異界渡り、ビカム -伝説のエルフは今日も勝手に深読みされる-   作:鹿紅 順

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本作品は菊池秀行先生著「吸血鬼ハンター“D”」に影響を受けています。


第0話「伝説の〝異界渡り〟」

 その剣士は神の嫉妬により、世界をさまよい続ける罰を与えられたかと思うほど、あまりにも――美しすぎた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 曇天の下、風吹きすさぶ荒野を、一つの人馬の影が進んでいた。

 遠方からでも分かるほど美しく立派な白馬。その鞍上(あんじょう)の人物もまた並々ならぬ気品を纏っていた。

 

 目を引くのは、銀色の飾り羽を挿した鍔広の帽子と、着こまれたロングコートという出で立ち。雨風をしのぐ旅人にはありふれた格好と言えよう。

 

 だがコートの下では、精緻な紋様が刻まれたプレートアーマーが胴と四肢を物々しく守護していた。

 繊細にして華美に過ぎることがない、上品な鎧だ。戦場で鉄火を浴びるよりも、最初から美術品として飾るために造られた……そんな印象を抱かせる。

 

 それらの品を纏う人物の顔は帽子に隠されて見えなかったが、その代わり、鳥が翼を広げたように左右に伸びた長い耳が見て取れた。

 

(……エルフか)

 

 ――スコープ越しの光景を見て、狙撃手は心の中で呟いた。

 崖上で腹這いになりギリースーツを被った姿は、完全に風景に溶け込んでいた。

 

 エルフは道なき道を迷いなく進んでいる。十中八九、この先の〝ゲート〟に向かう〝異界渡り〟だろう。遭難したのでなければ、この何もない荒れた大地を行く理由など他に考えられない。

 

 狙撃手は特に深く考えることなく、あのエルフを次の獲物に定めた。

 

 距離五百三十メートル、風速六.三七メートル、横風、射角、エトセトラ――狙撃に必要な種々(しゅじゅ)の情報をライフルは自動的に取得していく。

 間もなく弾道の計算結果がスコープ上に円の形で反映された。さらにそれはリアルタイムで修正され続ける。

 あとは円が標的の体に収まった瞬間に撃てばいい。チキュウ世界の銃を使う限り、人間の役割は引き金を引くことだけかもしれなかった。

 

 狙撃手はエルフの頭に冷静に照準を合わせ、引き金を――

 

 

 

 ――鋭い碧眼が、スコープ越しにこちらを射抜いた。

 

 

 

『――ッ⁉』

 

 放たれた弾丸はわずかに逸れ、標的の真横の(くう)を撃ち抜いた。

 耳に装着したインカムから仲間の怒号が飛ぶ。

 

『バカヤロウ、外しやがって!』

 

『ちっ、違う!』

 

 タイミング悪く標的が偶然顔を上げただけかと思った。

 

 しかし狙撃手とてそれだけで動揺するような浅い経験の持ち主ではない。

 それでも仕損じた理由は、信じがたいことに、

 

『アイツ、視線だけで狙いを外させやがった……!』

 

 その証拠に、見よ。

 

「……(!?!?!?!?!?)」

 

 顔の真横数センチを死の弾丸が通り抜けたというのに、あのエルフは唇を結んだまま、冷静な表情を崩さないでいる。常人なら慌てふためくか、腰を抜かすほどの衝撃だというのに。

 

 これだけ距離が離れていながら事前に狙撃を察知していた……そうとしか考えられなかった。

 

 驚きのあまり一瞬呆然としていた狙撃手は思い出したようにスコープに意識を集中する。

 レンズの先で、標的は背中から抜き放った長い筒状の物(・・・・・・)の先端をこちらに向け終えたところだった。

 

『あ――』

 

 それが何を意味するか理解する前に、スコープを貫通した銃弾が狙撃手の眼球と脳を撃ち抜いた。

 皮肉にも、逆に頭の風の通りをよくされた彼は、疑問の答えを得ることなく永遠に意識を闇の中に沈ませた。

 

『クソが――出るぞテメエら!』

 

 仲間の死を見届けさせられた彼ら(・・)は勢いよく岩陰から飛び出した。

 浮遊式単車(ホバーバイク)――重力制御により浮き上がり、どんな悪路でも走行できるチキュウ世界の利器――が計三台、標的へと蛇行しながら向かう。

 相手も高度な狙撃能力を有している以上、遠くで的になるより近づいて攻撃することを選択したのだ。

 

 バイク三台のうち、二台は二人ずつ座乗し、残る一台にリーダーが跨っていた。

 彼らの格好を見る者が見れば、軍事組織の戦闘員かと思うことだろう。

 ヘルメット、暗視・赤外線用ゴーグル、目出し帽(バラクラバ)、マガジンポーチ、極めつけはマイクロCPU制御式高機能アサルトライフル。

 いずれもリンダリアル世界には存在しえない、いや、製造不可能な装備品の数々である。

 

