異界渡り、ビカム -伝説のエルフは今日も勝手に深読みされる-   作:鹿紅 順

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第二章 第15話「乾坤一擲の策」

「……(いや、やっぱり危ない。戦場の後方に)下がってくれるか?」

 

「ビカム……」

 

「……前には私が出る(王獅子とは私だけで戦う)」

 

 なんと……なんと……!

 この並々ならぬ技量を有する(うるわ)しの剣士は、自身が前に出てリンの露払いを務めると言ったのだ!

 

 ビカムは魔法の収納袋から丸められた皮紙を取り出す。

 竜の皮を(なめ)して作られた最高級の書写材料は、ほとんどの高位魔法を刻み保存することができる。たとえ使用者に魔力が無かろうと、持ち主の明確な意思を感じれば、あらかじめ込められた魔力が仕事を為すのである。

 

 そして、この巻物には防御魔法をも貫通する目潰しの閃光を発する魔法が込められているのだと。

 

「……(私が負けそうな)時が来たら、この巻物を遠慮なく使ってほしい」

 

「時が、来たら……」

 

「……リン殿は(私たちが戦いから退くべき)そのタイミングを見極めてくれ」

 

「本当にいいの……? そこまで私のこと、信頼して……」

 

「……今、君にしか出来ない事がある(私は剣と銃で両手が塞がって巻物が咄嗟に使えないからね)」

 

 ……溢れそうになる涙をこらえる。

 代わりに、少女は唇を引き結んだ。

 出会ってから数日と経っていない未熟なサムライを、この熟達の剣士は信頼に値すると、何をするとも一切訊かずに作戦に己の命運を懸けた。

 その嬉しさを、その誇らしさを、自分は一生涯忘れることがないだろう。

 

「……頼んだ(ちゃんと後ろに下がっていてね)」

 

「ええっ……! 任せて、絶対に成功させる!」

 

 一陣の風となって美剣士は駆け出した。怯むことない王獅子の咆哮が出迎える。

 その少し後を、巻物を握りしめたリンが追う。

 

「……(……あれ⁉ この足音、絶対後ろにリン殿がいる……! えッ、なぜ付いて来ているんです⁉ 後ろで待機してくれって、任せてって……⁉)」

 

 わずかながら、致命的な隙にならない程度にビカムは振り返る。

 決意を表明する力強い眼差しを宿した少女の姿を認め、彼もまた王獅子へと向き直り(まなじり)を決した。若く瑞々しい勇気が、老練たる美剣士にすら発破をかけたのだ。

 

「(だがもう行くしかないッ……‼ 王獅子の胸の盾を剥がすためには)……アイ!」

 

『――弾種(モード):エネルギー弾・凝縮熱榴弾(コンデンスド・ヒート・ハウザーシェル)。」

 

 状況分析とビカムの声音だけで何の弾種を望んでいるか完璧に汲み取ったアイ。

 ハイテク銃の内部で急速にエネルギーがチャージされ、その量は昨夜の就寝前に汎用エネルギーパックから完全補給を受けたばかりだというのに、四割を注ぎ込むほどの莫大な熱量だ。

 

 ビカムは霊剣フェーレを――消し去ると同時に左腕のハイテク銃を右の手に持ち替える。

 そして空いた左手――機械鎧の手甲から流れるようにエネルギー・フックショットを打ち出した。

 

 先端が王獅子の股下を潜り抜け、大地に着弾、固定。

 前脚の横薙ぎを伏せるようにスライディングで回避。疾走の速度とフックショットの巻き取る速さを乗せ、ビカムは仰向きの姿勢で王獅子の巨躯の下を勢い良く滑り抜けていく。

 

「……(ここ!)」

 

 銃口が王獅子の胸部を捉えた瞬間、引き金は引かれ、青白いエネルギー塊が命中。だがそれは何ら痛痒を与えることなく着弾地点に貼り付いたまま。

 

『――BANG(バン)

 

 否! 時限式の熱榴弾が炸裂、十トンを超える体を一瞬とはいえ浮き上がらせるほどの爆発が王獅子を襲った。

 

 様々な武具と共に、巨盾が弾け飛ぶのをリンは見た。

 美剣士ビカムは――疑いなど微塵も抱いていなかったが――確かに仕事を成し遂げてくれた。

 ならば、勝敗の命運は、この少女の双肩に乗せられた。

 

 跳躍! 悶絶する王獅子の頭部に飛びかかる――!

