異界渡り、ビカム -伝説のエルフは今日も勝手に深読みされる-   作:鹿紅 順

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第二章 第11話「王異問答」

 ビカムを除く誰もが固唾を飲んで見守っていた。

 頭を垂れて顔を伏せたまま、リンは心根のままに言った。

 

「……私の世界と変わらないと思いました。誰もが笑ったり、怒ったり、悲しんだり、感謝したり……。そこに本質的な違いは無いと感じました」

 

「――その同じだという世界を、チキュウ(貴様ら)は貪らんとした」

 

 王が放つ、明らかに一線を超える切り返し。

 青ざめた顔で宮内大臣は覚悟のもと片膝を着き、直言した。

 

「陛下ッ! それ以上は、どうかっ、どうかっ……」

 

(さえず)るな、宮内卿。……貴様らの行いを余は咎めん。元より我が国も長い歴史の中で、いくつもの周辺国を併呑した。我が玉体に流れる血は、我が国が踏みしだき、喰らってきた人の血の赤さでもある。ならば、余が貴様らの行いに憤激すれども非難できる道理は無い」

 

 言葉だけを見れば、漏れ出たグウェン王の胸中は非常に冷めていた。

〝大衝突〟も、所詮は過去から連綿と繰り返されてきた、人の営みの延長線上に過ぎない。

 国が国を侵略することと本質は変わらず、それが世界と世界に置き換わっただけに過ぎない、と。

 

 だからこそ、グウェン王はチキュウ世界の侵攻を、肯定も否定もしない。

 

「臣下どもは狼狽(うろたえ)えておるが、貴様の言のとおり二つの世界が同じならば、余に迷うところはない。剣を抜けば剣を持ち、言葉には言葉を()るのみ――ゆえに、余が貴様に問うべきことはない。貴様もまた余に問うべきことはない。同じようにするがよい」

 

 王はそう締めくくり、それ以上、言葉を発する気配は無かった。

 拝聴した者たちは王の発言に打ちのめされていた……いくら相手がチキュウ人だとしても、あまりに殺伐とした言葉である。相争ったチキュウ(相手)に再び刃を突きつけるでもなく、関係を改善するでもなく、それが人の営みなのだと突き放す。

 

 外交に携わり多少心得ある者ならば、なんと血の通わない意思疎通なのだと、冷たく乾いた風が胸中を吹き抜けたことだろう。遠くない昔に争った相手へ抱いたこの怒り憎しみすら、歴史の無数の繰り返しの一つにしか過ぎないというのか……。

 それが、王がゆえに至る境地とでも言うのだろうか。

 

 沈痛な表情を滲ませる者の中で、

 ――しかし、リンは王の言葉の意図を正しく感じ取っていた。

 

「――はい。私も(・・)陛下と同じ(・・・・・)思いです(・・・・)

 

 許しなく上げた(おもて)は少女らしい可憐な笑みを湛えており、宮内大臣と官吏たちはリンの非礼を注意するどころではなく混乱した。今のどこに笑うような部分があっただろうか?

 

「剣を抜けば剣を持ち、言葉には言葉を繰る――だから私は今、陛下と言葉(・・)を交わせることを非常に光栄に思います。陛下と私だけではなく、願わくばチキュウとリンダリアルがそのような関係になることを願います」

 

 リンの返答が足りない情報を埋め、ようやく臣下たちは王の真意を理解した。

 同時に、日頃身近に仕える自分たちが察せなかった王の叡慮(えいりょ)を見抜き、さらにはその王の言葉になぞらえて理想的な返事をしてのけたチキュウの少女に舌を巻かざるをえなかった。

 

 剣を抜けば剣を持ち――だが我々には刃以外にも交えられるものがある。

 

 言葉による対話を諦めなければ、きっと違う未来を迎えることができる――王の言葉にはそのような含蓄が込められていた。異世界の少女もまた、王の期待通り言葉を受け取った。

 生まれも身分も違えども、彼ら二人は心の深い部分で考えを通じ合わせたのだ。

 

 それをお膳立てしたのは――

 

「食えないエルフよ。茶番に乗ったうえで台本を逸れるとは……余に胸襟を開けと迫るか」

 

 王は膝を着く美剣士に一瞥をくれたのち、フンと鼻を鳴らすのだった。

 つまりは、そう――全てはビカムの策略だったのだ。

 

「……(何の事だ?)」

 

 筋書き通りの会話、筋書き通りの居ない者扱い。

 儀式でしかない謁見を、ビカムは下らぬと断ずる。

 再びの衝突(・・)を恐れるあまり腰の引けた両者を、無理矢理対話の舞台に上げ、本心に近い会話を引き出してみせた。

 王の体面を傷つけず、チキュウ人に対する偏見すらも改めてさせてもみせた。

 そちらが形式を踏襲させるなら――踏襲したその上で形式を壊す!

