消えた言葉、剥き出しの血   作:みそそ

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第3話

凄惨な虐殺のホログラムが、容赦なく講義室の白い壁を血の色に染め上げ、淡々と流れていく。

 

そのあまりの生々しさと、先ほど語られた「家畜度マニュアル」という残酷な真実に、どん底まで冷え切った講義室の片隅で、ガタリ、と椅子を引く乾いた音が鳴った。

 

「……あ、あの、すんません。俺みたいな陰キャの星3が、これ以上システムとかレアリティの格差社会について聞くの、マジで胃が痛くて……ちょっと、マイルーム戻ります……」

 

マンドリカルドが青ざめた顔でフードを深く被り、逃げるように講義室を飛び出していく。それを皮切りに、耐えきれなくなったサーヴァントたちが次々と席を立ち始めた。

 

「うう、ううう……人間の本質なんて、知りたくなかった……! 古代から人間が何もアップデートされてないなんて、そんなの、ただの救いのない地獄じゃないですか……! ゴッホちゃん、もう、ヒマワリの絵だけ描いてたいですぅ……!」

 

ゴッホが狂おしく髪を掻きむしりながら、キャンバスを抱えて走り去る。

 

「な、何よそれ……! 冥界のルールだって、みんなが少しでも納得できるように、私がどれだけ知恵を絞って管理してると思ってるのよ!? 牛の数で皆殺しなんて、そんなの、ただの……ただの、文字のない野蛮人の言い訳じゃない……! 私、もう聞きたくないわ!」

 

エレシュキガルもまた、涙目で憤慨しながら地響きを立てて退室していった。繊細な精神性を持つ者や、世界のシステムを懸命に守ろうとするサーヴァントたちが、吐き気を催すような歴史のリアリズムに耐えかねて去っていく。

 

そして、高潔な『騎士』たちもまた、その表情を屈辱と拒絶に硬く強張らせていた。

 

「……あり得ません。どれほど整合性が合っていようとも、それはすべて不確かな仮説に過ぎない。我々ブリテンの騎士道が、そのような私怨の過剰報復からリライトされたものだなどと、認めるわけにはいかない」

 

ガウェインをはじめとする円卓の騎士たちは、「これ以上の不敬かつ不条理な議論に付き合う必要はない」とばかりに、背筋を伸ばしたまま、しかし明確な拒絶の意志を持って、ぞろぞろと退室していく。

 

気がつけば、あれほど賑やかだった講義室の座席は、スカスカに掠れていた。

あとに残ったのは、オベロンのような終始冷ややかなニヒリスト、キャスター陣のような「知の狂気」に取り憑かれた魔術師、そして当事者である一握りの古代人サーヴァントだけ。

 

藤丸は(……みんな、逃げ出していく。当たり前だ、自分たちが縋りついている『ルール』の裏にある、剥き出しの狂気なんて誰も見たくない。でも――)と息を呑み、教壇を振り返る。

 

一番この場から逃げ出したいはずの、繊細で、理想主義的で、内省的な気質を持つエミヤは……逃げることすら許されず、自身の『正義の味方』というシステムの歪みを、クー・フーリンの瞳から突きつけられたまま、金縛りにあったように立ち尽くしていた。

 

エミヤは、スクリーンに映る凄惨な影を、震える目で見つめ直す。

 

「……いや、待て。ランサー。それは、笑い事ではないぞ。君の原典が『牛の数』や『肉の枚数』といった、現代人から見ればギャグ漫画のようなくだらない理由で戦っていたからこそ、後世の人間は君を『ギャグキャラ』として消費する。……そして私たちは知っているはずだ。ギャグ漫画のキャラクターが、どれほど無惨に五体をバラバラにされ、心臓を貫かれ、理不尽に傷ついて死んでも、視聴者は誰も悲しまない。ただエンタメとして『笑う』だけだ。……これは、呪いだ。美化というベールの裏で、君は永遠に、その尊厳を娯楽として磨り潰されているのではないか……!?」

 

エミヤの必死の問いかけ。正義の味方として、英霊の尊厳を守ろうとするが故の戦慄。

だが、そんなエミヤの悲痛な表情を、クー・フーリンはどこか哀れむような、冷徹な瞳で見つめ返した。

 

「……なぁ、弓兵。お前、本当に優しいなぁ。……けどよ、ズレてんだわ」

 

「何……?」

 

「俺たちから見ればさ。そんな風に『ギャグ漫画のキャラが傷ついて可哀想』なんて、現代の高尚な倫理観とやらで勝手に俺を哀れんで、勝手にショック受けてるお前の方が……よっぽど面白くて、滑稽なギャグだぜ?」

 

クー・フーリンは椅子から立ち上がり、教壇のエミヤを真っ向から見据えた。

 

「俺たちがクッキー一枚で戦争を起こしたのは、さっきも言った通り、法がない世界で少しでも人間が生きやすくするために、血反吐吐きながら絞り出した『生存のためのルール(知恵)』だ。くだらねえ理由に見えても、俺たちはそのルールを最高に信頼して、爽快に駆け抜けて死んだ。……なのに、どうだ? お前ら現代人はよ」

 

クー・フーリンの指先が、エミヤの胸元を鋭く指す。

 

「自分たちが生きやすくするために、高度な法を作り、倫理を作り、正義なんていう便利なルール(理想)を編み出したくせに……当のお前らは、その自分たちが作ったはずのルールにガチガチに縛られて、磨り潰されて、勝手に絶望して泣いてやがる。システムを平和のために作ったはずのお前自身が、そのシステムに一番苦しめられてるんだ」

 

「私は……、それは、誰もが救われる世界のために……」

 

「選んだルールに殉じて笑ってる俺と、選んだルールに裏切られて泣いてるお前。……なぁ、エミヤさんよ。客観的に見て、どっちが『本当に悲惨なホラー』で、どっちが『笑えないギャグ』だと思う?」

 

「っ――」

 

エミヤは息を呑み、言葉を失った。

自身の魂の根底にある「正義の味方」という在り方の矛盾を、古代の野生の理性に完璧に解剖され、激しい衝撃にその場に釘付けにされる。

 

静まり返る講義室。藤丸もマシュも、誰も声を出すことができない。二人の「絶望の在り方」が、ここに完全に激突し、エミヤの心が致命的に揺さぶられていた――。

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