異界渡り、ビカム -伝説のエルフは今日も勝手に深読みされる-   作:鹿紅 順

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第一章 第2話「再会」

「仕事の調子はどうだい?」

 

「今回はちょっとヤバかったけどね。で、そのぅ……」

 

 リンは脇に抱えていたヘルメットを恐る恐る机の上に置く。

 

「これって修理できるかなぁ……? なんかちょっと(・・・・・・・)壊れちゃって」

 

 婉曲表現! あたかも己に責のない言い方だが、少なくともヘルメットに関しては実際みすみす攻撃をくらった証である!

 ちらと一瞥しただけで全てを見抜いたアカネは診断を下した。

 

「……その顔に傷が付かなかったことを幸運に思うんだね」

 

 それが遠回しな修理不可の返事だと気づくと、リンはがっくりと肩を落とした。

 さらなる出費の確定に項垂れる妹同然の存在に対し、店長代理は苦笑した。

 

「とりあえずゲンジューローさんに……お祖父(じい)さんに挨拶してきな」

 

 コクリと頷いてリンは店の二階に上がった。

 あまり整頓されているとは言いがたい生活臭溢れる空間。

 しかし、奥の一角だけは綺麗に清められている。ただポツンと箱型の小さな機械が置かれているだけであった。

 

 箱の上のスイッチを押し込む。

 すると、部屋の中に老齢男性のバストアップ3Dホログラムが投影された。

 

「ただいま、お祖父ちゃん」

 

 合掌し、一礼。

 こうして遺影を拝むことが死者を悼む方法だと、亡くなった祖父のゲンジューローは教えてくれた。

 昔は祖母へ、今は祖父へ。

「肝心の婆さんの映像は撮り忘れてしまったがの」と、毎回ばつが悪そうに拝む祖父の背中が今も目に焼き付いている。

 

 永遠のように感じられた沈黙は、壁掛け時計が知らせる午後七時の音で破られた。

 刻の音で思い出したようにリンの腹が鳴る。

 

「……そういえば、ご飯まだだった」

 

 リンは一回に戻ると、食材が収められた冷蔵庫――の横の棚に手を伸ばし、買い置きしてあるエネルギーバーの一本を取り出して包装を剥いた。

 

「あ! ……ったく、いつも生の食材を味わえって言ってるでしょ!」

 

 包装の破ける音を耳ざとく拾ったアカネが怒鳴る。

 

「だってコレの方が安いし早いんだもん」

 

 食習慣の変化は、旧時代と現代を見分ける最も分かりやすい指標の一つだ。

 広大な土地を必要とする農畜産業は、最終戦争による環境汚染により壊滅的被害を受けた。

 そのため、日々の糧を必要とする人類は、タンパク質とビタミン類の合成技術を基とした合成食糧の開発を急務とし、かつての人間らしい食事と引き換えに、高効率な栄養素補給手段の確立に成功した。

 

 食料生産がある程度回復した今でさえも、合成食糧は人気の食事として食卓から消えることはなかった。

 各種必須栄養素が完璧なバランスで配合され、摂取カロリー量の管理も容易とくれば、かつての食材を育て、捌き、加熱し、盛りつけ、食べるという過程は、どうしても非合理に思えてしまうのだった。

 特に時代の流れの早い現代では、時間とは財産の一種である。それを投下すべき事へ投下するための節約術(・・・)は、歓迎こそされ廃れることはないだろう。

 

「はあ……お祖父さんの食育は結局、馬の耳に念仏だったか」

 

「? ネンブツってなに?」

 

 なんでもないよ、と投げやりに呟くアカネに首を傾げつつ、リンはエネルギーバーを齧る。

 

 ……リンの母が病で寝たきりになり、父が失踪、祖父が老衰により天寿をまっとうした今、アカネがリンの母替わりであり、また祖父の役目を引き継いでいた。

 