 齢数百年を生きるエルフの痛烈な策略に、グウェン王は癪に障るも乗せられたことを認めざるをえなかった。

 

「フン……。彼奴(きゃつ)の願いは〝宮廷占星術師であるヨランパの力を使いたい〟であるな、宮内卿?」

 

「は……ははッ! その通りでございます」

 

「ならば良きに計らえ。条件はその方らで詰めよ。謁見は以上だ」

 

「思し召しのままに。……それでは――」

 

 宮内大臣が結びの言葉を口にしかけたその時、王が入来した際の扉が勢い良く開いた。

 現れたのは、ちょうどリンと同じ年頃の少女だ。

 身を飾るドレスや宝飾品は、彼女もまた至尊の一族に連なることを表していた。

 

「お父様! 黙って謁見を始めてしまうなどあんまりです!」

 

「……イェレナ、今は公務である。陛下と呼べ」

 

「陛下、私やお母様たちを出し抜いたつもりでしょうが、そうはいきませんからね! ……あ、あああああっ⁉ そんな!」

 

 謁見の間に漂う空気などなんのそのと騒ぎ立てる少女は、片膝を着いて頭を垂れた美しい人影に目を留め、舞台役者を思わせる大仰な悲鳴を上げた。

 

「ビカム様⁉ おやめください! 貴方様がそのような……美しき方に膝を着かせるなんて……!」

 

 傍らに駆け寄り、必死に説得――客観的には懇願であった――するも、麗しのエルフは黙して首を垂れるのみ。

 

「……(ちょっ、やめっ……! 王様の前だから、勝手に顔を上げたら怒られるから……!)」

 

「陛下っ!」

 

「……楽にせよ、英雄ビカム」

 

 王の許しを得て、ようやく美剣士は礼を解き、すらりと立ち上がったのだった。まったく、律儀な男である。

 

「ああっ、ビカム様。貴方様と最後にお会いしてから今日まで、私は寂しさで胸が張り裂けそうでした。流した涙で二つ目のエスタン河ができるかと思うほど、貴方様を想って枕を濡らさなかった日はございません! ですが、こうして再び巡り合えたのも天上の意思のお導きに他なりません。女神様が私たちを引き合わせた――これはもう運命と呼んでよいのでは?」

 

「(いつもながらスゴいグイグイくるよこの人)……王女殿下におかれては、ご機嫌麗しく」

 

「なんてこと……! おやめくださいましっ」イェレナが叫ぶ。「そのような形式ばった言葉(・・・・・・・)……。アーライン家が貴方様へ口にするのは虚飾や下らない筋書きなど無い、真実の言の葉だけですわ! そのような余所余所しい物言いは好きではありません!」

 

 二人のやり取りに、グウェン王が苦々しそうに表情を歪めた。具体的には〝下らない筋書き〟のところで。

 イェレナ王女、先ほどまでのビカムたちと王の会話を知っていての発言ならこの上ない皮肉である。

 

「――王女殿、ビカム様を困らせてはなりませんよ」

 

 と、イェレナに続いて姿を現したのは、彼女がまさに年を重ね、大人の気品を兼ね備えたらこうなるだろうと思わせる婦人であった。

 王妃アズリカ――エスタード王国の国母。全ての貴婦人の頂点その人である。

 

 アズリカはするすると歩いてグウェン王の隣に納まった。

 そして夫たる王を小声でちくちくと攻撃し始める。

 

「酷いお方。娘の懸想する相手を人知れず追い返そうだなんて」

「……その方も(かしま)しく騒ぐであろう」

 

「まあ! 私がイェレナと同じ年の頃、ビカム様に夢中になっていたことをまだ根に持っていらっしゃるの?」

 

「根に持ってなどいない。王女(アレ)の婚姻が遠のくと危惧しているだけだ」

 

「いい加減諦めなさいませ。この国の王家の女が、あの方に恋煩うは宿命でございます」

 

