悪の組織の下っ端研究員に就職しました。〜銀髪巨乳の女幹部さんがチラチラこっちを見てくるけど全く身に覚えがありません〜   作:ベニサンゴ

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第09話「∀NEのスポンサー」

 少し波瀾万丈な出来事もあったけど、その後は新見さんが書類を集めて僕がそれをスキャンするという分業が確立されて、効率よく電子データ化を進めることができた。すっかり作業も慣れて、ほとんど無意識の流れ作業でスキャンしていると、時間もあっという間に過ぎ去ってしまう。

 

「ああっ!」

「どうかしましたか?」

 

 突然新見さんが声を上げて手を止める。彼女は怪訝な顔をする僕に、あわあわとして壁に掛けられた時計を指差した。

 

「しゅ、就業時間、お、おお、終わりだから……」

「え? ああ、ほんとですね」

 

 気がつけば時計の針は17時を少し過ぎている。そういえば就業規則も何一つ知らされていないけれど、どうやら∀NEは17時が退勤時間となっているらしい。

 

「あ、あの……助手君?」

 

 頷きながらもスキャンする手を止めないでいると、新見さんが戸惑った様子で首を傾げる。ピ、ピ、ピとスキャンする音だけが研究室内に響き渡った。

 

「あの、お仕事、おわり……」

「いや、あともうちょっとありますし。キリがいいところまで終わらせますよ」

「だ、だだ、だめだよぉ。そそ、それなら残業申請をしないと」

「どうせ十分くらいで終わりますし」

 

 そう言っても、新見さんは頑なに首を振る。更には僕から強引にタブレットをもぎ取って、作業を中断させてしまった。

 

「だ、だめだよ。じじ、時間は守らないと。――そ、それに、おる……折手ちゃんと、約束してるでしょ」

 

 少し怒ったように頬を膨らませる新見さんに言われて思い出す。そういえば、仕事が終わった後はエレベーターホールで折手さんと待ち合わせていた。すっかり忘れていた。

 

「すみません。じゃあ、僕はこれで」

「う、うん。お疲れ様。……あっ、明日も、よろしくね」

「はい! お疲れ様です!」

 

 新見さんはまだ研究室に残るらしい。ドアを開けて出られるか少し心配だったけれど、いざとなったらレザリアさんを呼ぶから大丈夫だと言われた。それはそれでどうなんだろう。

 

「えっと、エレベーターホールは……」

 

 第三研究室を出たのはいいものの、∀NEの秘密基地は広すぎる上に入り組んでいる。行きは折手さんに案内されるまま着いて行ってたから気にしていなかったけど、よくよく考えればエレベーターホールまでの道を知らない。

 館内図や案内板のような親切なものは何もない。当初想像していた以上に、この職場は迷いやすくなっているようだ。

 

「あのー」

 

 結局、近くを通りがかった人に声を掛ける。突然見知らぬ男に話しかけられたにも関わらず、白衣を羽織った男性は事情を話すと快く案内してくれた。

 

「そこの角を曲がって、七つ目の十字路を左だよ。そしたら三つ扉があるから真ん中を選んで、エレベーターで1階、8階、3階、12階、1階、5階の順でボタンを押せば、B1に繋がるから。そこからは25メートル直進して左手の壁を7回叩くと、次の道が現れるから、そこの右の壁にある3枚目の扉を通って、階段を降りて、目の前のドアに触れずにもう一回階段を登って、後ろにあるドアを開けるとエレベーターホールだ」

「ええ、っと……」

 

 なんかこれはもう複雑とかいう次元じゃないのでは?

 男性はさらさらと慣れた調子で教えてくれたけれど、口頭で伝えられただけでは覚えられる気がしない。ていうか、行きでそんな道を通った覚えがないんだけど。

 

「和毛くん!」

 

 困り果てていると、不意に名前を呼ばれる。驚いて振り返ると、滑らかな銀髪を揺らして折手さんがこちらへ小走りで近づいてきていた。

 

「折手さん! すみません、エレベーターホールへの行き方が分からなくて」

「いいのいいの。私もそれを思い出して探しに来たのよ」

 

