悪の組織の下っ端研究員に就職しました。〜銀髪巨乳の女幹部さんがチラチラこっちを見てくるけど全く身に覚えがありません〜   作:ベニサンゴ

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第03話「目覚めの朝の不審な勧誘」

「嘘だろ……」

 

 違和感を抱いて頭を上げると、そこは見知らぬファミレスの一席だった。テーブルの上には、空のグラスがいくつも並んでいる。

 窓の外には早朝の日差しが差し込み、スーツ姿のサラリーマンが忙しく歩いている。僕ははっとして携帯を取り出し、日付を見て愕然とする。

 

「面接、すっぽかした!?」

 

 昨日は大事な面接の日だった。しがない院生だった僕が一般社会へと溶け込むための第一歩を踏み出すための記念すべき日。なのに、その記憶が全くもって一切合切思い出せない。

 いったいこれはどういうわけだ。一から十まで理解できない。

 

「まさか、お酒飲んで酔い潰れてたの?」

 

 普段から全くと言って良いほどお酒は嗜まない。けれど、テーブルの上には大きなワインが一本鎮座している。恐る恐る傾けると、中身は綺麗に空だった。

 自覚は微塵もないけれど、状況から推測することはできる。それによれば、僕は大事な面接の前にこのファミレスにやってきて、景気付けのお酒を注文。酔い潰れて眠ってしまい、一日をすっ飛ばした。

 そんなまさか。

 

「め、メール!」

 

 慌ててメールボックスを確認する。もしすっぽかしたなら、先方から何か連絡が来ているはず。

 

「あれ?」

 

 けれど、メールボックスにはそれらしいメールが一つも存在しない。ゴミ箱まで遡って探しても、ただの一通も見つからない。出てくるのは、面接にすら繋がらなかった書類審査の落選通知ばかりだ。

 もしかして、面接があると思っていたのは僕の思い違い、お酒に酔って浮かんできた妄想なのか? それにしては確信があるし、何よりリクルートのスーツを着ているわけだけど……。

 

「あのぉ、お客様……」

「うわぁっ!? す、すみません!」

 

 呆然としていると、店員さんが申し訳なさそうに声を掛けてくる。いくら二十四時間営業とはいえ、ドリンクバーだけ頼んで眠りこける奴は厄介すぎるだろう。僕は慌てて伝票を手にしてレジに向かう。

 

「ええと、おいくら……」

「申し訳ありません。特区内では現金はご利用いただけません」

「えっ?」

 

 現金が使えないってここは日本じゃないのか? と一瞬混乱する。けれどすぐに思い出した。超能力者の保護と能力の研究を目的に設置された特区――たしか正式名称は“特殊能力保持者保護と性質解明のための超法規的独立的先進的特別自治隔離区域”とか言ったはずだ――では、特区内でのみ利用できる特別な電子通貨が使われていると。

 

「え、ここ特区内なんですか?」

「そうですけど……」

 

 財布を開いたままぽかんとする僕を見て、店員のお姉さんは怪訝な顔をする。よくよく見てみれば、彼女は髪色こそよく見かける黒だけれど、目が黄色でパチパチと火花のようなものが散っている。

 

「お客さん、もしかして食い逃げ――?」

「ち、違います違います!」

 

 疑いを深めるお姉さんの手から電気が放たれる。あれが流し込まれたらひとたまりもない。慌ててブンブンと首を振りながら、今更自分がどこにいるのか確信する。

 ここは超能力者が住む巨大都市――特区だ。

 

「ええと、ええと……。あっ、あった!」

 

 スマホを操作して、特区内で使用できるウォレットアプリを立ち上げる。祈る気持ちで残高を見ると、しっかり数千円分が入金されていた。酒で酔い潰れるくせに、ちゃんとお金は換金していたらしい。とりあえずナイスだ過去の自分!

