異界渡り、ビカム -伝説のエルフは今日も勝手に深読みされる- 作:鹿紅 順
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身に纏う地味な服装を会社の作業着に変えたビカムは、ショウと共に車中の人となっていた。
現代の車両はAIが標準搭載されており、シティの交通管制システムと常時リンクすることで自動運転が当たり前になっている(「こんな低性能には任せられないわ!」とアイが強引にハックして操縦しているが)。
快適に高速道路を進む車両に対し、車内ではショウの言い訳がくどくどと垂れ流されている。
「いいか? 俺はお前に脅されて仕方なく協力するんだ。お前がシティに捕まっても必ずそう証言するんだぞ! ああっ、アベさんも何でこんな無茶な事を……」
「……(巻き込んで申し訳ない……気まずい……)」
悲嘆に沈むショウなどどこ吹く風、ビカムはウィンドウの向こう側に燦然と輝くシティ中心部の夜景を
まさかここにリンダリアル人が堂々と存在するなど、いったい何人のチキュウ人が想像できようか。
そうしてビカムを乗せた車両は目的地――バルキロア保養病院正門前に到着する。
「…………」
散々
ガードバーが上がり、車両は病院敷地内に滑り込んだ――急造のIC社員証と出入り登録済み車両の組み合わせのお陰か、第一の関門を突破することができた。
「……ふうぅぅぅ……」
アンドロイドが標本のごとくズラリと整列する充電室に入り込んで、ショウはようやく安堵の息を吐くことができた。
「……礼を言う(ありがとね)」
「言っとくがな、俺ができるのはここまでだぜ。こっから先のことは俺ぁ知らねえし知りたくもねえ。整備の仕事が終わればさっさとトンズラこかせてもらうからな。勿論それまでに怪しさを咎められたら容赦なくお前を売る――ってアレ⁉」
ショウが振り返った視線の先、アフロとオーバーサングラスの美身は雲のように掻き消えていた。
「……俺は本当に、アイツに会ったよな? 俺のヤバい幻覚じゃないよな……?」
充電室を音もなく抜け出したビカム。
異世界の平民の装いを脱ぎ捨て、既にいつもの美しい姿を取り戻している。もっとも今、鍔広帽子やプレートアーマーは透明化の魔法により目にすることは叶わないが。
夜闇に紛れ、屋上から屋上へと飛び移りながら目当ての病棟を目指す。
無警戒と言っていいほど警備はザルであった。哨戒ドローンの一つも飛んでいない。今はそうであるだけで、例えば役員が入院すれば警戒度は跳ね上がるのだろうか。
『ユノー・ツカモトの病室があるのはこの病棟よ』
円柱型の巨大な建物は無機質なデザインゆえに、正規の出入口以外の侵入経路を探すのが困難そうであったが、アイがハッキングにより設計図面を入手したおかげでスムーズに進んだ。
屋上、継ぎ目のない足元に霊剣フェーレを突き立て、隠された天井裏ダクト整備口から建物内に入り込んだビカム。
館内に活気はなく、入院患者は皆寝静まり、看護職社員たちは中央ステーションに。見回りは看護ロイドが定期的に巡回するだけ。隠密行動に手慣れた者にとっては赤子の手をひねるよりも侵入は易しい。いわんやビカムにはである。
「……アイ」
『ユノー・ツカモトは地下の特別治療室に移送されているわ。表向きはさらに別の専門病院へ再転院したことになってるけど、監視カメラ映像と復元したログはまったく違う事実を示してる。通じるエレベーターは……あっちよ』
頼れる相棒アイの誘導により迷うことなくユノーへ着実に近づいていく。
到着を知らせる音と同時に開いた扉からビカムは病院の地下フロアへと身を躍らせた。少なくない時間エレベーターは下っていたため、特別治療室は結構な深さに存在するようである。
およそ病棟には見えない……研究所じみた雰囲気。本当に
そして――最後の扉が美剣士の前に現れた。
『この向こうよ』
「……そうか(道案内助かる)」
横にスライドした扉を抜けた先は、異様と言ってよかった。
ただひたすらに広大な……壁や階層をぶち抜いたような無機質な空間が広がっていたのだ。床、壁面、天井、六面全てが格子状のパネルに覆われ、それ以外の何も存在しない。――ただ一点を除いて。
部屋の中央のベッドの上で、機械に繋がれた女性が眠り続けている。
