異界渡り、ビカム -伝説のエルフは今日も勝手に深読みされる-   作:鹿紅 順

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第三章 第6話「運命を変える一発」

 パシュッ! と小気味いい音を立ててケースが開く。

 中に入っていたのはフルフェイスタイプのヘルメットだった。

 

「この前事件のあった廃墟を調べたら出てきたのさ」

 

「なんだいこりゃ?」

 

 と言いつつ、アカネは職人らしく全体を舐めるように観察する。

 

 フォルムに変哲なところはない。しかし、内部に精密機器がギッシリ詰まっていることは想像に難くなかった。むしろ造形の簡素さは、複雑な構造をシンプルに整えて限られた空間に納めた設計者の技量の高さの裏返しでもある。

 

「これが何物か知りたいから持ち込んだのよ。おそらくシティから流れてきたブツだとは思うがな。こんな高価な機械、ジャンク・タウンでお目にかかることはまずねえぜ。色々ボタンを押してはみたが、壊れてんのかうんともすんとも言わねえ。だからこいつをお喋りにしてやってくれ」

 

「ふうん……」

 

 さて、どこからバラしてみるか――

 アカネが頭の中で工具をリストアップし終えるより前に、回答がまろび出てきた。

 

「そいつは防衛部社員用の戦闘装備だ」

 

 酔っぱらったイチタカが面白くもなさそうに呟く。

 

「汎用品ではなく、特定個人用にチューンナップされているように見えるな」

 

「本当か⁉」

 

「フン、忌々しくもほんの数日前の古巣の備品だ。見間違えることはない。そして工具も必要ない。情報漏洩対策で自衛モードに入っているだけだ。特定の手順で解除の操作をすれば――」

 

 言うや否やイチタカの指は高速で動き、決められた手順でヘルメットのボタンを押していく。偶然では押し間違えようのない複雑な操作を淀みなく実行する姿は、この男が元企業社員であることを思い出させてくれる。

 

 表面スリットに電光が走り、ヘルメットの電源が入ったことを告げる。

 

「「動いた!」」

 

「まあこんなものだ」得意げに鼻の下をこするイチタカ。「さて、履歴はどうなっている? ……特に変わった使い方はしていないな。いや、使用中の常時録画が切ってあるな。規則違反だ。それとも記録が残るとマズい業務に従事していたのか」

 

「オイ、結局どうなんだ!」

 

「焦るな……ん? 録画ファイルが一件だけあるな」

 

 イチタカが再生の操作を行う。

 ヘルメットの額あたりに内蔵された極小カメラが壁に拡大映像を投影した。

 それは一人称の視点から撮影された、とある人物との会話録であった。

 

 調度品が設えられた室内。

 応接ソファーや広大なデスクがあることから、場所は執務室か。

 ヘルメットを装着した人物の視点では、仕立ての良いスーツを着た老人が背を向けている。全面ガラスの向こうに広がる景色を見下ろしているらしい。

 

 ここで初めて音声が流れる。

 

 

 

『――それで、ジャガン。〝聖書〟は見つかったのか?』

 

 

 

「オエェェェェェーッ!」

 

 イチタカは嘔吐した。

 

「きたなっ⁉」

 

「いきなり何だよ⁉」

 

 憤慨するアカネとライゾーに、青白い顔をしたイチタカは震える指で映像を指した。映像に映る老人を。

 

「マ……マーカス・ハーディだ」

 

「なんですって⁉」

 

 アカネは食い入るように映像を見つめた。

 

(コイツがリンを……!)

 

 様子を一変させたアカネとイチタカの横で「このジジイが何かあんのか?」とライゾーは暢気に呟いた。

 

 ――なんと、ライゾーが持ってきた謎のヘルメットは、あの〝鬼蜘蛛〟のジャガンが身に着けていた戦闘装備だったのだ!

 

 マズダーが占星術のために生首だけを持ち去り、抜け殻のように打ち捨てたヘルメットが何の因果か『ツカモト商店』に持ち込まれようとは……。

 

 

 

『ああ、それらしき商取引の痕跡を見つけてな。早々に店に押し入る予定だ』

 

『予定、か。貴様がわざわざ直接報告に来る要件から察するに、既に〝聖書〟を見つけたものかと思ったが』

 

『そう焦るなよ。こういう時言うだろう? 〝急がば回れ〟ってな』

 

『私に手段を語るな。結果だけ提出しろ』

 

 

 

「お、おい。これ、俺たちが聞いてて大丈夫なやつか……?」

 

「しっ! 今さらよ、黙ってなさい」

 

 アカネは一言一句聞き逃してなるものかと身を乗り出し、映像のマーカスと対峙する。

 

 

 

『ならば、いったい何をしに貴様は私に会いに来た』

 

『――勘違いしないでほしいが、俺様は別にアンタの野望には興味もなければ反対する動機もねえ。ただ……自分の命に関わるかもしれねえ事柄は別だ』

 

『何が言いたい』

 

