異界渡り、ビカム -伝説のエルフは今日も勝手に深読みされる-   作:鹿紅 順

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第二章 第6話「冒険者ギルド」

 やおらニチカの手を取ったリンはずんずんと強引に歩き出す。

 

「えっ、ちょっ、ちょっと」

 

 引きずり出したるはビカムの眼前。

 

「ビカム、ニチカさんが言いたい事があるそうよ!」

 

「ぃえええ⁉」

 

 目に見えて狼狽えるニチカの肩を掴むリン。

 

「言いたい事は今! 言ってしまいましょう。次、私たちはいつ会えるか分からないんだから……」

 

「……ぅ」

 

 文字通り背中を押されてニチカは前に出る。

 見上げれば、見惚れるという言葉では足らない美貌。

 神工の彫刻のごとく、彼はただ見据え、彼女の言葉を待っている。

 

 すう、と息を吸う。はあ、と息を吐く。

 儀式のように手順を踏んで、心を奮い立たせる。

 

「……昨夜は、申し訳ありません。私の早とちりで危うく取り返しのつかないことになりかねませんでした。挙句、魔法も一蹴されて……人としても魔法使いとしても未熟を恥じています」

 

「……あの夜は、何もなかった(誰も傷ついていない。私も気にしていない。いいね?)」

 

「ッ、そういう事には、できません。私は、貴方に魔法を撃ったんです……どんな理由であれ、許されることじゃない……」

 

 言葉を紡ぐほどに項垂れるニチカの頭。

 ビカムは少女から視線を外し、遠く蒼穹の空を瞳に映した。

 

「(嗚呼、物凄く落ち込んでいる……。気にするなと励まさねば。何でもない、些細な事だと)……私は、そよ風に当たっただけだ」

 

「――ソ、ヨ、カ、ゼ……?」

 

「……頬を撫でる風に、怒る旅人はいない(それぐらいの事だから、気にしないでいいよ)」

 

 ニチカの双眸から光が消える。

 ――確かに、ニチカが放ったのは攻撃魔法において初歩も初歩の【射て】の魔法だ。

 魔法使いを志す者が、初めに習う簡単な魔法。たった一語の魔法文字しか用いないがゆえに、構築も最短ではあるが威力も最弱。命中しても、よほど当たり所が悪くなければ致命傷にもならない。

 そんな最弱の攻撃魔法といえど……魔法使いとして独り立ちして久しい自分が使ったのだ。院まで進まなかったとはいえ、魔法学校を優良な成績で卒業した自分が。

 

 あの時も、魔法の構築は完璧だった。咄嗟に込められるだけの魔力もぶち込んだ。――本音を言ってはなんだけれど、思い返せば内心、ここ数年来会心の魔法の出来だったような気もする。

 それを……そよ風(・・・)呼ばわり。

 

 ニチカの胸に去来した感情は……。

 

「フ、フフフ、フフフフフ……私の魔法をそよ風呼ばわりですか、そうですか」

 

「……(おや? ニチカ殿の様子が……?)」

 

 くわっ! と見開かれた彼女の瞳には新たな光――いや、炎が煌々と灯っていた。

 

「――絶っっっ対に貴方を見返してやります! その日まで首を洗って待っていてくださいバカーッ‼」

 

「「「なんでそうなる(のよ)ッ⁉」」」

 

 悔し涙を目に貯めて走り去って行くニチカと、それを追う三人の仲間たち、呆然とそれを見送るリン。

 この場において、美剣士だけが先の未来に思いを馳せていた――自分がわざと口にした挑発に発奮し、様々な経験を積んで素晴らしい成長を遂げるだろう少女の未来に。

 

 そうして、いつか気づくのだろう。

 この美しきエルフの少し意地悪な物言いが、自分を成長に導く鍵だったのだと……。

 

「……(バカって言われた……怒ってた……なぜ?)」

 

「エルフの御仁よ」

 

 冒険者たちが走り去った方角へ別れの哀愁を帯びた目を向けているビカムに、村人の中でも身なりの良い老爺(ろうや)――ロッペル村の村長が声をかけた。

 

「もしや王都に向かうのですかな? よろしければ(せがれ)に荷馬車を出させますゆえ、お送りしんぜようと思うのですが」

 

「……それは、ありがたいが」

 

