異界渡り、ビカム -伝説のエルフは今日も勝手に深読みされる-   作:鹿紅 順

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第二章 第12話「英雄の出立」

   ***

 

 

 

『黄金の鷹の止まり木亭』に戻ったビカムとリンは、宿の食堂で夕飯にありついた。

 リンダリアル世界の未知なる食材にリンは内心目を輝かせていたが、黙然と(さじ)を口に運ぶビカムを見て、興奮を表に出すのは躊躇われた。

 今、こうしてスープを味わう彼の表情は、いつもと変わらず平静そのものだ。

 

 感情を掻き立てんとする事象のことごとくをいなし、凪のように世界に佇む。それはまさしくテスカが寝物語に語った、神話に登場するエルフの在り方そのものだった。

 

 彼はその血を、色濃く引くという。

 

「……ビカム」

 

「……どうした?」

 

「……ううん、何でもない」

 

「……(え……? え、何なんだ? 一回訊きかけてやっぱり止めるって絶対何かあるだろう。しかも直前で思いとどまるぐらい重大な何かだと暗に示しているようなものだ。こういうのは黙られるより、はっきり言ってくれる方が良い。だから言ってくれ! 頼むから! 私からはとてもじゃないが訊けな――)」

 

 質問したい衝動が喉まで込み上げてきたが、寸前でグッと堪えた。

 リンは思い直す。彼は彼なのだ。

 饒舌も寡黙も、本人の気質によるもの。種族だからどうこと訊くのは無粋もいいところだろう。

 

 そんなリンの心情すらお見通しなのか、彼は動じることなく無言のまま食事を続けた。伏せられた目線は、美剣士なりの気遣いか。視線を合わせれば、勘ぐられているとリンが勘違いしかねない。ビカムめ、いじらしい事をする。

 結局、二人は目立った会話を交わすことなく、各々の部屋に別れた。

 後はもう寝台に身を預け、朝の訪れを待つのみである。

 

 王城に登る前と同じく外套すら脱がないまま、ビカムは寝台で仰向けになり、天井をじっと見つめていた。

 (はた)からでも、彼が激しい物思いに沈んでいることが分かる。

 (きた)る王獅子との戦い、美剣士の胸中に渦巻く感情はいかなるや……。

 

「…………(はあ……仕方ないとはいえ、大事を請け負ってしまったな……。王獅子と戦ったことは何度かあるが、いずれも追い払うだけで終わっている。だが討伐となると相手も死に物狂い、危険度は跳ね上がる……。特にリン殿がいるからな……安全な後方で待っていてくれと言っても絶対ついてくるだろうし……いっそ最初から私の目の届く範囲にいてくれる方がいいかな……。しかし戦うとなると、武器は申し分ないが防具が心許(こころもと)ない。強化外骨格だ、防御力が無いとは言わないが、あくまで筋力補助のための機械。人間同士の戦いならまだしも、魔獣との戦闘を想定した設計にはなっていない。となると、リン殿のための新しい鎧が必要になるか……重量軽減の効果が付与された魔法鎧じゃないと着られないだろう。あとは魔効液(ポーション)も一通り揃えておく必要がある……回復、毒、解毒、爆薬、粘着罠……収納袋に在庫はまだあっただろうか? いや、どうせ魔法鎧を見繕いに行くのだ、薬屋にも寄ればいいか。……そうだ! 彼女に巻物(スクロール)を持っておいてもらおう。魔力を持たないリン殿でもこれなら使うことができる。手持ちがないからこれも買いだな)」

 

 ふう……、ビカムから吐息が漏れる。

 

 この部屋に余人がおらず幸いである。たちまち今の悩ましい声に悩殺されていたであろう。

 

「…………(あとは王獅子対策か……霊剣を解放すれば何とかなるが、魔力の消費が激しいから軽々に使いたくない。とはいえ特等級になるほど成長した個体か……どんな化物具合になっていることやら……はあ……。精霊たちを呼ぶべきか? ……いや、纏った鎧に呪死効果を持つ武器が無いとは言えない。危ないからやめておこう。結局、地道に鎧を剥いでいくしかないか……魔法使いギルドに寄って武装解除の杖をありったけ買い込もう。うーん、金の暴力だ……。普段なら冒険者として外聞はよろしくないが今回は情勢的にそうも言っていられないだろう。よしっ、そうと決まれば今日は早く寝て、明日、太陽が昇ったらすぐに出発だ。明日一日がかりで王都中の店を巡って、戦いに必要な物を完璧に準備する。ここが王都でよかった。地方の街なら取り扱っている店が無いかもしれないし、品揃えも残念ながら王都には及ばなかっただろう。不幸中の幸いだな。ああ、予定が決まったら心が軽くなった気がする。今夜はぐっすり眠れるだろう)

