悪の組織の下っ端研究員に就職しました。〜銀髪巨乳の女幹部さんがチラチラこっちを見てくるけど全く身に覚えがありません〜   作:ベニサンゴ

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第14話「燃え盛る怒りと燃え尽きた白灰」

 エレベーターが全自動で僕を運び、ドアが開いた向こうには∀NEのエントランスが広がっていた。今朝と違うのは、次々と到着するエレベーターから血相を変えた職員が飛び出して、また別の職員がエレベーターに乗り込み、広いエントランス全体が蜂の巣を突いたような騒ぎになっていることだ。

 

「状況把握急げ! ディスプレイに映像繋げ!」

「監視カメラ全部攫ってこい!」

「S.T.A.G.Eに通報! 区画閉鎖に人員投入しろ!」

「飯食ってる場合じゃねぇぞ!」

 

 エントランスに掲げられた巨大な∀NEのロゴマークが大画面ディスプレイに変わる。そこに映し出されたのは、アーケードの一角で炎を撒き散らす超能力者――クリムゾンファイアの姿だった。

 穏やかで平和なランチタイムが一変し、通行人たちが悲鳴を上げながら逃げている。全身を燃え盛る真っ赤な炎で包んだ巨漢は、その様子に高笑いしながら周囲の建物を次々と燃やしていた。

 画面越しに見るそれは、一見するとヒーローバトルのように見える。あのクリムゾンファイアはヴィランで、街の平穏を脅かす敵役だ。最初は悪事を行い、街を破壊してその力を誇示するが、すぐにヒーローがやってくる。

 けれどヒーローはいっこうに現れない。これはヒーローバトルではないのだ。

 

「折手さん……」

 

 メラメラと音を立てて商店街が崩れていく。気がかりなのは、僕をエレベーターに押し込んで行ってしまった折手さんのことだ。彼女はまだ現場に残っているかもしれない。どうして一緒に逃げなかったのかは分からないけれど、僕には無事を祈ることしかできない。

 

「あれ、和毛君じゃないか。どうしたんだい、こんなところに座り込んで」

「れ、レザリアさん!」

 

 呆然としていたその時、不意に声を掛けられる。振り返ると、コンビニのレジ袋を提げたレザリアさんがそこに立っていた。

 

「大変なんです! 商店街にヴィランが、戦闘申請がまだで、混乱で」

「君が一番混乱してるみたいだねぇ。ま、これでも飲んで落ち着きなよ」

「んぐっ!?」

 

 この非常事態にも関わらず、レザリアさんはマイペースに笑って手に持っていたカフェオレのストローを僕の口に突っ込んできた。思わず吸い込んだそれは、一発で胸焼けしそうなほど甘く、溶け残った砂糖がジャリジャリしていた。

 

「折手くんとランチしてたんだろう?」

「そ、そうだ! 折手さんが一人で現場に残ってるんです!」

 

 ストローを外して叫ぶ。危険なところに彼女を置いてきてしまった。彼女の無事を確認するまで、平静に戻ることなんてできない。

 けれど、レザリアさんはそれを聞いてなおペースを崩さない。それどころか、僕の肩をぽんと叩いて不敵に笑う。

 

「それなら大丈夫。――ウチのエースが出動してるからね」

「エース?」

 

 レザリアさんが視線を動かす。それを追って、僕も壁に掛けられたディスプレイを見た。

 もうもうと黒煙が立ち上がり、激しい火が次々と噴き上がる、地獄のような光景。瓦礫と焦土のなかで笑うクリムゾンファイア。目を覆いたくなるほど悲惨な状況。

 その時、黒煙の向こうから巨大な柱の残骸が飛び込み、クリムゾンファイアの胸を貫いた。

 

『ぐああああああああっ!? な、なんだ!』

 

 胸を太い柱が貫通したにも関わらず、クリムゾンファイアは野太い悲鳴をあげるだけで済ませた。しかしその目に怒りを孕ませて、周囲を見渡す。纏う炎もより激しく揺らめく。

 憤怒の形相の彼の前に次々と瓦礫が突き刺さり、その上に黒い人影が現れた。

 

『そうカッカするんじゃないわよ、パイロキネシスト。あんまり興奮すると血管ちぎれるわよ』

『貴様……。その銀髪、その盾――まさか!』

『こういうのは柄じゃないんだけどね。悪の秘密結社∀NEが幹部、鉄血将軍オルディーネ、華麗に参上よ!』

 

 瓦礫の山の上からクリムゾンファイアを睥睨するのは、長い銀髪を風にたなびかせる長身の女性。その顔は仮面に隠れて見えないが、全身をぴったりと包み込む黒いラバースーツ、そして彼女を守るように周囲を取り囲む七つの赤い装甲盾は見覚えがある。