息子(王太子)から相談される余の身にもなれ。……婚約者(公爵令嬢)が夢中になっていて気が気ではない、と。未来の良人(おっと)の前で他の男の話をされて、喜ぶ男はいないのだ」

 

「ビカム様に負けないほど男ぶりを上げればよいだけでしょう」

 

 渋面を帯びた王につんとそっぽを向く王妃。

 そのある意味仲睦まじげな様子を「かっかっか」と笑う声はビカムの背後から響いてきた。

 振り返る――ビカムとリンが入室してきた扉は今まさに閉じられるところで、杖を突いた一人の老婆の姿があった。

 

「久しいね、ビカム坊」

 

 この人が――リンはそう直感し、まじまじと新たな登場人物を観察した。

 浅黒く焼けた肌、完全に色を失った白髪。ゆったりとしたドレスとローブを身に纏う。両耳と鼻には多くのリングピアス。

 まるで若者のような(かぶ)きぶりだが、顔に年輪のごとく刻まれたシワは彼女が老境であることを示している。

 はっきり言って身形(みなり)も雰囲気も王城にそぐわない人物ながら、追い出されていないのは、ヨランパの数倍も生きているビカムを坊と呼ぶ豪胆な気質もあるだろうが、極めて貴重な占星術師であるがゆえだ。

 

「……ヨランパ殿も、壮健でなにより」

 

「かかかっ! なあに、もう自分の死期まで視終えた(・・・・)もんさ。矍鑠(かくしゃく)なうちは、こうして首を突っ込ませてもらうよ。呆れるほどの罪作りっぷりだねえ。王女殿下がべったりじゃないか。……ああ、今回の逢瀬でまた婚期が延びたよ」

 

「ヨランパ卿! 勝手に人の未来を除かないでくださいまし! それに私は誰にも嫁ぎません。生涯を捧げる殿方はもういるのですから」

 

 そう(のたま)うイェレナは両手でビカムの左手をがっちりホールドしている。

 

「やれやれ、未来が思いやられるねえ……。んでだ、ビカム坊。私の力を借りたいんだろう? 別に構わんよ。今から言うこちらの条件を吞んでくれたらね」

 

 唐突に交渉のテーブルに着きかけた二人。

 そこへ宮内大臣が待ったをかけた。

 

「ヨランパ卿、勝手な事をされては困ります。それに関しては後程詳細な条件を詰め――」

 

「ふうん……アンタ、月も半ばでもう五回もお気に入りの店に通っておるのかい」

 

 ギロリと音が聞こえそうなほどヨランパは鋭く大臣を見据える。

 

「……ははあ、最近入店した若い娘っ子が初恋の相手に似てるんだねえ。いくら子が独り立ちしたとはいえ、火遊びはほどほどにしないとお家騒動の、」

 

「――今話が纏まるならそれに越したことはありません。どうぞ続きを」

 

「嫌いじゃないよ、その切り替えの早さは。かかか!」

 

 ヨランパお得意の過去視、占星術師の本領発揮だ。

 ひとしきり笑った後、ヨランパはビカムに向き直り、

 

「――〝鎧纏いし(たてがみ)〟……ソイツの退治が交換条件だよ」

 

 託宣を下す巫女のごとく、厳かに告げたのであった。

 

 

 

 

 

「ヨ、ヨランパ卿! 王獅子退治を彼らにですと……⁉」

 

 真っ先に声を上げたのはビカムでもグウェン王でもない――不動たる姿勢で謁見の成り行きを見守っていた軍務大臣だ。

 彼は信じられないものを見る目でヨランパを見つめざるをえなかった。

 

「何だい。問題でもあるのかい」

 

「大ありですぞ!」ヨランパに睨まれようと軍務大臣は退かない。「彼奴(きゃつ)の脅威度は一等級を超え、特等級にまで足を踏み入れておるのです! 一等級の冒険者ですら匙を投げた怪物……王国七軍団の二つをもって討伐せんとしているのに、たかが二人で退治ですと? バカげている!」

 

「何もバカげちゃいないさ。私を誰だと思ってる? 未来を見通す占星術師様だよ。それに……アンタこそコイツを誰だと思ってるんだい」

 

 ズイ、と突きつけた杖の切っ先。

 軍務大臣に向けていたそれを、ヨランパはビカムの美しき顔へとスライドした。

 

「そこらの冒険者とビカムを一緒にしちゃあいけないよ。どんな無理難題だろうと、コイツは涼しい顔を崩さないまま片付けちまうんだ。獅子だろうと、竜だろうとね」

 

