重力に逆らう魂 ―不屈のハネ毛と、お嬢様の執着― 作:みそそ
「……終わりましたわ。完璧、完璧ですわアスカ! これこそ私が夢にまで見た『ロシュフォール双子コーデ』の完成形ですわ!」
リリは鏡の前で、恍惚とした表情で両手を頬に当てた。
そこに映っていたのは、漆黒のレースに縁取られたゴシック・ドレスを纏った飛鳥の姿だった。
リリの白と対になる、夜のような黒。
嫌がっていた飛鳥も、数人がかりのプロの手によって、人形のように美しく飾り立てられている。
「……うう、肩凝るわ、この服。おまけに頭が重い……」
「我慢なさいな。さあ、最後は仕上げですわ。セバスチャン、例のものを」
「はっ。こちらに」
セバスチャンが恭しく差し出したのは、ロシュフォール家が開発したという、最新鋭の形状記憶ヘアジェルだった。
リリは自らクシを手に取り、飛鳥の頭で威勢よく主張している「あのハネ毛」に向き合った。
「さあ、おとなしくしなさいな。私の世界に、不規則なハネなど不要ですのよ」
リリがジェルを塗りたくり、クシでピシッとハネ毛を寝かせる。
一秒、二秒……。
鏡の中の飛鳥は、完璧な「深窓の令嬢」に見えた。
リリが満足げに頷こうとした、その時。
――ピョコンッ。
「……なんですって?」
何事もなかったかのように、ハネ毛が元の角度へと跳ね返った。
「あ、言うとくけど、それ無駄やで。ウチの寝癖、しつこいねん」
「黙りなさい! 私に直せない髪などありませんわ!」
リリは顔を真っ赤にして、今度はヘアアイロンを最高温度に設定した。
ジューッという音と共に、強制的にハネ毛を矯正する。
スプレーを一缶使い切るほどの勢いで固め、リリは額の汗を拭った。
「……ふう。これで、今度こそ――」
――ピョコッ。シュバッ。
アイロンの熱を嘲笑うかのように、ハネ毛はさらに勢いを増して復活した。
それどころか、スプレーで固められたせいで、より鋭利な「凶器」のような質感を帯びて輝いている。
「な……ななな、なんですのこれ!? 重力は!? 物理法則はどうなっていますの!?」
「知らんがな。ウチの魂が曲がっとらん証拠やろ、これ」
「認めませんわ! こんな、こんな毛のせいで私の『完璧』が汚されるなんて……! セバスチャン、産業用接着剤を持ってきなさい!!」
「お嬢様、流石にそれはお客様の頭皮が危ううございます」
狂ったようにクシを振るうリリ。
しかし、何度押さえつけても、ハネ毛は不屈の精神で「ピョコン」と立ち上がる。
三十分後。
リリは力なく膝をつき、鏡を見上げて絶望の声を漏らした。
「……嘘。……私の負け、ですの……? 財力も、権力も、最新技術も……たった一本の、アスカの汚いハネ毛に屈するなんて……っ!」
「誰が汚いねん。……ま、ええやん。髪型くらい、元のままでも。服は着てやったんやし、それで手ぇ打てや」
飛鳥は鏡の中の、ドレス姿にいつものハネ毛という「アンバランスな自分」を見て、少しだけ満足げに鼻を鳴らした。
リリは「解せませんわ……絶対に解せませんわ……!」とブツブツ呟きながら、魂が抜けたようにソファーへ倒れ込んだ。