 

 

 

 

 

 明日に備えて寝ようとしていたリンは、ノックの音に呼ばれて扉を開ける。

 そこには美しい痩身が。

 いつにも増して精悍な顔で彼は告げる。

 

「……リン殿、明日は早朝に発つ(そして丸一日使って王獅子との準備を万全に整える)」

 

「……っ! ええ、分かったわ。……腕が鳴るわね」

 

「(……?)……今夜はゆっくり心身を休めることだ」

 

「ええ。ビカムもね。お休み」

 

 別れた二人は各々の部屋で疲れた体を横たえた。

 明日は間違いなく、激動の一日になる――

 

 

 

 

 

 太陽が地平の向こうから姿を現してから幾ばくもしない頃。

 美剣士ビカムとサムライ少女リンは宿の一階広間に集結していた。

 

「……よく眠れたか?(私はぐっすりだった)」

 

「正直、ちょっと寝つきが悪かったの。武者震いってやつね。でも大丈夫、足を引っ張るような真似はしないわ」

 

「(……?)……そうか(まあ今日は寝不足でも問題ない)」

 

 玄関扉の脇には支配人を始め、都合のつく従業員たちが勢揃いで見送りに来ている。

 

「……世話になった(ありがとね)」

 

「ご武運を……お祈りしております、ビカム様。王国の無辜(むこ)の民たちのために、どうか、どうか……」

 

「(……?)……ああ(何だろう? この空気感……)」

 

 両開きの扉を開かんと従業員が把手に手を伸ばす。

 ビカムは口を開いた。

 

「……リン殿、今日は王都の――」

 

 開け放たれた扉から朝陽が差し込んだ。

 視界を光が埋める――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――これより、英雄ビカム様の、王獅子退治壮行式を取り行います!」

 

 鳴り響く幾重もの喇叭(らっぱ)と太鼓。

 降り注ぐ紙吹雪。

 

 ずらりと続いた人垣に、とめどない歓声。

 

「……(!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?)」

 

『黄金の鷹の止まり木亭』の目の前を伸びる大路の両脇は英雄の出立を見送ろうとする群衆で埋め尽くされている。

 近くの建物の二階の窓はほとんど全て開け放たれ、溢れだした人々がそれでも一目見んと身を乗り出して手を振っていた。

 

 制止が無ければ今にもビカムに殺到しそうな群衆に目を光らせているのは、王都警邏(けいら)隊と近衛騎士団だ。朝早くにもかかわらず任に就く彼らの顔は不満どころか誇らしげである。

 

 護衛の騎士を引き連れ歩み寄ってくる人影の一団。

 中心にいたのは利発そうな目と爽やかな雰囲気を纏った十代後半の少年。隣には同じ年頃の美しい淑女を伴っている。

 両者とも見るからに、貴種に連なる家柄の出。

 リンのその見立てに間違いはなく、どころかこの国でも頂点の血筋であった。

 

「お久しぶりです、ビカム様」少年が口を開いた。「国王陛下の名代として、グリンド・グアド・エスタード・アーライン・グウェン・ネレスがご出立を祝しに(まか)り越しました」

 

「……王太子殿、か(何で⁉ 何で王太子殿がわざわざ来てるの⁉)」

 

 王太子の隣に侍る淑女もまた、膝を折り綺麗な礼の所作の後、挨拶を述べる。

 

「お初にお目にかかります。ラングベルド公爵家フォードが娘、リリエラと申します。この度の王獅子退治への名乗り、国民一同感謝の念に尽きません」

 

「ビカム様、私と彼女……リリエラは、将来の婚姻を約した関係で――」

 

