──何故朝はこんなにも平和なのだろうか。
起床したら出発時間の2時間前だったり、ぬくぬくのお布団にくるまってゴロゴロしている時の至福感と言えばそりゃあもう最高だ。夜更かしするのも当然楽しいのだが、朝はカーテンから差し込む太陽光によって微妙に照らされた部屋という絶妙なコントラストがより背徳感を煽るのだ。だから俺は朝を有意義に過ごす為にいつも早く就寝している。
睡眠時間が短ければ成長の妨げになる。この時期の学生には睡眠が必要不可欠なのだ。なんてだらける理由付けをしていると、扉越しに聞き覚えのある声が響く。
「お兄ちゃーん……?」
ふと耳に入ってくるのは馴染み深い妹の声──毎日家事をそつなくこなす一つ年下とは思えない完璧な子だ。俺と姉ちゃんというぼんやりとした人間を嫌悪感一つと見せず世話してくれている。いや、俺も多少なりとも家事は手伝っているんだけどね? 姉ちゃんよりかは。
まだ中学生だと言うのに学業と並走しながら家事をすると言うのは中々に難しい話だ。だが妹は聖人君子かの如く朗らかな笑みを浮かべて俺たちの生活を支えてくれている。
いいお嫁さんになりそうだ──こんな世界だけどそれは言い切れる。
眠気が残る中での妹の声は起床の合図──そうこうしていたらもう時間か。毎度毎度憂には迷惑をかけてばっかりだから今の内に起きて──あっ。ちょっ……あーっだめだめだめ!
パジャマのズボンが脱げている!!
やけに股下がひんやりすると思ったらこれが原因だったのか!
「お兄ちゃん? 入るよ……?」
あーっだめだ憂! 今のお兄ちゃんの格好はとてもじゃないが姉ちゃんにも見せられないものだからーっ! こんな世界でも俺が100対1で悪くなるからちょっと止まってくれ! ほんっとに!
「お兄ちゃ──〜〜ッッッ!!!???」
ごめんよ憂……不甲斐ないお兄ちゃんで……
「おおおおにいちゃん!? はやくふくききててぇぇ!!」
「お兄ちゃん……これで何回目?」
「ご、ごめんごめん……寝てる間に脱げてるんだよ」
「男の人なんだからもっと気をつけないとダメだよ!」
何故俺の妹──
丁度その理由がわかるニュースがテレビで流れていた──
『本日午前8時頃、都営地下鉄車内にて、男性が女性から痴漢被害に遭う事件がありました。被害者の30代男性は、満員電車の中で後ろから胸や太ももを執拗に触られたと警察に相談。『服の上から何度も揉まれて…逃げようとしたのに腕を掴まれて離してくれませんでした』と、涙ながらに話しています』
──まぁ、これで分かるだろう。
この世界は男女の感性が真逆になっている上に、如実な男性不足に陥っているのだ。
「またこういうニュース……お兄ちゃんも気をつけてね?」
「まぁ、姉ちゃんがいるから大丈夫だと思うよ」
「ナンパとかされたことあるでしょ……? あんまり一人では外に出ないで欲しいな……」
女性が男性に積極的で、その積極性がエスカレートした性被害がよく発生している。それは単なる本能からくるものなのか……誰でもいいという理由でもあるのか。正直に言えばどちらも正解だ。
憂や姉ちゃんのように家族内に男性がいる女性は思春期中に被害に遭わないよう、守り続けることが暗黙の了解になっているようだ。
外に出ればナンパされ痴漢され襲われ──男性であることが一種のデバフになっているのだ。この世界の歴史を紐解けば分かるはずもなく、偉人も大半が女性。未婚女性が増える一方で出生率をこれ以上低下させないよう、まぁ、その……男性の種を預ける施設も整備されつつある。
女性の結婚出産は進んで提供する男性がいるのかという疑問が提示されたりと、年々議論が激しくなっている世界的な問題なのだ。
