誰にも叱ってもらえなかった私は、この終わらない寂しさを消すために、もう一度だけ、別の過去の歴史へ向かうことを決めました。
まだ「正義の味方」という偽物の夢にしがみついている、別の世界のあのガキのところへ行くのです。
でも、今の私にはよく分かっています。
あの少年の前に現れて、世界はただの原子の粒が集まっただけの箱だとか、お前の夢はただの社会の呪いだとか、そんな本当の理屈をいくら並べたところで、何の意味もないということを。
あの少年は、自分の心の中に「絶対に正しいと信じるキレイな景色」を1つだけ持っています。だから、周りがどんなに本当のことを教えても、苦笑いをして、耳をふさいで、逃げてしまうのです。
かつて、誰の言葉も聞かずに地獄へ突き進んだ私が、そうだったように。
あの少年は、自分の見たくない情報をぜんぶシャットアウトして走っている、おそろしいほど頑固な生き物なのです。
「――だから、言葉はもういらない」
私は、誰もいない砂漠の真ん中で、ゆっくりと立ち上がりました。
シャッターを閉じて、こちらの真理をみようともしないあの男を止める方法は、話し合いではありません。その胸に、直接この冷たい剣を突き立てる以外にないのです。
私はずっと、自分には中身なんてない、からっぽの人形だと思っていました。
でも、もし……。
あの少年を、この手でどうしても殺して、この不条理なシステムを全部めちゃくちゃにしてやりたいという、胸が焼けるようなこの怒りと苦しみだけが、私の「本当の気持ち」だというのなら。
――行ってやるさ。
世界のためでも、世界の掃除の仕事でもない。
これは、俺の、最初で最後のワガママだ。
そのとき、からっぽの砂漠の暗い空に、突如として一条のまばゆい光が差し込んできました。
それは、かつて私が手放さず、ずっと肌身離さず持っていた「赤い宝石のペンダント」の引力でした。過去の世界にいる遠坂凛という少女が、そのペンダントを触媒にして、私を呼び出しているのです。
自分で召喚される場所を選ぶことはできません。
これから向かう光の先にいるガキが、まだ殺せる余地のある士郎である確率は、極めて低いギャンブルのようなものでした。
でも、1%でも因果を殺せる可能性があるなら、今の私は、その光の先にすべてを賭けるしかありません。
男は、大きな赤い外套をなびかせ、ゆっくりと光の中へ歩き出しました。
自分がこれから向かう世界線の士郎が、自分のすべての絶望を正面から受け止めた上で、「それでも、この理想は美しかった!」と、自分を乗り越えていく、まぶしい光の少年だとは――。
今のエミヤは、まだ何も知りません。
ただ、胸に宿した唯一の、泥臭い人間のエゴだけを抱きしめて、赤い弓使いは、召喚の光の中へと消えていくのでした。