 悪の秘密結社∀NEの戦闘部総責任者、鉄血将軍オルディーネ。

 本来ならばヴィランとしてヒーローと戦うはずの彼女が、悪漢と対峙していた。

 

━━━━━

 

 オルディーネは激怒していた。それはもう、目の前に立つパイロキネシストを適当に痛めつけてS.T.A.G.Eに突き出す程度では到底収まらないほどの怒りであった。可愛い新入社員と一緒に楽しんでいた、楽しい楽しいランチタイムが台無しにされたのだ。

 全くもって、許しがたき所業であった。

 彼を緊急避難用エレベーターに押し込んだ後、近くのシロガネフーズ系列店に駆け込んだ彼女は、そこで彼女専用のユニークコスチュームに着替えた。ヒーローバトルはS.T.A.G.Eの承認さえ得ていればいつでも始められるため、どんな時でも出動できるように色々なところに装備は隠していあるのだ。

 まさか、S.T.A.G.Eの承認を得ていない純粋なバトルが始まるとは思っていなかったが。

 

「クックック。まさかこんな有名人が出てくるとはな。待っていたぞ、鉄血将軍オルディーネ!」

 

 沸々とはらわたに憤怒の熱を渦巻かせるオルディーネを見て何を勘違いしたのか、パイロキネシストは嬉しそうに口角を上げる。オルディーネはギリ、と奥歯を噛み締めながら、男に向かって問いかけた。

 

「とりあえず、名前を聞いておくわ」

「我が名はクリムゾンファイア! 灼熱の火炎を纏う者である!」

 

 パイロキネシストは待ち構えていたかのように元気よく答える。

 

「そうじゃなくて、本名よ、本名」

 

 見当違いの返答に、オルディーネは思わず肩を竦めた。

 ともあれ、クリムゾンファイアなる名前はヒーローにもヴィランにも存在しない。ということは、S.T.A.G.Eが管理していない野良の超能力者がイキっているだけだ。

 

「一応、目的だけ聞いておいても?」

 

 会話すら面倒だったが、男の目的も分からないままでは埒が明かない。オルディーネは半ば義務感だけで情報を求める。

 そんな彼女の面倒臭そうな顔にも気付かず、クリムゾンファイアは再び豪快に笑った。

 

「クハハハハッ! 俺は、俺こそは紅蓮の炎によって全てを燃やし、そしてひ弱なる者共を導く伝道者! 鉄血将軍オルディーネ、そして悪の秘密結社∀NEよ、今ここで俺に傅け、跪け! そして俺を新たな首領として迎え入れるのだ!」

 

 瓦礫の中に響き渡る、クリムゾンファイアの朗々とした声。

 だが、オルディーネはその言葉の意味するところを理解することができていなかった。

 

「……は?」

 

 怒りが、別の怒りによって塗りつぶされる。

 今、この男はなんと言った? 悪の秘密結社∀NEの新たな首領として迎え入れろと、そう言ったのか?

 あまりにも常識から逸脱した要求だった。名もなき矮小な、ただの超能力者がただイキっているだけなら半殺し程度で済ませようと思っていた。しかし、その男は尊大にも彼女を、そして組織を求めたのだ。

 

「言っておくが、俺はお前より強いぞ、鉄血将軍オルディーネ」

 

 オルディーネが硬直したのを見て、クリムゾンファイアは更に誤解を深めていく。その言葉の一言一言が、彼女の神経を逆撫でしていた。

 鉄血将軍オルディーネは、伊達や酔狂で∀NEの幹部に名を連ねているわけではない。だが、彼にはそんな当たり前の事実すら見えていないようだった。

 

「俺は体の全てを猛火へと変える。貴様のちゃちなサイコキネシスでどれほどの柱を投げつけようと、俺には傷ひとつ付けられん」

「……」

 

 男は早くも勝利を確信したかのように、全身の炎を更に激しくゆらめかせる。

 彼の言っていることは、一応は事実だった。

 クリムゾンファイアは発火系超能力者の中でも、中の上程度の強さはある。大抵のパイロキネシストが指先に火を灯す程度で終わりところを、彼は鉄やコンクリートといった本来ならば非常に燃えにくい物質でさえ問答無用で燃焼させるほどの、非科学的な能力を発揮していた。

 体の大部分を炎と化しても生命活動は問題なく行われているのだから、まさしく超能力といったところだろう。炎にいくら柱を投げ込んでも、薪になってしまうばかりでオルディーネは手出しができない。

 だが――。

 

「まったく、面倒だわ」

 

 自信をみなぎらせふんぞり返っているクリムゾンファイアを見下ろして、オルディーネは冷徹な表情で呟く。そして、彼女はおもむろに手を前に出し、ゆっくりと何かを握りしめるように動かす。