 親切な研究員さんにお礼を言って、折手さんと共に歩く。彼女も一日仕事をしていたはずだけれど、ヒールの音は軽やかで楽しそうだ。

 わざわざ迎えに来てくれたことにお礼を伝えると、ニコニコと笑って「いいのよ」と首を振った。

 

「それより、初日はどうだった?」

「新見さんも優しい方で、なんとかやっていけそうです。とりあえず、第三研究室の片付けから始めてますけど」

「ああ……。あの子、超がつくほどの機械音痴で、研究に熱中するとぶっ倒れるまで熱中するタイプだから、一瞬で部屋がモノで溢れるのよ。和毛くんには悪いけど、彼女のことを見ててくれるとありがたいわ」

「なんとなく分かりました。助手としてできるだけのことはしますよ」

 

 一応研究室の室長をしている新見さんのことも、折手さんは親しみを込めた口調で語っている。やっぱり、彼女も実際はかなり偉い人なんだろう。

 

「折手さんは、もしかして人事部の方なんですか?」

「人事部? ……ああっ、そ、そうね。まあ、そんな感じ」

 

 一瞬きょとんとした後、彼女は勢いよく頷く。やっぱり表面上は元気そうに見えるけれど、疲れは溜まっているのだろうか。スカウトマンなんて、やっぱり大変な仕事だろうしな。

 

「私のことよりも今は和毛くんの事が優先よ。新見ちゃんから社員証は受け取ってる?」

「あ、はい。これですよね」

 

 僕が手首に巻かれた薄いバンドを見せると、折手さんはそうそうと頷く。社員証という割に顔写真なんかが印刷された首から掛けるようなカードではないが、これが∀NEの標準だ。折手さんも同じく手首に銀色のバンドを巻いているし、レザリアさんや新見さんも同様だ。

 このバンドには僕の識別コードが埋め込まれていて、各所のドアもこれで開けることができるようになっている。

 そして、実は∀NE以外の組織も全員、このバンドを身につけている。

 

「特区内で暮らすときは必須だから、外さないように。って、超能力でも使わないと外せないようになってるけど」

 

 そう、このバンドはS.T.A.G.Eが開発した特別なもので、特区内で暮らす人々は例外なく身に付けているのだ。ここには個人識別コードだけでなく、特区内で流通している通貨の情報も封じられている。このバンドがあれば、買い物なんかもできるというわけだ。

 特区内では現金が使えないから、僕みたいに外から来た奴はスマホに入れたウォレットアプリで支払いをする。けれど、すでに僕の数千円はこちらのバンドに移し替えている。

 このバンドは僕が特区の住人となったことの証でもある。そう考えると、シンプルな銀の腕輪も宝物のように見えてくるのだから不思議なものだ。

 

「これから、和毛くんの家に案内するから。そこもこのバンドがないと開かないのよ」

「家!? あ、そうか……」

 

 折手さんの言葉に驚きながら、すぐに納得する。

 特区内の秘密結社で働いているのに、特区外から通勤するわけにはいかない。聞けば、∀NEがしっかりと住居も用意してくれているらしい。今日突然就職が決まったというのに、仕事が早い。

 エレベーターホールへと戻ってきた僕は、折手さんの後に続いてエレベーターに乗り込む。出てきたのは、今朝入ってきた路地裏ではなく、どこかのカフェのバックヤードのようだった。

 

「ここは?」

「秘密通路のひとつよ。このカフェは∀NEのフロント企業だから、店員に言えばエレベーターに案内してくれるわ」

 

 そう言いながら、折手さんは堂々とバックヤードから客席を通って通りに出る。夕方の特区は、町を取り囲む高い壁が影を落として、高層ビル群の明かりが薄く煌めいている。

 仕事帰りの人々は、鮮やかな髪色が多い。それを見るだけでも、ここが超能力者の町であることを実感させられる。

 

「こっちよ」

「はい!」

 

 折手さんに連れられて、夜の迫る街並みを歩く。いかにもビジネス街だと言わんばかりのビル群を抜けると、今度は立派な高層マンションが林立するエリアが現れる。

 ぼんやりとそれを眺めながら歩いていると、遠くのビルで突然爆発が起きた。

 

「うわっ!?」

 