 しかし、あまりに無謀! 隙を突いたつもりだろうが、百戦錬磨の魔獣がいつまでも怯んでいると思うてか! 痛みと衝撃は最早怒りに追加の燃料を注いだだけに過ぎない。

 グバッ! と開かれた顎が、空中で身動きが取れない獲物を丸齧りにせんと迫った。

 

 ――今ッ!

 

 強烈な閃光が辺り一帯に迸った。

 

「グルォオオオオオオオオオオ――⁉」

 

「……⁉(目がああああああああああ!?!?!?!?!?)」

 

 光に視界を潰された王獅子は胸を守るよう姿勢を低くし、滅茶苦茶に暴れ回る。そこに王者の余裕はなく、ただ癇癪を爆発させた魔獣の姿があった。

 

 そしてまた何度目かの咆哮。散乱した武具が主の下に纏わりつく。

 それは勿論……ああ! せっかくビカムが剥した盾が元の位置へ納まっていくではないか……。

 

 目に光を取り戻した王獅子が怒りの咆哮を上げる。傍目にも、この魔獣が生涯で最も怒り狂っているのが今なのだと理解できるほどの憤怒。

 掃いて捨てるほどいる餌の分際で、生態系の頂点である己に土をつけた不遜の輩を誅伐せんと鼻息を荒くし――

 

「……(ようやく視界が……まさか巻物をそんな使い方をするなんて、リン殿……なんだ?)」

 

 瞑目していたビカムがゆっくりと瞳を開けた。

 それは憐れな魔獣に対し、彼が鎮魂の祈りを終えたということ。

 

 ――そして敵の命運が尽きたことを意味していた。

 

 不意に王獅子が動きを変じさせる。

 油が切れて錆び付いた機械のごとく小刻みに震え……雄叫びを上げながら胸を掻きむしった。骨肉を容易に切り裂く爪が巨盾の表面を滑り火花を散らす。

 

 ごぷり、と巨盾の隙間から大量の赤い血が流れ出る。

 突如として王獅子が纏う武具がボロボロと剥がれ落ちた。能力を解除したのだ。

 胸部を覆う巨盾の下から現れたのは、真一文字に大きく切り裂かれた切創であった。

 巨大な獅子が苦悶の声を上げ、のたうち回り、その度に大地が鳴動する。

 

 だが……それも永遠には続かない。

 やがて命というエネルギーを大きく失った獅子の魔獣は力なく地に倒れ伏した。

 大きく見開かれた瞳から光が消え、その魂が消滅したことを知らせる。

 

 王獅子の体が端から崩れ去っていく――魔獣は他の生物と異なり、肉体を構成する最小単位である細胞に魔力が組み込まれている。死によって魔力の統制が途切れると細胞から魔力が霧散し、結果、細胞が崩壊することで魔獣は肉体を保てなくなるメカニズムが存在した。

 

 禍々しい霧が宙に溶けて消えた後には……片膝を着き、天を突くように両手でブレードを掲げたリンが。

 

「(ようやく意味が分かった……確かにリン殿にしかできない作戦だとはいえ)……無茶をする」

 

 ビカムがポツリと呟きを漏らす。その声音に安堵の色が混じっているように感じるのは気のせいだろうか?

 リンの意図を見抜いていた美剣士とて、文字通り我が身を(なげう)つ彼女の奇策には、流石に肝を冷やしたのだと思いたいところである。

 

 王獅子の胸部、心臓直上を守護する一際大きく頑丈なアダマンティン製の巨盾。

 彼女は王獅子が剥がされた巨盾を引き寄せるのに乗じ、盾の影に潜んだのだ。

 

 しかしそれだと王獅子の体と盾に挟まれて重傷を負うばかりか動くのもままならないはずだが、リンは大盾が扁平ではなく湾曲しており中心部に空間があることに目をつけた。そう、小柄な彼女なら体を丸めることでギリギリ納まるぐらいの空間を。

 

 その結果は御覧のとおり。

 目論見を成功させた彼女は、高周波ブレードを王獅子の胸に突き立て、流れ出る血に逆らうように体内へ侵入、どくどくと脈打つ心臓へ刃を無尽に叩きつけたのだった。

 

 魔獣が魔獣であるゆえ、血も肉も骨も黒い粒子となって霧散したからよいものを、そうでなければ今頃リンは頭から全身血を被ったスプラッタな姿になっていただろう。おお、年頃の娘がなんという! アカネが目の当りにしたらそう叫んで卒倒していたこと間違いない。

