「一体、どうして、こんな」
白郎は、断絶されかけた意識を無理やり繋ぎ止める。
原因を把握しきれない彼に、ハーメルは一度、書き連ねた文章を堰き止めた。
「霊媒はな、魂の輪郭を捉えてんだよ」
「魂の、輪郭?」
彼の言葉を咀嚼する白郎は、自らの掌で無防備に転がるももにくへと目を向ける。
白郎が思考の海に囚われる中、ホワイトボードに背を預けたハーメルは、人並外れた長い両腕を組み、講義を続けた。
「いいか、これは生物全体に言えることだが、俺達には五感が存在する。視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚……どれも一つが欠けているだけで、生活に支障をきたすものばかりだ。何故だか、分かるか? 」
「何故、って、それが無かったら、危険を察知できなくなるから、ですか……? 」
白郎は、辿々しく答えを口にしながら、ハーメルの言う五感へと意識を向ける。
視界から共有される逢魔堂の景色、掌から伝わるももにくの鼓動。
ありとあらゆる感覚を研ぎ澄ませながら、彼はハーメルの問いから意味を汲み出そうとした。
「物事の大枠はしっかり掴めてるみたいじゃねぇか。……そう不安がるなよ、間違ったことは言っちゃいねぇんだから」
「いや、なんか、よく考えたら難しくて……なんで五感って無いと駄目なんですかね? 」
白郎はももにくを片手に移しながら、左手を握り込み、開いたりを繰り返す。
ハーメルはその反復運動を遠巻きに見遣りながら、左手に収まったペンを器用に回し始めた。
「簡単だ。これらの器官があることで、俺達は世界を定義してるんだよ」
ある程度回し続けたペンを止め、ハーメルは笑みを深めた。
*
「世界を、定義? 」
唐突に壮大となった話に、白郎は困惑する。
頭を抱え始めた彼を、ハーメルはさも愉快気に肩を震わせた。
「視覚は物体を認識する。聴覚は情報を収集し、嗅覚や味覚は選別し、触覚は物体を感知する。五感があることで、この世界は実在すると確定するんだ」
生物が所持する、当たり前の器官が世界を証明することに繋がる。
その哲学的ともとれるハーメルの話に、白郎は必死に食らいついた。
「その五感の話と、俺の霊媒はどう繋がるんですか?」
彼が物理的に目を回しかけると、ハーメルは再びホワイトボードにペンを走らせていく。
「霊媒は、自らの感覚を鋭敏にすることで死者とコンタクトを取る。自身の意識の最奥で、死者の過去、性質、概念を知覚する。そうすることで、魂が形を成すんだ。ピントを合わせるのと、同じことだよ」
「えーっと、カメラみたいなものですかね? 」
「分かってんじゃねぇか」
物事を噛み砕き、要約する白郎に、ハーメルは左手の人差し指と右手の親指で四角を作り、肯定した。
「情報が確立された魂と接続することで、宿主は
「じゃあ、俺は、いくつもの人の魂に意味を与えたことで、その人達と繋がってしまったってことなんですか? 」
自らが口にした事実に、白郎の足は自然と震える。
彼は、事象の原型である魂に意思を与えたことで、具現化した怨念を顕現させ、自らを呪いの媒体に仕立て上げてしまったのだ。
次第に青褪めていく白郎に、ハーメルはホワイトボードに一頻り書き終えると、彼が避けたい真実を明確にした。
「お前には元々、魂を知覚し、集積する能力が備わっている。その力があまりに強大であったことで、大量の死者がお前に傾れ込んだんだ」
講義を終えたハーメルが再び上座に腰掛けると、白郎は、先の見えない闇の中へと葬られていった。
「俺が生きている限り、この連鎖は止まらない……? 」
罪悪感に押し潰されていく白郎。先行きを見通すことが困難となった彼が自らに失望し、項垂れていると、ももにくは彼の指に噛み付いた。
「痛っ……ももちゃん……」
「ヂィ」
ももにくは白郎に、まだ話は終わっていないのだと叱咤する。
彼が指し示した視線の向こうで、ハーメルはこの状況下でも笑みを崩さなかった。
「おいおい兄ちゃん、こんな大したこともない事実に絶望してんじゃねぇよ。俺が今言ったことなんてな、
ハーメルは手の掛かる子供に相対する柔らかな口調で、紋様の刻まれた両腕を広げる。
「自信満々に言いますね……だけど、具体的にどういう方法があるって言うんですか?」
圧倒的な情報量に追われながら、身動きの取れない白郎に、ハーメルは片目を瞑った。
「今お前と
壮絶な問題に対し、単純な数式を解くような軽やかさで断言しながら、ハーメルは両手を眼前で組み、手品を行うような仕草で両手を再び離す。
「お前が
起源というものが人間を構成する核なのだとすれば、それを書き換えるにはリスクが伴う。
下手をすれば、彼の肉体と精神が崩壊し、液状化する可能性も考えられた。
万事休すかと思われる中、ハーメルはそれを否定する。
「だがな、お前が
ハーメルが言うには、白郎と霊の間で合わさってしまったピントをずらすというものだ。
魂の情報を不確実にすることで、
彼の琥珀色の瞳に、断念などという文字は飾られていない。いっそ執念とも呼べるその確固たる意思は白郎の心を大いに揺さぶった。
「まずはお前に憑いた
上座から身を乗り出す彼の表情は、新たなる好敵手に挑む戦士のような勇ましさが宿っていた。