重力に逆らう魂 ―不屈のハネ毛と、お嬢様の執着― 作:みそそ
「ええわ、その喧嘩買ったる! ウチが勝ったら、速攻で大阪に帰せ。それと……二度とうちの道場を『パフェ屋にする』とか不吉なこと抜かすなよ!」
飛鳥はベッドから飛び降りると、素足で大理石の床を踏み締めた。
対するリリは、待ってましたと言わんばかりに優雅な格闘ポーズを取る。
「受けて立ちますわ。ですがここは私の屋敷……。少しでも調度品を壊したら、即座に没収してアイスクリーム屋に改装して差し上げますわよ?」
「やかましい! 行くぞ、お嬢様!」
飛鳥が鋭い踏み込みと共に拳を繰り出した、その瞬間だった。
「おっと、失礼。少々床が汚れておりましたかな」
どこからともなく現れたセバスチャンが、驚異的なスピードで飛鳥の足元にモップを滑り込ませた。
「えっ、ちょ――!?」
超高級ワックスで磨き上げられた床に、さらに水分が加わる。
飛鳥の軸足は面白いほど綺麗に滑り、彼女の拳はリリの鼻先数センチを空しく通過した。
「な、なにするんやジジイ! 邪魔や!」
「いえいえ、お客様が転んでお怪我をなさらぬよう、清掃を徹底しているだけでございます」
セバスチャンは無表情のまま一礼し、風のように姿を消す。
飛鳥が体勢を立て直そうとすると、今度はリリが華麗な回転蹴りを放ってきた。
「逃がしませんわ!」
「くっ……!」
飛鳥がバックステップで回避しようとすると、背後に絶妙なタイミングで『18世紀のアンティーク椅子』が置かれる。
「あだっ!?」
ふくらはぎに硬い木彫りの感触。飛鳥がよろめいた隙を、リリは見逃さなかった。
「今ですわ!」
「ぐわぁぁぁ!」
リリの強烈な体当たりが飛鳥の腹部を捉える。
さらに、倒れ込む飛鳥の背中を、セバスチャンが「お疲れ様でございます」とフカフカのクッションで受け止めた。
……が、そのせいで飛鳥は反撃の機会を完全に奪われ、そのままリリにマウントポジションを取られてしまった。
「……私の、勝ちですわね、アスカ」
目の前でリリが勝ち誇ったように微笑む。
飛鳥は、セバスチャンが差し出してきた「汗拭き用の最高級タオル」を顔面に押し当てられながら、もがくことしかできなかった。
「……卑怯や、卑怯すぎるぞロシュフォール家……っ! 今の絶対ノーカウントやろ!!」
「あら、屋敷の管理が行き届いているのも、私の実力のうちですわ。さあ、約束は約束。……セバスチャン、アスカをダイニングへ。最高の『淑女教育』の準備をなさいな」
「御意に、お嬢様」
セバスチャンに脇を抱えられ、まるで捕まった宇宙人のように食堂へと運ばれていく飛鳥。
「放せ! まだ終わっとらん! ああもう、道場がパフェ屋になるーーっ!!」
朝の静かな廊下に、飛鳥の悲痛な叫びが無情に響き渡った。