「何ゆえか、と仰りたいお顔ですな。いやはや、大した事ではございません。ただ、古い約束を果たすためでございます。貴方様が気にされるほどの事ではございませんとも。ホッホッホ」

 

 顎髭をしごきながら屈託なく笑う老爺に含むところはなさそうだ。ビカムとリンはありがたく申し出を受けることとした。

 

「ありがとう! エルフのお兄ちゃんありがとーっ!」

 

 去りゆく馬車に誰よりも元気よく別れの挨拶を叫び続ける人影……病から救われたダン少年であった。

 

「俺、エルフの兄ちゃんみたいに誰かを助けられるような、大きくてカッコいい人間になるよ! そんで次は俺が兄ちゃんを助けるんだ! それまで待っててくれよなーっ!」

 

 遠ざかる点になっていく少年に対し、馬車からの応えはない。

 いや、お互いに必要も期待も感じていない。

 全ては約束が果たされた時に――それは、そう遠い未来ではない。

 

「村長や、お主が馬車を出したのはなぜかのう? 当事者である我が家が申し出るべき事であったが……」

 

 丘の向こうに消えるまで馬車を見送ってから、テスカは隣に立った村長にささやかな疑問を投げかけた。

 

「……ワシはただ古い約束を果たしただけじゃよ」

 

「ほう……もしや、あの御仁と以前会ったことが?」

 

「いいや、ワシじゃない。けれど、あの方はワシの恩人でもあるのじゃよ」

 

 禅問答のような言い様にテスカは眉を顰める。

 村長の視線は丘の向こう側……見えなくなった馬車の後ろ姿を今も捉えているかのようだった。

 

「……この村の開拓団、初代村長を務めたワシのご先祖からの言い付けじゃ――〝目が覚めるほど美しいエルフの剣士が再びこの村を訪れることがあれば、あの時の恩返しをするように。自分の代で叶わなくとも子々孫々に言い伝えよ〟――とな。ワシの代でようやく叶うとはの。とはいえ馬車を出した程度じゃ。これで恩は返したと墓前に報せれば、夢に出て叱られるじゃろう。やれやれ、倅には孫にも伝えよと言い含めなければならんな」

 

「そりゃあアタシの台詞でもある」テスカは未だに手を振り続けている己の孫に苦笑する。「……まあ、この老婆が言うまでもないかもしれないけどね」

 

「そうじゃな。――古き約束は果たされ、新たな約束が今結ばれた。心配せずとも、女神様がいつか必ず運命を巡り合わせてくれるじゃろう……」

 

 

 

 

 

 ――そんなテスカたちとの別れを回想し終え、リンは次に王都のどこに向かうかビカムへと問いかける。

 

 刺激的な横道に逸れたが、チキュウ人のリンが異世界へ渡ったのは、シティからの謎の襲撃者……〝クリーナー〟や〝鬼蜘蛛のジャガン〟を差し向けた黒幕の目的を暴くためだ。目的も分からず襲われ続ける状況に陥る前に、反撃へ転じるためである。

 その活路を開く手段があると、ビカムは言った。

 

「……(知り合いに遭遇したら嫌だな……嫌というか、別に嫌ではないけれど、今の状況を訊かれたら上手く説明する自信がない……しかも最近は、相手が一方的に私を知っていて話しかけてくる状況も多いからな……)」

 

 深い憂愁と真剣味を帯びた表情に、リンはごくりと唾を呑み込んだ。

 避けられぬ闘いの気配を既に掴んでいるのだろう、この美剣士は。

 おもむろに彼の足は歩みを刻み始めた。偉大な一歩とはこのようにさり気なく始まるのだろう、そう思わせた。

 

「ビカム……?」

 

「……冒険者ギルドへ向かう」

 

 言葉少なく、ビカムは次の目的地を示した。

 

「そこに事件を解決する何かがあるのっ?」

 

「……行けば(多分)分かるだろう。だが、(人に会って話をするだけだし)期待のし過ぎは禁物だ(何か派手な捜査をするわけでもないから……)」

 

 (はや)るリンを冷静に窘めるビカム。

 そう、事件とは唐突に始まるが、真相は常に幾枚ものヴェールを被っている。それを一枚一枚剥がす過程は慎重さと時間を要するのだ。ギルドに行けば解決するなど楽観もよいところ。期待のし過ぎとはそういう事だろう。