 炎を纏った巨大な岩石がビルを貫通し、巨大な建造物が崩れていく。その中から飛び出してきたのは軽やかに空を飛ぶ人だ。筋骨隆々の男性と、小柄な女性が空中で激しい戦闘を展開している。

 周囲にはドローンが飛び回り、崩れたビルを背景にカメラを構えているようだ。

 

「お、折手さん、あれは!?」

「グレゴリロックとリリックフェアリーのバトルね。そういえば、今日は水曜日か」

 

 まるでスーパーの特売品でも見かけたような顔で、折手さんは平然としている。周囲を見渡してみれば、取り乱しているのは僕くらいだ。道ゆく人々は激しい戦いを軽く一瞥しただけで、のんびりと歩きはじめている。

 グレゴリロックとリリックフェアリーといえば、どちらもかなり人気の高いヴィランとヒーローだ。岩やコンクリートといった物質を操作することのできる〈泥岩の腕(マッドハンド)〉という能力を持つグレゴリロックは、怪力も相まって凄まじい破壊力を発揮する。一方ライバルのリリックフェアリーは、音を自在に操る〈桃花の協奏曲(ピーチコンチェルト)〉で対抗している。

 グレゴリロックが倒壊したビルの瓦礫を操作して、巨大な弾丸として発射する。しかし、リリックフェアリーが軽やかに喉を震わせると、放たれた高音が弾丸を粉々に粉砕した。

 超能力者二人の戦いは、更に熾烈に加速していく。

 

「うわぁ、すごい……。僕、ヒーローバトルを生で見るの初めてなんです!」

「そ、そう? ふーん。良かったわね」

 

 ついつい興奮してしまう僕とは対照的に、折手さんはむしろ退屈そうだ。やはり特区の住人、それも∀NEの職員ともなれば、ヒーローバトルは見慣れているらしい。彼女は早々に興味を失って歩き出してしまい、僕も後ろ髪を引かれつつもそれに着いていく。

 

「そういえば、どうして水曜日だと?」

 

 折手さんはグレゴリロックとリリックフェアリーの戦いを見て水曜日だと言った。そこの因果関係が分からず尋ねると、彼女はスマホを操作して見せてくれた。

 

「グレゴリロックのスポンサーは66マートで、リリックフェアリーのスポンサーはオトヤ商店なの。毎週水曜日にバトルして、勝った方の店がセールするのよ」

「へええ」

 

 66マートもオトヤ商店も、特区外にも多くの店舗を擁する全国規模の大手小売店だ。そういえば、水曜夜にはセールの旗が立っていた気もする。だいたい大学の研究室に引きこもっていたから、印象は薄いけれど。

 とはいえ、ヒーローバトルと店のセールが連動しているというのも面白い。

 ヒーローもヴィランも、その活動には多額の資金が必要となる。それを支えているのが、スポンサーである企業だ。だから、セブンレインボーズもトウミ精工のCMに出演している。ヒーローバトルが興行としての側面を持つというのも、これが理由だった。

 

「∀NEのスポンサーは何処なんですか?」

 

 そう言えば悪の秘密結社∀NEのスポンサーは知らなかった。興味本位で尋ねてみると、折手さんは振り返って口を開いた。

 

「シロガネフーズよ」

「シロガネ!?」

 

 端的に告げられた社名に思わず目を丸くする。

 シロガネフーズと言えば、言わずと知れた食品業界の最大手。一次産品から加工食品、更にはカフェやファミレスといった飲食店事業にも広く手を伸ばし、多角化によってその地位を確固たるものにしている、世界的有名企業だ。

 

「まあ、スポンサーというか、∀NEはシロガネフーズの一部門なのよ。だから、和毛くんはそこの社員ってことになるわ」

「そ、そんな……」

 

 なかなか就職できず路頭を彷徨っていた僕が、気付かぬうちに世界的大企業に所属していたなんて。

 今明かされる衝撃の事実を受け止めきれず、思わずふらついてしまう。

 

「さ、着いたわよ。ここが今日から、和毛くんのお家になるの」

「――えええっ!?」

 

 だが、衝撃はそれだけでは終わらなかった。

 折手さんのヒールの音が途切れ、彼女が目の前に聳える巨大な建物を見上げる。

 それは、天を貫く摩天楼。息を呑むほど立派なマンションだった。

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