「ああっ! ようやく! ようやくお会いできました! 叙事詩に違わぬ美しい佇まい、見るだけで心が焼かれるような心地! 何度この日を待ち望んだことか……イェレナ様にご無理を申し上げた甲斐がありましたわ! 吟遊詩人を邸宅に招いてビカム様の冒険譚を聞くのも至高ですが、やはり本物のご本人と言葉を交わせることは至上の幸福でございます! そう思いませんこと、グリンド様?」

 

「あ、ああうん、そうだね。はは……」

 

 胸の前で両手を組みキラキラと瞳を輝かせているリリエラ。

 未来の妻の様子にやや引き攣ったように笑いつつ、グリンドはこの壮行会について説明する。

 

 ビカムが美しく去った後すぐに閣僚が参集され、この後の具体的な対応について協議が行われた。英雄に任せるだけでなく、自分たちにも出来る最善を尽くすために。

 その一環として、王女がこの壮行式を企画したという。全大臣の賛成をもって案は可決された。流通が止まり経済の落ち込んだ今、国民には希望が必要だった。

 

 美剣士ビカムが王城へ登り、国王から王獅子退治を請け負った情報は、枢密院内部室の一つ――国土公安室に所属する腕利きの諜報員によって、夜になる頃には王都中に噂として伝播されていた。

 名にし負う伝説的剣士の登場は、瞬く間に王都の民を興奮と熱狂に叩き込み、国土公安室が煽るまでもなく、英雄を激励しようという機運が市井(しせい)に醸成された。

 

 こうして早朝に驚くべき人数が密やかに集い、サプライズの壮行式が実現することになったのだ。

 

「ご覧ください。皆が貴方の出立を祝い、戦いの無事を祈らんと駆け付けました。この人波はここから(・・・・)王都北門まで(・・・・・・)途切れることなく続いています」

 

「道中、どうか手を振ってあげてください。この場に立ち会えたことが民たちの誉れとなります」

 

 グリンド王太子とリリエラ公爵令嬢が晴れがましく大路を振り返った。

 不死鳥の尾羽を挿した鍔広帽子が揺れる。

 

「……(は……? え……? つまり、この分厚い人垣が、王都を出るまで……一本道に続いている……⁉)」

 

 ビカムが左を向く。

 

 ワアアア――! ただそれだけで歓声が一層大きくなる。

 

 ビカムが右を向く。

 

 キャアアア――! ただそれだけで熱を帯びた声が一斉に花開く。

 

 ビカムが正面を向く。

 

 英雄の道は、彼の栄光の果てが無いかのごとく、どこまでも続いていた。

 

「……(武具屋、薬屋、魔道具屋、魔法使いギルド――こんなの絶対に途中で店に立ち寄れる空気じゃない……! 出発は今日じゃなくて明日なんだと言ったら興醒めどころでは……!)」

 

 わずかながらビカムの纏う空気が、揺れた。

 武人たるリンだけでなくグリンド王太子もリリエラ公爵令嬢も、彼の気配の変化を感じ取った。

 相変わらず平静と寡黙を貫いているが、民の心からの激励と祈りに、さしもの美剣士も感極まったに違いない。

 それを悟られまいと表情に出さないところがなんとも微笑ましく、王太子と公爵令嬢はどちらともなく顔を見合わせてクスリと笑った。

 

 

 

 鳴り響く幾重もの喇叭と太鼓。

 降り注ぐ紙吹雪。

 ずらりと続いた人垣に、とめどない歓声。

 その只中を堂々行進する美しき剣士、供に侍るは異世界のサムライ。

 

 近衛騎士と警邏隊、そして王都に住まう民たちによって作られた道をビカムは進む。

 やはりその表情は凪いでいて、いっそ諦観すら感じさせるほどだ。

 敵対する以上、もはや死を免れぬ王獅子の命すら儚んでいるのだろうか。

 

 ビカムとリンは予定通り真っ直ぐ王都を出立し、郊外で待機していた王国軍第一軍に護衛されながら、一路レベト平野へと向かった。

 

 

 

   ***

 

 

 

「――我々はここまでです。これ以上近づけば、貴方の足手纏いになってしまう」

 

 レベト平野に突入し、チキュウ時間換算で二時間が経過した頃だろうか。

 ビカムたちは立ち込める濃い霧の前にいた。

 天候は晴天にもかかわらず一向に晴れる様子のない濃霧は、自然に由来する現象ではないと示している。

 