 

「……あ?」

 

 一見すると不可解な動き。クリムゾンファイアがその動きの意味に気が付いたのは、自分の体に強い違和感を覚えたからだった。

 

ぺき、ぼき、ばき――。

 

 体が、全身の骨が、何か強い圧力を受けているかのように悲鳴を上げている。四方八方から強い力を押し付けられている。まるで、徐々に凄まじい水圧の深海へと沈められているかのように。

 

「なんだ!? なんなんだこれは!?」

 

 余裕をなくしたクリムゾンファイアが焦燥と恐怖の悲鳴を上げる。彼の体はどれほど炎化しても、その圧力から逃れることができない。指先ひとつ動かすことができず、全身に激痛が広がる。

 

「私をただのサイコキネシストだと思ってるならお笑い種ね。この程度の攻撃も受けられないようじゃ、その辺のヒーローにすら負けるわよ」

 

 感情の消えた酷薄な顔で、オルディーネは独り言のように囁く。

 クリムゾンファイアの体には、まるで巨人の手に握られたかのような、巨大な指の跡が刻まれている。もはや彼は言葉を発する余裕すらなく、目前に迫る死の気配に怯え、泣き喚いていた。

 

「安心しなさい。殺さないから」

 

 オルディーネが薄く笑む。

 

「――とりあえず、持ち帰らせてもらうわよ」

 

 周囲の瓦礫がもぞもぞと動き、その下から無数の黒い影が這い出してきた。

 

「ヤーッ!」「ヤーッ!」「ヤーッ!」

「ヤーッ!」「ヤーッ!」「ヤーッ!」

 

 現れたのは、頭頂から爪先まで全身真っ黒なヒョロ長い人型。それは同じ声で鳴きながら、次々と数を増やしクリムゾンファイアを取り囲む。人間で言えば顔に当たる部分に、まるで子供がペンキで描いたかのような歪なニコニコマークが描かれている。その異様な風貌が近づくにつれて、クリムゾンファイアの恐怖はさらに高まっていく。

 

「ヤーッ!」「ヤーッ!」

「ヤーッ!」「ヤーッ!」「ヤーッ!」

 

 意味を持たない声を発しながら、∀NEの誇る戦闘用バイオロイド、怪人が黒い腕を伸ばす。それがクリムゾンファイアの太い二の腕を掴んだ瞬間、男が勝利の笑みを浮かべた。

 

「掛かったな! 燃え散れ、雑魚がァ!」

 

 ゴウ、と猛火が渦巻く。

 まだ力を残していたか、とオルディーネは呆れながらその様子を見下ろす。

 

「ヤーッ!?」「ヤーッ!」「ヤーッ!!」

 

 蛇のように地を這う灼熱の炎は怪人たちに容赦なく喰らい付く。鉄すらも燃やす絶対の炎が、怪人の体を焼き焦がし、溶解させていく――そのはずだった。

 

「ヤーッ!」「ヤーッ!」「ヤーッ!」

「な、なに!?」

 

 どれほどの炎が翻ってもいっこうに消えない耳障りな声に、クリムゾンファイアが怪訝な顔をする。徐々に落ち着く炎の中から現れたのは、全くの無傷のまま顔を向ける怪人たちの姿だった。

 

「なぜ燃えていない!? お、おかしいだろう!」

 

 クリムゾンファイアの顔に、今度こそ本物の恐怖が映る。だが、その時には全てが遅すぎた。次々と怪人が彼の体に取り付き、その動きを拘束していく。把持する力は万力のように力強く、振り解くことができない。

 

「これで分かったかしら」

 

 蟻の群れに喰われる虫のような男を見て、オルディーネが語りかける。

 

「あんたはウチの雑兵にすら負けるザコなのよ」

 

 その言葉が、彼の心を砕く。

 燃え尽きた灰のように顔面蒼白になったクリムゾンファイアに、怪人たちが無遠慮に手を伸ばす。その体をがっしりと固く拘束し、そして∀NEの地下拠点へと持ち帰ろうと移動を始める。

 だが、その時だった。

 

「はいはい。ちょっと待てよ、お嬢さん」

 

 拡声器によって増幅された男の声が響く。

 オルディーネは耳をぴくりと動かし、舌打ちを堪えながらも怪人たちの動きを止めた。

 気がつけば、彼女は包囲されていた。いつの間にか、現場の周囲をぐるりと黒服の男たちが取り囲んでいる。彼らは銃を構え、全く同じ体勢のまま微動だにしない。

 異様な雰囲気を醸し出す謎の黒服たちの背後からゆっくりと歩み出てきたのは、黒いスーツに身を包み、真っ黒なサングラスを掛けた少年だった。

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