異界渡り、ビカム -伝説のエルフは今日も勝手に深読みされる- 作:鹿紅 順
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「……大したものだ、細剣一本でここまで(下手したら
「これこそ我が忌まわしき祝福! 世界を恐怖に陥れる禁断の力ですよ!」
「……(腕前の自慢も凄い……)」
気づけばビカムは攻撃の手を止め、油断なくマズダーと距離を取っていた。あの美剣士ビカムが、である!
打ち倒したわけではなく、しかしそれだけでマズダーは偉業を打ち立てた心地を禁じえない。
それを為さしめたものこそ、マズダー三つ目にして最後の切り札――超短時間の連続未来視である。
常に数秒先の未来を視続けることで、相手の意図を常時看破し、逆に自分の攻撃を差し込むことを可能にする。
少し離れた場所で奇しくもリンが〝黒鬼士〟の動きを先読みしようと目を凝らしていたのとは異なり、マズダーの魔法は、はっきりと未来を予見するものである。
ただし、これはあくまで未来が見えるだけ。
ビカムの攻撃をことごとく思うようにさせなかったのは、紛れもなくマズダーの腕前の為すところであった。相手の隙を突き動作の前兆を潰せるよう、小回りの利く武器として細剣を選んだのも彼の狡猾な狙いである。
それでも……苦労して連続未来視の魔法を開発し、細剣を自在に扱えるほど鍛錬を積んでなお……マズダーの胸中には、ビカムを圧倒した歓喜を拭い去らんほどの
未来を知る能力があるゆえに彼の一族は絶滅を望まれ、未来を知る能力があろうと絶滅を回避することはできなかった。
恐怖が勝ると知った時、彼は未来を捨てたのだ。占星術で過去と現在を視ることはあっても、未来だけは絶対に視まいとした。
だが今や、捨てたはずの力に頼らざるをえない。そうしなければビカムに勝つことはできないから……!
「これが決して避けられない未来――貴方の伝説は今日、ここで終わるのです! 私の手によってねェ! 私に恐怖するがいい美剣士ビカムッ‼」
「……恐怖、か」
ぽつりと漏れた呟き。
「……私はそれを、いつだって感じている」
風に乗ってマズダーの耳朶を打った言葉は、声量に反して彼の血気に逸る肉体を驚きにより硬直させた。
「なん、だと?」
「……何かに怯えなかった日はない」
「ふざけるな! 私の恐怖魔法を容易く破っておきながら……! 意気を
「……恐怖は常に……私の傍にあった」
「ならばなぜ動ける⁉ なぜ抗えるのです⁉ なぜ止まらずに戦い続けられると……⁉」
「――それでも未来を望むから、私は恐怖に挑み続ける」
「――――」
「……恐怖を乗り越えた先に、希望の未来があると信じる」
未来があるからこそ恐怖と戦える――
それは、己が信念と真っ向から相反する考えだ。
未来を
そのはずなのに。
そうでなければならないはずなのに……!
「……だから、勝たせてもらうぞ(細剣の達人よ……!)」
もはやビカムの言葉など耳に入らなかった。彼が何を言っているか理解が必要にならなくなった。
(――この生き物を、殺す)
正眼に霊剣フェーレを構え、刃に風を纏わせ始めたこの剣士を滅ぼさなければならないと、マズダーは決意した。
美身が疾駆する。
迫りくる霊剣をやはり細剣で封じ込めたものの、先ほどまでと違うのは、剣が振られるに合わせて鋭い風が巻き起こることだ。
風を受けた大地が大きく抉られている。
(攻撃の間合いを伸ばしてきたか。風で切れ味も増しているだろう。――だが問題ない)
マズダーも意識的に深く踏み込み応戦する。
攻撃の射程を伸ばそうとも超接近戦に持ち込めばアドバンテージは消失する。魔法で作り出した細剣は魔力があればいくらでも修復可能。取り囲む『怪物の煙』が物理的な風圧の影響を受けないことは先のとおり。
ビカムはより激しく、より舞うように、全身を躍動させてフェーレを振るう。
上空から鷹が急襲するように、地面から大蛇が忍び寄るように、あるいは運河の怒涛のごとく。
ビカムに合わせてコートがはためき、黄金の軌跡が幾重にも重なっていく。
まだ演目名の付けられていない、まさしく剣舞であった。
(無駄なことを。攻撃の量で未来視を圧倒できると思うてか。たとえ可能だとしても、数秒後に破綻することが分かれば戦術を変えることなど造作もない!)