「いかなる方法か、王獅子が発生させているものです。大きさはおよそレベト平野の中心部を覆い尽くすほど。王獅子の移動に併せてこの霧も動きます。魔力を含んでいるため探知魔法が攪乱され、魔法で吹き飛ばそうとしても量が膨大なせいで並の魔法使いでは歯が立ちません。せっかくの集団の利も、この霧の中では連携が活かせず脆い部分から喰い破られてしまう……嫌になるほど狡猾な相手です」

 

 ギリ……、と歯を食いしばり悔しそうに表情を歪める第一軍の将軍。添え木を当て吊り上げられた右腕が痛々しい。この霧の中に果敢に突入し、撤退せざるをえなかった敗北の証である。

 

「……案内かたじけない(ありがとね)」

 

「ははっ! ではこれにて。ご武運を!」

 

 王都へ引き返す行軍を見送った後。

 リンは神妙な雰囲気を醸し出すビカムの眼前に立っていた。

 

「……リン殿」

 

「うん」

 

「……これから君に、ありったけの魔法をかける。……それでも危ないと思ったら、私を置いて離脱してほしい」

 

「……それほどの相手ってことね。分かった、約束は守る。貴方もよ、ビカム。自分の身は自分で守るから、私のことは気にせずに存分に戦って」

 

 コクリと頷き、ビカムの唇は朗々と魔法の詠唱を奏で始めた。

 

「……【生きとし生ける被造の殻よ】【生きとし生ける被造の殻よ】【生きとし生ける被造の殻よ】【主の光輝、ただ唯一の温かき灯明】【固き誓いが、固き心を練り上げる】【原初の鳥よ、原初の魚よ、何もない空白を渡れ】【神にも誇れる抜け目なさ】【有り難き試練は生の長さを倍する】……」

 

「ちょ、ちょっと……そんなに魔法かけるの……?」

 

 リンの慌てふためきように構わず淡々と魔法をかけ続ける。

 

 一定時間、傷を回復し続ける魔法。

 精神攻撃に強固な耐性を得る魔法。

 体力を継続回復させ、持久力を上げる魔法。

 動体視力を大きく向上させる魔法。

 思考を高速化させ、体感時間を遅くする魔法。

 

 魔法の知識が無いリンは当然与り知らぬ事実だが、これらの支援系魔法は高等魔法に位置付けられ、習得が非常に難しい。しかもこれだけ多岐に渡るバフが行使可能な魔法使いがいったいどれだけいることか。

 

 付け加えるなら、最初に使用した、致命的ダメージを一度だけ回避する魔法は三重に重ねがけする念の入れ様。

 同じ魔法を、効果が切れないうちに重ねがけするには最初より多量の魔力が必要となり、重ねるほど必要魔力は指数関数的に跳ね上がる。元よりこの魔法自体が莫大な魔力を食うというのに……。

 

「(本来なら防具や魔道具で補う予定だったが……店によって準備を整える作戦が全部パアになったゆえ、魔法で代替するほかない)……【真実は瞳を偽らず】」

 

 最後に鑑定魔法でリンが帯びる魔法効果に異常や抜けがないことを確認してビカムは頷いた。

 リンとしては必要な事なのだと理解しつつ、ちょっと過保護すぎじゃないかな、と複雑な面持ちだ。

 

 さて、目下の障害は、王獅子により発生したという視界を覆う濃霧である。

 しかしそれも、美剣士の足を止めるには至らなかった。

 

「……【道に果て無し、空に蓋無し、追いすがる風は無窮のごとし】」

 

 ビカムの唇から紡がれた大魔法が、尋常ならざる暴威の追い風を呼び起こす。

 量が膨大で並みの魔法使いでは歯が立たない……そう将軍は口惜しがったが、ここにいるを誰と心得る? 並みの魔法使いが役立たないなら、並外れた魔法使いを立てればよいのだ。

 

 爽快なほどの勢いで千切れ飛んでいく濃霧。その晴れるに合わせ、声もなくビカムは前進した。

 彼の淀みない足取りに、燎原を火が舐めるがごとく霧の領域は暴風に切り取られていく。

 それでいて術者たるビカムと仲間のリンには微風すら感じることはなかった。

 

 あれよあれよという間に霧は吹き散らされ――水蒸気の帳が覆い隠していたものが露わとなった。

 

