異界渡り、ビカム -伝説のエルフは今日も勝手に深読みされる-   作:鹿紅 順

12 / 12
第二章 第5話「敵、異世界より来たれり」

   ***

 

 

 

 チキュウ世界とリンダリアル世界。

 二つの異世界を結ぶ道を〝ゲート〟と名付けた存在は今日(こんにち)に至っても明らかではないが、名称の起源がチキュウ世界であることは確実視されている。

 しかし、定着はしなかったもののリンダリアル世界側での名称はかつて存在していた――〝虚空〟である。

 

 名称の違い。

 それは、それぞれの世界の人類の常識に大きく差異があったからだと言われている。

 

 リンダリアル世界において、世界とは神が創りたもうた絶対唯一のもの。

 世界には果てがあり、定命の身では超えることが出来ない境界があると信じられていた。

 それが壁なのか、あるいは断崖なのかは諸説別れるが、とにかく、世界には内と外に隔てられているというのが常識であった。

 世界の外側には天も地も空も海もない、神々が世界を創造する前の何もない虚無の空が存在するのだと、人々は疑いもなく信じていた。

 

 翻ってチキュウ世界。

 人類は己が住まう場所とは異なる世界が存在すると、神話の時代から空想してきた。

 死者の国、黄泉の国、神々の天上、戦士の園……あるいは剣と魔法のファンタジー。

 時代を経ようとも異世界への憧憬は尽きることなく、旧時代滅亡近辺では、死後に神から能力を授かって異世界を自由にまったり冒険する物語が形式問わず流行していた。

 ゆえにこそチキュウ人類は異世界へと続く穴を、門を意味する〝ゲート〟と名付けたのだと――

 

「……つまるところ、そう、私が言いたいのは、リンダリアル人の狭量さ加減なのですよ。〝大衝突〟の時、チキュウ人は積極的にこちらの世界に訪れようとしました。そこにどのような思惑があったとしても、未知への興味を失うことはなかった。しかしどうです? 貴方たちは己の固定観念に囚われ、異物に理解を示さず排除しようとする。器の小ささ……真に嘆かわしい事です。穴の向こうに何もないなどと、確かめもせずどうしてそう思えるのです?」

 

「――おい、〝鬼術師〟。いつまで遊んでいる」

 

 乾いた風が吹きすさぶ荒野……しかし今は、鉄の臭いを含んだ風が、この場を剣呑な雰囲気へと変貌させていた。

 太陽の熱で蒸発する血が、風に乗って運ばれていく。

〝ゲート〟から幾分離れた場所を(ねぐら)にしていた盗賊団……人間性の下卑た彼らから流れ出た血は罪の重さを示すようにどす黒い。それがペンキをぶちまけたように大地へ塗りたくられている。

 

 搾りかすのごとく打ち捨てられているのが盗賊たちの死体だ。どれ一つとして尊厳を保たれたものは無い――脳天から股間へ真っ二つに斬断されたもの、原型を残さず潰されたもの、自ら喉を掻きむしった傷で失血死したもの……たとえ文字であろうとも残すに憚られる死体が散乱していた。

 

 残った生者は三名のみ。

 

「遊んでいるとは心外ですなぁ。私はリンダリアル人と価値観に関する議論を交わしていたのですぞ?」

 

「そいつはもう死んでいる(・・・・・・・)。死体に話しかけるのを対話とは言わん」

 

「んん? ……おやおや。興が乗るあまり気づきませんでした。私の話が終わるのも待てないとは。まったく、堪え性の無い(・・・・・・)ことで」

 

〝鬼術師〟と呼ばれた人物は目深に被ったローブの奥でくつくつと(わら)い、愉快そうに裾を揺らした。

 その眼前には、この場で唯一人間の形を保ったままの死体があった……両手足を戒められ、のたうち回り、くの字に折れ曲がったまま硬直している。眼球は半分飛び出し、顎の骨が外れるほど口が開いていた。不思議と全身に目立った傷は無いが、苦悶の果てに死んだことだけは間違いない。

 

 それもそのはず……この男だった死体は狂死したのだ。

 

 知る限りの情報を喋らされた後は四肢の自由を奪われた状態で、体の内と外を夥しい虫が這い回る感覚を味わわされ(・・・・・)、発狂の果てに精神が肉体に死を命じたのだ! なんと残酷な死に方か。

 

