「そ、そんなこともできるんですか?」
驚きのあまり、白郎は何歩か後退る。心なしか、ハーメルの琥珀色の瞳が、新たなる玩具を手に入れた童のように爛々と輝いている。
「おう、できるぞ。何せこちとら、
うっへっへと、凶悪な笑い声を上げたハーメルは、懐から取り出した扇子を仰いだ。
それにしても、過去の除霊師でも歯が立たなかった九千万人を前にして、臆することのないハーメルは、彼にとって、稀有な存在である。
自らの世界に没頭するハーメルに身を竦ませる白郎だが、彼の豪放磊落ともいえる懐の深さには思わず感服する。
「____ところで、あの、アーティファクトって何ですか? 」
暫く、憧憬の眼差しを向けていた白郎であったが、ハーメルの口から不意に出た新たなる用語に、彼は怪訝な表情を浮かべる。
オフィスデスクに足を掛け、尊大に座り込むハーメルを冷ややかに見つめていたキキは、子犬のようなつぶらな瞳で首を傾げる白郎へ、懇切丁寧に解説を始めた。
「
「それはつまり、人間も魔法を扱えるってことになりますよね? 」
魔法というものを、手の届かぬ異能と認識していた白郎は、あまりの手軽さに拍子抜けしてしまう。
「えぇ。
「そんなに、魔法って当たり前にあるのに、何で俺はそれを知らずに育ったんでしょう? 」
キキから魔導具の利便性を聞く度に、白郎は、そこまで普遍的となっている奇跡を知らぬまま育った自身が不思議に思えてならなかった。
白郎の疑問に、キキは複雑そうに左手の指をこめかみに押し込んだ。
「日本は、魔法使いに対する認知が遅れていますからね……秘匿主義というか、なんというか、彼らは魔法使いと人間との間に線引きをしたがるんですよね……」
日本人ってシャイなんでしょうか、と日本の国民性に疑問を抱くキキに、ハーメルは扇子を閉ざしながら鼻を鳴らしてみせた。
「そもそも、この国は他の国に比べて人間の割合が多いんだよ。だから排他主義に磨きがかかる。魔法使い発祥の地であるイギリスならまだしも、日本に魔法使いが流れ込んできたのは大分後だからな」
「
無感動に自らの手袋へと視線を向けたキキは、無限の可能性を持つ魔法の裏にある闇を語る。
その手袋に隠された壮絶な過去に、言葉を失う白郎は、魔法の奥深さを知ったことで、改めて
「じゃあ、その
魔法使いにせよ、人間にせよ、彼らに共通するのは異常に対する拒絶だ。弱者と強者は常に啀み合うことでしか対峙することができない。
はるか昔の、激動の時代に思いを馳せながら、白郎は、当時の創始者に敬意を表した。
「対等ねぇ……そんなけったいな理由でもねぇだろうよ」
白郎の高尚な解釈へ、ハーメルは緩やかに否定する。
「へー、なら、どんな理由があると思うんです? 」
自身の推測は的外れだと断言された白郎は、追想に浸るハーメルを悪戯に突いた。
「どうもこうもねぇよ……ただ、そいつは、派手な力を持て余して自惚れてる奴と、
白郎からの追及を、言葉巧みに濁すハーメル。
彼は、この傲慢不遜な魔法使いにも、譲れない信念はあるのだと、ハーメルの人となりを垣間見たような気がしていた。
案外、彼は自身以上に人が好いのかもしれない、白郎がそう頬を緩ませた、その瞬間のことだ。
「_______……ッ!? 」
油断した白郎の背に、爪で皮膚を裂いたような痛みが生じる。
彼が痛みに呻く途端、逢魔堂全体が激しく音を立て揺れ始めた。
「なん……で、こんな……ときに」
苦しみに喘ぐ白郎を中心とするように、逢魔堂は惨憺たる有様へと変貌する。
咲き誇る花が枯れ、机の書類は崩れ落ち、照明までもが断ち切られるように消えていく。
「…………20、800、数万ッ!? なんて、規模の騒霊現象! このままじゃ、逢魔堂の結界が破られます!」
「ンヂァ! 」
竹刀袋を杖にし、数多の霊による圧力に耐えるキキと、白郎の掌でうたた寝をしていたももにく。
空間が捩れ、三人と一匹は抗えぬままに押し潰されていく。
狂騒が入り乱れる中、椅子ごと倒れていたハーメルだったが、彼は耳を劈くような叫びをものともせず、悠々と立ち上がる。
「…………亡者共が、二度目の死を恐れて足掻き始めたか」
逼迫した状況であるにも関わらず、ハーメルは優雅な笑みで、楽団の指揮者のように指を突き上げた。
「…………! 白郎さん、耳を塞いで!! 」
ハーメルの一連の動作を合図にし、キキは竹刀袋を放り捨て、自らの両耳を塞ぐ。
「ももにく! 彼を護りなさい! 」
コンマ数秒にも満たない時間、声を張り上げたキキが指示を出すよりも速く、ももにくは白郎の頭によじ登り、己の体を発光させた。
「_________狂乱を歌え、アルラウネ」
白郎が震えた手で耳を塞いだ瞬間、世界が一変する。
「AAaaaa aaaa aaaa A aaaa_________!」
白郎に集る亡者よりも一際高い絶叫が、白郎の両手を貫いていく。
脳を圧迫するような怒号が、屋敷全体を震わせる。
常軌を逸した絶唱、内蔵が抉られるような死の旋律が響き渡る内に、逢魔堂の支配していた多くの死霊が蒸発した。
頭蓋骨を粉砕されるような痛みを必死に堪えていた白郎。次々と姿を消していく死霊を目で追っていくと、彼らの背後に一人の少女が佇んでいる。
それは、今朝目にした、白い顔の少女であった。
「き、みは、一体……? 」
感情の乏しい瞳で、白郎を凝視する少女。死の叫喚に飲まれる彼は、彼女の口が微かに動くのを目にする。
「□□□□□□□□」
少女の声に耳を澄ませた白郎だが、彼女の言葉は届くことはなく、白郎の意識は途絶えていった。