重力に逆らう魂 ―不屈のハネ毛と、お嬢様の執着― 作:みそそ
ダイニングルームに運ばれた飛鳥を待っていたのは、もはや食卓というよりは貴金属店のショーケースのような光景だった。
「……なんや、このフォークの数。一人で何本使う気やねん」
「あら、教養のなさが隠せていませんわよ。いい、アスカ? 外側から順に使う、そんな子供でも知っていることを私が直々に教えて差し上げますわ」
リリは自分の席に座らず、わざわざ飛鳥の背後に回り込んだ。
「まずは背筋。そんな猫背では、美味しいフォワグラも台無しですわ」
リリが冷たい指先で飛鳥の背中をスッとなぞる。
「……っ! 近くんなや、くすぐったいわ!」
普段、殴り合いの距離には慣れている飛鳥も、耳元で囁かれるリリの甘い香水の匂いと、背中に感じる体温に思わず顔を赤くする。
「あら、耳まで赤いですわよ? 意外とウブなんですのね」
「うっさいわ! 飯くらい好きに食わせろ!」
飛鳥は照れ隠しに、一番大きなクロワッサンを掴むと、口いっぱいに押し込んだ。
「もぐ、んがっ、んまい……」
「――ちょっと!!」
リリの叫びが鼓膜を震わせた。
「なんですの、その野生動物のような咀嚼は! パンは千切って一口ずつ、音を立てずにいただくものですわ! それにその食べカス……信じられません、私のシルクの絨毯が汚れますわ!」
リリは飛鳥の椅子を力任せに自分の方へ回転させると、至近距離で飛鳥の頬を両手で挟み込んだ。
「いい、アスカ。私の目を見て。口を閉じて、優雅に、こう……」
「……んぐ、ぷはっ。あんた、しつこいねん! 顔が近すぎるわ、ボケ!」
「あら、逃げようとしても無駄ですわ。あなたのその『野蛮な顎』を、私が責任を持って矯正して差し上げますわよ。ほら、次はスープですわ。スプーンを奥から手前へ……いえ、今のは角度が悪いですわね。もう一度。はい、もう一度!」
リリの指が何度も飛鳥の唇や顎に触れる。
最初は照れていた飛鳥も、五回、十回と同じ動作を強制されるうちに、顔の赤みが「照れ」から「怒り」へと変わっていった。
「……リリ」
「なんですの? ああ、また姿勢が崩れていますわよ。もっと胸を張って――」
「ええ加減にせえよ……。人の口の動きに一回一回ケチつけやがって……!」
飛鳥の額に青筋が浮かぶ。
「ウチはな、飯を『味わい』に来たんや! あんたの『指図』を食いに来たんとちゃうぞ!!」
飛鳥がテーブルを叩いて立ち上がると、リリは待ってましたと言わんばかりに不敵に微笑んだ。
「あら、マナーを教わるのがそんなに嫌かしら? ……なら、実力で行使するしかありませんわね」
飛鳥の忍耐が、ついに音を立てて弾けた。