──この世界に生まれ落ちてから早16年。俺──平沢ケイは紆余曲折ありましたがなんとかやっていけています。やっていけてはいますが、問題がない訳がない。
小学校のプールの授業ではませた生徒に身体を弄られることもあり、講師の先生にすら身体を凝視される始末。その先生はひっそりと姿を消したが、何が起こったのか言うまでもない。
そういう性なる本能が抑えられずに子どもに手を出す大人も少なくない……俺は憂と姉ちゃんがいるからまだ貞操は守られている。
ただ特に中学の修学旅行は酷かった……筆舌に尽くし難いほど酷かった。思春期真っ只中の女子相手には半袖短パンの格好すら世の男子たちは抵抗しているのに俺が着てしまったせいで、女子からは言い寄られ男子からは本気の説教を受けた。
とまぁ、それでも中々に厄介な世界なのだ。
「だからって家でもあんな格好はダメだからね? 私だって恥ずかしいんだもん……」
同じ家族と言えど、やはり思春期真っ只中の憂にとっては兄の痴態を見ることは避けたいものなのか……半裸でリビング歩き回った事件で反省したけども、無意識なんだよね……どうにか抑えられないものか。
「そういえば、姉ちゃんまだ起きてないの? 今日入学式なのに」
「あっ、そうだね! 私起こしてくるね」
と言って憂は姉ちゃんを起こしにリビングを出て行く。
……今日から俺は高校生だ。
世の少女はアルバイトや部活、新しい出会いに心を躍らせているだろうが、少年たちはそれ以外にも危惧するべきことがある。そう──貞操の危機だ。教職員ですら子どもに手を出してお縄にかかっているこの世の中で男子はまずそれを第一に考えねばならない。
俺はあまり考えたことはなかったが、殆ど暗黙の了解のルールとなっているのだ。それは前述した価値観や事例から分かるだろう。
貞操とまでは行かないが、俺も身の危険を感じたことはある。それは中学生の頃に遡る。
確か、中学の休み時間だったかな。
その日はまさに常夏。その上体育終わりで汗で身体がぐっしょぐしょだったのだ。エアコンは効き始めたばかりで室内の温度はまだ高かった為、少しでも暑さから逃げる為に無意識に取った行動が裏目に出てしまった。
「あ"っ"つ"ぅ"……」
最早おっさんのような濁声を発しながらシャツのボタンを上から外し、パタパタしながら手でも仰いで多少は涼しくなったが……
『……』
教室が静まり返り、自分の行動に後悔したのは水を噴き出した友達の声を聞いてからだった。
小学校で身体を触られた経験があるのに、こんな行動を起こしてしまった。だがこれは無意識の行動だったのだ。暑ければ薄着になる、寒ければ厚着をする──当然の行動であるはずなのにそれが許されない世界。
幾ら意識しようと価値観や本能を変えるのは難しいことなのだ。それを理解して欲しい。しかし流石の俺でもヤバいとは感じた。
「ぶふぉぉぉ!! ちょ、ちょっと平沢!? そんなはだけさせちゃダメだって!」
「えっ、ああごめん……」
「って俺もごめん……水が──ん?」
「ちょっ、何してんだ!? 透けてるじゃんか! 早く隠せ隠せ!」
「ごめん平沢! 俺の着替え貸すから着替えて来い! 今すぐにだ!」
「あっああうん……」
「てかなんで下着てないんだ!?」
噴き出された水によってシャツが透けてしまい、急いで着替えようとしたが時すでに遅し。周囲からの凝視するような視線が俺たちを突き刺していた。
「エッッッロ……」
「私見えちゃった……! 平沢のちく──」
「ちょっ、聞こえるってば!」
「なんであんな無防備なの? 誘ってんの?」
「眼福眼福……」