 しかし、こんなものはこの場にいる三人にとって児戯でしかなかった。

 つい先ほど、たまたま遭遇しただけの、彼らにとっては(・・・・・・・)何の罪もない盗賊数十名を気晴らしに惨殺した者たちこそ、アキツ・シティから送り込まれた〝四鬼天〟……〝鬼蜘蛛〟のジャガンを除いた、精鋭たる三名の懐刀であった。

 

 

 

「久方ぶりのリンダリアルだ。砕き甲斐のある強者に(まみ)えられれば重畳だが」

 

 全てを破壊する怒り――〝鬼怒女(きどめ)

 

 

 

「そうですねえ……あの方も、仕事さえ果たせばうるさくは言わないでしょう。村の二つや三つ、潰してもよいのでは?」

 

 地獄へと沈めし狂気――〝鬼術師(きじゅつし)〟。

 

 

 

「…………」

 

 万象を斬断せし黒刃――〝黒鬼士(くろきし)

 

 

 

 恐るべきチキュウの刺客が〝ゲート〟を越え、リンダリアル世界へ乗り込んできたのだ!

 白日の下に現れた彼らの姿は異相と言ってよい。

 

「貴様と一緒にするな〝鬼術師〟! 我は弱者を嬲りたいのではない。骨のある戦士と闘いたいのだ」

 

 怒気を露わにしている〝鬼怒女〟は二メートルを超す長身を、帯だけで着物を締めた着流しの格好という軽装で包んでいた。

 虎柄のチューブトップを身に着けているとはいえ、胸元が煽情的におはだけしていることからも分かるとおり、防御力という面において決して十全な装備とは言い難い。

 

 まるでその代わりと言わんばかりに存在感を主張しているのが、肩に担いだ巨大な棍棒だ。明らかにチキュウ科学の産物のソレは、片面の縦一列に噴射口のようなものを備えており、対して反対側の面は真新しい血肉に(まみ)れていた。

 

 極めつけは面貌。

 幼さの残る整った顔の上で、額から生えた一対の角が天を突いていた。

 それは彼女が人間に近しく……同時に決して人間ではない種であることを象徴していたのであった。

 

「ハア……もう少しご自分を高く見積もるべきですねえ。貴女に匹敵する強者など、都合よくそうゴロゴロ転がっているとお思いかな? その骨のある相手とやらを探して(いたずら)に時を浪費するのが目に見えますよ。いかに高尚な武者修行を気取ろうと、油を売っていると見なされれば、雇い主の勘気を(こうむ)ることは避けられませんねえ。ここは無辜な村人を殺戮して無聊を慰めるのをお勧めしますよ?」

 

「フン、下衆め。それが気晴らしになるのは貴様ぐらいだ!」

 

 対して、ククク、と哄笑を漏らす〝鬼術師〟もまた、奇妙な風体と言って差し支えなかった。

 その全身はローブにより隠されているものの、頭部にあたる箇所が人間の頭ではありえない盛り上がり方をしている。その上背も〝鬼怒女〟と負けず劣らずであり、隠れている巨躯を予想させるのだった。

 

「…………」

 

 そんな二人に我関せずと幽鬼のごとく佇む影があった。

 武者鎧に酷似した全身の装甲は艶のある黒色を帯び、まるで卸したての新品のよう。

 だが、この者に限っては新兵ではない――闘いの心得があるものが対面すれば、鎧を汚すほどの武人と仕合う機会に恵まれない、隔絶した実力の高さの証であると途端に悟り、玉のような冷や汗を噴き出すことだろう。

 面頬をモチーフとした仮面に隠され、表情の一切は不明だ。

 しかし少なくとも、闘争の世界に身を置く者に特有の、刃のような面立ちが仕舞われていることは想像に難くない。

 

 その腰には一本のブレード。

 今は納刀状態であるが、一度(ひとたび)鞘走れば、血風を巻き起こす未来が約束されている。骨肉を断たれている盗賊たちは全てこのブレードによって撫で斬りにされたのであった。

 

「〝黒鬼士〟殿、〝黒鬼士〟殿はいかが? 貴方もリンダリアルで羽休めと洒落込みますかな?」

 

 おどけた調子で問いかける〝鬼術師〟に、黒き武者からの(いら)えは無い。

 

「…………」

 

