異界渡り、ビカム -伝説のエルフは今日も勝手に深読みされる-   作:鹿紅 順

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第二章 第7話「伝説の帰還」

 最初は開け放たれた広間の玄関扉から。

 次いで広間の中心へ。

 最後は奥の受付まで。

 

 急激に呆けた隣人に違和感を覚え、その視線を辿り、沈黙をもたらした原因を瞳に映し――自らも同じく口を開いたまま言葉を失う。

 そんな沈黙の連鎖が壁際まで到達した時、冒険者ギルドは喧騒を失った。まだ天高い日中に、ありえない事が起きてしまった。

 

 ギシ……、と床板を重々しく踏み締める音が鳴る。

 

 流麗な足の運びに連動して、床の木材は歓喜の軋みを上げ、足裏の接吻を名残惜しく見送るかのように残響の音色は切ない。

 むくつけき偉丈夫も、彼らに引けを取らない女傑たちも、催眠にかかったかのごとく微動だにできなかった。肉体は手足に命令を伝える仕事を放棄し、目から送られてくる情景を脳に刻み込むことに全神経を集中している……そんな比喩すら冗談にならないほどに。

 

 その()は鍔広の帽子を被っていた。精緻な紋様の刻まれたプレートアーマーのうえに上等なロングコートを纏っていた。緩やかなウェーブを描く豊かな金髪を流しながら、ギルドの広間、その真ん中を堂々と凱旋した。

 

 ――誰あろう、美剣士ビカムが王都冒険者ギルドに帰還したのだ!

 

 ……なお、その後ろをついて歩く、外套を纏った少女のことは、悲しいかな、誰も注目しなかった。

 

「――――」

 

 受付嬢レイチェルは今、頭頂から足先まで雷に打たれたような衝撃を受けていた。

 

(――この人だ)

 

 カイラスを前にしてさえ感じていた迷いなど、瞬時に吹き飛んでいた。

 運命、本能、天運……この出会いと感情を表現する言葉など何でもいい。

 自分が全身全霊を懸けるに値する相手が現れた。重要なのはそこだけだ。

 

 ……しかし、あまりの衝撃ゆえに、レイチェルは受付応対という己が職務を意識から亡失し、彫像のように硬直していた。無理もない、ビカムと初めて面する女性にはままあることだ。

 

「……(あの……受付けをしてほしいのだけれど……ちょ、ちょっと……)」

 

 その様子に動揺することなく佇む美剣士。

 ここでようやくレイチェルは夢の彼方から現実に戻り、この美しいエルフを短くない時間無為に過ごさせたことを心中で大いに恥じ入りつつ、体に染みついた言葉を紡いだのだった。

 

「よ――ようこそいらっしゃいませ、お客様。本日のご用向きはいかがされましたでしょうか?」

 

「……ギルド長に面会したい」

 

「お、恐れながら、面会のお約束などはありますでしょうか……?」

 

「(当然そんな約束は無い)……ギルド長は不在か?(建物に居るなら、仕事の隙間時間でなんとか会えないかな……?)」

 

 ビカムは面会予約の有無など答えない。

 ただ己がギルドを訪ねた時、その長が居るべき場所に居ないという不手際を言外に糾弾する。

 傲慢ともいえる要求が、この男に関しては至極当然だと思わざるをえない。彼が求め欲した時に応えられない者こそが責めを負うべきなのだ! レイチェルは魂から頷いた。

 ……とはいえ、彼女はギルド職員である。ギリギリの理性が、安全上の観点からこの美貌の持ち主の素性を確かめねばならないと、瀬戸際で息を吹き返したのだった。

 

「まことに――まことに恐縮ですが、貴方様のご身分を証明できるものを何かお持ちではないでしょうか? 差し支えなければ、私めにご提示いただけないでしょうか?」

 

 これが、時に冒険者を諫め戒めるギルド職員の態度なのか。

 恭しく、畏まりながら(こいねが)う様は、まるで王侯貴族に仕える臣下そのものであろう。

 

「……(身分証……身分証……アレでいいかな?)」

 

 ビカムが魔法の収納袋から取り出したるは、鈍い光沢を帯びた緋色の金属で作られた板であった。掌程度の、紐を通して首から提げるにちょうどいいサイズ感だ。

 レイチェルは謎の金属板を押し頂き、さっと目を走らせる。打刻されてある文字は確かにエスタード王国の公用言語の一つであるが、現代と比較して文体はかなり古めかしく、なんとも読みづらい。

 