「……(無理な時は無理だぞ)」

 

 ビカムは……黙して語らず。

 ヨランパに視線を向けることもなく、ただ目を伏せて寂寞(ぜきばく)たる空気を纏っていた。

 しかし、それこそがあらゆる怪物を討ち取ってのける自信の表れのように見えた。

 名人が己の技を無暗にひけらかさないように、彼もまた褒められて喜ぶ二流三流とは次元が違う。

 

「……依頼を請けよう(元より力を借りるにはそれしかない)」

 

 おおお……、玉座の間にどよめきが響き渡った。

 本当に二人だけで――そう声ならぬ声が聞こえてくるようだ。

 

「……ヨランパ殿。王獅子退治、成し遂げた暁には私たちの用向き、確かに応えてもらおう」

 

「その件なんだがねえ……」左手で顎をしごくヨランパ。「実はもう、アンタに報酬は渡したようなもんなんだよ」

 

「……どういうことだ(どういうことだ?)」

 

 なんとも理解しがたい言葉を紡ぐ老婆に、さしもの美剣士も美しい眉根を寄せざるをえなかった。

 焦らすことなくヨランパはあっさり種を告げる。

 

「私の本職をお忘れかな? ――未来を視たのさ。ジャガンという獣人の雇い主、ソイツの目的を知りたいんだろう? 面白いことに、アンタが王獅子退治の依頼を請けることが、それを知るための最も近道なのさ。不思議でたまらないって顔だね。でも間違いない。それがこのヨランパ=メグゥの視た未来なのさ」

 

 そこまで言い切る以上、ビカムとしても疑義を差し挟むことはなかった。

 占星術師は――確かな占星術は、この世界で大きな力を持つ。

 

「んで、いつ退治に行く気だい?」

 

「――時は一刻を争います!」

 

 声を上げたのは外務大臣である。

 大使からの報告に卒倒した彼だが、外交行政の長に安眠を貪らせるほどの余裕は、現在のエスタード王国に存在しなかった。叩き起こされ回復魔法をかけられてから一時間も経っていない。

 

「王獅子が縄張りにしているのはレベト平野。ここにはミルドラン共和国に通じる大街道がありますが、現在は軍が封鎖中。流通の滞りにより、既に王国と共和国の経済的損失は計り知れません。王獅子は我が国の領土内に居座っているゆえ、日に日に解決を要請する外交圧力は高まっております……これ以上手をこまねいていると各国間の勢力均衡にも影響しかねません。ビカム殿には今すぐにでも討伐を……」

 

「しかし、それはあまりに性急すぎます、外務卿閣下!」

 

 たまらず口を差し挟んだのはイェレナ王女だ。目端には涙すら浮かべている。

 

「軍が戦わねばならないような相手を今すぐ倒せだなんて、ビカム様だってそれなりの時間を、」

 

「――口を慎めイェレナ(・・・・)

 

 反論を許さない、押し潰すような音が玉座から発せられた。

 

 グウェン王が全方位に、人々を圧する威圧を放っている。

 完全な王としての姿に、イェレナ王女は唇を噛みしめることしかできなかった。

 

「軍務卿、万全の準備をもって軍を動かすには、どの程度の時を要するか」

 

 王の下問に軍務大臣が畏まる。

 

「陸・空・魔導の三科を編成いたしますゆえ、十日……いえ、七日頂ければ必ずや」

 

「外務卿、ミルドランはいつまで抑えておけるか」

 

「このままだと三、四日というところですが……前々から彼の国が強く要望している食肉関税の引下げを餌としてチラつかせれば、最低十日は譲歩を引き出してみせましょう。それ以上は何とも」

 

「商務卿、貿易の損失を我が国はどこまで許容できるか。民への影響は」

 

「食料品については備蓄物資の放出で一月は大丈夫です。商会の倒産問題の方は既に損害支援金の補正予算を組み始めております。この時期だと国債を発行するしかありませんが、いくつかの銀行へ内々で引き受けを打診し、幸いにして良い返事を貰っております」

 

「我が臣下は皆優秀で安心したぞ」

 

 グウェン王の双眸がビカムを捉える。

 王と英雄の視線が交錯した。

 

「――七日だ。今日より七日以内に王獅子を討ち取ってみせよ」

 