「っ……」

 

 それらの特徴は、直前まで戦闘に及んでいた形跡があること、衣服を無理矢理剥ぎ取られたような痕跡があること。

 

 そして――体から既に熱は失われ、魂は死と運命の女神の御手に委ねられたことである。

 

 齢十数年の少女の目に触れさせるには、あまりにも夥しい数の死体が骸をさらしていた。

 

「う……げぇええええッ……!」

 

 堪えたかと思ったのも束の間、リンの胃は中の物を大地に吐瀉していた。

 暴風すら貫いて鼻孔を侵食する腐臭と、真新しい()えた臭いが混ざり合い、老兵であれば嗅ぎ慣れた戦場の空気を現出させる。

 

 人の死を見るのは初めてではない。シティの外界で敵対した略奪者(レイダー)を斬ったこともある。

 だが、目の前で積み重なった膨大な死は、それと同数の命が失われた事実を示しており、リンの心に大きな衝撃を与えた。

 人間が無価値なゴミのように打ち捨てられ朽ち果てていく光景が、荒事に慣れていると自負していた少女の脆い部分を容赦なくえぐったのだ。

 

 滲む視界の横から、スッと水袋が差しだされる。受け取り、冷えた水で口を(ゆす)ぐ。

 

「(ああ、新兵などはよく吐くんだよなぁ)……鎮静の魔法は必要か?(こういう時に覿面(てきめん)に効く魔法だよ)」

 

 結果的に、この差し伸べられた手を断って正解であった。

 もし頷いていたならば、リンは戦士の心構えが不適として、ビカムにより戦場から追い払われていただろう。

 胃を引っ繰り返しているだけでも許しがたいのに、これ以上の無様は見せられない。

 

「……ありがとう。要らないわ、大丈夫。戦わなくちゃ。なんとしても、元凶を止めないと」

 

「……そうか(かけておいた方が良いと思うけど……)」

 

 美剣士もそれ以上何を言うこともなく、二人はまた歩き出した。血肉によって赤く舗装された道を。

 

 ――大方の霧が晴れたと思しき頃、それは現れた。

 

 (うずたか)く積み上げられた剣、弓、槍、槌、杖、盾、あらゆる防具……。

 木製の、あるいは金属製のそれらが集まり一つの小高い丘を成しているのだ。

 まるで武具の墓場。

 それが、道中踏み越えてきた戦士たちの亡骸が生前身に纏っていたものだと瞬時に理解した。

 武具の山からは棘のごとく魔法杖が何本も突き出しており、その内の幾本かが絶えず霧を生成し吐き出している。あれこそが軍を攪乱した濃霧の発生源に間違いない。

 

 この武具の山が何を意味するのか。

 疑問がリンの言葉となる前に、山は独りでに身動(みじろ)ぎした。

 武具が蠢動(しゅんどう)に合わせて奏でる金属音。

 山はダイナミックに形を変え――しかし武具の一つも重力に絡め取られ地に落下することはない。剣や鎧の一つ一つが細胞のごとく連結し有機的な構造を形成していると言わんばかりに。

 

 奥深い洞穴から響いてきたかのような唸り声が空気を震わせる。

 

 ソレ(・・)は既に明確な形を成していた。

 大地を踏み締める四肢。武具の間から生える禍々しい爪は大剣のごときサイズをほこる。

 頭部から首を飾る(たてがみ)に王者の威厳は無く、度重なる闘争の汚れで染め抜かれていた。

 

 ギギギ、と錆びた金具が立てるような音と共に巨大な顎が開く。途端、生々しい血臭が解放され、辺り一帯の不快さを上昇させた。

 獅子――いかに異形であろうとも、そうとしか表現できない化生が顕現した。

 

 黄色に怪しく光る双眸が眼下の人間を捉えた。

 

「これが……!」

 

 リンの想像を優に超えていた。アーカイブで閲覧したことのあるライオンの知識などまるで役に立ちそうもなかった。

 

 全高三メートル、推定体重十トン以上。

 倒した獲物の皮を剥ぎ取り、人間からは武具を剥ぐ。

 剥いだそれらを身に着け、鎧のごとき纏う恐ろしき魔獣。

 

 ――王獅子!

 

 開戦を告げる咆哮がレベト平野に轟いた。

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