『上記の者、ヒヒイロカネ級冒険者であることを証する』――金属板はまさに証明書のようで、要約するとそう記されている。

 

(ヒヒイロカネ級? そんな名前の等級はないはず……)

 

 冒険者の等級は一から十の数字を冠している。固有名詞の名称では呼ばれていない。

 なお、ヒヒイロカネとは超一級の武具に使用される超稀少魔法金属で、インゴット一個で王都に土地庭付きの豪邸が購入できる高価なものだ。

 そう、ちょうどこの金属板のように緋色をしていて――

 

 そこまで思考が及びかけた時、

 

「――確認は不要だ!」

 

 芯の通った声が頭上からレイチェルを貫いた。

 

 ギルドの大広間は吹き抜けになっており、二階通路の欄干に、髪に白いものが混じった壮年の男性がもたれかかっていた。左目に眼帯を付け、その下には真一文字に傷痕が走り抜けている。

 一見へらへらと軽い雰囲気を醸し出しているが、彼を侮る者は知識の浅い新人冒険者ぐらいのものだ。彼が現役時代に打ち立てた偉業を誰もが知っている。

 

「懐かしい魔力を感じたと来てみれば、やっぱりアンタか。無沙汰も度が過ぎれば、怒りよりも会えた嬉しさが勝るもんだ。……歓迎するぜ、ビカム」

 

 ――ギルド長、ガイゼン・ユーゲルヴォーグ。

 王都冒険者ギルド、そして国内全てのギルド支部を束ねる男が姿を現した。

 

「俺の部屋で話そう。部屋の場所は……さすがにそこまで忘れちゃいないよな? ハハハハ!」

 

 茶目っ気を帯びた笑い声を残しながらガイゼンは欄干から身を翻し、ビカムたちの視界から消えた。

 

「……(忘れた)」

 

『……ギルド長執務室は、三階奥の突き当りの部屋よ。はあ、ビカムがいちいちそんな些末な事を記憶するわけないじゃない。ねえ?』

 

 周囲に聞こえないようビカムにのみ指向性音波で目的地を知らせるアイ。

 

「……フッ(危なかった! ありがとうアイ!)」

 

 言うに及ばず。

 微笑を漏らしたビカムは颯爽と階段を目指す――気づいているだろうか、先の微笑みに何人の女冒険者が腰を砕かれ、へたり込んだのを。

 

「お――お待ちをっ!」

 

 歩き去ろうとする美剣士を呼び止めたのは、誰あろうミィスフェルナその人である。

 だが、様子がおかしい……その頬は紅潮し、上気した額にはじんわりと汗が滲んでいる。求愛のリビドーを無慈悲な裁判官のごとく淡々と却下してきた女英雄と同人物にはとても見えない。

 

「あ、アナタ……貴方様は、もしや――!」

 

 ミィスフェルナは大きく息を吸い込み、

 

「――わずか齢百歳にしてエルフの森を飛び出し、諸国を漫遊しながら数々の世直しを行い――魔王大戦時にはエルフ十氏族の族長たちを説得してエルフ連合国結成の立役者となり、かつ初代〝大樹〟に就任して魔王討伐に大きく貢献――さらには邪教団の企みにより受肉した神話級悪魔を単身討ち取り、唯一の〝聖教団が認める、教団に属しない悪魔祓い〟として尊崇を集め――加えて、魔女たちと魔女狩りの確執と争いを解消し〝千年の夜〟を終わらせた――我らエルフの至宝にして偉大なる輝き、美剣士ビカム様その人では――⁉」

 

 驚異的に長い台詞を、朗々と、淀みなく、言いきってのけた。

 ざわめきが一瞬にして伝播する。ある者は瞠目して大いに慄き、ある者は静かに礼を捧げている。首を傾げているのは新人冒険者か。

 

「……(誰なんだ、そんな二次創作物語の主人公みたいな奴は……)」

 

 ビカムは何も答えない。

 さらに無言のまま階段を昇る様子から、彼が一切の答えを我々に与えるつもりが無いことを察し、観衆から悲鳴のような声が上がった。

 

「ビ、ビカム様! どうか、どうか……!」

 

 追いすがるミィスフェルナの呼び声。

 これから死に別れる恋人に対してすら出るかどうかの、切ない響き。

 

「……人違いだ(違うんだ。本当にたいした人物じゃないんだ、私は)」

 

 ビカムの言葉は、そこで終わらない。

 

「――私は、ただのビカムだ(私は本当に、普通のエルフだよ)」

 