青みを帯びた黒髪、病的なまでに色白い肌。とあるサムライの少女が大人になればこうなるのだろう面影がある顔立ち。
「……(この人がユノー・ツカモト殿、リン殿の母君。早くここから連れ出さねば……)」
鎧に覆われたビカムの指がユノーに触れ――ジジジと音を立てて姿が
「……(!?!?!?!?!?)」
ユノーだけではない、ベッドも医療機械も表面にノイズをきたした次の瞬間には、まるで電源が落ちたように掻き消えてしまった。
『
「――ご名答」
色香を帯びた声が頭上から降り注いだ。
面を上げたビカムの碧眼は、一部ぽっかりと空いたパネルの奥に艶然と佇む人影を捉える。
「お待ちしておりましたわ、ビカム様」
タイトスーツ、腰まで伸びるストレートの金髪、内なる自身が外にまで溢れ出たかのような堂々たる居住まいの女が。
「私はガブリエラ・タユウ。マーカス様の秘書を務めております。私がここに居る意味、貴方ならもうお分かりですね?」
「……(どういうことだ……? ユノー殿はここにいないのか……? それにマーカスの秘書だと?)」
ガブリエラの問いに沈黙でもって是と返したビカム。
舌打ちすら聞こえてきそうな恨み節でアイが吐露する。
『……ここまでの侵入もハッキングも、あまりに上手くいき過ぎていた。なるほど、まんまと罠に誘導されていたのね。いつから?』
「
それが真であれば、ビカムの動向はバルキロアに筒抜けになっていたということである。
「魔法ならチキュウ人にバレないと思いました? 残念。科学は日々進歩しているのよ――例えば
〝――あまり企業を――チキュウを舐めない方がいい〟
イチタカが
この未来を知りえた上でのものではないが、まさしく今の状況に陥ることを危惧した警句であった。
〝大衝突〟において圧倒的速度でリンダリアル世界へ浸潤したシティが、結局は撤退を選ばざるをえなくされた魔法の力。
魔力無き者は分析すらできない神秘を、異世界から流入する未知の素粒子を、たったの二十年でチキュウ世界は観測を達成していたのだ。
「エデンの監視が薄いのをこれ幸いと悠々侵入したつもりでしょうけど、ただ見逃されただけに過ぎません。貴方をこの場所に誘導するために、ね」
「(ならば)……ユノー殿は最初から(居なかったってこと⁉)」
「ご明察。ですが、代わりの歓待は準備して差し上げましてよ?」
ガブリエラが指を鳴らす。
四方の壁は下から上へパネルを折りたたむ様に収納されていき、夥しい数の敵の姿を露わにさせた。
全身に銃火器を満載にした巨大な機械鎧の兵――企業戦士。
彼らが恐るべき理由は目に見える武装の厚みだけではない。通常、医療目的以外では企業が禁止している、人体の人工臓器への置換。彼らは一切の制限なく処置を施している。
臓器を、筋肉を、骨を、眼球を戦闘用スペックの人工物に置き換え、生身では決して到達できない出力と耐久力を獲得している。その上で外付けの武装を纏っているのだ。
その企業戦士が、普段シティ全域に配備されている人員の半数、今この場所に集められていた。
美剣士ビカム、たった一人を討つためだけに。
「こう見えて私、マーカス様の秘書に抜擢される前は人材開発部にいまして――」
ガブリエラがヒールを二回打ち鳴らす/高周波バスターブレイドを抜き放つ。
ガブリエラが右の手を軽く振り上げる/高出力熱式殲滅ブラスターを構える。
「ここに居る彼らは全員、私が直接教育しましたの。一切の無駄と感情を排し、業務命令を最高効率で遂行する。私が作り上げた完成された社員!」
わずかな挙動ながら統率力の片鱗を見せるガブリエラと企業戦士。
しかし対するビカムとアイも負けてはいなかった。
『ハッ、相手の強さを推し測る生物的本能まで削ぎ落としているんじゃないかしら? 勝ち目のない相手に挑むなら替えの利く機械でいいのに。どう思う、ビカム?』
「……教官の
極限まで訓練された企業戦士たちの挙動など、ビカムにとってはお行儀のよい愛玩動物程度にしか見えないらしい。
挑発を受けてガブリエラの表情は凄惨な笑みに歪む。
「貴方を無力化できるなら、生死は私に裁量権が与えられていますの。私は勿論、貴方を生け捕りにするわよ。――フフ、異世界人を教育して、命令のままに動く駒に仕立て上げるのは初めてだわ……!」
――パァンッ!
