時間はあっという間に経ち、迎えた5月1日の初日。
俺はいつものようにクラスの皆に挨拶を交わして席に着いた。担任の先生が来るまでの間、授業の予習をしつつ、周囲の友達と何気ない雑談に興じる。
「もう5月か……。あっという間だな」
時の流れに思いを馳せていると、予鈴のチャイムが鳴り響いた。それと同時に、手にポスターの筒を抱えた真嶋先生が、重々しい足取りで教室に入ってくる。
「ホームルームを始める前に。今回、端末に配布されたポイントについて違和感を抱いている者も多いと思う。今から、それらを含めてこの学校のシステムについて改めて説明する。大事な話だ。全員、よく聞いてくれ」
ポイントに違和感?
先生の言葉に促されるようにして、俺は手元の端末を開き、入金履歴を確認した。
画面に表示されていたのは『+94,000』。
ありゃ、10万じゃない。一瞬首を傾げたが、すぐにハッとした。もしかして、天樹が前に言っていたことと関係があるのだろうか
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教壇に立った真嶋先生は、抱えていたポスターを広げ、ホワイトボードに貼り付けた。そこに書かれていたのは、各クラスのアルファベットと、それに続く謎の数字だった。Dクラスは0。Cクラスが490。Bクラスが650。そして我らがAクラスの940、一番高い。
「これらの数字は、クラスメイトの試験成績、生活態度、マナーをすべて加味した総合評価だ。『940』――これが現時点における、お前たちAクラスの実力の数値だ」
クラスそのものに成績が存在することを知り、俺は興奮した。凄い、某魔法学校の寮の点数みたいだ。なんだか面白くなってきた。成績を上げて他クラスとバトルしていくわけだ。多分、他の高校にはない高度育成高校独自のプログラムなのだろう。
「これはお前たちの『クラスポイント』だ。このポイントに基づき、お前たちに今月振り込まれたプライベートポイントは、クラスポイントの100倍……つまり、9万4000ポイントということになる」
先生の解説を聞いて、俺は内心で小さくガッツポーズを浮かべた。みんなが毎日の授業に積極的に参加して、真面目に頑張ったから、全クラスの中で堂々の一位を取ることができたってわけか、完璧とは行かなかったが流石だ。
そして合点がいった。天樹が睨んでいた違和感の正体は、このポイントシステムによる変動制だったんだ。
納得がいってスッキリした……のも束の間。ホワイトボードに並んだ数字を改めて見つめていた俺は、ある異様な表記に目が釘付けになり、勢いよく挙手をした。
「水瀬、質問か?」
「すみません、先生。うちのクラスとは直接関係のない話になってしまうのですが……Dクラスに何かあったのですか? 今のお話だと、Dクラスの人たちは今月、1ポイントも貰えないということになってしまうと思うのですが……」
俺の突飛な質問に、教室が一瞬シンと静まり返る。真嶋先生は厳格な面持ちのまま、視線を俺へと戻した。
「……そうだな。遺憾ながらDクラスは、学校側から『評価を受けるには難しい』と判断されたようだ。授業中の私語、居眠り、遅刻、あるいは授業中のスマホ操作。それらすべてが減点対象となる。彼らはそのルールに気づかぬまま、欲望の赴くままに1ヶ月を過ごした。その結果が、Dクラスの有様というわけだ」
先生がそう冷淡に告げた瞬間、教室の一部からクスクスと笑うような声が漏れた。他クラスの自業自得な失態を、嘲笑うかのような冷たい空気。その反応に、俺の胸は少しだけ苦しくなった。
「…Dクラスが心配か?安心しろ、学生寮に家賃は無く、売店にはフリーアイテムや無料の食事メニューが最低限用意されている。今回は、彼らにとって高すぎる勉強料として耐えてもらう他ないな」
確かに、授業をちゃんと受けないのは褒められたことじゃない。自業自得だと言われればそれまでだ。だけど、1ポイントも貰えないなんて、あまりにも可哀想だ。ペナルティだとしてもお情けでせめて2、3万程度は残してあげてもいいのに……。
Dクラスの人たちこれからどうなっちゃうんだろう。脳裏に、須藤、綾小路、櫛田の顔が浮かぶ。昨日まで普通にご飯を食べていたはずだ。生活していけるのかな。
そんな俺の心配を他所に、淡々と説明は続いていく。そしてその中で、俺は自分の耳を疑うような言葉を耳にした。
「この学校では、優秀な生徒の順にクラス分けが行われる仕組みになっている。AからD。そして、お前たちはこの学年で『最も優秀な人間』。Aクラスとして集められたわけだ」
(俺が……優秀……!?)