 一つにして絶対の答えを投げかけ、ついに階上に姿を消してしまった。

 

「あ、ああ……」

 

 ミィスフェルナは衝撃に全身を……いや、魂を貫かれていた。

 

 この若き女エルフこそは、故事に(なら)い故郷の森を飛び出した。今時の若いエルフは皆そうだ……たったの百歳で旅に出て、己を鍛え見聞を広めようとするのは偉大な英雄の背中に憧れたからだ。

 氏族の違いゆえ直接目の当たりにしたことはないが、ミィスフェルナが生まれた頃から既に、エルフという種族単位で彼は英雄だった。

 両親からの寝物語、時折里を訪れる商人から仕入れる噂話、訪れる街の角で吟遊詩人が謳い上げる叙事詩……全てが彼の偉業を褒め称えていた。

 ミィスフェルナはその全ての物語に夢中になった。彼にまつわる本は値段を問わず買い漁った。彼を讃えた記念碑や、由縁のある地は可能な限り訪れた。

 どれだけ知識を蓄えたかが、彼女ができる精一杯の愛情表現――愛情という自覚はなかったが――であった。

 

 だが、どうだろう。

 彼女の長口上を全て聞いたうえで、伝説の美剣士は何と言った?

 

〝――人違いだ〟

 

〝――私は、ただのビカムだ〟

 

 彼が伝えたかったのは、ミィスフェルナが追っているのは他人のフィルターを通して見た残影に過ぎないということ。

 美剣士ビカムは、あくまでも一人のエルフとして等身大を生きている。

 息をするそばで人々を救い、息を吐くついでに巨悪を討つ。

 その一つ一つが英雄的偉業であるだけに過ぎない。それを目の当たりにして(はしゃ)ぐのは世間の勝手、己の感知するところではない。

 

 己は言わば、憧れの風景……の絵画を見て満足していた道化だ。

 本物の風景を見たこともない分際で、実物はこうに違いないと講釈を垂れていたのだ。恥ずかしさで全身から火が出る。

 伝説の、噂話の、伝承の、ビカム――それは、本当のビカムではない。

 本物を見ずして何を知ったのか、何を語れるのか――人違いとは、つまりそう言う意味。

 ただのビカムとは、そういう意味だったのだ。

 

「全てを、理解しました……ビカム様。〝真実の私を知りたければ、追いかけてこい〟――貴方様はそう仰りたいのですね……」

 

 蒙を啓かれたミィスフェルナの横で、もう一人、同じく決意を固めた女がいる。

 

「決めた。私、あの人を追いかける」

 

 受付嬢レイチェル――狩るべき獲物と出会った狩人が目覚めた。

 その覚醒を静かに祝福しつつ、目端に光るものを溜めて、そっとこの場を離れる男たちの姿があった。陰ながらレイチェルに心惹かれていた彼らは恋敵の登場に憤慨するのではなく、アンタほどの人物なら仕方ないと、清々しく涙を飲んだのだった。その潔さも、彼らが一流の冒険者である証なのかもしれない。

 

「ビカム様、ビカム様……。そうと決まれば、うかうかしていられない。まずギルドに記録してあるあの方の全情報に目を通して――」

 

 しかし、決意に燃える肩を後ろから掴む手があった。

 

「そう……貴方もこっち側に来てしまったのね、レイチェル」

 

「リーナ先輩? アレッカ先輩にキリエ先輩も」

 

 振り返れば、今名を上げた職員以外にも先輩たちが勢ぞろいしている。

 共通するのは、皆女性ばかりということ。

 

「歓迎するわ――そして――お互いに正々堂々闘いましょう。『ビカム様をお慕いする会』への入会を認めるわ」

 

 レイチェルの瞳には、誰も彼も微笑みながら目の奥にギラギラと炎が燃えている先輩たちの姿が映っていた。

 普段の格好よく、優しく、尊敬できる先輩ではなく、一人の女として好敵手(ライバル)に牙を剥き出しにした狩人の姿が。

 

(――あれ、私、もしかしてとんでもない戦場に足を踏み入れちゃった……?)

