「ど、どどどどうぞ!?」
「あっああ、どうも……」
「ありがとうございます!」
軽音部の部室である音楽室へと仰々しく案内させられ、席に着くと活発そうなカチューシャが特徴の女子がぎこちなく……の何段階か上のレベルの動揺した態度で俺たちにティーセットとロールケーキを運んでくる。
んでもって、その他には二人の女子が……いるんだけど……
「「……」」
黒髪ロングの清楚な雰囲気を漂わせる女子は冷や汗を滝のように流して明らかに男性耐性がないのだと一目で分かる。
そんでもって、もう片方の金髪ロングで眉毛が特徴のいかにもお嬢様感を漂わせている女子は俺の方を凝視している。
これは耐性があるのかないのか判断しづらい顔だな……単なる好奇心で凝視している可能性もあるが、黒髪の人との差が激し過ぎるよ。
姉ちゃんはそんなことはつゆ知らずバクバクとロールケーキを頬張り、他三人との態度の差が家族関係というだけでここまで如実に現れるのかと実感してしまう。
まぁ、とりあえず有り難く頂くとしようか……
(……お、おい澪! お前もさとしで耐性あるんじゃなかったのかっ!)
(い、未だに無理なのは律も知ってるだろ……! お前が一番耐性がないとおかしいんだよ!)
(こ、こんな至近距離で男の人を見るのは初めてで……)
(あ、あたしも割と初めてだぞ!? 今までクラスの男子には煙たがれて来たからな……!)
(言い方悪いぞ……別に律に限ったことじゃない。私だってそうだったし)
(お、男の人は純潔な存在だとは教わったんだけれど……)
(まぁ、暗黙の了解って感じだよな……)
(でも部室まで足を運んでくれる男子なんて珍しすぎないか……?)
(付き添いってことかしら……あ、それに雰囲気や髪色とか似てるしご家族だったり?)
(あーじゃあ横の子が入部希望者ってことかな……)
……全部聞こえてるんだよね……
結果として全員割と耐性がないことが発覚……姉ちゃんの付き添いで来てみたものの、三人だけとは思わなかったな。
あの時山中先生と話してたのは何だったんだ……やけに新入部員に対してのテンションが高いし、大歓迎という姿勢をとっているのも不自然に思える。
軽音……ねぇ。興味がない訳ではないけれど、いざ自分でやるとなれば結構ハードルが高いんだよね。俺は平均的な人間だから楽器を演奏するのにも時間が必要だろうし、中々勇気が出ないんだ。
「あの」
「はっい!?」
「軽音部って具体的に何をしてる部活なんですか? 活動とか色々」
「口笛だったり?」
「口笛……? いやぁ、あたし達は一応バンドやる予定で」
「ば、バンド……?」
「うーん……」
やっぱり軽音ってのが何かを説明しておくべきだったかな。わざわざ部室に来てまで姉ちゃんに謝らせてしまうことになってしまうし……完全に俺の落ち度だ。
良かれと思って体験入部なんて口にしたはいいものの、やっぱり多少なりとも音楽の謂れを理解している方がいいのかもしれない。
初心者歓迎って雰囲気もあるけど……姉ちゃんは固まってるし、恐らくはもう察してしまったのだろう。
ここは俺が先に言うしかないよな──
「えっと、それで平沢唯さんってのは女子の方で──「あの、ちょっといいですか?」えっ、あっ、はい!」
「ケイ……?」
「実は俺たち──全然音楽のことは知らないし、特に何かの楽器を演奏できる訳でもないんです」
「え?」
「軽い音楽なんでもう少し簡単なのを想像していて……」
「あっ、そ、そうなんです……カスタネットとか、口笛とかやるんじゃないかって……」
「あー……なら初心者さんってことだよね? そういう人も結構いると思うよ」
初心者なのは本当だが……大丈夫なのかな。この三人はバンドをしてるらしいから恐らくは技術もある人たちな筈だし、急に初心者が間に入ってもいいものなのだろうか。
俺が部活経験がないせいで被害妄想がどんどん広がっていく……仕方がないことだとは言え、経験不足感が否めない。
まぁ、最終的な判断は姉ちゃんに委ねるしかない訳だが……どうするかね。
(どうするの姉ちゃん……体験入部とかする?)
(えっ!? で、でもいきなりバンドなんて……)
(う〜ん……)
やっぱり色々勘違いしてたから気まずいところがあるのだろう……バンドって結構難しそうだし。
「「「……」」」
(あれこれもしかしてダメなパターン!?)
(でも、初心者でも入部しようとしてくれたのは事実だし……)
(でもあの感じだと今はあんまり乗り気ではないんじゃないかしら……)
(し、しかしだな! この好機を逃せば廃部に……!)
(そ、そうだったな!? でも無理やり入部させるのも……)
(で、でも男子もいるんだぞ!?)
