり、スクリーンに不穏な文字列が浮かび上がり始めた。

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