悪の組織の下っ端研究員に就職しました。〜銀髪巨乳の女幹部さんがチラチラこっちを見てくるけど全く身に覚えがありません〜   作:ベニサンゴ

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第08話「機械音痴で引きこもりの上司」

 全身にのしかかって来る圧迫感は予想よりも軽い。突然僕に覆い被さってきた新見さんは、思っていたよりも痩せていた。そんなことよりも、よれた白衣に包まれて、濃い匂いがする。なんというか、何日かお風呂に入っていないような――。

 

「ご、ごごごごめんなさい!? 生きてる? つ、潰れてない!?」

「さ、流石にそこまで弱くないです……」

 

 はっと気が付いた新見さんがバタバタと書類を崩しながら起き上がる。僕もよろめきながら立ち上がり、周囲の惨状に思わず目を覆った。

 ただでさえ物が散乱していた室内が、まるで強盗でも入ったかのような様相を呈している。

 

「すみません。勝手なことをしてしまって」

 

 こうなった原因は間違いなく僕だ。勝手に書類を手に取ってしまったから、新見さんに怒られた。

 

「う、ううん。わ、私も急に飛びついて、ご、ごごめんね」

 

 けれど、彼女はそう言って謝罪までしてくれる。あんまり申し訳なくなって、しばらくお互いに謝り合うループに入ってしまった。それがようやく落ち着いたころ、新見さんが訥々と話し始めた。

 

「そ、その……。書類は一応、自分でせ、整理してて……。かか、勝手に動かされると、見失っちゃうから」

「そうだったんですか!?」

 

 驚きの言葉に思わず目を剥く。どう見ても混沌の極限といった室内だったけれど、新見さんとしては整理整頓が行き届いた状態だったらしい。

 そういえば、部屋が片付かない人は、その状態でモノの位置を把握しているから、という話を聞いたこともある。それにしても、この状態で全部のものを……。

 

「あっ、それじゃあ」

「うん……」

 

 再び部屋の状態を見直して気付く。

 僕と新見さんが倒れ込んだことで、書類は完全に散乱してしまっている。これは新見さんとしても、全ての秩序が崩れ去ってしまった状態に他ならない。彼女もそのことを理解して、見るからに落胆している。

 

「ごめんなさい、僕のせいで……」

「い、いいの。いつまでも紙に執着してるのが悪いの」

 

 再び謝る僕に、新見さんは肩を落としながら言う。聞けば、∀NEは全体としてペーパーレス化を進めているようで、新見さんはそれになかなか馴染めないでいたらしい。そう言えば、さっき少し見ることができた第一研究室の方ではみんなタブレットを使っていて、紙はほとんど見当たらなかった気がする。

 

「新見さんはタブレット使わないんですか?」

「え、ええと……。その、使い方が分からなくて」

 

 前髪の下から覗く白い顔が赤くなる。彼女がモノの山の奥から発掘してきたタブレットは、ほとんど使われていないままバッテリー切れで沈黙してしまっていた。

 

「ど、どこを叩いても動かなくなっちゃって。壊しちゃったの」

「いや、えっと……。充電機は持ってませんか?」

「充電器……?」

 

 そこから!?

 思わず驚くと、新見さんは更に体を縮めてしまう。充電機の存在すら知らないとなると、かなりの機械音痴なのだろう。この研究室も一応コンソールを操作しないと入れないようになっているはずだけど、彼女はどうやって出入りしているんだろうか。

 

「そ、そういえばお部屋のドアも開け方分からないの」

「ええっ!?」

 

 再び衝撃の発言を聞く。

 どうやって出入りしていたのかと尋ねれば、時折様子を見にやって来るレザリアさんに全てを任せていたらしい。そもそも、普段はこの研究室内で寝食を行っているため、数日は外に出ていないとか。

 

「だから匂いが……」

「ふわっ!? ごごご、ごめんなさい! 臭かったよね、気持ち悪かったよね!」

「いやえっと、だ、大丈夫ですから!」

 

 一応水場はあるけれど、シャワーなんてものはない。そりゃこんなところで数日暮らしていれば、そうなるだろう。気の毒なくらい打ちひしがれている新見さんを見ると、それを責める気も起きないけど。

 

「新見さん、もし良かったら、僕がタブレットの使い方を教えましょうか?」

「ええっ!? そんな、いいの?」

「新見さんの助手になりますし、それくらいなら僕でもできると思いますから」

 

 見たところ、タブレットは∀NE独自のものっぽい。とはいえ、タブレットの使い方はそう変わるものではないだろう。ガジェットオタクと言うほどではないものの、特区外で流通している最新機種はそれなりに持っているから、問題なく扱えるはずだ。