 リンが七歳のある日、ゲンジューローが唐突に拾ってきた(・・・・・)のが当時十六歳のアカネであった。

 浮浪児にしては身形(みなり)がさほど汚れておらず、言葉遣いが多少乱暴だが一定の教育を受けている様子から、おそらく居住権を剝奪された――ここ風に言うならシティ落ちした――一家の子供だろう。

 

 ジャンク・タウンの住人にしてみれば、たとえどんなに同情を誘う経緯(いきさつ)があろうと、元シ民の子供というだけで悪感情を向けられる。

 しかし、ゲンジューローは一切そういった振る舞いをしなかったようで、リンたちが打ち解けるまで猛犬のように警戒していたアカネも、この祖父にだけは最初から素直に心を開いていた。

 

 心から家族となってからも、アカネは祖父が修理の仕事中だろうと傍を離れず、「お前やってみるか?」と工具を渡され――あれよあれよと彼女が修理屋を継ぐのが既定路線となっていた。

 

〝――親父は俺とリンが家業に興味がないから、ジャンクの山から部品だけじゃなく跡継ぎまで拾ってきた〟

 

 そうリンの父は冗談混じりに言ったものだ。

 

 ゲンジューローが亡くなって、彼の望み通り、アカネは『万修理屋 ツカモト商店』を継いだ。

 しかし、その肩書は店長代理(・・)。前店長の腕前に自分はまだまだ届かないという尊敬と謙遜が込められているのである。

 

 ……のだが、実際のところアカネの修理の腕前は生前の祖父に遜色ないのであって。

 リンは一縷の望みをかけてヘルメット以外の装備もなんとかならないか相談するのであった。

 

「……これもまあ酷いもんだ」

 

 完全に刃こぼれした高周波ブレードを()めつ(すが)めつして、店長代理は開口一番そう述べた。

 

「ブレードはウチで応急手当できないこともない。本当は刃を全部取っ替えた方が良いんだけどね。強化外骨格も関節部が相当摩耗してるし……。いったい何と戦ったらこうなるのさ?」

 

「それは……」

 

 ――疾駆する人馬の影、空間を切り裂く黄金の軌跡。

 

 脳裏に強烈に焼き付いた光景が蘇る。

 

「……アカネさん、実は――」

 

 だが、リンが言葉を紡ぐ前に、けたたましい警報音が鳴り響く。

 それは来客を告げる音だった。しかし、ただのお客様を物騒な音声で知らせるわけはなし。

 店頭に設置された防犯カメラ映像をAIが人物解析し、来客があらかじめ認識させた人物であった場合のみ、警報を発するようにしていたのだ。

 

「また性懲りもなく来やがったか」

 

 アカネの溜息が合図のように、ガラの悪い胴間声が耳に飛び込んできた。

 

「おうおう! 相変わらずヨージンボーも立てずに不用心な店だなァ!」

 

 リンが店の表に飛び出ると、腰に高周波ブレードを()いた輩が五人待ち構えていた。

 人相はいずれも強面という印象を抱かざるをえない。特に先頭に立つ男は彼らの中でも一等抜けた体格の良さも相まって、お近づきになるのを遠慮したくなる。

 

 歓迎されざる客の来店だ。

 

「ライゾー……!」

 

 苛立たしく唸るリン。

 

「御挨拶だな、リン。ジャンク・タウンの安全を守ってるサムライ様にご挨拶じゃねえか、ええ?」

 

 先頭の男、ライゾーと呼ばれた偉丈夫は愉快そうにケタケタと笑った。

 

 この者はライゾー・ゴミ。ジャンク・タウンの自警団長を務める男であった。

 シティ中心部で起きた犯罪は、企業の番犬たる警備ロボットと保安部が即座に鎮圧・捕縛を行うだろうが、ジャンク・タウンにそのような警察機構は存在しない。

 ゆえに住人たちは有志で自警団を結成し、こうしてライゾーのような存在が日々見回りを行っているのだ。

 

 それだけであれば特に問題はないのだが、彼らはヨージンボー代として、自警団への供出金以上の金を店にせびりに来ると言われている。

 そして払わなかった店には何のかんのと理由を付けて、露骨に対応を遅らせるのだと、まことしやかに噂されていた。

 