(あの人は付き添いなんじゃ……)
(だ、だがしかーし! 男子が入部してくれたらあたしたちも一躍有名人になるだろ!)
(煩悩の塊だな……別に有名人になる必要はないだろ)
(で、でも私男の人と話すのも夢だったの!)
(それ夢!? 意外とお嬢様でも話したことないのか!?)
(家の人は皆んな女性だったから……)
(そりゃ男の人がいたら滅茶苦茶になりそうだからな……)
(そ、それで引き止めるというか……なんかいい方法ないかな!?)
(……なら、せめて演奏だけでも聴いてもらうっていうのはどう?)
(──! むぎ、それナイスアイデアだ!)
(そ、それで興味を持ってもらうんだな! よし、それだぁ!)
──だから全部聞こえてるんだよね。
聞き耳を立てるつもりはなかったが強制的に入り込んで来た情報を整理すれば、何故か軽音部は廃部の危機になっていて部員が必要……後は煩悩だらけだったけどね。
演奏かぁ……普段からあんまり音楽を聴く機会はないからこの際だ。一度聴いてみて俺ももしかしたら興味が湧く可能性もあるかもしれないし、是非とも演奏してもらうことにしよう。
あと姉ちゃんは聞こえてないの?? 割と大きめの声で喋ってる筈なのに、俺が過剰に反応しすぎているのか??
そうこうしていたら──
「あっあの!」
「はっ、はいっ!」
「一度、あたし達の演奏聴いてみない!? す、少しでも興味湧くと思うから! ね!」
さて、ここで重要なのが入部届を出した姉ちゃんの反応だが……まぁ、心配することはない。だって──
「えっ、演奏してくれるの!?」
こういうのにはとことん食いつくタイプだからね〜。俺も同じなんだけど。サッカーとかバスケとかプロスポーツの試合を観戦して楽しむ人が多いように、誰かの運動や演奏には人の心を動かす力がある。
この世界では大抵が女子スポーツだが、それでも見ていて飽きない……幾つになっても熱中しそうだよね。
そんなことを考えていたら、いつの間にか演奏の準備が整っていたようだ。
「えっと、じゃあ……お、お願いします!」
「「お、お願いします!」」
「ワン──トゥー、スリー、フォー!」
そして音楽室内のミニライブが幕を開けた──
***
「……!」
「わぁ……!」
演奏曲は『翼をください』──小規模だけれど何だかとても心に響く音色を奏でていたが、音楽に疎い初心者の俺でも分かることが一つある。それは──
「ど、どうかな……?」
「えっと、その──あんまり上手くないですね!」
(なんて直球な……!?)
そう──演奏は滞りなく行えていたが、滅茶苦茶上手いという訳でも下手という訳でもない実力の程だった。三人体制だからまだ楽器が足りていない部分もあるから余計にそう感じてしまったのだろう。
だけれど、聴いていて不快感が一切なく、微妙な実力の中に絶妙な病み付き感が存在していたのを感じる。
実力の良し悪し以前に、それを凌駕する程に俺たちが感銘を受けた部分があるのだ。それは──
「なんか、凄い楽しそうで……とにかく楽しそうでした!」
「「「──!」」」
──とにかく、彼女達が演奏中曲に没頭しているようで見ていて心から音楽が好きなのだと実感させられる表情や仕草だ。
俺は人の感情とやらにも疎いタイプだが、そんな俺でも彼女達が惰性で音楽をしている訳でもなく、ただ譜面を機会的に演奏している訳でもなく、ただひたすらに自分達が最高だと思い描く曲にしようという気持ちがひしひしと伝わって来た。
昔、学校で音楽コンクールがあったのを思い出す。その時は皆が一丸となって演奏するのだが、中には惰性でやっている生徒もおり、指揮者の先生が本質を突くように説教していた──今なら先生の気持ちがよく分かる。
多分、表情や仕草だけでも良くも悪くも伝わってしまうのだ。どれだけ音楽に思い入れがあるのかが。きっと音楽だけじゃない。プロのスポーツや漫才でも同様の筈だ。
思わず聴き入ってしまって……だけど、それと同時に俺が入り込める隙がないようにも感じた。
いや、まだまだ他の人が入ったらもっと良くなるのかもしれないけれど、そこに俺がいるというビジョンがあんまり思い浮かばない。
きっと姉ちゃんは違うのだろうが……受け身な性格のせいで、不思議とそう思ってしまうんだ。だけど……後ろから支えるのもアリだとも思う。
今まで特に何もしてこなった分、誰かの力になりたいという欲が俺は思った以上に強いみたいだ。
こんな価値観だけれど、不快感もないし、自分からやってみたいと思えたんだ。
だから俺は──
「私、この部に入部します!」