『たかが一冊の本を使って、えらい事をやろうとしてるじゃねえかって話よ』

 

 

 

 ――マーカスがこちらを振り向き、その口元には微笑がたたえられていた。

 初めて視界に入れるに値する存在であると認識したと言わんばかりに。

 

 

 

『ほう、『エデン』が漏らした、いや、必要と判じて伝えたか。その理由は分からんが……』

 

『もったいぶらずに教えてくれよ――』

 

 

 

 アカネ、イチタカ、ライゾーは固唾を飲んで次の言葉を待つ。

 映像の視点主(ジャガン)こそが重々しい振る舞いの後、核心となるワードを口にした。

 

 

 

『――〝クローラー計画〟ってやつをな』

 

 

 

   ***

 

 

 

 これが珈琲(カフェ)の後の、本当の主菜だ(・・・・・・)――

 閉じられた扉が再度開き、リンの目の前に姿を現したものは、

 

「お母さん!」

 

 未だ昏睡状態のまま医療用車椅子に乗せられた母、ユノーであった。

 

 まさにその車椅子を押すのは父、コーイチロー。彼の双眸に、妻に会えたことに対する感情の色は見られない。

 実に八年に達しようかという年月をかけて、ついに親子三人が再会を果たすことができた。

 しかし、最も望まない形で。

 

「貴様らがシティに侵入していることなどとうに知っている。二手に分かれて行動を起こすのも、AIに分析させるまでもなく予測できる」

 

 マーカスは淡々と言い放つ。

 

「あのエルフは今頃まんまと病院に誘き寄せられ、防衛部に圧殺されていることだろうよ」

 

「ッ……!」

 

 リンは焦りと悔しさから奥歯を噛みしめる。

『ツカモト商店』で皆と相談し成功を意気込んだ作戦も、こちらの心の内も何もかも、この老獪なる男の掌の上だったというのか。

 

「リン・ツカモト」マーカスが告げる。「貴様の天秤の片方には父の存在、もう片方には瓦礫の街が乗り、それは後者の方に傾いた。だが父の皿の方に母が乗った時――さあ、天秤はどちらに傾いたのか」

 

 それは既に答えを知る者の口振りとしか言いようがなかった。

 

 ほとんど見ず知らずの他人、百万人以上。

 この世にたった二人しかいない、父と母。

 

 ……人間の価値観の基準に絶対など存在しない。

 ただこの場合、計り知れない重圧を伴う選択を為したのは、ただ親の愛を取り戻したいだけの孤独な少女だったということだ。

 いったい、誰が彼女を責められようか。

 誰が無関係の他人のために、己の両親を犠牲にできようか。

 

 ――リン・ツカモトに、両親を見捨てる選択など、出来るわけがなかった。

 

 テーブルの上で開かれたアタッシュケース。

〝聖書〟の三分の一の片割れは今、マーカス・ハーディの手に渡った。

 

「〝聖書〟の残りは受領した。さて、最後の条件だ」

 

 執務室の壁の一角が開き、機械的な構造が剥き出しになる。

 空間からまさしく這い出てきたのは、脊髄に突き刺し融合するための突起を百足(ムカデ)の脚のごとく蠢かせて近づいてくる〝セカンド・スピン〟だ。

 リンの背後に擦り寄ると、それは鎌首を持ち上げる。

 

「貴様が次の〝黒鬼士〟だ。意思を持たず、命令を遂行する、黒き刃よ」

 

(――ごめん、ビカム)

(――ごめん、お父さん、お母さん)

(――約束、守れなかった)

(――お父さんが帰ってくるのも、お母さんが目を覚ますのも待てないまま、私は……)

 

〝セカンド・スピン〟の先端がグロテスクに花開き、リンのうなじ目がけて取り付かんと――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――一発の銃弾が悲劇に待ったをかけた。

 

 

 

 少女の柔肌に噛みつこうとしていた〝セカンド・スピン〟の顎を吹き飛ばし、銃弾は一直線にマーカスの額へと……

 

 ――斬ッ!

 

 閃いた黒刃がその寸前で銃弾を斬り落とした。

 

 直後、弾痕も真新しいガラスを派手に突き破って飛び込んできたのは、機械鎧の人影、そして――鍔広帽子に飾り羽、プレートアーマーにロングコートの美身。

 

「ビカム……⁉」

 

「……(えっ⁉ リン殿!?!?!?!?!?)」

 

 過酷な運命から少女を救うのは、やはりこの者しかいない。

 

 美剣士ビカム――!