「〝黒鬼士〟殿は〝鬼怒女〟殿と同じく強者をお求めと推察します。よければ、反抗してくる気骨のある者はお譲りしますよ。私は、そうですねえ……十つ前後の子供を残してくれれば。その年頃はよい声で()くのですよ。お父さん、お母さんと――」

 

 

 

 (ザン)ッ――‼

 

 

 

 いつ抜いたのか。いつ振り終わったのか。それすらも定かではない。

 

 間違いなく言える事は、〝黒鬼士〟の手にはブレードがいつの間にか握られており……〝鬼術師〟は袈裟斬り真っ二つに斬断されていたことだけだ。

〝鬼術師〟の肉体はしかし、断面から血を噴き出すことなく、それどころか空気に溶けるように消えていくではないか。

 

「――フフフ、言葉もなく斬りつけるとは。それなりに付き合いも長くなったというのに」

 

「挑発したのは貴様だろうが」

 

 何事も無かったように響いてくる〝鬼術師〟の声。

 彼は〝黒鬼士〟の背後に佇んでいた、最初からそこに立っていたかのように。

 一連の出来事に驚いた様子もなく〝鬼怒女〟は呆れた眼差しでローブの巨躯を眺めていた。

 

「……標的ヲ、ドウ探ス……」

 

 ここで初めて〝黒鬼士〟が言葉を発した。仮面の奥からのくぐもった声。機械により変質させられた声音からは性別を窺い知ることはできない。感情は込められておらず、命を斬るだけのマシーンのごとき無機質さ。

 

「ご心配なさらずに。ちゃんと考えてありますとも」

 

 そう述べた〝鬼術師〟がローブから引き抜いた片手には、あるものが乗せられていた――明らかに人間とは異なる五指は、節くれだち、獣のような体毛で覆われている。

 

 異質な掌の上にあるのは切断された首――〝鬼蜘蛛〟のジャガンの生首であった!

 

 その顔面には、死の直後の凄絶なる形相が未だ刻み込まれたままである。

〝四鬼天〟の誰一人として、死者の瞼を閉じさせてやる慈悲など欠片も持ち合わせていないどころか、こうしてわざわざ首を切り離して異世界に持ってきたということは、何らかの形で使う(・・)のだろう。

 いかに生前大悪人といえど、死者への冒涜ここに極まれり。

 

「フフフ、失せ物探しの術法……多少心得があるのですよ。さて、ジャガン殿、汚名返上の機会ですぞ? 生きていた時の恥辱、精々その屍で(そそ)いでくださいよ――」

 

 

 

 

 

 そう遠くない未来、この三名は旅路の大いなる障害として立ちはだかるだろう……。

 世界を超えてまで執拗に付け狙うシティの思惑とは。

 最重要目標の正体とは。

 

 恐るべき敵との激突は必至――果たしてどう戦う? ビカムよ。

 

 

 

   ***

 

 

 

「ここが……リンダリアル世界の都市……」

 

 ひょんなことから巻き込まれた騒動の夜が明けて、太陽が中天に差し掛かった頃合。

 ビカムとリンは目当ての目的地――エスタード王国の王都イルフィースへと辿り着いた。

 

 眼前に広がる街並みはまさに御伽噺の世界と言えた。木や漆喰、煉瓦、石積み等で作られた家々、石畳の大通りを行き交う馬車の列、人間を含む様々な種族が織りなす人混みの坩堝。

 派手さや絢爛さ、規模においてはシティの摩天楼に軍配が上がるだろう。

 だが、ここには原始的な熱気があった。チキュウ人類が失ってしまったかもしれない発展の熱が渦巻き、今も量を増しているかのようだ。ゆえにこそリンは目が離せないのかもしれない。

 

「……(いつ来ても人が多いな……嫌だな……)」

 

 その様子を無言で見守る風雅な人影。

 ビカムである。

 万人が見惚れる美貌の大半を、あろうことか鍔広帽子を今は目深に被り、隠している。もはや日蝕と呼んでいいのではないだろうか? この美しき(かんばせ)が自ら隠れるなど、いったい誰が考えたであろう。

 

 とはいえ、これもまたビカムの考えあってのもの。常人には計り知れぬ狙いが美剣士にはあるのだろう。……世に二つとない美貌を隠すことで得られる利があるとも思えないが。

 

 彼の頭上を彩る鍔広帽子には、いつもの飾り羽とは違う、紅く鮮やかに色を放つ別の羽が挿してあった――不死鳥の尾羽だ。

 たった一度きり、持ち主を死から救うとされる。王侯貴族が財と権力を振りかざしてなお手に入るか分からない秘宝。売れば庶民が一生を遊興に費やせるほどの代物は、なんとテスカからの贈り物である。

