全ての授業が終了し、周囲の生徒は部活動に走っていく中、校門前には2人の少年が佇む。
一人はどこにでもいる平凡な生徒なのだが、もう一人は両耳に校則違反であるピアスを身に付けており、少々奇妙な組み合わせとなっている。
白郎と岸辺だ。
彼らは昼休みを終えた後、蘇芳を経由し、例の魔法使いの助手にアポイントメントを取った。
先方は、放課後に彼らの通う櫻坂高等学校へ向かうと岸辺に連絡した為、二人はそれまでの間校門で待機することとした。
「……しかし、テメェで大口叩いといてなんだが、本当に来るのか?」
岸辺は、手持ち無沙汰にスマートフォンを弄り、平静を保つ。
現在の時刻は17時50分。
約束の時刻は18時、ここが運命の分かれ目だ。
岸辺は一度スマートフォンを弄る手を止め、鼻を鳴らす。
「ま、来なきゃ来ねぇで引導を渡せるってもんだろ」
「物騒なこと言うなよな……」
戦国時代の武士とも言える気迫に、白郎は彼の背後に金属バッドを連想した。
岸辺は時折、こちらの肝が冷えるような鶴の一声を発する。慣れていなければ、冗談と本気の区別がつかない。
さり気なく隣を見遣ると、岸辺は先程からスマートフォンの画面を親の仇のように睨んでいる。
「蘇芳さんのこと、信頼してるんじゃなかったのか?」
切羽詰まった様子の岸辺を解すように、白郎は肘で軽く岸辺を小突く。
「アイツのことは信じてるさ。……相手が騙してる可能性に目を瞑れば、な」
「手厳しいよな、相変わらず」
警戒を解かない岸辺を、白郎が揶揄すると、彼は唇を曲げた。
白郎は度が過ぎていると宣うが、客観的に観測すると、それも致し方のないことのように思われる。
何せ相手は魔法使い。人間とは違う法則を生き、それを秩序とする存在だ。
本来ならば交わることのない境界線に、彼らは足を踏み入れる。
霊障に苛まれる白郎ならばまだしも、その世界とは無縁に生きてきた岸辺が身構えてしまうのは当然の摂理だ。
最も、彼が気が気でないのは、未知なる領域に友人を送り出すからなのだが。
岸辺は、豆鉄砲を食らったような白郎の顔を恨めしげに目を細めた。
「ったくよぉ、お前はぼんやりしすぎだっての。危機感がねぇんだよなぁ。……いい加減、その阿保みてぇな面どうにかしろよ」
「なんだよ、ひっでぇな。俺のことカピバラかなんかだと思ってんの?」
「カピバラのがマシだろ、お前なんざ発泡スチロールで十分だ」
「無機物じゃん」
岸辺の突っ込みに、白郎は反発してみせるが、彼の指摘も的を射ていると薄々感じ取ってもいた。
実際、今の白郎は危機感から脱却した、凪いだ湖畔の上に立っている。
本来の楽観的な性格が、ここに来て蘇ったかのようだ。
単純な己に思わず笑みが溢れる。
これも、今隣で険しい表情を浮かべる友人が奮闘してくれたお陰なのだろうと、白郎はむず痒い故に伝えきれない感謝の念を岸辺に送った。
「________そういやさ、岸ってどうやって蘇芳さんと仲良くなったの?」
気恥ずかしさを隠した白郎に、岸辺は子供に難題を突きつけられた表情で黄昏に染まった空を見上げる。
「あー……そう、だな」
「おいおい、なんだよ勿体ぶっちゃってさ、まさかロマンス?」
鬼の首を獲った白郎は、小さく勝鬨をあげながら言葉を濁す岸辺に追撃する。
「いやぁ、遂にオカンにも春が来たか。一匹狼気取ってたお前が懐かしいよ」
「うるせぇ口だな、塞ぐぞ、拳で。……それよりも、ほら、来たぜ」
二人の和気藹々とした空気は一変し、白郎の揶揄を躱す岸辺は眼前を見据えた。
「よぉ、ちっと遅かったんじゃねぇか?」
最後にスマートフォンで眺めた時刻は18時15分。予定をだいぶ過ぎた時間であった。
遅れてやってきた人物を捉えた時、白郎は驚愕する。
彼らの前には、巫女服の少女が立っていた。
「すみません。少し、準備に手間取りました」
流れる動作で頭を垂れる少女は、あまりにも現実からかけ離れた姿をしていた。
腰まで伸び切った髪は、頭上で二つに括った、ツインテールで、絹のように滑らかな金色に染まっている。
彼女の髪は、沈みゆく夕陽を柔らかく跳ね返していた。