 

 美しく佇むエルフの剣士へ何と声をかけたものか。

 短い時間逡巡した後、リンは言葉ではなく、会心の笑顔とピースサインを送るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――その頭上から、あらゆる命を凍りつかせる絶対零度の吐息が降り注いだ。

 

 

 

   ***

 

 

 

 レベト平野を覆っていた霧が晴れていく光景に、王国軍第一軍のあちこちから快哉の叫びが上がった。

 

 霧が消滅する――即ち、王獅子の討滅を意味する。

 

 長らく王国に影を落としていた魔獣が伝説的英雄によって打ち倒された。これを聞き、歓呼をもって迎えない王国民はいないだろう。

 

 第一軍を率いるエメリッヒ将軍……いかなる状況においても冷徹な表情を崩さない男も、この時ばかりは溜め込んでいた不安を吐き出すように息を吐いていた。

 

「本当に、よくぞ……」

 

 昨夜、軍務省から壮行式の準備を命じられた際、謁見の間における出来事は伝え聞いていた。

 我らが軍の精兵が惨敗を喫した相手をたった一日で倒してみせると聞いたときは、「彼の美剣士ならさもあらん」と思う気持ちより、「そんなこと可能なはずがない……」と疑念の方が強かった。

 

 しかし、彼はやってみせた。

 たった二人で、特等級の魔獣を打ち滅ぼしたのだ。間違いなく王国史に刻まれる偉業。

 やはり自分は凡人で、彼は英雄なのだと思い知らされる。だが、エメリッヒには胸がすくように心地よかった。

 

(兵たちの興奮が収まったら、獅子殺しの英雄を迎えに行かねば)

 

 エメリッヒが首から吊った右腕を無意識にさすった時――第一軍に巨大な影が落ちる。

 

「な、何だ⁉」「鳥か……?」「おいアレ見ろ!」

 

 動揺する兵たちがすぐに空のある一点を指差す。

 エメリッヒの双眸も、その姿を捉えることとなった。

 

「竜……‼」

 

 巨大な翼、長く太い尾、全身を鎧う鱗、禍々しい角。

 見間違えることなどありえない。長い軍人生活で(まみ)えたこともある恐るべき魔獣、その最高峰。

 人類に夥しい流血を強いる怪物。

 

 もう空の点になるほど遠く飛んでいったが、あの方角は……。

 

「まさか……!」

 

 エメリッヒはその可能性に思い至り……忸怩たる思いを噛みしめざるをえなかった。

 ビカムがレベト平野のどの位置にいるかは分からない。しかし今まで戦闘音が聞こえてこなかった以上、平野の奥深くまで進んでいるだろうことは間違いない。

 それだけの距離、自分一人だけならまだしも軍団で駆けつけようとすれば、かなりの時間がかかる。

 

 そしてその頃には、ビカムと竜の戦いは既に終わっているだろう。

 

「ビカム殿……」

 

 あの竜は無関係な、ただ上空を飛んでいっただけであってくれと、彼は女神に祈ることを止められなかった。

 

 だが、残念ながらにそうはならないだろうと……この静まらない胸騒ぎが訴えてくるのである。

 

 

 

   ***

 

 

 

 二回目の、ガラスが砕けるような音。

 

 本来なら二度目の死を意味する事実。

 自分以外が氷点下に包まれた世界を目の当たりにして、リンは即座にビカムの方へと後退する。

 彼女が身に纏う強化外骨格とインナースーツは耐寒機能も備えているが、氷河期を撒き散らしたような寒さには無いも同然だった。

 

「ビカム!」

 

 こんもりと、彼が居たはずの地点には氷の山が出来上がっていた。そこ以外は全て真っ平な氷原しかない。リンには、あの美しいエルフが土竜のように地面を掻き分けて寒波を逃れたとは到底思えなかった。

 

 その予想は正しい。

 氷の山はひび割れたかと思うと内側から爆ぜる。

 勿論出現したのはロングコートを颯爽と翻すビカムだ!