 とりあえずは充電機を見つけるところからスタートしなければならないけれど。

 新見さんは特にアナログな手法に拘っているというわけではなく、単純に機械に苦手意識を持っているだけだと思う。使い方を教えれば、ちゃんと使えるはずだ。

 ∀NEという組織の主力怪人を開発した彼女が、頭が悪いはずもない。

 

「あ、もしかしてこれかな」

 

 二人で手分けして部屋を捜索していると、新見さんが真新しい箱を見つける。開けてみると、中に充電機らしきものが収まっていた。当然ながら、全く使った形跡はない。

 書類に埋もれていたコンセントを見つけて、そこから充電機を接続する。すると、タブレットは数秒で画面が点灯した。

 

「わわっ、生き返った! すごいね、恭太郎くん!」

「まだ何にもしてないんですけど」

 

 タブレットを充電しただけで、新見さんは飛び跳ねて喜ぶ。少し僕に慣れてくれたのか、距離も近くなった。

 

「あっ、ごめん、臭いよね!」

「いや、大丈夫ですから」

 

 そして彼女ははっと気が付いて飛び退く。別にそこまで過敏になるほど気になるわけでもないのだけれど、やはり男女で違うものなのだろうか。

 起動したタブレットは暗証番号の入力を求めてくる。流石に分からないので新見さんに尋ねると、数字を書き込んだ付箋が手渡された。

 

「これは?」

「レザリアちゃんに貰ったの」

「……」

 

 セキュリティはどうなってるんだろう。

 パスワードは合っていた。けれど、そこから更に認証が求められる。今度は新見さんの指紋を見るようだ。

 どうやら、複数の認証を通り抜けなければ使えないらしい。

 

「起動しましたよ」

「わわっ、すごい! 魔法みたいだね」

 

 この人、科学者なんだよね……?

 テンションが上がっている新見さんに思わず首を傾げながら、タブレットを軽くいじる。見事なまでの初期画面だけれど、∀NE製らしく職員が使いそうなアプリが色々と揃っている。

 その中には、書類管理アプリもあるようだ。操作してみると、やはりカメラを使って書類を取り込むこともできそうだ。この辺りは特区外の製品とそこまで変わらないんだね。

 

「とりあえず、試しに少し書類を取り込んでみましょう」

「わ、分かった。じゃあ、これとか……」

 

 新見さんから渡された書類をカメラに収める。すぐにスキャンが始まり、一瞬で終わる。取り込まれた書類は鮮明に写っているし、文字もOCR機能で問題なく認識されている。

 特区外の製品と同じだと思ったけど、基本的なスペックがかなり優秀だ。こういうものにも、超能力由来の技術が盛り込まれていたりするのだろうか。

 

「す、すごい……」

 

 タブレットに入った書類を見て、新見さんは唖然としている。元になった書類と見比べて、全く違いがないことを知ると、思わずと言った様子で声を漏らしていた。

 

「こんな調子で取り込んでいけば、検索もできますし便利だと思いますよ」

「科学の発展って、すごいのね……」

「割と前からあるものだと思いますけどね」

 

 本当に、この人はずっとどうやって研究して来たんだ。

 ともかく、目下のところの目標が定まった。

 

「まずは部屋の書類を全部取り込みましょう」

「そんなことができるの!? い、いっぱいあるけど!」

「手間はともかく、データ化すれば全部入りますよ」

「す、すごい……」

 

 新見さんは感心を通り越して、タブレットを神々しそうに見ていた。そんな彼女を無言で見て、僕は立ち上がる。

 書類を全部データ化して、残った物理をファイルにでも収めて棚に片付ければ、部屋も少しは広くなるだろう。とりあえず、あのあたりの一角から切り崩していけば――。

 

「ふああっ!? じょ、助手くんそっちは!」

「えっ?」

 

 軽率に動いてしまった僕は、全く何も学んでいなかった。

 研究室の奥に積み上げられた山の裏手に回って、そこに広がるものを見つける。シワだらけの毛布が一枚床に広げられて、その側に布が纏めて山のようになっている。周囲には有名なチョコレートバーの空袋が散らばり、ペットボトルが壁際に並べられている。率直な感想は、何かの動物の巣。

 積み上がった布が、衣類であることに気がつく。となれば、白衣に紛れて少しだけ覗く黒い薄布は。

 

「パン――」

「うわああああんっ!?」

 

 その名前を思わず口に出しそうになったその時、隣から崩れてきた書類の山に飲み込まれ、僕の視界は闇に染まった。

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