 すなわち、チキュウ世界側の存在。

〝ゲート〟を根城にし、通りがかるリンダリアル人や〝異界渡り〟を襲う強盗団である。

 

 岩陰を縫うように迫りくる彼らに、〝異界渡り〟のエルフは焦ることなくゆっくりと馬を降りる。地に立つや否や、白馬は解けるように魔力の燐光と化して宙に溶け消えた。

 

『蜂の巣にしてやるよ!』

 

 ハンドル横のスイッチを押し込む。

 ホバークラフトの側面に取り付けられた二連装機銃が火を噴いた。

 

 対するエルフは左腕を前に突き出す。

 銃弾は全て、命中する前に見えない壁にぶつかったかのごとく、衝突の火花を散らして地に落ちた。

 現象から察するに、掌を起点に発生した電磁障壁(バリア)の効果だ。

 

『……! アイツ、リンダリアル人じゃねえのか⁉』

 

 コートの下から露わになった左腕は、そこだけプレートアーマーではなく、明らかにチキュウ産と(おぼ)しき機械鎧(メカ・アーマー)が腕の付け根から指先までを覆っていた。

 

 驚きはあるものの、ここまでは想定内。

 後部座席のもう一人が武器を構える。大口径マグナムをさらに威力を高めるよう改造したゲテモノ銃だ。人体に命中すれば、風穴どころか熟れた果物のごとく粉砕する威力。並みの電磁障壁ならこれで貫通できる。

 さらに、弾丸はチキュウ由来の霊的処理を施してある。受け売り通りならリンダリアルの魔法障壁も突破できる。

 

 揺れる車上での射撃だろうと、的が棒立ちなら神懸かった腕前は不要。AIの照準補正で十分だ。

 引き金が引かれ、極悪の威力を秘めた弾丸が発射された。

 

 エルフもまったく同時、マグナムを構えた相手に向けて発砲した。

 

 両者の中間地点で二つの弾丸は擦れ違い、わずかに接触したことで、それぞれの弾の軌道が狂う。

 

 すなわち、エルフの撃った弾丸は乾いた地面に命中し、

 強盗の撃ったマグナム弾は――標的の斜め後方にいた仲間の運転役の頭部を吹き飛ばした。

 

 制御を失ったバイクは進路上の岩に真正面から衝突し、激しい爆発の炎を上げる。

 

『じょ、冗談だろ……』

 

 不運? いいや違う。

 

(走行してるバイクを狙って、弾丸を弾丸ではじき飛ばしただって……⁉)

 

 弾丸を使った跳弾(・・・・・・・・)で相手に命中させるのは、仮に狙ったものでないとしたら、どれだけの奇跡(確率)なのか。

 

「……(たまげたな。こういう偶然も、あるものか……)」

 

 しかし、今の攻撃は最初から意図されたものだと、あの落ち着き払ったエルフの無言の態度が如実に表している。

 

 残るバイクは二台、こちらは三人。

 既に甚大な損害に対し、相手の髪の毛一本すら奪えていない。

 

『クソったれが……! ブチ殺す!』

 

『おい待てッ!』

 

 リーダーの制止に聞き耳を持たず、仲間のバイクが吶喊(とっかん)していく。

 だが先の愚は(おか)さない。こちらのバイクに搭載した電磁障壁で車両全体を隙間無く覆った。

 そのまま速度を落とさず、真正面からエルフへ。轢き殺さんと、狙いは明白である。

 

 エルフは銃を持つ左手はそのままに、空いた右手を虚空に伸ばす。

 空を掴むはずだったその手の中に突如――黄金の長剣が出現する。

 

 一台と一人が交錯した。

 ――黄金の軌跡が、空間に鋭い線を刻む。

 

『あり、え、ね……え……』

 

 それが遺言となった。

 横一閃に剣を振りぬいたエルフの背後で、上下に両断されたバイクと人体が宙を舞っていた。

 

 残り一台。

 

「あ、ああああああああああ‼」

 

 もはや意味のなくなったインカムをかなぐり捨て、やみくもに機銃を連射しながら標的へと迫る強盗団リーダー。

 それを再び電磁障壁で防御するエルフ。

 衝突すると思われた寸前、エルフの方が体を沈みこませた。

 姿勢は、眼前に左腕を掲げ、掌の角度が斜め上を向くように。

 

「なっ……」

 

 バイクはエルフにぶつかることなく、気づけば空を飛んでいた。

 