 そのあからさまなやり口に思うところがないではないが、ライゾーを含め自警団は曲がりなりにも武装請負人。中古の武器防具に身を包んだ姿は、荒事と日々無縁の住人にとって武の化身にすら見えることだろう。結果として暴力を恐れて口を(つぐ)むしかない。

 

 だが、それは普通の(・・・)住人から見れば、だ。

 

「言葉は正しく使いなさい。何がサムライよ! アンタたちなんかゴクドーまがいのローニン崩れじゃない。ツカモト商店にヨージンボーは不要よ。それとも、アンタらが私より強いっていうなら、まあ考えないでもないけど?」

 

 つい一時間ほど前、暴走アンドロイドと切った張ったを繰り広げたリンにとってライゾーの凄みなど毛ほども効かないのである。

 小馬鹿にするリンのせせら笑いに、ライゾーたちのにやけた面は一気に憤怒の形相に変じる。

 

「……たまたまサムライになれたからって調子に乗ってんじゃねえぞ」

 

「たまたまかどうか試してみる? ブレードも強化外骨格も着けてないけど、私は一向に構わないわよ」

 

 むくつけき男たちを挑発する、細枝のように華奢な少女。

 

 次の瞬間にはライゾーたちの拳が振るわれていそうな、一触即発の空気。

 だがしかし……両者の間に断崖があるかのごとく距離は埋まらない。

 その開きはそのまま実力の差を表してもいる。

 

 ――他人の荒事を代行する武装請負人にも、非公式だが格が存在する。

 

 即ち、シティの運営者である企業と直接契約を結んでいるか否か。

 前者をサムライ、後者をローニンと業界内では呼びならわす(犯罪行為を働いたり請け負うローニンは、特別にゴクドーという)。

 

 無人戦闘ロボットが武力を担う時代において、人間が武装し戦うことは普通有り得ない。人間がマシンガンやロケットランチャーで武装した程度なら、殺戮マシンたる戦闘ロボットは虫を潰すように蹂躙できる。

 ――その常識を覆すほど強力な戦闘能力を身に着けているからこそ、企業は組織対個人で契約を交わし、その武力を運用する。

 

 企業が認めた一握りの実力者(サムライ)と、玉石混交然としたそれ以外(ローニン)……。

 つまり、正式なサムライであるリンと、ローニンでしかないライゾーには隔絶した力の差が厳然と存在するのである。

 

 装備についてもそうだ。

 高周波ブレード一つとっても、リンの得物は大手兵器メーカーの純正品。

 対するライゾーのブレードは中古もいいところ。劣化模倣品(デッドコピー)低性能輸出品(モンキーモデル)の部品――それも経年劣化が気になるほど旧い――を組み合わせた、間に合わせの一振り。

 生物を斬るにはどちらも用を為すとはいえ、どちらに格があるかは一目瞭然。

 

 ライゾーは苛立たし気にリンを睨むも、それだけである。

 

「ちッ。だがなあ、お前が店にいない時はどうすんだ? ええ? たとえばリンダリアル人の押込み強盗が来やがったら、女一人でなんとかできるってのかよ」

 

「それはっ……」

 

 痛い所を突かれたとリンは歯噛みした。

 というのも、まさしくリンも同じ事を懸念していたからだ。

 つい先日も、交易目的でジャンク・タウンを訪れていたリンダリアル人の〝異界渡り〟が揉め事を起こし、死傷者が出るほどの事件があったばかり。

 

 リンダリアル人がシティ中心部に入都を許されることはありえない。

 だが、ジャンク・タウンは企業の管轄外だ。異世界の住人のために〝瓦礫の壁〟の門が開かれることは少ないが、住人が好き勝手に開けた壁の抜け穴(・・・)はリンダリアル人だろうと通行料を払えば比較的自由に通ることができる。

 

 異世界からやって来る客人(まろうど)は、ジャンク・タウンの新たな治安課題でもあった。

 

