「俺は、自分が何者なのか、ずっと知らないまま、ここまで生きてきました」
数々の災難に見舞われてきた過去が、白郎に言葉を紡がせる。
それは、裁きを望む人間の告解であった。
「化け物というほど卓越していなければ、普通と言えるほど調和が取れているわけでもない。…………その癖、俺の周りでは人が死んでいく。俺は、俺が無力なまま誰かを殺してしまうことが、恐ろしかった」
彼の足元に、多くの死が積み重なってゆく。
名も知らぬ他人や、彼の為に奮闘した者、そして、かけがえのない父。
白郎は、無知という罪業を背負わなければならないことを誰よりも理解している。
例え、とめどなく溢れる恐怖に足を掬われることになろうとも、彼はこの脅威を知らなければならなかった。
「だから、教えて下さい。俺の正体は、一体何なんですか? 俺の身に起きているこの現象は、他の誰かが説明できるものなんですか?」
彼は、救済では無く、対抗することを選んだ。
自らの存在をただ否定しているだけでは、逃避と変わらない。
逃げたところで、その分被害は加速する。
この手から擦り減る命を無くすために、白郎は最後の一線を超えた。
「_______へぇ、中々いい面構えしてるじゃねぇか」
己の意志で、新たなる局面へと向かう白郎に、ハーメルは鋭い視線を緩め、少年の決意に感服する。
「その根性、気に入った。そこまで腹を決めてんなら、今回の相談料はタダにしてやる。……折角乗り掛かった船だ、俺も最後まで付き合うぜ」
ハーメルからの最大限の譲歩に、白郎はおろか、キキまでも目を丸くする。
「珍しいですね……貴方がそこまで依頼人に肩入れするなんて。一体、何を企んでいるんです?」
「人聞きの悪い、心優しきお師匠様になんて口聞きやがる。俺は基本的に、誠実で真心たっぷりな素敵で知的な魔法使いなんだよ」
灰色の瞳を訝しげに顰めるキキに、ハーメルは、心外とばかりに唇を歪める。
「…………本当に、ありがとうございます」
気の置けないやり取りを交わす彼らが、師弟であるという興味深い真実に驚かされながらも、白郎は、子供じみた魔法使いに謝意を述べた。
「へっ、なぁに、礼を言われるほどのことでもねぇよ。……ただ、そこまで大口叩くお前をビビらしてやりたくなっただけだ」
誠意ある少年に、歌うような口振りで、ハーメルは意地の悪い笑みを張り付けた。
*
「手始めに兄ちゃん、お前は霊媒というものをどこまで把握している?」
口の端を吊り上げ、性悪な塾講師のように追及するハーメルに、白郎は逡巡しながら自らの顎に手を当てた。
「…………霊に取り憑かれやすい人、ってことですよね?」
「正確に言うと、意図的に取り憑かせているってことだがな。要は仲介人だ。霊と人間を直接媒介する存在、生と死の狭間を行き交う者、として考えれば良い」
イタコと言えば、分かりやすいか? と、ハーメルはいつの間にか現れていたホワイトボードに、流れるような動作で書き記していく。
霊媒。本来の意味としては、超自然的な存在が人間に取り込まれることで、死者との意思疎通を図るものである。
古来、日本では口寄せとも呼ばれ、霊能者などが用いる技術である。
だが、稀に高度な技術を必要とせずとも死者と接続し得る者が存在しており、それらの個体を、
白郎は、確実に後者の部類に入る。
「結論を言えば、お前に取り憑いているのは一人じゃない」
ハーメルはいくつかの図を纏めながら、ホワイトボードを埋めていく。
簡易的な講義が適切に進められていく中、白郎は驚愕を露わにした。
「一人じゃないって、じゃあ、何人の霊が俺に取り憑いてるって言うんです? じゅ、十人、とか? 」
「キキ、お前の
俺だと大雑把にしか分からねぇからな、と手を振り降参の意を示すハーメル。詳細をできる限り知ることを望む白郎が勢いよく隣を向くと、キキは、固唾を飲みながら渋々答えた。
「数だけで言うのなら、ざっと九千万人以上。
煮湯を飲まされたかのように、表情を歪めるキキ。
気の所為か、微かに彼女の瞳が灰色から虹色に変化したように思われる。
だが、それ以上に白郎の心を締め付けたのは、彼に取り憑いた霊の数だ。
九千万人、日本人口の殆どを占めている。彼の抱える呪いはあまりにも強固で、深刻である。
予想を上回る事実に翻弄されながら、白郎はただ呆然と立ち尽くす他なかった。
現実は、予想もし得ない場所から裏切りを重ねていく。
想像を絶する過酷な状況の中、彼は現実を受け入れるための言葉を探しあぐねていた。