(――間合いを伸ばしたなら、なぜビカムは
ガキィンッ! と一際甲高い金属音が鳴る。
マズダーの刺突を、ビカムが霊剣の腹で受け止めた音だ。
「……何を狙っているのです?」
「……(細剣の達人の)貴様の前では、私の剣は届かない」
霊剣フェーレが帯びる風が圧を放つ。
それは視えていた。何の害もないことも。
細剣を突いた姿勢のまま、マズダーは風を浴びる。
「(貴様が大魔法を仕込んだように)……私も魔法を仕込ませてもらった」
土埃が吹き飛ばされ、その全容が露わになる。
いつの間にか戦場の地面に――マズダーとビカムを中心として、巨大な模様が刻まれているではないか!
「魔法陣、だとッ⁉ まさか、さっきまでの剣舞は全て、これを刻むため……⁉ それに、この形象はッ――」
――多くの魔法は魔法文字で記述され、文字そのものが内包する概念と各文字の語順によって構成され、効果を発揮する。
だがマズダーが用いる印のように、魔法文字を対応する別の何かに置き換えることで魔法発動を可能にする方法がある。
その一つが魔法陣。
魔法文字を対応する図形に変換する。それを意味のある形で配置する――これを形象という。そこへ魔力を流し込むことで魔法が発動するのだ。
魔法が文字なら、形象とは語順。
魔法幾何学を正式に修めていないマズダーにも、この魔法陣に何の効果があるのか断片的に理解できた。
【風】、【刃】、【持続】、【牢獄】――幾重にも。
「バカな……こんな打ち破り方が……」
マズダーは常に数秒先の未来を視ていた。
そして一手ごとの攻防の結果で複雑に
数秒先のビカムの行動はずっと把握できていた。
だが、数秒先の未来を知ったとして――そこに込められた布石を読み解くことまではできなかった。無意味な行為だと、分析をせずに捨て置いてしまった。
あるいは、もっと先の未来まで視ていれば、この結末を変えられていたかもしれない。
いや……恐怖こそが最も強いと断じたマズダーには必然の
「こんなもの、もはや……」
マズダーの視界には、風の刃が吹き荒れる牢獄が自分を中心に広範囲を切り刻む光景が映し出された。
それが視えたとて、どうしようもない。どう足掻いても攻撃の範囲から逃れられないのだから。
「……こんな未来と、分かっていれば、最初から――」
ビカムから流し込まれた莫大な魔力に魔法陣が励起する。
身勝手な願いを呟いたマズダーの姿は、数秒後、縦横無尽に吹き荒れる風の刃の中に飲まれて消えていったのだった。
***
風が止み、円状に禿げ上がった大地のうえにマズダーは倒れていた。
辛うじて生きている。仰向けに横たわり、虫のような呼吸を繰り返す。
全身は余すことなく斬撃を浴び、致死量を超える血が大地に染み込んだ。もう間もなく彼の命は尽きるだろう。
ああ、私は死ぬのですね――片目が潰れて半分になった空を見上げながら、マズダーは冷静にそう思った。
これ以上生き足掻く意思はない。
未来、そして恐怖。
安寧とは程遠い波乱に満ちた人生の終わりに、一つの回答を得たような心地だった。
土を踏む音。残った目を向ければ、日差しを背負った美身が。
逆光が彼の上半身に影を落とし、最期にその表情が見れないのが残念であった。
「フフ、フ……今際の、際です……訊きたいことを……教えてあげます、よ……」
「……」
ビカムは一瞬言葉を選ぶように沈黙した後、はっきりと言の葉を舌に乗せた。
「……それで――」
まるで、罪人に判決を言い渡す裁定者のごとく。
「――さっき大層に唱えていた魔法は、結局、何だったのだ?(その後急に細剣を使いだして分からずじまいだったが)」
――その言葉が、機能を停止しかけている脳に染みわたり。
最期、彼の消えかけの意識は支配された。
恐怖に。
「あ、あ、あ……」
……違うのだ、ビカム。違うのだッ……!
