暫く口を開かない白郎であったが、やがて平静を取り戻したようで、彼は再び岸辺に向き直る。
「それで、この現象を解決できる人が居るっていうのは誰の情報なんだ?」
「
「そりゃあ勿論。いつも本読んでるでしょ? 本で顔でめっちゃ隠れてるけど」
本を読む動作で表現する白郎に、岸辺は感嘆した。
「おぉ、流石だな。クラスメイトでも知らねぇっつー奴が殆どなのによ」
岸辺は大きく頷きながら、両腕を組む。
蘇芳かなみは、彼らの所属する一年A組の女生徒だ。
かなりの引っ込み思案で、姿を見かける程度のことですら至難の業なのだが、岸辺は彼女とよく話をするらしい。
岸辺からの情報に、白郎は眉間に親指を当てつつ思案する。
「蘇芳さんは、その除霊師さんと知り合いな訳? それとも、俺が知らないだけで有名な人だったりする?」
過去の記憶や、取り出したスマートフォンにて、SNSや動画サイトなどの情報を元に洗いざらいに探るが、そんな彼を岸辺は制止した。
「あー、混乱させて悪いんだけどな、俺が聞いた話だとそいつは除霊師じゃねぇんだよ」
複雑な表情を浮かべる岸辺に、白郎の思考は停止する。
「え、なら岸、お前が俺に紹介したい人って?」
神職の者だろうかと、悠長に構えた白郎は、岸辺の一言に息を呑むことになる。
「魔法使いって、知ってるか?」
*
この世界、及び、この宇宙には人々が呼称するところの「魔法」が存在する。
始まりは、一つの星の光であったという。
138億年前に発生し、宇宙の始まりと謳われるこの大爆発は、後に人類の学者の間で、宇宙的大爆発ビッグバンと名付けられるようになり、
その後、彼らは数多の銀河を生み出し、星を散りばめては、人々が想像し得ないような大いなるエネルギーを創り上げる。
このエネルギーは「
彼らは虚空の彼方を、楽園に塗り替えたのだ。
宇宙が強力な力を発達させていく内に時は流れ、新たな個体、地球に、生命が誕生した。
平凡な生命体だけではなく、人智の及ばぬ高位生命体(現在でいうところの、幻想種である)まで存在しており、あらゆる神秘が一つの惑星に内包された。
いつしか地球には人間が現れるようになり、人間ならび人類は、自らの体内に
そしてある時、人類が数多くの進化を遂げていく中、彼らの中から
人でありながら人を遥かに超越するその存在を、彼らは、そして我々は"魔法使い"と呼ぶ。
*
「魔法、使い?」
白郎は、全ての記憶から手繰り寄せるようにその言葉を反芻する。
「話なら聞いたことあるだろ? 何せ、都市部にはい──っぱいいるみたいだしな」
岸辺は、人差し指で軽く円を描きながらけたけたと笑った。
「いや、知ってるには知ってる、けど……」
白郎は軽い眩暈を抑えながら、指でこめかみを強く押す。
岸辺の言うように、この世界の8割は魔法使いで成り立っている。
魔力マナは当初、星々を形成する上で循環される特殊なエネルギーであると認知されており、生物の体内にも宿っていると可能性を提示する者はいたが、あくまでもそれらは生命維持の為に利用されているものだと誰もが信じていた。
それらの常識を一転させたのが、始まりの魔法使い、ニールセンの存在だった。
彼女は、人類で初めて
水から炎を生み出し、荒地に花を芽吹かせ、土地を生み、世界を構成するだけではなく、高位生命体、幻想種をも統率し得る力を世に知らしめた。
ニールセンが現れれたことで、この力が多くの人間に広まり、人類は更なる発展を遂げ、やがて彼らはある法則を提示する。
それが、"魔法"である。
つまり魔法使いとは、人類の進化そのものなのである。
白郎はかつて授業で習ったそれらを思い出し、放心するが、なんとか情報を整理したことで漸く口を開いた。
「でもさ、現実に魔法使いが居るって言われても、目の前で見たことがある訳じゃないんだよなぁ」
「まぁな。それに、ネットだとか人伝に聞いた話だと魔法使いってのは、専用の学校と組織があるらしいんで、俺たちでも滅多に関わらないらしいぜ?」
白郎の疑問に、岸辺は尤もらしく首肯する。
それもその筈。そもそも同じ世界に存在し合うとはいえ、人間と魔法使いでは在り方が異なるのだ。
人間が知識を得る為に学ぶとするならば、魔法使いは自らの
社会を回す為に必要な互恵関係パートナーであるからこそ、共存を目指すにはある程度の線引きは不可欠である。
「そんな滅多に会えないような人と、どうやって知り合ったんだ……? 蘇芳さん……」
「友達だっつってたぜ? その魔法使いの助手とらしいが」
様々な想像を膨らませる白郎を他所に、岸辺も懐からスマートフォンを取り出す。
「いやぁ、なんか俺の知らない内に色んなことが動いてたんだなぁ……人生、なにが起こるやら……」
「おい、白郎」
忙しなく指を動かす手を止め、岸辺は白郎を現実に引き戻す。
「なんだよ、急に改まって」
「お前さ、この魔法使いに会ってみる気はあるか?」
唐突に告げられた提案に、白郎に緊張が走る。
「会う……って、それは」
「正直、この方法を進められる程俺は魔法使いを知らねぇ。最善と呼ぶには、不確定要素が多すぎる」
岸辺は手元のスマートフォンを握りしめ、静かに、しかし躊躇うことなく白郎に向き合った。
「ただ、あの怯えてばっかの蘇芳が、そいつならお前のポルターガイストをなんとかできる。信頼できる魔法使いだと断言したんだ。アイツがそこまでのことを言うのなら、俺もそれに賭けたいと思う。……それだけの、なんの根拠もないことだ」
根拠がない、と岸辺が語るのはかなり珍しいことであった。
彼は、普段飄々と振る舞っているが、その実かなりの慎重派である。
交友関係は広いが、常に周りを観察し、時には厳しい判断を下す。
そんな彼が、不確かであれど、信頼すると語るのは余程のことだ。
白郎は、岸辺の覚悟に報いることを決意する。
「会ってみるよ、その魔法使いに」
決意の込められた右手は、僅かに震えることさえしなかった。