 奴は電磁障壁を斜めに傾け、即席のジャンプ台にしたんだ――空中に投げ出されたリーダーは遅まきながら理解した。

 そして底面を曝したバイクのバッテリーを弾丸が正確に撃ち抜き、彼はその爆風にあおられながら勢いよく地面に落下した。

 

「ぐ、ぎッ……クソ、クソクソクソ、クソがぁ……!」

 

 激痛を訴える体を無視して立ち上がり、腰のホルスターから拳銃を引き抜き、歩いて近づきながら弾倉の中身をありったけ連射する。エルフは何ほどのこともないように黄金の剣で丁寧かつ優雅に斬り払った。

 破れかぶれに手投げ用小型斧(スローイング・アックス)を投げつけるも、剣の一振りで天高く上空へと弾き飛ばされてしまう。

 

「ハア、ハア……何なんだテメエはよォ!」

 

「……(急に襲ってきて、こっちのセリフだが)」

 

 その時、分厚い雲間から一筋の光が差し込んだ。

 まるで天の意思を汲んだかのように、一陣の風が帽子の鍔を持ち上げる。

 

 ……強盗団のリーダーは、一瞬、怒りを忘れた。

 

 露わになった顔のあまりの美しさに、魅入られてしまったのだ。

 

 細く儚げでありながら男らしさを失わない、くっきりとした眉。

 ほっそりと形よく伸びた鼻梁(びりょう)

 緩みなく締まった唇は、接吻(せっぷん)を受けたならば絶世の美女のそれと感じるほど柔らかいはず。

 憂いを秘めた碧眼は、覗き込むほどに目が離せなくなる。

 背中に達するほど長く伸びた麗しく波打つ金色の御髪(おぐし)は、もはや金の糸かと見紛う。

 

 精悍さと(たお)やかさ。相反する二つが完璧に調和した美貌。

 それらの特徴を有する者は、チキュウとリンダリアル、両世界広しといえど、ただ一人しか存在しない。

 

 神出鬼没に二つの世界をさすらう、絶世の美しさを持つ伝説の〝異界渡り〟。

 その名を――

 

美剣士(びけんし)ビカム……!」

 

「……その名は、好きではない(恥ずかしい。美剣士って……)」

 

 その一言には、きっと、万感の思いが込められていた。

 光があれば影がある。これからも成し遂げるだろう偉業と伝説……その裏に潜んだ彼を待ち受ける過酷な運命が匂い立つようだった。

 

「(そんな大層な者ではないんだ。全然大したことないんだ)……私は、ただの――」

 

 その先の言葉を、強盗団のリーダーが聞くことはなかった。

 

 彼が予感に頭上を仰ぎ見た瞬間――完璧なタイミングで落下してきた手投げ斧が額に突き刺さった。

 

「……(あ……)」

 

 この末路ですらも、全て計算だったというのか。

 

「バ、ケ……モ……ノ……」

 

 最後の一人が倒れ、荒野には自然の静寂が取り戻された。

 

 ビカムは何と言いかけたのか、ただの何だったのだろうか。

 分からない。

 ただ確かな事は、物悲しげに目を伏せたビカムの表情が答えであった。

 

「……(なぜ誰も、私を普通に扱ってくれないんだ……)」

 

 隔絶した強者は、ただ孤高にさすらうしかない――

 魔法で白馬を召喚し、再び馬上の人となったビカムは、遠く先で輝きながら渦巻く〝ゲート〟へ向かっていく。

 その後ろ姿が光の中に呑み込まれ――

 荒野はいなくなった者を懐かしむように、優しい風を吹かせたのだった。

 

 

 

 

 

 魔法文明世界リンダリアル。

 科学文明世界チキュウ。

 

 二十年前、二つの世界は突如出現した〝ゲート〟によって繋がった。

 

 異なる文化、技術、思想、芸術の流入は大いなる摩擦を生み――〝大衝突〟と呼ばれる大戦が双方の世界に激甚な被害をもたらした。

 それ以降、どちらの世界も公には不干渉を表明し沈黙を続けている。

〝ゲート〟は厳重に管理され、異世界からの望まれない客人(まろうど)に対し、冷たい監視の目を向けていた……。

 

 ――だが、〝ゲート〟を自らの意志で潜り抜け、異界へ渡ることを生業とする者たちがいる。

 

 依頼主の要望に応じ、あるいは自らの欲望の命じるままに、人目のない〝ゲート〟を潜り、二つの世界を股にかける。

 ある者は異界の品や技術を持ち帰り、巨万の富と名声を手に入れ。

 ある者は異界で野垂れ死んだのか、そのまま帰ることはなかった。

 

 物を動かし、情報を動かし、人を動かし、世界を動かす――そんな命知らずども。

 

 

 

 人々は、彼らを〝異界渡り〟と呼んだ。

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