彼女が取り出して振り抜いた電磁鞭が音速を切る甲高い音を轟かせる。
「教育教育教育教育‼ 指導指導指導指導‼ ――活きが良いのは嫌いじゃないの。そういう堅物を矯正してこそ教育者。貴方も『はい』か『イエス』だけを喋るマシーンに改造してあ・げ・る!」
『来るわよ、ビカム!』
「……(ていうか今の状況って冷静に考えてヤバいのでは……⁉)」
まるで津波のごとく。
企業戦士が全方位から美剣士へ襲いかかった。
***
「――ちょっ、止めときましょうよ。アイツ、何かヤバいですって!」
「そうっすよ! これまでのリンダリアル人とは違いますよ、何かが!」
「考え直してくださいよ、ゴミさん!」
血管のように這うパイプが剥き出しの路地裏。
口々に弱腰なセリフを吐く団員たちに対し、ライゾー・ゴミは苛立たし気に振り返った。
「うるせえ! あそこまでコケにされちゃあ自警団の沽券に関わる! リンダリアル人に好き勝手させねえためにも、俺たちの怖さをキッチリ知らしめてやらなきゃいけねえんだ!」
「で、でも……」
「はん、そんなに怖えなら俺一人でも行くぜ。テメエらは帰ってママの買ってきた
そうして一人ずんずんと進むライゾー。
目指すは『ツカモト商店』に他ならない。あのにっくきエルフと出会った場所である。日が経っているので店にいるとは限らないが、行き先ぐらいは知っているかもしれない。
「――おうおう! また来てやったぜアカネ!」
到着するや否や軒先でライゾーは胴間声を上げた。それは店の奥から響いてくるドリルの稼働音よりもうるさい。
「……はあ、毎度毎度性懲りもなく」
気だるさを隠しもせず、ぼりぼりと後頭部を掻きながらのっそり現れたアカネ。
「しまいにゃアンタ一人かい。ついにお仲間も呆れ果てたらしいね」
「ハア? 俺一人なわけ……」
そんなバカなと首を回せば、いるべきはずの姿が見えない。
(アイツら! マジで俺を置いて帰りやがった……!)
しかし、今さらもうすごすごと引き返すことはできない。ライゾーは吹っ切れたように居直った。
「あのいけ好かねえエルフ野郎はどこだ」
「なんだ、あれだけこっぴどく撃退されたのにまだ絡むのかい?」
「フン、俺は自警団だ。そういう問題じゃねえんだよ。それで、いるのか? いないのか?」
「生憎とここには――」
と、その時、店先の騒ぎを聞きつけたイチタカまでもが現れる。
「アカネ、君は私に膨大なタスクを振りながら、自分はオイルを売っている暇があるようだな。厄介な悪質クレーマーの相手など、外部のコールセンターに対応を業務委託しておけ」
「バカを言っちゃあいけないよ。ジャンク・タウンにコールセンターなんてあるわけないだろう。訂正しな」
「まず俺に対する失礼を訂正しろ! 誰が悪質クレーマーだ!」
ここでようやくイチタカは、憤慨するライゾーに胡乱な目を向けた。
企業上級社員として恵まれたエリートの生活を数日前まで送っていた彼にとって、中古品やコピー品で身形を整えたライゾーの姿はどう映ったか。
「アカネ、この知性と品性の欠片もなさそうな野卑な顔面の男は?」
「ハン、そういうお前は中途半端に賢いせいで一番損をしそうな顔だなァ。ジャンク・タウンじゃ見かけねえタイプだが……おっと! シティ落ちか? すまねえすまねえ、落ちぶれた過去を詮索するのは野暮だったぜ」
ピキリ、と頬を引きつらせたイチタカ。
図星だったかとライゾーがほくそ笑む。
「……その低級AIより柔軟性スコアの低そうな脳髄を、さっき修理した杭打機の試験台にしてやろうか?」
「あ? 頭の固そうなテメエの方が良い的になるんじゃねえか?」
「ちょっ、アンタらどっちもやめなって! 事実を指摘し合っても傷つくだけだよ!」
仲裁しているようでナチュラルに煽り倒すアカネの制止を振り切り、ライゾーとイチタカの額は危険水域を越えて近づき――
「――がははは! 元シ民のくせに企業を裏切るなんてなァ! お前なかなか話せる奴じゃねえか、気に入ったぜ!」
「フン、私は私の考える幸福を追求する道に立っただけだ。……まあ、貴様もジャンク・タウンの住人にしては話が分かるようだ」
『万修理屋 ツカモト商店』の一階工場でパイプ椅子に腰かけ、ライゾーとイチタカは合成酒を酌み交わしていた。
(……なんで?)