 七日……予断を許さない国内・国外情勢を総合的に鑑みた結果、ビカムに与えられたのはたったの七日だけだった。

 

「見事達成したならば、以降余の裁可を不要とし、ヨランパの助力を願うことを許す。出来なければ、永久にヨランパに力を借りることを許さぬ」

 

「へ、陛下……」

 

 イェレナ王女が思わず呻く。

 短期間で成し遂げよというには、あまりにも厳しすぎる条件。

 

 しかし、取り成しを図る者は誰もいない。

 いたとしても、王が応えないことは分かり切っている。

 

「どうだ。今なら先の返事を撤回することを許す」

 

 グウェン王は煽りではなく儀礼的にそう言った。たとえ「考え直させてくれ」と申し出ても日和(ひよ)ったとは見なされない。それほどの難度なのだ。

 

 だが、誰が何と言おうと、この男の答えは変わらなかったであろう。

 

「――(考える時間が)一日欲しい」

 

 なんと……なんと――

 彼の口からまろび出たのは、およそ信じがたい発言だった。

 美剣士は、我らの想像をどこまで超えてゆこうというのか!

 

「ま……さか、一日……ッ⁉」

 

 軍務大臣の一言が全員の心情を代弁していた。

 自分の聞き間違いではないのか、いやそうであってほしいとすら思う。

 しかし、全員の視線を一身に浴びたビカムは、

 

「……ああ(考える時間はそれぐらい必要だ)」

 

 誤りの無い、純然たる事実であると肯定したのだ。

 

 例えるならば、梃子で山を動かしてみせる、と真顔で言われたようなもの。

 だというのに、王を含めてこの場の誰もがビカムの発言を笑い飛ばせないでいた。

 この男ならもしかすると……、そんな予感が魂を掴んで離さない。

 

 訪れた無言が雰囲気に一区切りをつけたことで、謁見はこれにて終わりと相成った。

 

「……(よし。こんなところ、早く帰ろうそうしよう)」

 

 宮内大臣が告げるや否や、颯爽と踵を返し歩き去っていく孤高の背中。

 追いすがろうとするイェレナ王女の「今日を記念した歓待の宴を準備して――」と呼びかける声も無視して。ビカムの関心は既に、レベト平野にて待ち受ける王獅子に移っている。

 

「……(聞こえないふり聞こえないふり……。宴なんてお断りだ。たくさんの人に囲まれて気を遣う)」

 

 慕う相手にあしらわれたイェレナ王女だが、それでもなお、彼女の瞳の輝きが曇ることはなかった。

 

「ああ、ビカム様。なんとお労しい……。ですが、イェレナは分かりました。その決意のほどを汚すことはできません。ならば、私に出来ることは貴方を盛大に――」

 

 

 

 

 

 美剣士の姿が扉の奥に消え、十分に時間が経過したのを見計らってから、王はヨランパを残して人払いを命じる。

 訝しみながらも、この場に集った廷臣(ていしん)たちは唯々(いい)として謁見の間を退室していった。

 

「……なぜ、ビカムに王獅子退治を命じた」

 

 二人には広すぎる空間。王の声が響く。

 

「お前は何を視た(・・・・)、ヨランパ」

 

 大臣たちは、降って湧いた英雄にこれ幸いとヨランパが怪物退治を押し付けたと思い込んでいる。

 だが、王だけはヨランパの僅かな声の震えから、威勢に隠された老婆の怯えの感情を見抜いていた。

 

「……済まないね、ビカム坊や」

 

 返ってきたのは、独白めいた吐露であった。

 

「アンタは本来何もせずとも、王都に留まっていれば望むものと邂逅できる運命だった――その代わり、この王都は(・・・・・)惨劇の地になる(・・・・・・・)。たった一日のズレで、夥しい血が流れる定めだったのさ。だから私は運命を捻じ曲げた――ビカムとあの少女により大きい苦難が(・・・・・・・・)降りかかる方にね(・・・・・・・・)。王都を守るためには、どうしてもそれが必要だった。……偉大なる王よ、私は悪人かい……?」

 

 気の強いヨランパから漏れ出た、縋るような問い。

 罪悪感に良心を痛める老婆に、王は慰めの言葉をかけた。

 

「天を彩るは導きの星だけではない。空には恐ろしき凶星も潜んでいる。星見のみが人知れずそれを読み解き、孤独に運命と戦う。――民草が知らずとも、余だけはその献身を魂に刻み込もう、偉大なる占星術師よ」

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