 

 今さらになって冷や汗を浮かべ始めたレイチェルの横で、

 

「そ、その素晴らしい会には、どうやったら入れるんだっ⁉」

 

 美剣士に脳を焼かれたもう一人、ミィスフェルナが食いつくようにリーナへ問いかけていたのだった。

 

 

 

   ***

 

 

 

「――アンタも人が悪いな」

 

 ギルド長執務室。

 中央に置かれたソファに腰かけるや否や、ガイゼンは口火を切った。

 もっとも、気分を害した様子はない。悪ふざけを見つけた親のように苦笑している。

 

「……何がだ?(また俺は何かやってしまった……?)」

 

「二百年前の、それもたった一年間しか使われていなかった冒険者証を見せて、今の奴らが分かるわけもねえだろうよ。いやアンタのことだ、どうせ職員の知識や応対力を測るためにわざとやったんだろうが……」

 

「……(これしか持っていないだけなんだけど……)」

 

 沈黙を是と捉えたガイゼンは「やっぱりな!」と手を打ち鳴らし呵々大笑する。

 

「こちらとしても新しい証に更新してほしいのはやまやまだが、今の魔法技術でアンタの美貌を写し取れない以上、昔の正規品を使い続けると言われても反論できねえ」

 

 冒険者証は偽造や悪用を防ぐため、表面に本人の精緻な顔絵図を魔法で彫金する工程を経るが……いやはや美しすぎるがゆえの不便というのもあるらしい。

 

 ビカムの冒険者証は、冒険者ギルドが創設された時、一番最初に定められた様式に基づき作成されている。

 ヒヒイロカネ、アダマンティン、オレイカルコス、ミスリル――冒険者の強さに併せて魔法金属の名をそのまま等級の名称に当て嵌めていたが……、

 あろうことか、稀少なそれらを冒険者証の素材に使っていたのだ。

 

 武具や魔道具の素材として超一流であり、誰もが喉から手が出るほど欲しいそれを、ただの証明品に加工して使うとは……当時の人類の愚かさときたら。

 さすがに一年経ってようやくもったいなさ(・・・・・・)に気づき、耐久性の高い合金素材に切り替えられたが、ビカムに関しては前述のとおりそのまま使い続けている。

 ヒヒイロカネとしての価値、そしてこの世にたった一つしか現存しない旧式冒険者証という骨董品としての価値。

 仮に競売にかけられれば、恐ろしい値段が付くであろう。

 

「すまん、すまん、話が逸れたな。アンタがお出ましになった用向きを聞こうか――と言いたいところだが、まずは茶でも飲んでくれ」

 

 ガイゼンが卓上の鈴を鳴らすと、湯気を立てた杯を盆に乗せた女性職員が図ったように室内に入ってくる。

 卓に茶器を静々と並べると、彼女は扉脇の壁際に楚々と佇んだ。

 ガイゼンが眉根を寄せる。

 

「……用があったら呼ぶ」

 

「はい。ここで待機しております」

 

「いや、遠慮して退室してくれって意味なんだが……」

 

「ギルド長だけズルいです! 独り占めして!」

 

「何が独り占めだよ……ほら、さっさと行け」

 

 ぷりぷりと怒りながら彼女は結局部屋を後にした。

 ……扉の隙間から、目に怪しい光を湛えた女どもの頭が何人も覗いているのを認め、ガイゼンはビカムが去った後の突き上げを想像してげんなりした。

 

「やれやれ……。でだ、ビカム、そっちの嬢ちゃんは? 紹介してくれるんだろう」

 

 ここでようやくリンにスポットライトが当たる。ビカムにばかり視線が集まる一方、彼女もつかず離れず美剣士の後を付いてきていた。

 

「……彼女はリン」暖かい茶で喉を湿らせてからビカムは言った。「……チキュウ世界の住人だ」

 

 短い沈黙が流れた。

 

「……なるほど、クソ厄介事の類だな」

 

 ガイゼンの不敵な笑みがリンを貫いた。

 

「……(多分)迷惑はかけない」

 

「ああ、俺も心配しちゃいない。だが、そのお嬢ちゃんに関する頼み事は期待しないでくれ」

 

 心配しちゃいないと言った傍からこれである。

 

「……占星術師ヨランパ=メグゥの力を借りたい」

 

「……!」

 

 ビカムの切り出した内容に最も驚いたのはリンだった。

 自分たちが王都に来たのは、そのヨランパなる人物を頼るためなのだろうが……占星術師?