「だからって……」リンは怒りを乗せて言う。「追加でお金を要求して、断れば警備しないなんて許せないわ」

 

「警備しないたあ心外だ。ちゃんと仕事はしてるぜ。……まあ最近のジャンク・タウンはどこもかしこも物騒だからな。俺たちも忙しくて手が回らなくてよォ。駆けつけた時には店の商品根こそぎやられてるかもしんねえがな、ハハハ!」

 

 げらげらと下卑た笑い声が響く。

 リンが白くなるほど握りしめた拳を振るうことを考えた時、

 

「アタシもとうとう年貢の納め時ってことかね」

 

 アカネがいつの間にか店の軒先まで来ていた。声に張りつめた物はない。

 ネングノオサメドキ、というのが諦めを意味する慣用句だと思い出し、リンは口を開きかけるが、アカネの手が制する。

 

「アタシだってジャンク・タウンの住人だからね、不届き者(・・・・)がやってくりゃブラスターでもぶっ放して二、三人道連れにするぐらいしてみせるけど……」

 

 ――ギロリ

 

 音がしそうなほど鋭くアカネが視線をくれてやれば、無頼漢五人は思わず狼狽(うろた)えた。

 

「……とはいえ、可愛い妹分を一人残しちまうとなると、そうそう無茶もできない。ヨージンボーを雇うっていうのも考えないといけないかもね」

 

「へ、へへ、ようやく物分かりが良くなったか。だったらよ――」

 

「でも――雇ったのが張子の虎じゃあ意味がない。金を払うからには、それ相応の実力(・・)ってのを示してもらわないと……ほら」

 

 すうっと、アカネが指差した先。

 ライゾーたちよりも奥の暗がりから人影が滲み出てくる。

 

 飾り羽を挿した鍔広帽子、コートの隙間から覗くプレートアーマー。

 

「実際にリンダリアル人がやって来たなら、さてどうするのか。お手並み拝見といこうじゃないか」

 

 美しきエルフの剣士が、そこにいた。

 

 

 

   ***

 

 

 

 荒野での助太刀を終えたビカムは、当初の予定通りアキツ・シティに辿り着き、潜入を果たした。

 入都ではない。潜入である。

 

 一般的に、リンダリアル人がチキュウ世界のシティに入るには、不可能ではないが煩わしいハードルが存在する。

 厳格な審査、滞在中の武器没収――ほつれを(つくろ)う縫い針すら――に、有人無人の常時監視態勢が敷かれ、勿論シティ中心部への侵入は禁止だ。リンダリアル人に対する警戒心の高さは凄まじいものがある。

 

 だからといって、この眉目秀麗なエルフに四六時中も無粋な監視を付けるのは、神々ですら望まないであろう。

 

 古来、建造物がどれだけ巨大になろうと裏口はあるもの。

 ビカムが利用したのは、企業上級社員のために作られた秘密の出入口である。

 シティの記録に残らないよう外界を行き来する、特権階級のための扉――シティからやや離れた位置、風化した岩肌のように偽装されたそれは存在した。

 

 当然、開閉には専用のコードが必要だが、

 

「……アイ」

 

『ハッキング開始――――アンロックおよび記録抹消の完了』

 

 ビカムの左腕に住まう超級ハッカーの手にかかれば、赤子の手を捻るがごとく簡単に隔壁は開いた。

 

 空調と目を楽しませるものが無い単調な通路を通り抜け、あっさりとシティの壁の内部……ジャンク・タウンと呼ばれる場所に到達した。

 

 帽子を目深に被ってコートを胸のあたりで閉じ、さらに人気の少ない道を選んでビカムは行く。

 彼を知るリンダリアル人がこの光景を見れば、まるで日陰者かのように振る舞わせるシティの狭量さに憤慨していたであろう。勿論これは目立たないための、ビカムなりの方策である。

 

