重力に逆らう魂 ―不屈のハネ毛と、お嬢様の執着― 作:みそそ
「ショッピング!? ……え、ええの? ほんまに何でも買うてくれるん?」
二日目の朝、昨日の大立ち回りが嘘のように、飛鳥は目を輝かせていた。
一晩寝れば悔しさを忘れるのが飛鳥の長所であり、単純なところだ。
リリから「昨日のお詫びに、好きなだけ服を贈りますわ」と言われ、彼女はすっかり機嫌を直していた。
「ま、あんたの屋敷のモン壊しまくったしな。……よっしゃ、動きやすいジャージとか、新しい道着とか、あとスニーカーも新調したかったんや!」
意気揚々とリリの自家用ヘリに乗り込み、貸し切りの巨大ショッピングモールへと降り立つ飛鳥。
しかし、その足取りはブティックの一歩手前で止まった。
「……なぁ、リリ。なんであそこに、フリルが山盛りになったカーテンみたいな服が並んどるんや?」
「あら、カーテンではありませんわ。今日の私たちが着る『色違いの双子コーデ』ですわよ」
リリが指差したのは、白と黒の対になった、リボンとレースの暴動のようなロリータ風ドレスだった。
「……は?」
「いい、アスカ。今日の私のテーマは『ロシュフォール姉妹の休日』。あなたは私の妹分として、私の指定した服を、私の指定した通りに着こなす……それが昨日の『マナー講座』を放棄した代わりの条件ですわ」
飛鳥のテンションが、音速でマイナスまで急降下した。
「……冗談やろ? ウチはもっとこう、機能性とか、通気性とか、戦いやすさとか重視したかったんやけど」
「却下ですわ。そんな野蛮な布切れ、私の視界に入るのも許しません。さあ、まずはこのヘッドドレスから試してみましょうか。髪型も私と同じ縦ロールに固定して差し上げますわよ」
リリが手に持った黒いレースの塊を見て、飛鳥の背筋に冷たいものが走る。
自分のお気に入りの服を選べると思っていたワクワク感は、一瞬にして「リリ専用の動くぬいぐるみ」にされる恐怖へと変わった。
「……待て。それだけは、死んでも嫌や」
「あら、死ななくても着せて差し上げますわ。セバスチャン、逃がさないように」
「御意に、お嬢様」
影のように退路を塞ぐセバスチャン。
飛鳥は後ずさりしながら、拳を固めた。
「あんた……せっかく見直そうと思っとったのに、やっぱり最悪やな! 誰がそんな、風通しの悪そうな服着るかーーっ!!」
飛鳥の叫びと共に、モールの床を蹴る音が響く。二日目のバトルは、華やかなブティックを舞台にした「死の鬼ごっこ」で幕を開けた。
「逃がしませんわよ、アスカ! その無様なスニーカーを脱いで、私の用意したエナメルのパンプスを履きなさいな!」
リリの鋭い声が、貸し切りにされた巨大ショッピングモールの吹き抜けに響き渡る。
飛鳥は二階のテラスから一階へと迷いなくダイブした。
翻るジャージ。
着地の衝撃を前転で殺し、そのまま猛スピードでダッシュする。
「誰が履くかボケ! あんな細いヒールで格闘ができるかい!」
飛鳥は上りエスカレーターを逆走し、超人的な脚力で一気に駆け上がる。
追いかけるリリも、ドレスの裾を翻しながら蝶のように軽やかに手すりを飛び越え、最短距離で飛鳥を追い詰める。
「セバスチャン、今ですわ!」
「御意に」
飛鳥がエスカレーターの頂上に手をかけた瞬間、横からセバスチャンが「お足元を失礼」と、バケツ一杯の高級ワックスをステップにぶち撒けた。
「……っ、またかこのクソジジイ!!」
ヌルリ、と足が空を切る。
バランスを崩した飛鳥。
その隙を逃さず、リリが三階の踊り場から急降下キックを放つ。
飛鳥は間一髪で横に転がり回避。
そのまま展示用の高級ソファーを蹴り飛ばし、リリへの目眩ましにする。
飛鳥はモールの中心にある巨大な噴水へと飛び込み、水しぶきを煙幕にして背後に回り込もうとした。
しかし、そこには既にセバスチャンが待機していた。
「お客様、噴水での遊泳は固く禁じられております」
セバスチャンが手に持っていたのは、清掃用の高圧洗浄機。
凄まじい水圧が飛鳥の足元を狙い撃ちにする。
「うわっ!? ちょっ、冷たっ……!」
水圧で怯んだ飛鳥の背後、リリが勝利を確信した笑みで宙を舞った。
「これで最後ですわ……アスカ!」
空中で三回転する華麗な蹴りが、水に濡れて動きの鈍った飛鳥の肩を的確に捉えた。
激しい水しぶきと共に、飛鳥は噴水の底へと沈み込む。
「はぁ、はぁ……。……捕まえ、ましたわよ。ふふ、ようやく私の着せ替え人形になってくださるのね」
リリは濡れた髪をかき上げ、噴水の縁で勝ち誇った。
飛鳥は水中で、ぶくぶくと泡を出しながら「……環境利用闘法、反則やろ……」と、力なく右手を上げた。
再びの物理的敗北。
飛鳥は引きずり出されるようにサロンへと運ばれ、いよいよ「双子コーデ」の最終工程――ヘアメイクの地獄へと投入されることとなった。