 

(ああ、やだなぁ自分。先走っちゃって……)

 

 リンはひっそりと頬を赤らめた。隣を歩く美の化身に悟られぬよう。

 どうも気持ちが舞い上がって仕方がない。自覚してなお止められない。

 

 初めての異世界。初めての体験。

 忘れるなかれ、彼女は乙女なのだ。

 浮かれる心は否応なしに。

 

 心地良い沈黙は、二人が目的地に到着するまで続いた。

 

 

 

   ***

 

 

 

 冒険者ギルド受付嬢、レイチェルの朝は忙しい。

 

 ギルドの営業開始と同時、飛び込んできた冒険者から舞い込む依頼票を受付けて処理していく。

 冒険者にとって依頼は早い者順であり、特に採取系の依頼は入手対象も早い者順である。

 必然、朝は皆が急き立てられ殺気立っており、受付を効率良く捌かないとたちまち長蛇の列ができて不満のシュプレヒコールが始まる。隣で自分以外の受付嬢が上手く列を消化していたならば、なおさら気炎を上げて処理しなければならない。

 

 

 

 冒険者ギルド受付嬢、レイチェルの昼は忙しい。

 

 朝に雪崩をうって舞い込んだ依頼票をある程度整理したうえで査定部――冒険者個人の功績評価等を行う部署――に引き継ぐと、新人向けの講習会の準備やギルドで販売している魔効液(ポーション)などの補充、受付対応、その他日常業務に追われる。

 昼食時になってようやく一息つけるが、それも緊急のトラブルがあれば味わう間もなく胃に押し込むように済まさざるをえない。

 

 

 

 冒険者ギルド受付嬢、レイチェルの夕は忙しい。

 

 依頼を終えて完了の報告が集中するのがこの時間帯。

 朝ほど冒険者の気が立っていないとはいえ、それは依頼を達成できた者だけだ。失敗で終わった冒険者は火元に置いた爆弾のようなもので、下手に(つつ)いてしまえば導火線に火が点き派手に爆発してトラブルになる。

 それ以外にも依頼内容に文句やケチをつけてくる輩もいるので気苦労は絶えない。

 

 

 

 冒険者ギルド受付嬢、レイチェルの夜は忙しい。

 

 日中に処理できなかった残務を片付ける以外に、斡旋部――個人の依頼や市場の素材需要から依頼票の作成を行う部署――から翌日に掲示する依頼票が回ってくるまで待機しておらねばならず、これがまあ大抵出てくるのが遅い。

 実務としては整理して掲示板に貼り付けるだけだが、翌朝の受付ラッシュを効率よく捌くためには事前にどんな依頼が出ているか、付帯する注意事項は何か、よくよく目を通しておく必要があった。これを怠るとトラブルの火種になることを何度かの苦い経験から知っていた。

 ゆえに、さっさと退勤して麦酒を喉に流し込みたい欲求をグッとこらえ、職務に邁進するのである……。

 

 

 

 

 

(――一日丸ッと忙しいじゃないですか!)

 

 こんなはずじゃなかったのにーっ! とレイチェルは天を仰ぐが、そこには見慣れた天井材の木目しか瞳には映らなかった。

 

 彼女は商業学校を卒業し、文書作成、原価計算、商業簿記、応対礼節などの技能を優秀な成績で身に着けた。

 どこの商会に就職しても恥ずかしくない人材であると自負していたが、レイチェルはあえて商校卒者の不人気就職先である冒険者ギルドを選んだ。

 理由はただ一つ――玉の輿である。

 

 普通に商会に就職しても出会える相手の程度はたかが知れている。商会の跡継ぎ御曹司は、提携を目的として既に他商会の娘か、家格を上げるために中級から下級クラスの貴族家の三女四女あたりと縁を結んでいる。

 そんなところに後ろ盾のない一般家庭出身のレイチェルが横車を押そうとすれば、良くて王都追放、悪くて川の魚の餌にされること請け合いである。

 

