重力に逆らう魂 ―不屈のハネ毛と、お嬢様の執着― 作:みそそ
「……ん、……なんや、この天井。高すぎて、首痛なるわ……」
風間飛鳥が重い瞼を持ち上げて最初に視界に入ったのは、見慣れた道場の古びた梁ではなく、吐き気がするほど巨大でキラキラしたクリスタルのシャンデリアだった。
視線を落とせば、自分を包んでいるのは煎餅布団ではなく、雲の上のような弾力のシルクの寝具。
部屋の隅には、飛鳥の身長より高い謎の黄金の女神像が立っている。
「……え、待て待て待て。夢か? うちは昨日、河原であのお嬢様とやり合って……。……あ!」
記憶の断片が弾ける。夕暮れ時、しつこく勝負を挑んできたエミリー
――リリの顔。
そして、彼女のラッキーパンチ(あるいは飛鳥の空腹によるスタミナ切れ)で意識が飛んだこと。
「まさか、誘拐か!? あの女、負けた腹いせにウチを売り飛ばす気か!」
ガバッと跳ね起き、枕を武器代わりに構えて周囲を警戒する。
その時、重厚な扉が「失礼いたします」という場違いに上品な声と共に開かれた。
「あら、ようやくお目覚めですのね。野生動物の眠り姫さん」
入ってきたのは、朝っぱらから完璧にカールされたブロンドの髪をなびかせ、ティーセットを運ばせるリリだった。
その後ろには、影のように静かな執事のセバスチャンが控えている。
「あ、あんた! ここはどこや! というか、なんでウチがこんなフリフリのベッドにおるんや!」
「落ち着きなさいな。ここは私の屋敷、ロシュフォール邸ですわ。昨日、あんなところで寝てしまわれるから、私が“招待”して差し上げたのよ。光栄に思いなさいな」
「招待なわけあるか! 立派な拉致監禁やろがい!」
飛鳥の怒号が部屋に響くが、リリは優雅に紅茶を啜りながら、小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「いいえ、これは『啓蒙』ですわ。あなたのあの貧相な道場暮らし……。あんな場所で過ごしていては、一生私に勝てるセンスは身につきませんわよ。ですから、私の至高の生活というものを、あなたの身をもって教えて差し上げようと思って」
「……はあ? 要するに、自慢したいだけやろ、あんた」
「失礼ね。それと……あんなところで決着がつくなんて、あまりに情緒がありませんもの。戦う理由は、私がこの二日間でいくらでも『捏造』して差し上げますわ」
リリは不敵に微笑み、飛鳥を指差した。
「さあ、着替えなさいな。あなたの『敗北の二日間』の始まりですわよ、アスカ!」
「……勝手に決めんなや、このお節介お嬢様――ッ!!」
飛鳥の絶叫が、美しく磨かれた大理石の廊下を突き抜けていった。