今なのだ……。
今さっき使っていたのが、その大層に唱えていた魔法なのだッ……‼
命の掻き消える寸前になって、マズダーは己とビカムとの間に横たわる、巨大な齟齬にして絶望的事実を知ってしまった。
――ビカムは、マズダーが未来を視て戦っていたことに
マズダーが己の信念を曲げてまで持ち出した奥の手は、美剣士の心を動かすどころか何の痛痒も与えられず、
……ただ単に、細剣の腕が立つだけの敵としか認識されていなかった。
あまりにも隔絶した実力差。
未来だ恐怖だのといったのは、所詮マズダーの一人相撲でしかなかったのだ。ビカムの心に
まるで己の人生全てを否定されたような気分だった。
未来への決別も、恐怖への拘泥も、何の意味も何の実りもない生き方だったと言い渡されたに等しい。
これが今までの悪行に対する罰なのか。
いっそ民衆から石を投げられながら処刑台で果てる方がよっぽど良かった。
こんな……絶望と恐怖に包まれながら死ぬなんて。
(伝えなければ……この人外の存在の危険性を誰かに伝えなければ)
自分でも分からない使命感が衝動的に湧きあがり、だが心臓の鼓動すらゼロになろうとしている彼にそれは叶わず、
(バケ、モ……ノ……――)
マズダーの意識は冷たい暗闇の中に沈んでいき、二度と浮上することはなかった。
〝鬼術師〟と呼ばれた男の最期であった。
「……(本当に何の魔法の詠唱だったんだ……)」
ビカムは〝鬼術師〟マズダーを撃破した。その表情に喜びはない。
彼の胸中を推し測るならば、胸中に渦巻いているのは困惑であろうか。己以外の生物の弱さへの果てしない苦悩が偲ばれる、と。それは孤高であり、また孤独であった。
美剣士は勝負の決着がついた後も黙然と佇んでいる。なぜだ、ビカムよ。悪逆なる外道の徒は地に伏したというのに?
死者は蘇らず、されど彼の視線は〝鬼術師〟を油断なく射抜いたまま……。
疑問が頂点に達しようかという時、それは起こった。
周囲に滞留していた『怪物の煙』。
魔力の供給も途切れ、いずれ自然に消滅するはずの魔法生物が一点に……マズダーの亡骸の傍に凝集していくではないか。
それは徐々に人型の輪郭を作り出していく。
烈風の余波も真新しいレベト平野に出現したのは――なんともう一人の美剣士ビカム!
「……(!?!?!?!?!?)」
真に、真に驚嘆すべき事象だが……それ以上に胸を衝くのはビカムがこの事態を予見していたことだ。
死したマズダーから決して視線を外さなかったのは、偽りの自分の出現を確信していたからに他ならないのだろう。
――これなるは〝鬼術師〟マズダーすらも想定していなかった
主の命の火が消えようとする間際、『怪物の煙』は己の機能に従い、正しく彼の恐怖の象を読み取った。
そう、
奇しくもマズダーがジャガンの生首へ〝死してなお汚名を
「……(そうか、相手の分身を造り出す魔法を唱えていたのか……!)」
だが所詮は紛い物、完全なるビカムの複製を造り出すなど女神ですら……
……と侮ることはできない。お分かりだろう? なにせビカムだ。
その才能の欠片ですら世界に影響を及ぼすような男。たとえわずかだろうと彼のスペックを再現しているならば、危険性は計り知れない。
兆候は既に現れている。
本来なら主であるマズダーが死んだことで魔力供給が停止し、エネルギーを使い果たして消滅するはずが……大気中に漂う魔力を吸収することで力を補い始めているのだ。
『怪物の煙』にそんな機能は無い。しかし、ビカムという規格外の存在を模したことにより、魔法生物の器にもイレギュラー生じたとしか考えられなかった。
他者に生命維持を依存しないとなれば、いずれは完全な自立を獲得して動き出し、あてどなく世界をさまよう可能性がある――他者の恐怖を取り込んで際限なく成長を続ける、伝説の剣士の複製が。
これこそが本当の――恐怖の怪物。
世界を危難から幾度なく救ってきたビカムに、もはやこれを倒さないという選択肢はなかった。