 

「不思議でならねえって顔だな、お嬢ちゃん」ガイゼンが言う。「その反応から察するに、お宅の世界じゃ占いは気休め程度の(まじな)いかもしれないが、こっちの世界じゃまた違う意味がある」

 

「と言うと?」

 

「占星術師は――過去、現在、未来を見通す力を持つ」

 

 占星術――という魔法がある。

 天体の運動から運命を読み取っているように見えた事から名が付いたが、由縁はさて置き、占星術師は運命を俯瞰して見る魔法を行使する。

 過ぎ去った運命は克明(こくめい)に、今を伴走する運命は漠然と、未来で対峙する運命は(かす)かに知ることができた。

 

 特に未来を知る力は強力であり、見えるビジョンは判然としないものであっても、読み取る者次第で情報の価値は大いに変わる。

 まったく手掛かりの無い状態からたった一つのヒントを与えられるだけで、事態に飛躍的な進歩をもたらすかもしれない。未来の情報というのは、それだけで莫大な価値を持つ。

 

 ただし、この占星術……扱う本人の才能以上に、魔法と種族の相性が大いに物を言う。

 そして占星術と人族の相性は最悪(・・)

 リンダリアル世界で最も個体数の多い人族ですら、様々な時代においても片手の指で数えられる以上の占星術師が揃ったことはない。

 一国単位ではない。全世界含めてである。

 

「なる、ほど……」

 

 未来を見通す――改めて聞く魔法の無茶苦茶ぶりに、リンは返事を返すのがやっとであった。

 チキュウ世界でも未来を予測シミュレートする試みは盛んだ。

 ただし、それは純然たる科学技術に基づいてである。極大母数の統計値から導かれる確率や、素粒子の動きの予測など、アプローチ方法は様々検討されている。

 コンピューターを用いた計算は、しかし変数の追加により指数関数的に増加するせいで、どこかで必ず頭打ち――シミュレート範囲に限界が来ることが示唆されていた。

 

 現時点の科学力では数秒~十秒先の未来を予測するのが精一杯。

 なのに魔法ときたら……といった具合である。

 

「……ヨランパ殿に話を通してもらえるだろうか?」

 

 ヨランパ=メグゥは冒険者ギルド所属の職員で特別顧問だ。何を占うかは公益性を鑑みたうえで、常にギルド長が判断することになっている。

 

「内容次第だな。話も聞かずに『はい、いいですよ』とは言えん」とガイゼンは言った。至当である。

 

「……(私は口下手だからな……ここはリン殿にお願いしたい……)」

 

 チラとこちらを見たビカム。リンは求められたところを理解した。

 

 ――確かに、ビカムから話をするのが手っ取り早いだろう。

 しかし、それではリンに対するガイゼンの猜疑を払拭することは叶わない。

 たどたどしかろうと、チキュウ人のリンが偽りなく誠意を込めて説明することに意味があるのだ。

 

 まったく、そこまで読んだうえで役回りを預けるとは。このエルフこそ余程未来を見通しているのではないか。

 リンは余すことなく、ここまでの経緯を丁寧に説明した。

 文化や技術の違いからなかなか説明しづらい箇所もあったが、それでもギルドを束ねる男は大筋を理解したようで、顎に手を添えながら頷く。

 

「……ははあ、読めてきたぞ。つまり、ジャガンとかいう獣人の過去を占星術で遡っていけば、アンタらを襲撃した黒幕の正体や目的、そこから付け入る隙が分かるかもしれねえわけだ。口ぶりからして、ジャガン一人が思い立った犯行じゃないことは明らかで、必ずどこかで依頼主と接触している、と……」

 

 不死鳥の尾羽が鍔広帽子ごと縦に揺れた。ガイゼンの推理は正解を引いたようだ。

 

「……如何(どう)か?(頼む! これ以外に手立てがまったく思いつかない。ダメだと断られたら、リン殿に失望される……!)」

 

 再度、ビカムの問い。

 断られる恐怖など微塵も含んでいない美表情。

 このエルフの事だ、たとえガイゼンが首を横に振ろうとも、十重二十重と次善の策は用意してあるのだろうが、だからといって一手目を仕損じるなど露とも考えていない様子である。

 

「ふむ……」

 

 ガイゼンはしばらく長考の構えを見せたが、

 

「ま、気になる点は色々あるが、日頃のアンタの活躍に免じて箱の隅を(つつ)くのは止めとくぜ。ヨランパ卿に話は通しておこう――と言いたかったんだがなあ……」

 

「……ん?(言いたかった? それに、ヨランパ()?)」

 

 ガイゼンの面持ちは痛々しさすら感じさせる沈痛を帯びた。

 ……何かを察したリンは恐る恐る切り出す。

 

「あの、もしかしてヨランパさんは、もう……」

 

「……(まさか……! 嘘……だろう……)」

 

 リンとビカム、二人の視線を受けたガイゼンは「ご明察だ」と力なく呟いた。

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