 

「ありがとうございましたー」

 

 無事に支払いを終え、電気を納めてくれたお姉さんに見送られて店を飛び出す。そして、改めて目の前に広がる街並みを見渡して、思わずため息を付いた。

 

『おはようございます。特区-001、午前8時をお知らせ――』

「やば、遅刻するじゃん!」

「昨日はセブンレインボーズが勝ったんだっけ?」

「珍しいねぇ」

「オルディーネは――」

 

 いくつもの高層ビルが乱立する大都会。隅々まで整備された道路を走るのは反重力によって浮き上がる車。そして専用レーンを走って車を追い越す超能力者の女子学生たち。大きなスクランブル交差点に面した巨大ディスプレイには、朝のニュースが表示されている。

 

「あの人は……」

 

 画面には、仮面を付けた銀髪の美女が映し出されている。悪の秘密結社∀NEの女幹部、鉄血将軍オルディーネだ。昨日は極光戦隊セブンレインボーズとバトルを繰り広げ、負けてしまったらしい。

 映像が切り替わり、倒壊したビル群が次々と片付けられていく様子が現れた。

 この特区内では、ヒーローとヴィランが日夜激しいバトルを繰り広げている。全体としては超能力者の能力の解明が目的となっており、両陣営はそれぞれの特権を賭けて争っている。

 彼らの力は絶大で、生身の人間でありながら近代兵器に匹敵する破壊力を有する。だから、特区内ではビルが薙ぎ倒されることも日常茶飯事で、数日もすれば新たなビルが再建される。

 映像の中のビルは、まるで何かに齧られたかのように丸い歯形が付いている。それを見るだけでも、当時の戦いの過激さが察せられるというものだ。

 

『セブンレインボーズの活躍は見てくれたかな?』

『私たちの戦いはトウミ精工のカメラがばっちり記録してくれているよ』

 

 ニュースが終わり、コマーシャルに切り替わる。偶然なのか、カラフルな衣装を身に纏った七人の男女がカメラを持って並んでいる。彼らが悪の秘密結社∀NEのライバルであるセブンレインボーズだ。

 スポンサーが精密光学機器メーカーのトウミ精工だから、こうして広報活動に駆り出されているのだろう。家庭用のデジカメから、医療用の内視鏡、電子顕微鏡まで、様々な製品がずらりと並んでいる様子は壮観だ。

 そういえば、セブンレインボーズはスポンサーの意向で全員が光にまつわる能力者だったっけ。

 

「いいなぁ」

 

 切り替わる映像を眺め、思わずつぶやく。

 トウミ精工は医療機器も多く手がけているから、就職先の候補に挙げていた気がする。たぶん、書類審査の段階でお祈りされたんだろうけど。

 特区内の企業に就職できれば安泰だ。給料に加えて、住居が破壊されるリスクが高いから、手当も潤沢に出る。企業に所属しているヒーローやヴィランがバトルに勝てば、給料が上がったりボーナスが出たりもするらしい。

 そして何より、特区内企業なら、特区内でしか使用が認められていない先進技術を用いた研究ができる。

 超能力はまだまだ謎の多い存在だけれど、特区のおかげで少しずつ新たな発見もされている。まだ危険性や倫理の問題で特区外には出ていない技術もたくさんあると聞く。一応医療系の研究室に身を置いていたこともあり、そう言ったものに興味がないと言ったら嘘になる。

 

「はぁ。これからどうしよう……」

 

 一気に現実に引き戻されて、急激に気分が落ち込む。夢物語を語るのはいいけれど、目の前にはどうしようもない現実がある。就職先は見つからず、このまま路頭に迷ってしまうのだろうか。いっそ、実家に頭を下げて戻ることも考えなければならないかもしれない。

 ただ言えることは、この町に僕は必要ないということだ。超能力も特別な才能も持たない僕の居場所は、ここにはない。どうして特区まで来てファミレスで飲み潰れていたのかは分からないけれど、これ以上みじめになる前に帰ろう。

 そう思って、歩き出す。その時だった。

 