 ――目立たない。

 この世に並ぶものなき容貌と評されるビカムにとって、悪魔を討ち取る以上の難題に違いない。

 事実、彼を遠目に見た者は自然と視線が吸い込まれる。至近ですれ違った者は思わず振り返らざるをえない。声を掛けないのが最後の理性と言わんばかりに、まるで口惜しそうに誰もがビカムの後ろ姿を見送っていく。

 

 しかし、彼らの反応ですら比較的マシ(・・)であろう。

 生体科学の発達により美容整形が普遍的なチキュウ世界においてもビカムの美しさは並はずれているが、まだ理解の範疇に(・・・・・・・・)収まっている(・・・・・・)

 耐性がある、とでも言うのか。

 チキュウ人がビカムに話しかけたいのを思いとどまれているのは、人工的な手段とはいえ極上の美を体現した人間を見慣れているからであろう。

 逆に言えば、美に耐性のあるチキュウ人ですら見惚れさせてしまうビカムの美貌たるや……。

 

 さて、ビカムが足を止めたのは一軒の雑貨屋の前である。ジャンク・タウンの例に漏れず、有り合わせの素材を組み合わせた古いビルの一階を占有している。

 カウンターの奥でタブレットに視線を落としていた老人は、異世界からの来訪者に一瞬目を(みは)ったが、すぐに何事もなかったように居住まいを正した。

 

「……(この人は目当ての場所を知っているだろうか?)」

 

 それは常人では気づかないような微小な仕草だったが、ビカムの碧眼は余さず動きを捉えていた。

 その反応から、ここが手掛かりとなる店であることを予感させた。

 

「……携帯用合成食糧を十食分。汎用エネルギーパックを二つ」

 

 ビカムの口から奏でられたのは、現地人と比較しても遜色ない流暢さをほこるチキュウ言語の一つだ。

 

「三万六千レジットだ。高いと思うなら他所の店に行け」

 

 提示された金額は、相場に対して明らかに高額であった。

 合成食糧の製造……引いては元となるタンパク質の生産も今や全自動化されており、製造コストは知れている。エネルギーパックも、常温核融合炉から潤沢にエネルギーが供給されるシティでは些末な額だ。こちらがリンダリアル人と見るや値段を吹っかけたと言わざるをえない。

 

 対するビカムは、その暖かい接客(・・・・・)にまったく怯むことなく、左の機械腕をレジスターに近づけると瞬く間に支払いを終えてしまった。

 十万レジット――雑貨屋に支払われたのは、代金の三倍近い金額であった。

 

「……額を間違えてるぞ」

 

「……『こみげむ』という店の場所を教えてほしい」

 

 静かにビカムは言った。透き通る声だった。

 

 商品代金を超えた分は情報料。

 目に見える物品以外(・・)も商う店として、ビカムは当たりをつけたのだ。

 

「知らんな、そんな店は」

 

 だが老人は、何の関心も示していない風に答えを返した。

 

「……本当に、知らないというのか?(なら他を当たるか……)」

 

 再度問うビカム。

 

 ――両者の視線が交差する。

 

 先に音を上げたのは……額に汗を滲ませた老人の方だった。

 カウンターの下。老人の手は密かに取り付けられている通報ボタンを押している。押してから三十秒と経たないうちにヨージンボーが駆け付ける手筈だった。

 

 しかし、通報スイッチはそよ風すら起こさなかった。

 ――老人の動きは、事前に目論見を察知したアイが通報システムをハッキング、掌握したことにより、全て無為に帰していた。

 ビカムに言われたからではない。言われるまでもなく先回りして意を汲み取るのが相棒と言わんばかりの仕事ぶりだ。

 

 本当に、知らないというのか――ビカムの最後通牒。

 端の擦り切れたコート、時代錯誤なプレートアーマー、コートを押し上げる背中の膨らみは刀か銃か。

 ……荒事に身を置く者の装いを認め、遂に老人は膝を屈した。

 

「待て、俺が知らないのは本当だが、知っていそうな店に心当たりはある。このシティで半世紀以上続いているあの店なら……」

 

 それまでの寡黙が嘘のように、老人は己の知る事を余さず語った。

 

