重力に逆らう魂 ―不屈のハネ毛と、お嬢様の執着―   作:みそそ

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第9話

「窓から失礼させてもらうで、お嬢様!」

 

飛鳥は勢いよくテーブルを蹴ると、そのまま弾丸のように窓枠へと跳んだ。

 

ガシャーーーン! という豪快な破砕音。

最高級の強化ガラスを粉々に散らし、黒いドレスを夜風にたなびかせながら、飛鳥は数階下の広場へと着地した。

 

「逃がしませんわ! セバスチャン、追いますわよ!!」

 

リリもまた、躊躇なく夜の闇へと身を躍らせる。

舞台は静寂に包まれた屋敷から、ネオンが眩しく輝く「夜のストリート」へと移った。

 

そこは、観光客や遊び人たちが集まる賑やかな広場だった。

突如として現れた「ボロボロのドレス姿の美女二人」に、街の空気が一変する。

 

「おい、見ろよ!」

 

「撮影か? いや、本物だぞ!」

 

野次馬たちが瞬く間に円を作り、スマートフォンのライトが二人を照らす。

飛鳥にとって、この埃っぽくて騒がしい空気こそが、最高のリングだった。

 

「これや……これこそがウチの庭や! 遠慮はいらんで、リリ!」

 

飛鳥が吠える。

リリが鋭い蹴りを見舞おうとした瞬間、再び影からセバスチャンが「お怪我をなさらぬよう」と、歩道のゴミ箱を飛鳥の足元へ蹴り飛ばした。

 

だが、今の飛鳥は、昨日までの飛鳥ではない。

ハネ毛がアンテナのようにセバスチャンの気配を察知していた。

 

「同じ手は三度も食わんわ!!」

 

飛鳥は視線をリリに向けたまま、飛来したゴミ箱をノールックで踏み台にし、さらに高く跳躍した。

空中で身を翻し、妨害しようと動いたセバスチャンの懐へ潜り込む。

 

「……なにっ!?」

 

「ジジイ、まずはあんたから退場や!」

 

風間流・当身の一撃。急所を的確に突かれたセバスチャンは、完璧な所作で「……お見事」と呟き、崩れ落ちた。

 

「セバスチャン!? ……もう、こうなったら私一人であなたを黙らせて差し上げますわ!」

 

リリが猛然と突っ込んでくる。

二人の拳と蹴りが交差するたび、周囲の観客からは割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こる。

 

街灯の光を反射するドレスの破片。

砕け散るベンチ。

飛鳥は攻防の中で、リリの顔に「悦び」が溢れているのを見た。

 

「リリ! あんたも、こうして全部壊して暴れたかったんやろ!」

 

「……ええ、そうですわ! 最高に気分がいいですわ、アスカ!」

 

二人の動きは、もはや格闘を超えたダンスのようだった。

 

そして、最後の一撃。

飛鳥の「重力に逆らう魂」を乗せた渾身の正拳突きが、リリのガードの隙間を突き抜けた。

 

「これで、決まりやぁぁぁ!!」

 

ドォォォン! という衝撃音と共に、リリの体がアスファルトの上を転がった。

 

静まり返る広場。

飛鳥は肩で息をしながら、夜空に向かって、ボロボロになった拳を突き上げた。

 

「……見たか! ウチの、完全勝利や!!」

 

次の瞬間、広場は地鳴りのような大歓声に包まれた。

リリは仰向けに倒れたまま、しばらくの間、星空を眺めていた。

やがて、彼女の喉から、お嬢様らしからぬ豪快な笑い声が溢れ出す。

 

「あ、はははは! あーはははは! ……最高、最高ですわアスカ! 私の完璧な二日間を、こんなに無茶苦茶にしてくださるなんて!」

 

笑い転げるリリを見て、飛鳥もまた、力なくその場に座り込んだ。

 

ドレスはゴミのようで、顔も泥だらけ。

けれど、飛鳥のハネ毛だけは、勝利を祝う旗のように、誇らしく夜風に揺れていた。

 

「……なんや、負けたのに嬉しそうやな」

 

飛鳥は呆れ半分に言いながら、リリの隣にドサリと座り込んだ。

 

二人の間には、もはや「お嬢様」も「野良犬」もない。

ただ、拳を交わした者同士にしか分からない、熱い共鳴だけがあった。

 

「ええ、大満足ですわ。マナーも、服も、家柄も……。そんな退屈なものをすべて置き去りにして、あなたと全力でぶつかり合う。これ以上の贅沢(ラグジュアリー)が、この世にあるかしら?」

 

リリは起き上がり、飛鳥の頭で相変わらずピンと立っているハネ毛を、愛おしそうに見つめた。

 

「……あなたのその魂、今回は見逃して差し上げますわ。でも、次はもっと、もっと壊し甲斐のあるステージを用意しますから。覚悟しておきなさいな、マイ・ライバル」

 

「ふん、受けて立つわ。……でもな、次は大阪の串カツ屋で勝負や。あんたに二度漬け禁止のマナーを教えたるわ」

 

「あら、面白そうですわね。その挑戦、受けて立ちますわ」

 

二人は泥だらけの顔で、互いに不敵な笑みを交わした。

夜の街に、パトカーのサイレンが近づいてくる。

 

「アスカ、逃げますわよ! これ以上のスキャンダルは、私のスケジュールにありませんわ!」

 

「あ、待てやリリ! この服のまま走れへんって!」

 

手を繋いで、あるいは互いの肩を突き飛ばしながら、二人の影は夜の闇へと消えていく。

喧嘩して、笑って、また喧嘩する。

 

重力に逆らうハネ毛が夜風に揺れる限り、二人の終わらないワルツは、これからもずっと続いていくのだ。

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