重力に逆らう魂 ―不屈のハネ毛と、お嬢様の執着― 作:みそそ
「上等や……。あんたのその窮屈な『お嬢様ごっこ』、ウチが根底からぶち壊したる!」
飛鳥の咆哮と共に、ダイニングの空気が爆ぜた。
先手は飛鳥。
重厚なマホガニーのテーブルを蹴り上げ、盾にしながら肉薄する。
リリはそれを「野蛮ですわ!」と一蹴、華麗な回し蹴りで数百万は下らないテーブルを真っ二つに叩き割った。
「あーあ、知らんで! 壊したのはあんたやからな!」
「私の屋敷ですもの、何を壊そうと私の勝手ですわ!」
二人の激突は止まらない。
飛鳥の剛拳が、壁に掛けられたルネサンス期の油絵を貫き、リリのサマーソルトが、天井の巨大シャンデリアを揺らす。
飛び散るクリスタルの破片、剥がれ落ちる金箔。
リリは狂気的なまでの高揚感に包まれていた。
今まで誰一人として、この「聖域」である屋敷をこれほどまでに蹂躙した者はいなかったからだ。
だが、最後の一撃はリリの執念が勝った。
飛鳥が割れた床の段差に一瞬足を取られた隙に、リリのコンビネーションが炸裂する。
「これでお終いですわ!」
「ぐわぁぁっ!!」
強烈な蹴りをまともに喰らった飛鳥は、数メートル吹き飛び、配膳されていた料理の山
――床に散らばった高級食材の真っ只中に叩きつけられた。
「はぁ、はぁ……。……チェックメイト、ですわね。汚れた床がお似合いですわよ、アスカ」
リリは乱れた前髪を払い、勝利の美酒に酔いしれるように高笑いした。
しかし。
倒れた飛鳥から返ってきたのは、悔し涙でも、怒鳴り声でもなかった。
「……んぐっ、もぐもぐ……。……ん、これ、めっちゃ美味いやんけ」
リリの笑いが凍りついた。
飛鳥は床に這いつくばったまま、泥だらけのドレスも気にせず、ひっくり返った大皿からこぼれ落ちた最高級の『トリュフ入りオムレツ』を、手掴みで口に放り込んでいたのである。
「な……な、何をして……っ!?」
「な、って……もったいないやろ。まだ温かいし。床に落ちたって、三秒ルールや。……ほら、あんたも食え。このフォアグラのソテー、無事やぞ」
飛鳥は不敵に笑い、あろうことか『床に落ちたフォアグラ』をリリの方へ差し出した。
「な、な……なん……なんですの、その卑しい、野蛮な、……信じられない生命力は!!」
リリの完璧な美学が、音を立てて崩れ去る。
自分は「勝った」。飛鳥を地面に這いつくばらせた。
しかし、目の前の女は「地面に落ちたこと」など一ミリも屈辱に感じておらず、むしろその状況すら「栄養」に変えて笑っている。
「やめなさい! 食べちゃダメですわ! それはゴミですのよ、ゴミ!!」
「ゴミなわけあるか! 作ってくれたシェフに謝れ! ……んー、このクロワッサンもサクサクやわ」
「キーーーッ!! 汚い、汚いですわーっ!! セバスチャン! 早く、早くこれを掃除なさい! ……というか、これでは私の『完全勝利』になりませんわ!!」
絶叫しながら地団駄を踏むリリ。
勝利したはずの彼女の顔は、なぜか敗北感に満ちたていた。