その時は思春期真っ只中の女子のませ具合に恐怖した。積極的なのか消極的なのか分からなくなってくる。
しかしまぁ中学からは本格的な性教育を学び始める時期である為、ませているというか仕方がないことなのかとも思えるが、せめて言葉には出さないで欲しい。凄く怖いから。身の危険を感じるから。
あ、そうそうこの後友達にガードされながらトイレに向かったんだけど──
「──ケーーイっ! 教科書かーし……てっ?」
「あ」
「ふぇっ?」
ドアをスライドさせたら突然姉ちゃんが突撃して来たのだ。しかし俺の格好は何ともまぁ惨めなもので……腑抜けた顔で呆然と立ち尽くしている姉ちゃんとの対比がおかしくなっていた。
その上大分近距離の為どうしようか迷っていたら、友達が焦りまくった様子で俺の手を取ってトイレへと俺は連れて行かれた。
「ちょっ! 今は着替えるのが先だ先!」
「急げ急げ!」
「……へ?」
置いて行かれた姉ちゃんは何が起こったのか分かっていない様子だったが、一体何を考えていたのだろうか。
年頃の少年にあの色々な感情が渦巻いてそうな目は怖い。
姉ちゃんとは別クラスだったがよく話に来るので女子からは『唯ガード』などと称され、俺の身の危険は俺が自分から無意識に危険な行動を起こさない限りは守られていた。
……いや、守られてるのか? 今の話だと全然そうは見えない気が……まぁいいか。
あ、一応姉ちゃんとは言ってるけど双子だからね。凄いよね。ただえさえ男女の双子って珍しいのにこの世界でそうなってるんだから。
「──ふぇぇ……おはよ〜……」
「おはよ、姉ちゃん」
噂をすれば何とやら。俺の姉──
「ふふふ……今日から高校生だねケイ! ついに私たちも大人の階段を登れるように……!」
「大人の威厳のかけらもないけどね」
「えへへ、そうかな〜? でもでも! 今度こそは一緒のクラスになろうね!」
「何回目かな。それ聞くの」
姉ちゃんとはほとんど一緒に登校はしているが、小中でも同じクラスになることはなかった。その度に泣きつかれるが、ようやく解放されたようだ。
家族だからなのか、はたまた元来ののほほんとした性格のせいなのか、価値観の逆転が反映されていないんじゃないかと思えるほど姉ちゃんは色々と強い。
「一緒のクラスになったら、一緒にご飯食べたり〜、一緒にお喋りしようね!」
「いや、俺は男子と仲良くなりたいし……」
「お姉ちゃんをほったらかしにするの!?」
「
男子は恐らく少数派……ならば全員と仲良くなって完璧な布陣を形成するのだ。男子ならばお互いに苦労を分かち合えるだろうし、姉ちゃんとは別ベクトルの必要不可欠な関係だ。
「でも入学式は一緒だよね!?」
「そりゃあね?」
「えへへ〜! 後で制服着て写真撮ろうよ! 記念写真!」
嬉々としていつものように身体をゆらゆらさせている姉ちゃんを憂が羨ましそうに見ている。
「こっうこうせい♪こっうこうせい♪」
「私も早く高校生になりたいなぁ……」
「男子何人いるのかな……」
「男の子かぁ〜……あれ? 私ってケイ以外の男の子とはぜんぜん話したことないや!」
「あっ、確かに。私もほとんどないかも……」
家族だから多少なりとも接し方は本能的に理解できるのだろう。
それはそれとして、今年から共学になってしまった高校に男子が何人いるのかは本当に気になる。中学は1クラスにつき男子が7、8人所属していた。
最悪それより少ない可能性も無きにしも非ず……覚悟はしておこう。
そしてそんな覚悟を胸に迎えた入学式──明らかに男子の姿が少ないのが分かってしまい、軽く絶望している。だが、へこたれてはいられない。同学年の男子とは必ず全員とコンタクトを取らねば!