 とはいえ、商会の番頭クラスと結婚したとして並み以上の生活は送れるだろうが、それは並み以上であって上流という意味ではない。

 レイチェルは上昇志向の強い女だが、性格が悪いわけではなく、頭も良い。誰にでも分け隔てなく接する優しさもある。目標のためにたゆまぬ努力ができる。――ただ、凡百(ぼんぴゃく)の男で満足できなかった、それだけなのだ。

 

 ゆえに冒険者ギルド。

 ここには武技を練り上げ、魔法を窮めた強者が集まる。恐ろしい魔獣を倒し、目も眩むような黄金の山を報酬とする一騎当千の勇士たちが。

 ここにこそ、レイチェルの全身全霊を投資するに相応しい。

 眉目秀麗かつトップクラスの稼ぎをほこる冒険者をゲットするのだ――

 

「……現実は甘くないなー」

 

「どうかした?」

 

 げんなりと落ちる肩に声をかけたのは、隣で作業をしていたレイチェルの七年先輩であるリーナだ。

 

「いやあ、なかなか人生思い通り上手くいかないと思いまして」

 

「そう? 貴方、入組半年で職場にも業務にも大分馴染んでいるわ。今までの新人の中でもかなり要領の良い方だと思うのだけれど」

 

「まあいろいろとあるんですよー……」

 

 リーナは「?」と首を傾げながら、手にした依頼票を斡旋部へ引き渡すため奥へと引っ込んでいった。

 

(でも、へこたれませんよ私は!)

 

 これまでだっていくつもの壁にぶち当たってきた。その度に努力と工夫で乗り越えてきた。ゆえに出来ないわけはない。

 

(私は絶対に、滅茶苦茶カッコ良くて性格も完璧であっという間に一攫千金の凄腕を持つ最強冒険者と結婚して見せるんだから――!)

 

 

 

「――がははは! でよう、あそこの娼館の姉ちゃんがえれえ色っぺくてな」

 

「――テメエおかしいだろうが、目ん玉ついてんのかぁ? どんな頭してたらこんな報酬の按分(あんぶん)になるんだよ!」

 

「――あ? ツケの支払い? こちとらいつ命を落とすか分からねえ冒険者様だぜ。貯金なんてあるわけねえだろ!」

 

 

 

(……とはいえ道は険しそう……)

 

 理想の相手は見つかるのか。

 目の前の玉石混交たる冒険者たちを眺めていると、果たして本当に玉は存在しているのか不安に駆られるレイチェルであった。

 

 ……と、俄かにギルド内部が騒がしくなる。

 

「『白き翼』だ! 『白き翼』が帰ってきたぞ!」

 

 瑞々しい興奮を帯びた若者の声が広間内に木霊する。

 途端、それまで野卑な会話を交わしていた荒くれ者どもですら、熱にあてられた少年のように色めき立つ。気の早い者は麦酒をなみなみと湛えた樽杯を乾杯している。

 開け放たれた広間の玄関口から彼らの姿が露わになると、熱狂は最高潮を迎えた。

 

「カイラス――! また竜をぶった切ったらしいな!」

 

「アイン様ぁ! 私の恋心も射抜いてぇ~!」

 

「おーい、バックロゴン! 竜の素材、ウチの店にも回してくれよ!」

 

「ミニーニャ! 俺だーッ! 結婚してくれーッ!」

 

「きゃあああああっ! ミィスフェルナ様、こっち向いてー!」

 

 声援を浴びながら堂々と広間を突っ切っていく人影五人。

 

 人族の剣士カイラス、同じく人族の弓手アイン、鉱窟人(ドワーフ)の重戦士バックロゴン、猫獣人(マオ・ビースト)の斥候ミニーニャ、エルフの魔法使いミィスフェルナ。

 

 彼らこそエスタード王国が誇る一等級冒険団『白き翼』。

 最上位魔獣――竜を討伐できる傑物たちの集いだ。

 

 英雄の凱旋に心躍らない者がいようものか。(わらべ)から老人まで手を打ち鳴らし『白き翼』の帰還を惜しみなく祝福する。彼らこそ我らの誇り、王国に羽ばたく強く巨大な純白の翼よ。万雷の歓声こそ相応しきと知れ、と。

 

「依頼完了の手続きを頼む」

 

「はいっ! 霧の竜の討伐完了報告、確かに受領いたしました!」

 