「わっ」

「ぎゃあっ!?」

 

 俯きながら踵を返した僕は、近くを歩いていた誰かにぶつかる。鼻先に柔らかいニットに包まれた胸が触れ、慌てて飛び退く。

 

「す、すみません!」

 

 慌てて腰を直角に曲げて深く謝罪する。この町は七割以上が超能力者だ。さっきのファミレスの店員さんみたいに、その洗礼を受ける可能性は捨てきれない。けれど、地面を見つめる僕の頭上に降りかかってきたのは、鋭い雷撃ではなく優しい声だった。

 

「あの、大丈夫?」

「え」

 

 おずおずと顔を上げると、目が覚めるような美人がそこにいた。背の高いスレンダーな女性で、ストレートの長い銀髪がキラキラと光っている。まつ毛の長い、アーモンド型の瞳が、どこか緊張した様子で僕を見下ろしている。

 何よりも、春らしい薄手の淡いブルーのニット越しに強く自己主張する大きな胸が、僕の目を捕らえて離さない。全く悲しい男の性を気取られないように意識して顔を上げると、今度は彼女のぷっくりとした瑞々しい唇を見つめてしまう。

 

「そ、そんなに見つめられると……少し恥ずかしいわ」

「すすす、すみません!」

 

 頬を赤く染めて俯く女性に慌てて視線を逸らす。そして少し冷静になったことで、ふと彼女に見覚えがあるような気がして首を傾げる。

 

「あの、もしかして僕ら、以前どこかで……」

「……!」

 

 言い掛けて、口を噤む。

 いいや、そんなはずがない。こんな美人なお姉さんと知り合いだったら、忘れるわけがない。

 

「すみません。勘違いでした」

「……そうね」

 

 頭を掻いて誤魔化すと、お姉さんは何故か少し落ち込んだ様子で頷く。

 彼女もこの特区を歩いていたと言うことは、超能力者か優秀な研究者か何かなのだろう。とりあえず、普通にしていれば僕が一生出会わないタイプの人であることは間違いない。

 

「それじゃ、僕はこれで」

 

 軽く会釈をして、その場を離れようとする。

 けれど、その時。僕の手を誰かが掴んだ。

 

「待って! にこ――しょ、少年!」

「少年!?」

 

 驚いて振り返ると、顔の赤みを増したお姉さんがびっくりするほど強い力で僕の手首を掴んでいる。流石に少年と呼ばれるような歳じゃないけれど……。

 彼女は僕が何か言う前に、一息に捲し立てる。

 

「一目見てピンと来たわ。君には溢れる才能がある。光る原石よ!」

「ええ……」

 

 何を言われるのかと思ったら。特区でもこういうのはあるのか。

 

「すみません。間に合ってるんで」

「怪しい勧誘じゃないわよ! あ、いや、勧誘ではあるんだけど」

 

 すっと身を引こうとすると、急に体が止まる。驚いて振り返ると、背後の道路が迫り上がって退路を塞いでいた。もしかして、これを目の前の女の人がやったのか? となると、やはり彼女も何かの超能力者?

 混乱する僕を追い詰めるように、謎のお姉さんはじりじりと詰め寄る。

 

「あなたが職を探していること、一目で分かったわ」

「そ、そんなにやさぐれてましたか」

「そういう訳じゃないけど! ええと、とりあえず……」

 

 彼女は懐に手を入れて、何かを探す。あれじゃない、これじゃないと、色々なところのポケットを掘り返し、ポロポロと足元にゴミっぽいものが散乱する。そうしてようやく取り出したのは、小さな名刺だった。

 

「もし興味があったら、ウチに来ない?」

 

 そこには悪の秘密結社∀NEという文字。そして、折手寧々という意外にも可愛い名前が記されていた。

 

「――えっ?」

 

 名刺を受け取り、その内容を理解して、ぽかんと呆ける。そんな僕の目の前に詰め寄って、折手さんはにこりと微笑んだ。

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