「……(うーん……こうして客観的にみると、やっぱり鳳凰の羽を帽子に挿したのは派手だったか……? 周りから痛い奴だと思われていないかな……?)」
それを示すように、美剣士の双眸は己の写し身に注がれ、その眉根は険しく寄せられている。野放しにした場合の被害を考えればさもありなん。彼が数多の国を救ってきたのとは対照的に、この怪物は無数の国を瓦礫の山へと変えるだろう。
霊剣フェーレの柄と篭手が
飛び出たのは両者同時。
まったく同じ速度、まったく同じ姿勢。剣で切り結ぶ姿は鏡写しのごとく。
当然だ。偽物とはいえ、彼もまたビカム。
付け加えるなら、マズダーの底知れぬ恐怖が先の戦いにおけるビカムよりも誇張された強さを分身に与えていた。それが紛い物ゆえの出力不足を補い、本物と渡り合う力を有してしまった。
瞬く間に剣閃の数は百を超え、しかし一滴の血も流れることはなかった。
どう攻めるか、どう防ぐか――幾千回思考を回そうが、正解に至ることはないだろう。なぜなら
ビカムならこう攻める/ビカムならこう防ぐ。
お互いに手の内を知り尽くしている以上、相手の攻撃を読むのは容易いし、防ぎ方も熟知している。
どちらにも決定的な攻め手がない……旧時代チキュウの
「……(
後退し距離を取るビカム。言葉には発しないものの、同意とばかりに同じ分だけ下がる分身体。
静寂が息を吹き返す。
だが心の弱い戦士ならば耐えきれず暴発してしまうほどの緊張感が、そこには横たわっていた。
『……
おもむろにアイが声を差し挟んだ。
この左腕に住まう高級AIは、ことリンダリアル世界においては魔力を科学機器で観測できない都合上、押し黙っている状態が多いが、それは必ずしも無力を意味しない。
魔力は観測できずとも、それ以外の反応はセンサーが逐次拾い、絶え間ない分析を続けているのだ!
『ビカム、外側はまったく同じに見えても、敵はあくまで分身体よ。今の戦闘データを分析するに、攻撃能力がマズダーの認識に依拠する確率は計算だと
「……ああ(……つまり?)」
『あの分身体は、マズダーが知らないビカムの武器は使えないわ』
――そう。
アイが見抜いたとおり、分身体は完璧な存在ではない。
あくまでも恐怖というイメージから作り出された存在であり、本物のビカムを解析して再現したわけではないのだ。
〝恐るべき剣の腕前を持つ絶世の剣士〟――しかし、そこが分身体の、あるいは想像力の限界。
つまり、身に着けつつも披露していない武装や、マズダーが機能を理解できない武器はガワを似せただけの張りぼてに過ぎなかった。
そう――該当する、ちょうどお誂えのものがある。
『もう分るでしょ? 分身体がコピーできない
「……(〝
チキュウ科学の産物たるハイテク銃。
いかにチキュウ世界に馴染んで銃という存在を知るマズダーでも、見ただけでビカムの持つそれを推し測ることなど不可能。
コピーできたとして、精々が銃口から光条を吐き出す程度であろうが、ビカム用に多機能カスタムされた本物とは性能に天と地の差がある。これならば分身体に対し明確なアドバンテージとなろう。
しかし、ビカムが選択したのは、アイが予想だにしないものだった。
ビカムの掌中の霊剣フェーレ。
――その刃が、黄金の燐光を纏っていく。
『ま、待って⁉ 貴方、消耗が激しいからって滅多にそれは――』
「……これなら奴も複製はできまい」
『ッ! 確かにその形態のフェーレをコピーするのは不可能でしょうけど、でもそれじゃあ
「……こうしなければ、ならないのだ(アイがそう言ったのだから……!)」
なぜだビカム⁉
なぜリンの言うとおりハイテク銃を使用しない?
今からお前がしようとしている行為は……言うなれば蟻一匹倒すために戦車を持ち出すような、過剰を超えた愚行であるぞ⁉
対する分身体も剣を構えた。だが、その剣身に輝きはない。
輝けるフェーレ、常のフェーレ。
初めて二人の戦いに差異が生まれ――
決着は一瞬だった。
交錯した二つの影。
分身体のビカムは、互角に剣を打ち合わせていたのが嘘のように、複製されたフェーレごと空気のように斬断された。