 

 揺れる尾羽を見るたびに、今朝分かれたばかりの老婆とのやり取りをリンは思い出す――

 

 

 

 

 

「――爺さま……死んじまったアタシの夫がね、森の奥の奥に分け入った時に偶然、羽休めしてる不死鳥に遭遇したのさ。飛び去った後にこれが一本残ってたらしい。俺はあの不死鳥を目にしたんだって、死ぬまで口にし続けたよ」

 

 無事『女神の憐憫』によりダン少年が快癒したのを見届け、いざロッペル村を()とうという時、老練の罠猟師ことテスカは美しい尾羽をビカムに掲げてみせる。

 

「その帽子をお貸し」

 

 言われるがまま、ビカムはゆっくりと、まるで恐る恐る鍔広帽子を差し出した――いや、見間違いであろう。この男に限って恐れるものなど何もない。

 するとそれだけで、頬を赤らめながら遠目にビカムへ熱い視線を送っていた村娘や婦人たちが呼吸を忘れた。中には本当に息をせず失神して倒れ込む者も。無理もない。

 

「……(ああっ、やっぱり……。だから私は帽子を脱げないんだ……)」

 

「うむ、これでええじゃろ」

 

 返された帽子を素早く被り直したビカムの頭上には、陽の光を燦々と反射して輝く不死鳥の尾羽が。

 

「(えっ⁉ 貰っていいの⁉)……よいのか? 夫君の大事なものだろう」

 

「なあに、どれだけ後生大事にしようとも結局あの世にまでは持っていけなかったものさ。それに、爺さまもアンタのような御仁の身を飾れるなら文句も言わんじゃろうて」

 

「……礼を言う(ホントめちゃくちゃありがとう。……うむ、こういう命を守る系の物は何個あってもいいのだ)」

 

 ビカムは一言礼を言ったきり、いつもの凪のような沈黙を纏いなおした。

 貰った物に対して簡素な謝意……だがテスカはそれでいいと思った。万の美辞麗句は、この美剣士には似合わない。

 

 ここで……真に不謹慎な仮定だが……ダン少年が病により命を失った後、この不死鳥の尾羽があれば蘇生できるのでは? と思うかもしれない。

 その認識は実際正しい――不死鳥の蘇生能力の一片とはいえ、尾羽に秘められた力は幼い少年を死の闇から救い上げるだろう。

 しかし、尾羽が有するのはあくまで蘇生の力である……死した肉体を蘇らせることはできても、肉体に巣食った病魔を取り除く効能はない。

 するとどうなるか? ダン少年は死病に体を蝕まれる苦痛を二度味わうことになるのだ。……実際にあった笑い話に

もならない寓話をテスカが知っていたことが幸いであった。

 

 そしてリンもその話を教えられ、淡く抱いた希望を密やかに霧散させた。これがあれば母の病を治癒できるかと思ったのだが……。

 というのも、しばらく前に『女神の憐憫』がどんな病気の治療もできるのか、七年前の母の診断結果をビカムに伝えたのだが……

 

「……おそらく『女神の憐憫』は効果がないだろう」

 

「そんなっ……⁉」

 

「……リン殿の母君の病は自然に生まれた(・・・・・・・)ものではない(・・・・・・)。〝病魔の魔女〟の魔菌だ」

 

 根本的な(ことわり)が違うのだという。

 例えるなら、機械の壊れた箇所に消毒液を掛けたり絆創膏を貼るような、まるで見当違いの無意味な行為なのだと。

 無意味となる理屈は分からないが、ビカムがまさか嘘を述べるとも思えず、リンは納得したつもりだった。

 そして不死鳥の尾羽ならばと期待を寄せたものの――結果は聞いたとおりだ。

 

 人知れず肩を落としたリンをよそに、乳飲み子を抱えた母親が恐る恐るビカムに歩み寄った。

 

「あの、ビカム様。もしよろしければ、この子の開眼の儀をお願いできないでしょうか? 貴方様に開眼の儀を行ってもらえたなら、この子にとってこれほどの幸せはありません」

 

「……(私はこの手のことをよく頼まれる……)」

 