外国人のようで、顔立ちは人形と見違うほど端正に整っている。
しかし、彼女の双眼は、整った顔にはそぐわない無機質な灰色に染まっている。
右手には、衣替えを終えた夏の始まりを突き放した手袋が嵌められていた。
見る者を揺さぶる強烈な印象を抱かせる彼女だが、更に異様であったのは、彼女の纏う巫女服が凡そコスプレと呼ばれるようなものではなく、神職の者が羽織るような本格的な衣装であることと、その華奢な肩に竹刀袋が掛けられていたことであることだ。
白郎は、瞬時に少女が白郎達の日常からかけ離れた世界に身を置く人物であると理解する。
*
「君は、一体……」
戸惑いを隠せない白郎に、少女はあぁ、と衿から小さな紙片を取り出す。
「申し遅れました。私、こういう者でして……」
少女の美麗な手指から渡されたのは、一般的な名刺だ。
名刺には、このような名目で書かれている。
逢魔堂、
「……逢魔堂?」
首を傾げる白郎は、言葉の由来を探る。
逢魔とは、基本的に夕暮れ時を指すのだが、このようにも呼ばれる。
災厄が降り掛かる時、とも。
白郎は次第に、表情を強張らせていった。
「……おっかねぇな、本当に霊現象の専門家か?」
インチキ商売じゃねぇのか、と白郎の脇から覗き込む岸辺は、疑わしげに目を細める。
それを、巫女服の少女、キキは僅かに咎めるような軽い咳払いをした。
「警戒するのは結構ですが、詐欺師呼ばわりされるのは心外です。そもそも、逢魔堂は別に霊現象のエキスパートという訳では無いんですよ」
「は? どういうこったよ」
「え!? そうなの!?」
キキの一言に、両者は愕然と口を開く。
彼女は一から説明しようと、腰に手を当て、左手の人差し指を突き上げた。
「元々、逢魔堂は魔法業界の相談窓口です」
キキは指揮者のように、人差し指を振る。
「あちらは随分と入り組んだ仕組みとなっていますから、多くの方が路頭に迷うなんてことは珍しくありません。例えば、自分の魔法に合った仕事がしたいとか、自分だけの魔導具が欲しいだとか色々あります」
魔法業界は、基本的に弱肉強食の世界である。
より優れた魔法使いが権力を手にし、そうではない者は声を上げるまでもなく切り捨てられる。
逢魔堂では、そうした声を上げることも困難な魔法使いに、道筋を指し示す役割を担っているのだ。
「勿論、魔法使いを助けるだけではありません。人間が魔法業界で働きたい時などは全力でサポートしますし、魔法に関するトラブルがあれば対処します。私たちはそういう、人間と魔法使いが互いの世界で自由に生き易くする為の手伝いをする場所なんです」
霊現象を解決するのは、そのうちの一つです。とキキは自分達の成果をひけらかすでもなく、ありのままの事実をのびのびとした口調で告げる。
「なんか、人間と魔法使いの橋がけみたいなことをしてるんだね」
キキの説明に、口元を押さえていた白郎は、頭に掛かった靄が晴れたような心地がしていた。
「へぇ、案外地に足が着いた事務所なんだな」
岸辺もひとひらの猜疑心を残しながら、両腕を組む。
「無事、ご納得して頂けたようですね?」
キキが得意げにほくそ笑むと、岸辺は罰の悪い顔で頭を掻いた。
「悪かったよ……そういや、そもそも俺が頼み込んだのにな」
「別に構いませんよ。そもそも、名前が胡散臭いという意見には大賛成です。ネーミングセンス最悪なんですよ、あの人」
余程手の掛かる上司に振り回されているのか、キキは心底困り果てたように悪態づいた。
緊張の伴う空気から、二人の間に和やかな風が流れていくのを感じる。
白郎は、キキから逢魔堂の概要を聞き終えると、自然と頬が緩んだ。
「まだ色々気になるところはあるけど、取り敢えず行ってみよう、その逢魔堂に」
「そーだな、ちゃっちゃと行って、サクッと済まそうぜ」
軽い足取りで踏み出し掛けた二人だったが、キキは彼らの行き先を塞ぐように制止する。
「そのことなんですが、岸辺さんは、ここまでとさせて頂きます」
「………………は?」
キキの衝撃的な一言に、岸辺は面を食らった表情で動きを止めた。