「俺も、マネージャーとしてですけど」
「「「……え?」」」
「えええええいいの!? いいんすかっ!?」
「だ、だだだ男子が同じ部に……!?」
「こ、こちらこそよろしくお願いします〜!」
「なんかむぎだけ反応違くない!?」
──こうして、俺は軽音部のマネージャーとして入部することとなった。
***
「あ、俺は『平沢ケイ』。よろしく」
「私は『平沢唯』! よろしくね〜」
「そ、そっか、やっぱり家族だったのか……そりゃ距離近い訳だ……」
「そうかな……?」
「あ、あたしは『
「私は唯で大丈夫だよ〜」
「俺もケイでいいよ」
「「えっ下の名前で呼んでいいの!?」」
「そんな驚くことかな……?」
過剰に反応し過ぎじゃないかな。それと黒髪ロングの人は演奏中はかっこよかったのに急に動揺しまくってるのはまぁ、耐性がないからなのだろうが……ギャップが凄いな。
「あ、私は『
「よろしくね。えっと……むぎさんって呼べばいいのかな?」
「──! はい! むぎです!」
「こっちもこっちでキャラが変わってるし……」
「男の人と話すのが夢で……」
「そんなに凄いことなの? いつも話してるから分かんなくて」
「まぁ、あたしも弟いるから分かるけど……初対面の男子と話すのって滅茶苦茶緊張するんだぞ?」
「ほへぇ〜……」
「……あのさ、あの人は放っておいてもいいの?」
「……そ、そっとしておいてやってくれ……一応アレは『
「アレとか一応ってなんだ……!」
少し離れたベンチに腰掛けてひょっこりと顔を出す澪さんは見たいで小動物のようで可愛らしく感じる。
緊張のせいか瞬きの回数が減少しつつあるけど……自分の価値観がこの世界とは真逆故にそこまで緊張するものなのかと疑問に思うことはよくある。
だけど同じ男子から聞けば女子と話す時は一人じゃない方がいいと言われることが多々……中学生くらいから色んな知識を得るからこそ身の危険を案じているのだろう。
律さん澪さんむぎさんはそんな感じは全くしないから安心だ。
「そ、そう言えばさ……け、けけケイは本当にいいのか? 女子しかいない部活だけど……」
「俺がやりたいと思ったからね。全然大丈夫」
「あ、いやぁ〜そういうことじゃなくてさ、ほら……あたしとかと話すの、嫌じゃない?」
「……? いや、別に……」
「そ、そうなの? なんか珍しいよな……あたしって今まで男子に避けられて来たからさ……」
「あー……」
正直に言ってしまえば、男子からすれば律さんは活発なタイプだからもしかしたら積極瀧に話しかけてくるんじゃないかと思ってしまうのだろう。
せめて話すならお淑やかな子がいいともよく聞くし……全く、世知辛い世の中だね。
活発でも意外と繊細なところもあるし、男子を気にかけてくれるいい人なのに……男子側にも問題はないとは言い切れないのもこの世界の現状だと俺は思う。まぁ価値観が真逆だから故の意見なんだけども……
「もったいないよね。友達なら楽しいだろうし」
「へぇっ!? そ、そんなもんかな……?」
「あと澪さんはアレで本当に今まで大丈夫だったの??」
「あ〜……まぁ、女子って男子と関わること少ないからまだ大丈夫だったよ。まだ……」
「……俺がいて大丈夫?」
「……澪」
「わ、分かってる! 分かってるから……が、頑張るから……」
「……あんまり無理はしないでね」
「は、はぃっ……!」
逆にありがたいかもしれないねああいう人は。積極的な女性が多い世の中で滅茶苦茶耐性がない人は男性にとっては色々と身の危険を感じないから関わりやすいと思う。
……あれで日常生活に支障は本当に出てないのか? 心配になるレベルなんだけど……
「あ、そうだ──メアド交換しとかない? 連絡取れるかは便利だし」
「ブフーーーッッ!!」
「あ、いいね! 交換しよっ!」
「ゲホッゴホッ…す、凄いなケイ……自分からメアド交換持ち掛ける男子なんてこの世にいないと思ってたよ……」
「そんなに??」
「ケイさんは女性と話していても緊張しないんですね?」
「まぁ、慣れてるからね」
慣れてるというか価値観が違うと言うか……こんなこと誰にも言えないよ。
本当に憂や姉ちゃんが家族じゃなければどうなっていたか……襲われてもおかしくないからね。価値観を把握するまでに実際長い時間を要したし。
「……えっと、澪さんは……」
「じゃああたしが代わりにやっとくよ。まだ慣れてないだろうし」
「うん。よろしく」
「それじゃあ、改めてようこそ軽音部へ! まだあたしも慣れてないけど、よろしく!」
今のところ一番心配なのが澪さんなんだけど。