あまりの衝撃に、頭の中が真っ白になった。
◇
先生の話はそのあとも続いた。
希望する就職・進学の望みを完全に叶えられるのは最終的にAクラスで卒業した者だけだということ。
また、これからの評価次第でクラスの入れ替えは、いくらでも起きるため、決して油断してはならない、ということ。
「最後に、いよいよ中間テストが近づいてきたわけだが……。本学校の中間試験・期末試験において、赤点となった者への補習や再試験などはない。その時点で、退学が決定される。……まあ、お前たちのことだ。これまで通り学業に専念していれば、特に恐れる必要はないだろう」
さらっと、とんでもなく恐ろしい言葉が聞こえた。赤点で即退学。貰えるポイントのシステムと言い、ここは学校という名の軍隊か何かだろうか。
すると真嶋先生は、2枚目の紙をホワイトボードに貼り付ける。何だろうと目を凝らすと、国語、数学……。
(待って、これって前にやった小テストの成績じゃん……!?)
心の中で大慌てで突っ込む。プライバシーとかは無いのだろうか。せめて一言事前にかけてほしかった。
すると、葛城が凄い勢いでペンを走らせている姿が見えた。みんなの点数を把握しようとしているのかな?凄い熱意だ。
「先日の小テストの結果だ。中間テストに向けての参考にしてくれ」
それにしても…わざわざ全員分を公開しなくてもいいだろうに。
俺は恐る恐る自分の名前を探してみる。うわあ……。案の定というか、俺の成績はみんなと比べると明らかに低かった。これを見ちゃうと、やっぱり自分がなぜAクラスにいるのか、余計に疑問が湧いてくる。
「話は以上だ。……長くなったな。すぐに1時間目の授業の準備をしてくれ」
◇
ホームルームが終わり、真嶋先生が教壇を降りて教室を出て行く。
俺は急いで席を立ち、廊下へと向かう先生の背中を追いかけた。どうしても、先生に直接確かめたいことがあったからだ。
自分が一番優秀とされるこのAクラスに配属されている、という事実。思い返せば、「みんな凄い人ばかりだな」となるわけだ。周りを見渡せば、俺なんかより遥かに頭の良い生徒・運動神経が抜群で、精神的にも隙がない人ばかり。どう考えても、俺がこの中に並んでいるのは不自然極まりない。
「先生! すみません、先生!」
「……水瀬か。そんなに慌ててどうした」
振り返った真嶋先生に俺は思い切って口を開いた。
「忙しい所、すみません先生……」
「…あの、俺、なんでAクラスになったんですか? 一番上のクラスなんですよね?俺より頭のいい人なんていっぱいいるし、運動できる人もいるし。何か手違いではないですか…?」
自分が中学校の頃の学力は、決して良い物ではなかった。テストでは、7割前後で、凄く良くても8割くらいを取っていた。のんびりした学校だったから『優秀だね』って褒めてもらえたけど…。今Aクラスの中で点数を比べたら、俺の成績は明らかに低い。みんな俺より上という動かぬ証拠だ。
本当に何故。そんな俺の必死な問いかけに、真嶋先生は少しだけ目を細めた。
「自分が何故Aなのかという謙遜は初めて聞いたな」
少しおかしそうにフッと鼻を鳴らす。その反応に俺はキョトンとする。先生は真剣な面持ちに戻って言葉を続けた。
「そうだな、機密事項であるためすべてを説明することはできないが――。水瀬が言う通り、データではお前の学力も運動能力も『凡庸』の域を出ない。それは事実だ」
先生は話しながら手元のタブレットを開いて、何かをスクロールしている。淡々と画面を追うその視線は、きっと俺の過去の成績や評価シートを見ているのだろう。
「だがな、水瀬。学校が人を評価する項目は、決して学力や運動能力といった、数字にできるものだけではない。それだけは伝えておこう」
俺の評価されたこと……一体、何なんだろう。本当にわからない。
「………つまり!どんなものなのでしょうか!?皆目見当もつかないです!」
「今機密事項と言ったばかりだろう…。」
食い下がる俺に、真嶋先生は困惑したように眉根を寄せた。だが、すぐに小さく息を吐き出すと、腕を組み、厳格な眼差しでまっすぐに俺をじっと見つめてきた。
「そうだな…… お前は、自分がこの一か月このクラスで何をしてきたか、一度思い返してみろ。それ以上は言えん」
「……俺が、何をしたか?」
なんだろう。何かトラブルを起こして笑われたり、みんなと遊んだりした記憶しかないんだけど……。
先生はそれ以上語る気はないようで、「授業が始まるぞ。そろそろ席につけ」と言い残し、そのまま去っていった。
先生の言葉の真意は分からなかったけれど、とにかく今の俺ができることは一つだけだ。優秀なみんなの足を引っ張ってしまわないように、人一倍頑張らなくちゃ。
俺は小さく拳を握りしめて、そう静かに心の中で誓った。
読んでくださりありがとうございます!
せ…先生のセリフを考えるだけで凄い苦労した…。どっか間違ってたりしてませんかね…?