 

 彼のコートはグレイプニル23という繊維で編まれており、それは最高の防弾防刃性能を有するばかりか耐熱耐寒にも秀でているのである。

 美剣士の周囲に漂う魔力の発散光から推察するに、瞬時に自身の内包魔力を全方位に放射したことも寒波の相殺に一役買ったのであろう……台風を送風機で逸らすような無茶の極致である。言うまでもなく、彼以外には出来ない、やろうとも思わない荒業だ。

 

 いったい何者が卑劣な不意打ちを行ったのか。

 

 リンは空中に下手人の姿を認め、あまりの非現実的な光景――魔法の存在する世界だと言われればそれまでだが――に目を丸くした。

 

 シティの自動攻撃ヘリを超える巨大な生物が空を飛んでいた。一対の大翼で宙を叩き、その躍動が地上にまで伝わってくるかのようだった。あんな生物はチキュウのアーカイブでも見たことがない。()いて言えば、翼が無い大蜥蜴に近しいだろうか。

 

 その空飛ぶ大蜥蜴が旋回し降下の体勢を取った。半開きになった顎は再度の凍結攻撃の構えだとリンは直感した。

 

 ビカムが動いた。

 金色の颶風(ぐふう)と化して疾駆。踏み砕かれた霜が空中で光を乱反射する。

 そして恐るべき跳躍力で舞い上がる。彼こそが鳥であった。

 美剣士は跳び上がった勢いそのまま、降下する大蜥蜴とすれ違い――

 

 ――キンッ! と遅れて刃鳴りが響く。

 次の瞬間には、首を落とされた大蜥蜴が大地に失墜するところであった。

 

 しかし巨体が大地に触れる前に、いかなる仕儀かそれは空中に溶けて消え、代わりに三つの人影が何事もなく降り立った。

 

仮初(かりそめ)の竜とはいえ一刀両断か。噂に違わぬ傑物ぶりよ!」

 

「嬉しそうに言わないでくれませんかねえ、まったく」

 

「…………」

 

 ビカムとリン。

 シティからの恐るべき刺客。

 

 遂に――邂逅の時が来てしまった。

 

 

 

 

 

「……何者だ?」

 

 ビカムの誰何(すいか)に、彼らはあっさりと口を割った。

 

「我ら〝四鬼天〟……と名乗っても分かりますまい。面汚しのジャガンの関係者、と言えば想像もつきますかな?」

 

 代表して答えたのは〝鬼術師〟。嗜虐性に満ちた、凶悪な術師。

 顕著な反応を示したのはリンである。

 

「シティ……! まさかこんなところまで追ってきたっていうの⁉」

 

「フフフ、こう見えて雇われの身でしてな。雇用主の命あらば異世界だろうと渡るのですよ。そして――暗殺、強奪、略奪、虐殺、何でもござれといった具合にね。業務範囲が異なるだけの武装請負人のようなものですよ……そう思いませんか、サムライのリン・ツカモト殿?」

 

「……ッ!」

 

 わざと外道の引き合いに出すことでサムライを侮辱した〝鬼術師〟に対し、続く言葉でリンは沸騰しかけた頭を急速に冷やされた。

 自分の素性が相手に知れ渡っている――そこから派生しうる危険な未来は多様に枝分かれしていた。

 

「……なぜ、こちらの居場所が分かった(チキュウには〝プライバシー〟という言葉があってだな……)」

 

 異常事態の連続、ビカムの冷静さだけが現実に繋ぎ止める楔のようだった。

 答える義理もないだろうに、静かに問い詰める美剣士へ〝鬼術師〟は得意気に手管を開陳した。

 

「フフ、簡単な事ですよ」

 

〝鬼術師〟の体毛に覆われた獣の手が掴んでいたのは、そう、〝鬼蜘蛛〟のジャガンの生首である!

 

 死に際の凄絶な表情を貼りつけた彼の面は直視に耐えないものがあった。

 

「私の術法に、遺物と探し人が結んだ縁を占い(・・)、大まかにですが居場所を探るものがあるのですよ」

 

「まさか……占星術……」

 

「おおっ! 御名答です。既に蘊蓄(うんちく)があるようで……。この遺体は実に良い触媒となってくれましたよ。もう用済みですがねえ」

 

 と言いながら、〝鬼術師〟はその首をぞんざいに放り捨てた。

〝四鬼天〟という名乗りの以上、ジャガンと彼らは、仲間とは言わずとも同僚に近しい関係にあったと思われるのだが、平気で遺体を辱める行いに、直接命を狙われたリンですら険しい眉となる。

 

「……その腕の特徴、占星術を使える特徴……貴様の種族は(もしや……)」

 

 何か合点がいったらしいビカムの、鍔広帽子に挿された不死鳥の尾羽が揺れる。

 答え合わせとばかりに〝鬼術師〟は薄ら笑いを零しながら、そのローブを自ら剥ぎ取った。

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