烏丸四条駅から歩いて約20分の場所に、その建物は存在する。
傍目からすると、重厚感があり、どこか威圧的な洋館なのだが、見ている場所によっては日本家屋としても成立できそうな屋敷だ。
ここの主人は、使用人を雇っているのだろうか、様々な種類の植物が、豪奢に彩られている。風景画を思わせる、自然に溢れた造りのそれは、
植物の種類があまりにも多いのか、蔦や茨が建物に絡まっているため、荘厳でありながら、不気味さを漂わせている。
庭園には蝶が舞い、退廃的でありながら妖精が住まう楽園のような神秘を内包している。
時計を片手に駆ける兎や、奇妙な菓子でも置いているのだろうか。
白郎は人知れず、洞穴に飛び込んだ少女を想像した。
現実を言うと、この場に居るのは学生服を着た平凡な少年と、巫女服に竹刀袋を携えた金髪の少女なのだが。
「……さて、そろそろ出てきてもいいですよ」
巫女服の少女、未鷺キキは、自らの項へ向けて声を掛ける。
「…………ヂィ」
すると、そこから現れたのは、茶色い毛並みをした丸々と太るハムスターであった。
ハムスターはやっとの思いで一息吐くと、瞬く間にキキの頭上へと登る。
「何その子可愛い! キキさんのペットですか!?」
白郎はそのハムスターを目視した途端、今までにない歓喜の声を張り上げた。
キキの頭上でもぞもぞと身動きを取るハムスターを、今にも捕まえんとばかりに彼は前のめりで目を輝かせる。
対してキキは何の感慨も沸かさずに、その小動物を摘み上げた。
「この子は私の非常しょ……
「今非常食って」
「ヂィッ!」
自身を容赦無く摘み上げる主人に反逆しようと、ハムスターは彼女を足蹴にするような仕草をする。
しかし、ハムスターは反撃する度に振り子のような動きをする為、絵面としては非常にシュールなものだ。
ハムスターに構うことなく、キキは解説を続けていく。
「魔法使いに限らずとも、緊急事態が発生した際には、手軽に食べられるものの一つや二つはないとですね」
「食べる気ですか?」
「おほん! 取り敢えず、こいつの事は魔法使いが誰しも連れている相棒のようなものだと認識しておいて下さい」
食べることを一切否定しない彼女に追及したい思いが先走る白郎だったが、情けのつもりなのだろうか、密かに気を落とす仕草を見せる白郎に、彼女は、摘み上げていたハムスターを彼に差し出す。
「うわぁ、超可愛い」
単純な男だ。彼は感嘆の声を漏らす。
「動物、好きなんですか?」
「うん」
間髪を入れる隙間も与えない白郎に、キキは動物愛護の底知れない狂気を肌で知った。
暫く、ハムスターと戯れる白郎だが、やがて彼の中で、一つの疑問が生じる。
「この子、さっきまでずっとキキさんに隠れてましたよね?」
何故かと、白郎は首を傾げる。
確かに、魔法使いの存在が認められている社会であるならば、
人目に晒すことなど、何の問題もないと思われるが。
白郎の素朴な疑問に、キキは熟考しながら右手の手袋を顎に当てる。
「隠していた訳ではないのですが。やはり一般人に見せるとなると驚かれることが多いですし、万が一扱いに不備があった時、それが
今は、我々の私有地に居ますからね、こうして日の下を歩かせられていると言ったところです、と白郎の掌でその大きな体躯をくるくると回転させながら走り回るハムスターを、キキは呆れながら眺めている。
何にせよ、
「お前も大変だな……」
ハムスターと互いの気苦労を讃え合おうとする白郎に、キキはぎこちない表情で首を振る。
「そうでもないですよ。こいつ、基本的に酒を呑んで寝ることしか考えてませんから。気楽なもんですよ、本当に」
哀愁を漂わせる白郎に、キキは半ば諦観するようにハムスターへ毒吐いた。
「さて、無事に
キキは巫女服の袴から取り出したスマートフォンで時間を確認すると、白郎に背を向け、眼前に聳え立つ洋館を灰色の瞳に映す。
「ちなみに、この子名前なんて言うんですか?」
これから未知なる魔法使いに出会うというのに、白郎は場違いな高揚感を隠しもせず、ハムスターを撫でた。
「あぁ、ももにくですよ」
そんな白郎に、困惑の表情一つ見せることなくキキは端的に事実を述べる。
困惑したのは、白郎の方だった。
「もも……なんですか?」
復唱を要求する白郎に、キキは再び簡潔に回答する。
「ですから、ももにくです」
「…………ヂィ」
そのままキキは、背後を振り返ることなく進んでいく。
白郎は、自らの手の上で寝そべり、腹を掻く仕草をするももにくに目線を向けながら、食物連鎖の厳しさを悟った。