「……礼を言う(諦めず念を押してみるものだな)」

 

 全てを聞き終えた美剣士は颯爽とコートを翻すと、再びジャンクの影の中に身を溶かし、姿を消した。

 

「……くそっ! ヨージンボーの連中、何がリンダリアル人から店を守ってやるだ。番犬のホログラムでも点けといたほうがマシじゃねえか」

 

 雑貨屋の店内に、力なく老人の罵倒が木霊した。

 

 

 

 

 

「実際にリンダリアル人がやって来たなら、さてどうするのか。お手並み拝見といこうじゃないか」

 

 運命はどうやら、ビカムに平穏を享受させる暇を与えないらしい。

 

 雑貨屋から教えられた地点には、確かに聞いたとおりの店があった。

 しかし、客人とは言い難い風体の男たちが店前でたむろしており、彼らは今、ビカムに剣呑な視線を送っている。

 

「……(何で私はこうも絡まれるのだろうか)」

 

 ビカムは狼狽などしない。ただ泰然と佇むのみ。

 大風に揺るがぬ大木のごとき雰囲気は、己の受難に懊悩(おうのう)するどころか、これから相手の身に降りかかる悲劇(・・)すら案じているようだった。

 

「へっ、好き勝手言ってくれるじゃねえか、アカネ」一際体躯の良い男がずいと躍り出る。「だがそのとおりよ。ヨージンボーとしての働きを見せてやろうじゃねえか。――おい、リンダリアル人! 俺はライゾーってもんでな、ここら一帯の治安を守ってるわけよ。お前がどこの異世界から来ようと、こっちではこっちのルールに従ってもらうぜ」

 

 ニタニタと美剣士に向けられる下卑た笑み。

 

「普通ならリンダリアル人の時点で話にもならねえが……お前がチキュウで無法を働かねえって誓うんなら考えてやらんでもない。それを態度で示してほしいわけよ」

 

「……(態度?)」

 

 ビカムからの(いら)えは無い。

 だが、真っ直ぐ自身を見つめる瞳から話は理解していると認め、ライゾーは要求を突きつける。

 隠すことなく暴力の香りを添えて。

 

「――五十万レジット。保証金みてえなもんだ。俺らに収めな。そうすりゃこの街で好きに買い物させてやるよ。なあに、シティから失せる時はちゃあんと返してやるよ。……おっと、払わなかった場合のことが気になるか? 言うまでもねえよなあ? ちいとばかし俺たちが、チキュウの素敵な思い出(・・・・・・)を作ってやるだけだ」

 

 その素敵な思い出とやらが何の暗喩であるか、彼らが身に帯びたブレード、警棒、麻痺銃を見れば言うまでもないだろう。

 

 ビカムは臆することなく真っ直ぐな(まなこ)でライゾーを射抜いた。

 

「……金を払えば、貴公らは大人しく引き下がるのか?(ならば、やぶさかではないが)」

 

「……っ!」

 

 あっさりと目論見を言い当てられたライゾーはたじろぐ。

 そう、この連中が金を巻き上げて約束どおり去るつもりがないことなど、ビカムにはお見通しなのだ。

 彼の深く澄んだ碧眼に、嘘偽りは通用しない。

 

「……どうなのか?(払うから立ち去ってほしい)」

 

 ――重ねての追及は、窮鼠を反攻へ駆り立てるに充分であった。

 

「ああそうかい! つまり払う気はねえってこったな⁉」

 

「……(いやっ、そういう訳では)」

 

「へっ、だんまりかい。じゃあ俺たちのジャンク・タウンを好き勝手歩かせるわけにはいかねえな!」

 

 瞬く間に全周を取り囲まれるビカム。

 五人の男たちが各々の得物を構えた。

 

「ちょっと待ちなさい! その人は――」

 

 と、これまで驚きのあまり呆然としていたリンが我に返る。

 危険を顧みず割って入ろうとするが、一足遅かった。

 

 左斜め後方、男の一人が帯電した警棒をビカムの頭部目がけて振り下ろす――

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