 レイチェルは高らかに歌い上げるがごとく言い述べる。その笑顔に先程の険しさは欠片もない。

 なぜなら『白き翼』のカイラスこそ玉の輿候補の筆頭であるからだ。応対にも熱が入ろうというもの。

 

「此度の依頼も、全員欠けることなく無事に帰還することができてなによりだ」

 

「でも寒い場所の依頼は嫌にゃ。アチシはしばらく勘弁かにゃ~」

 

「しかし、その分火酒も美味くなろうというものじゃ、ガッハッハ!」

 

 アイン、バックロゴン、ミニーニャが和やかに歓談するのを横目に、レイチェルはてきぱきと処理を進める。

 その間、手持無沙汰になるカイラスと会話を交わすのも忘れない。

 

「さすが〝竜牙(りゅうが)〟のカイラスさんです! 霧の竜も難なく討ち取ったとか。早くも吟遊詩人たちが(うた)っていましたよ」

 

「仲間たちのお陰さ。俺一人ではとてもじゃないが叶わない相手だった――」

 

 適切に相槌を打ち、愛想を振りまきながら……レイチェルは名状できない物足りなさ(・・・・・)を感じていた。

 

 カイラスと顔を合わせる度に、その疼きは、どんどん肥大化していった。

 玉の輿を狙うレイチェルにとってカイラスはまさに理想的な相手。富と名声を手中にし、清涼感のある顔立ちは自分にとっての合格点を優に超えている。たとえレイチェルでなかろうとお近づきになりたい女子はごまんといる。

 彼と見知った中になり、受付嬢という今後も中を深めるチャンスはいくらでも生まれる立ち位置……考えるうる限り恵まれたポジション。全力を出すに何の躊躇はない。

 

 だというのに、その最後の一歩がどうにも踏み出せない……。

 本当に、この人でいいのだろうか――迷いがよぎる。

 

「……カイラス、何をもたもたしている?」

 

 唐突にレイチェルとカイラスの会話に割り込む冷たい声音。

 魔法使い、エルフのミィスフェルナ。

 今まで一言も喋らず、呼びかける歓声にも応えない彼女が口を開いたのだ。

 

「我々は激しい戦闘をこなしたのだ。これ以上疲弊しないよう休息を取らねばならん」

 

「ああ。でもギルドへの報告も大事だろう?」

 

「報告というには多分に主観が含まれて要領を得ない様子だが? 傍から聞き耳を立てていて、私にはただの世間話にしか聞こえていなかったぞ」

 

 刺々しさを隠そうともしない小姑のような指摘に二人は苦笑せざるをえない。

 

「申し訳ありませんミィスフェルナ様。私も滅多に聞けない竜退治の話とあって、職務を忘れて興奮してしまったようです」

 

「レイチェル殿、其方が本当に色めき立った理由は他にあるのではないか?」わざとらしくカイラスを横目で見るミィスフェルナ。「……まったく、色恋だ何だと……正直私には理解できないな」

 

「君は長寿だが、エルフ基準では年頃の乙女じゃないのか?」

 

「カイラス……私なんぞたかが百五歳(・・・・・・)の童子だぞ? 惚れた腫れたを介するには早すぎる」

 

「いやいや、初恋に年齢なんて関係ないさ」

 

「フン、ならば一度でいいから、心より湧きたつような敬愛の情を感じてみたいものだ」

 

 フンスとそっぽを向き腕組みするミィスフェルナ。

 恋が分からないと困惑する彼女だが……そんな彼女を熱烈に見つめる多くの眼差しに気づいているのだろうか?

 エルフの例に漏れず面差しは非常に整っており、現に数多の異性を惹き付けてやまない。実際に数えるのも億劫になるほど求婚の申し出を受け、それを切って捨ててきた。

 

 しかし、それはガワだけの話に過ぎない。本人の言うとおり彼女はまだ百五歳。肉体は既に人族二十代相応まで成長を遂げているが、精神の成長が比例しているわけではなかった。

 エルフでは百歳を超えてから思春期が始まるのだ。二百歳でようやく成人扱いされるとなれば、精神はまだまだ発達の途上とご理解いただけよう。(いわん)や男女の心の機微を……である。

 果たしてミィスフェルナの初恋はいつになるやら……。

 

 と。

 

 ――突如、冒険者ギルドの広間に、侵略するように沈黙が染み渡っていった。

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