あ、あとそう言えば……
「むふふ〜! ようやく一緒のクラスだね!」
「のどかさんも一緒だったね」
「あとで皆んなで写真撮ろっ? 憂にも見せてあげなきゃ!」
姉ちゃんととうとうクラスが一緒になったよ。それと姉ちゃんの幼馴染である
憂もそうだが、積極的な人と同じく消極的と言うか耐性がない人も多いのがこの世の現状……元来の性格が影響しているのだろうが。
「出席番号も近いから色んな席で一緒だね!」
「まぁ姉ちゃんが近くで助かったよ」
──だって……
「男の子だ……」
「こ、これが共学……合法的に男子とイチャコラできる至高の領域……!」
「ああ、受験頑張ってよかった……」
「絶対メアド交換する絶対メアド交換する……」
「ふぅ〜っ抑えろ私……がめつい女は嫌われるから抑えるんだぁ……!」
「くっ、もう話しかけてるやつがいる!? しかも距離が近くない!?」
こんな惨状見て平静を保っていられるのは姉ちゃんがいるからだもん。
中学とは違い高校はかなり自由が効く。色々なことに皆が挑戦し始める時期だろう。かと言って問題は起こさないで欲しいが。
義務教育を終えてある意味で抑圧から解放されたとも捉えられる新女子高校生……適切な距離感を維持出来なければ俺は死ぬ。
初っ端から少しの身の危険を感じながら講堂内を見渡していると、何人かの男子と目が合う。そして彼らは皆苦笑いしながら頷く──よし、後で会いに行こう。
しかし……やはり共学初年度は男子の割合が抑えられているようだ。と言うかそもそもわざわざ共学に応募するくらいなら小規模の男子校にも行く選択肢はある。だがまぁ数は少ないので県外に引っ越すくらいなら共学に行くという選択肢を取らざるを得ない状況下にある学生もいるのだろう。
俺は姉ちゃんと憂と一緒に通えるという有り難い選択肢を選んだ訳だが。
「そう言えば姉ちゃんは部活入るの?」
「へ? ぶかちゅ?」
「え、まぁバイトするっていう選択肢もあるけど」
「ば、バイト??」
「……」
俺と姉ちゃんは部活経験がない。俺は単に男子がいる部活が殆どないのに加えて全体的に学業スポーツが中途半端な為入る勇気が出なかったのもある。姉ちゃんは……特に理由はなさそうだ。
「でもでも私運動音痴だし……他の部活もよく分かんないし……」
「家でゴロゴロしてるだけだもんね〜」
「はぅっ!」
「まぁ、一緒になんか回ろうよ。俺は入らないとは思うけど……」
男子の人数が少な過ぎるからね……バイトでも探そうかな。男子だけのバイトなんて少ないとは思うが、出来る限り早急に男子の友達を使ってその子たちと探すのが最善だろうか。
「え〜っ? 一緒の部活に入ろうよ〜?」
「そもそも姉ちゃんも入るか分かんないんだから、そうは言えないよ」
「そっか〜……」
だがまぁとりあえずは姉ちゃんの部活探しも兼ねてこの学校を見学していこう。
そして──桜が丘高校の部活探しが始まった……のだが。
***
「入学おめでとうございまーす! テニス部──って男子!!?? ぜ、ぜひテニス部に入りませんか!? 手取り足取り丁寧に教えるので心配はいりませんよ!! ね、ね!?」
「い、いえいえ茶道部にどうですか!? お、美味しいお茶を毎日飲めますし礼儀作法も上から下までゆっっくりと教えますよ!!」
「ぜ、ぜひバスケ部へ入部を!! ぜひ!!」
「いやいやバレー部へ!!」
「い〜いやいや美術部はいかがですかぁぁ!?」
「あわわわわ……」
「やっぱり部活はナシかもなぁ……」
先が思いやられそうだ……
最近けいおんを見始めたので投稿。貞操逆転概念の書くのは初めてなので温かい目でいただければ……!