摩訶不思議なものを見た店長代理は何度も首を傾げる。
ジャンク・タウン育ちのライゾー、企業から斬り捨てられた元シ民のイチタカ。
二人は一触即発状態から、企業憎しの一点で急激に仲良くなったのだ。共通の敵が生まれれば男はかくも都合の良い生き物なのか……アカネにはよく分からない生態であった。
まあ、何にせよ暴れないならそれでいいとして、
「で? 用は無いはずなのに、なんでアンタはまだウチの店にいるんだい?」
「随分なご挨拶じゃねえか、ええ? これでもよォ、俺なりに心配して見回りに来てやってんだぜ」
「その並々注がれた右手のコップが見えないのかい? 一杯やってる時点で職務放棄も同然だよ」
「だから合成酒なんじゃねえか。酔った雰囲気は味わえるけど本当に酔っちゃいねえぜ」
シティの洗練されたアルコールが手に入らないがゆえの代替模造品で喉を潤すライゾーに、アカネはなお不審な目を向けるのを止めなかった。
忘れてはならない、ライゾーは自警団なのだ。
「言っとくけど、ヨージンボー代をいくらせびりに来ようと、自警団に払ってる供出金以上のお金は一レジットも払わないからね。ローニンが何だってのさ。このアカネ・キクノジョー様を舐めんじゃないよ!」
ブレードに見立ててスパナを構えるアカネを、だがライゾーの方が今度は怪訝に見つめた。
「……何言ってんだオメエ? 俺らはヨージンボー代なんて請求してねえぞ。供出金以外の金なんて貰う気もねえ」
「はあ? 嘘おっしゃい! アンタら来るたびにケラケラ笑いながらヨージンボーを立てろ立てろって……」
「ああ、〝ヨージンボーも立てずに不用心だな〟とは毎度注意してきた。だってそりゃあ、なあ? 実際不用心なんだから、知り合いの
まるで話が飲み込めていないアカネにライゾーは続ける。
「『万修理屋 ツカモト商店』って言やぁ、ジャンク・タウンでも知らねえ奴はいねえ老舗中の老舗修理屋だ。それなりのモン、たんまり貯めこんでると踏んで、押し込み強盗だとかリンダリアル人の盗賊が襲ってこないとも限らねえんだぞ」
「ばっ……⁉ 自慢じゃないけどねっ、ウチに大金なんてありゃしないよ!」
本当に自慢にならない。
「ウチが裕福だなんて何を見当違いな……」
「そりゃ内実を知ってるから言えることだろ? 外から窺ってるだけの奴には関係ねえ。実際に金があるかじゃねえんだ――
「そんな……そんなもん、どうしろって」
「だ・か・ら! ヨージンボーを雇って立てろって口酸っぱく言ってんだ。……
ぽけー……、とアカネはPCがフリーズしたように顔を呆けさせた。
なんだなんだとライゾーが目の前で手を振るも、アカネが復帰したのは一分も後のことだ。
「……アンタ、そんなイイヤツだったか? むさくるしい顔なのに……」
「第一声がそれか⁉ 顔は関係ねえだろ!」
「いやぁ……だって、なあ……?
アカネの脳裏に数々の噂話が蘇る。
自警団と言えば、ヨージンボー代として供出金以上の金を店にせびりに来るとか。
供出金を払わなかった店には何のかんのと理由を付けて、露骨に対応を遅らせるだとか。
「――それを言ってやがるのは、ゴネて供出金を払わなかった少数の連中だぞ」
不愉快だと言わんばかりにライゾーは口をへの字に曲げる。
「自警団と銘打っちゃいるが、俺たちは完全なボランティア組織じゃねえんだ。活動には金が要る。それでも、店の売上高に応じて些細な額をお願いしてるだけだ。それを渋った連中が見栄のためにホラを吹きやがる。俺たちを悪人に仕立て上げて、供出金を払わなかった自分たちを正当化すんのさ。フン、反吐が出るぜ!」
「い、いやでもさぁ! 払わなかった店には理由を付けて対応を遅らせるとか……! アンタ、前に来た時も言ってたじゃんか!」
〝――まあ最近のジャンク・タウンはどこもかしこも物騒だからな。俺たちも忙しくて手が回らなくてよォ。駆けつけた時には店の商品根こそぎやられてるかもしんねえがな、ハハハ!〟
「お、おお……最近は異世界人の往来も増えて物騒になったし、俺たちも増加したトラブルの対応で手が回らなくなってきたし、駆けつけた時にはもう犯行が終わってたっつー不甲斐ねえ結果な時もあるけどよォ」
「そっくりそのままの意味か⁉ 紛らわしい言い方すんな!」
「何に怒ってんだよ、お前は……」
どうやら『自警団=悪の組織』というのは勘違いと分かったものの、彼らの言動にも責任の一端はあるのでは? と思わないでもないアカネであった。
それに比べてビカムときたら……。邂逅したのは数日前のわずかな時間だが、誤解や勘違いとは無縁で果断な態度が匂い立つようであった。饒舌よりも雄弁な寡黙さとは彼のことを言うのだろう。
「……となってくると、今までアンタらがウチに顔出しに来てたのは、本当に安全を確認しに来ただけってことか?」
「それもあるが、今日は一味違うぜ」
ライゾーは『ツカモト商店』まで引っ提げてきたケースをここで取り出した。
手頃な作業台に乗せられたそれは
「ジャンク屋の本領発揮だ。こいつを直してくんねえか」