 ビカムは口を開くことなく、無言のまま両手を赤子へと差し出した。意味を理解した若い母親は喜んで彼の手に熟睡中の我が子を預けた。

 

 ――開眼の儀とは、生後一ヶ月を超えた赤子に施される儀礼である。

 その内容とは、魔力を知覚する感覚を強引に開いてやることにある。

 胎児の肺が出産直後に呼吸により稼働を始めるように、人類も誕生してから魔力を扱うための感覚を脳の中に持っている。

 

 しかし、それがいつ開き始めるかは個人差の大きいところであった。平均的には五歳を超える頃。だが誕生直後から開いている者もいれば、大人になってようやく、あるいは一生開かないまま人生を終える者もいる。

 

 早くに開く分はいい。だが年を取ってから開く場合は問題が多い。

 なにせ、新しい感覚器官がもう一つ増えるのだ。視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚。そこに新たなる未知の感覚の訪れは、五感に慣れ切った大人ほど苦労させられる。

 ゆえに誕生から間もなく、赤ん坊の段階で魔力を知覚できるようにしておけば物心つく頃には六感が当たり前になっているという寸法である。

 

 開眼の儀には魔力の扱いに長けた者――一般的には教会の司祭など――が任されることが多い。慣れていない下手糞がこれをやると感覚が開き切らないからだ。

 

 篭手に包まれたビカムの指先が、ゆっくりと傷つけないように赤子の額に触れた。

 途端、赤子は目を覚まして炎のごとく泣き声を上げた。突然、世界中に満ちる魔力を感じ取れるようになり驚いている。開眼の儀が成功した証だ。

 

「……抱いて安心させてやれ」

 

「え……もう終わったのですか……?」

 

 母親はビカムから受け取った我が子をあやしつつも、あっけなく開眼の儀が終わったことに驚きを隠せなかった。長子の誕生の際は、王都近くの教会で長々と儀式を執り行ったというのに……。

 

「(開くだけならこんなのものだ)……祝福は司祭に頼むといい」

 

 教会の無い集落は村を訪れた冒険者などに開眼の儀を依頼することも珍しくないが、大抵はありがたみを感じる間もなく、あっさり終わるものだ。祈祷までも欲するならば本職に頼むしかない。

 きょとんとする母親の様子にテスカが呵々大笑する。

 

「ハッハッハ! 少なくともこの子に祝福はもう必要ないかもしれないけどね。アンタは運が良いよ!」

 

 そう、この美剣士の施しを祝福と呼ばずして何と呼ぶである。

 ……さて、意気消沈から立ち直ったリンは、冒険者四人組と別れの挨拶を交わしていた。

 

「色々と悪かったな」気まずそうに鼻を掻いたビラート。「チキュウ人にも良い奴がいるってよく分かったぜ。つうか、俺たちリンダリアル人とたいして変わらねえのな」

 

「うん。でも……やっぱり悪い事を考えるチキュウ人だっているから、異世界人に用心するのは間違っていないと思う。その上で、信用に足る人だって分かれば、優しくしてくれると嬉しいわ」

 

 リンの願いに勿論だと頷くビラート、マルティナ、モルデン。

 

「……それで、ニチカさんは後ろでこそこそ何をしているの?」

 

「ビカムさんに合わせる顔がないんだってー」

 

 マルティナが呆れたようにニチカの服の襟を掴んで引っ張り出す。

「あうぅ……」と情けない声を上げた魔法使いにモルデンも溜息を禁じえない。

 

「後で報告を受けた時は眩暈がしましたよ。ビカム殿に杖を向けて脅すだけじゃなく、本当に魔法を撃つなんて……。しかも信じられないことに、それを魔法文字一語で掻き消したというではないですか。さらには駆け抜け様に剣を振るい八頭蛇を半死半生に、絶望水母は一刀の下に絶命させた……そんな相手に実力を弁えず短慮にも喧嘩を売った己を恥じているのですよ、この子は」

 

「ビカムさんが許してくれたからいいものを、斬られててもおかしくないんだからね!」

 

「わ、分かってます。反省してます……」

 

 しゅんと項垂(うなだ)れたニチカを見る仲間の目に、怒りというよりも困ったという感情が大きく宿っている。行いは罰を受けて然るべきではあるが、彼女が思い立ったのは仲間の安全を思うがあまりの行動だった。怒るに怒り切れないのが人の情というものだろう。

 

「……、……よしっ」

 

 なにやらリンが決意したようだ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。