重力に逆らう魂 ―不屈のハネ毛と、お嬢様の執着―   作:みそそ

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第7話

その夜、ロシュフォール邸のメインダイニングは、静謐(せいひつ)な緊張感に包まれていた。

 

飛鳥は漆黒のドレスを纏い、燭台の灯りに照らされながら、一分の隙もない動作でカトラリーを動かしていた。

 

スープを啜る音も、皿と銀器が触れ合う音もしない。

リリが叩き込んだ「完璧な淑女」の姿がそこにあった。

 

「あら……。やればできるではありませんか。その姿、まるでお人形さんのように見栄えがしますわよ」

 

リリは満足げにワイングラスを傾ける。

だが、飛鳥の内心は、静かに燃える青い炎のような違和感に満ちていた。

 

(……なんや、この感じ。飯は美味い。服も綺麗や。行儀良くしとれば、あんたはニコニコしとる。……でも、これ、ウチやない)

 

ふと、飛鳥は給仕用の大きな銀のトレイに映った自分の姿を見た。

顔も、服も、仕草も、すべてリリに塗りつぶされている。

 

しかし――その頭。

 

何十回ヘアスプレーを浴びせられ、アイロンで焼き付けられても、依然として空を指差してピンと跳ねている「毛」が、そこにあった。

 

(……あ。せや。そうやった)

 

飛鳥の口角が、マナーを無視して不敵に吊り上がった。

 

(あんたがどれだけ金かけてウチを飾っても、どれだけ怖ろしいジジイに足払わせても、これだけは屈服させられんかった。こいつは、重力に逆らっとるんや)

 

科学も、金も、権力も。

このハネ毛を「下」に向かせることはできなかった。

それは飛鳥にとって、宇宙の真理を悟ったような衝撃だった。

 

(外見が変わろうと、食い方が変わろうと、ウチの芯にある『魂』だけは、ずっと自由やったんや。重力すら無視するウチを、あんたの籠(かご)に閉じ込められるわけないやんけ!)

 

そう思った瞬間、飛鳥の心からすべての窮屈さが消え去った。

自己肯定感という名の爆弾が、彼女の胸の中で爆発する。

 

「……ふっ、ふふふっ。あはははは!!」

 

「なんですの、急に笑い出して。行儀が悪いですわよ!」

 

飛鳥は手にしていたナイフとフォークを、銀色のトレイにガシャンと投げ出した。

椅子を蹴るようにして立ち上がると、リリの目を見据え、自分のハネ毛を誇らしげに指差す。

 

「リリ! あんたの負けや! ウチを人形にするんは諦めな!」

 

「何……なんですって!?」

 

「ウチの魂はこれや。このハネ毛と一緒に、天に向かって伸びとんねん。あんたに縛られるようなヤワなタマやないぞ!」

 

飛鳥はドレスの裾をガシッと掴むと、力任せに膝のあたりまで引き裂いた。

 

「さあ、晩飯(デザート)の時間や。あんたをボコボコにして、ウチの自由を証明したる。……喧嘩や、リリ! 今度はウチから売ったるわ。逃げんなよ!!」

 

飛鳥の瞳に、この二日間で最も鋭く、そして晴れやかな「格闘家」の光が宿った。

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