 

 

 

   ***

 

 

 

 時は少し遡る。

 

 バルキロア保養病院の地下、特別治療室――

 そこは今や、チキュウ世界で最も危険なキリングルームと化していた。

 

 企業戦士……身体改造を施され、かつ身に余るほどの武装を搭載した恐るべき(つわもの)たち。

 シティ全域に配備される数のおよそ半数がこの地下の一室に集結していた。

 

 目的はただ一つ――美剣士ビカム、ただ一人を仕留めるために。

 

 高周波バスターブレイドが、高出力熱式殲滅ブラスターが、一切の躊躇なく振り下ろされ銃口から火を噴く。

 命中すれば生物の肉体など痕跡も残さず消滅させうる威力の武装……それを用いてですらなお生け捕りの可能性がある相手だった。ガブリエラ・タユウは慢心なくそう判断した。

 

 そう、慢心など無い。企業戦士を投入できる限界人数を厳密に算出し、逐次投入という愚を犯さず最初から全力で運用した。

 

 ならば、なぜ。

 

「ここまでとは……!」

 

 普段、マーカスに侍る秘書として艶然とした表情を崩さない彼女が、今は微笑に冷や汗を浮かべざるをえなかった。

 ガブリエラの視線の先では、四方八方から迫りくる攻撃をものともせず、美剣士ビカムが凄まじい勢いで企業戦士を沈黙させている光景であった。

 

 右手に霊剣フェーレ、左手にハイテク銃。

 それを二刀流の剣士、あるいは二挺持ちのガンマンのように振り回し、企業戦士を一人一人刈り取っていく。

 

 企業戦士の攻撃はビカムにまるで当たらない。同士討ちを避ける火器管制プログラムを逆手に取り、別の企業戦士の陰に隠れながらやり過ごされるためだ。

 しかしその可能性は最初から想定済みだ。それを利用してもなお避けえない物量で圧殺できることは事前のシミュレーションでも検証済みだった。

 

「……(ヤバいヤバいヤバい、止まったら死ぬ、止まったら死ぬ……!)」

 

 ガブリエラが見誤ったのは、純粋にビカムの戦闘能力そのもの。

 

 卓越した剣技と銃撃。身体能力の高さ。魔法によるアシスト。

 縦横無尽に躍動しながら正確無比な一撃を繰り出す彼に対し、企業戦士はぶつけるに十分な戦力足りえなかったのだ。

 もしも今の実戦から得られたビカムの戦闘データで再度シミュレーションを行ったならば、分析AIは『全ての企業戦士を投入しても無駄』という回答を吐き出したことだろう。

 

 勿論、アイによるサポートを抜きにして成果は語れない。

 高級AIの演算力を惜しげもなく発揮し、敵個体別の脅威度に応じてピンポイントのハッキングを連続で繰り返す――ビカムの死角を狙う者、回避の難しい時間差攻撃を図る者、自殺覚悟の特攻を挑む者、そういった企業戦士を優先して妨害的干渉を行う。

 全体に広く浅く仕掛けるのではなく、ビカムの行動に合わせて道を切り開くように、あるいは後背を守るようにサポートに徹する……まさに比翼連理と言えよう。

 

「……いかに企業戦士といえど、彼の前では所詮マスプロダクションの戦闘装置でしかないということですか」

 

 そう呟くガブリエラに驚きはあっても動揺は見られない。自ら教導した戦士が紙を千切るがごとく倒されているというのに。

 

「……もう終わりか?(さすがにおかわりは無いよな……? 無いですよね……⁉)」

 

 ――あれだけいた企業戦士たちは全て地に伏し、ビカムはまだ物足りんと言わんばかりのセリフを吐いた。ここから残り半数の企業戦士が投入されたとしても、美剣士は嬉々として霊剣フェーレを振るうのだろう。

 

 怪しきは微笑を崩さないガブリエラ・タユウ。

 

「ええ、キンタロ・キャンディめいた画一製品の提供は終わり。――ここからはオーダーメイドでお相手して差し上げます」

 

 ――突如、ガブリエラの姿が掻き消えた!

 

 だがアイの高感度センサは見逃さない。ガブリエラの背後、壁の空洞から出現した飛翔体が彼女の体を(さら)っていったのだ――!

 

 スラスターの噴射口が地下室の天井に光の線を描く。

 人間の滑らかな輪郭と、機械の武骨なフォルム。相反するその二つは、機械的な変形音を轟かせながら空中で一体化していく。

 やがて……生物と無機物の融合を為しえた存在がゆっくりと降下してくる。爪先が床に触れる前、重力を忘れたようにそれは宙で静止した。

 

 ビジネススーツはいつの間にか剝ぎ取られ、衣服の代わりに機械の鎧がボディを包む。所どころ剥き出しになった肌が情欲を煽り立てる。

 しかし、今の彼女を目の前にして、雄らしく生唾を飲み込める者はいようか?

 企業戦士のような視覚的な武装を身に帯びてはいない。だが、目に見えないプレッシャーが彼女を中心に放射され、並の人間であれば空間が歪んでいるかのような錯覚すら感じることだろう。

 

 爪牙のごとく鋭い手足の装甲、大翼の似姿たる一対の飛翔スラスター、尻尾のように腰から伸びる電磁鞭……まるでリンダリアル世界の恐るべき種族、竜人族(ドラゴニアン)を彷彿とさせた。

 

「――〝鎧素徒(ガイスト)〟」ガブリエラが宣う。「戦闘データを蓄積、自動アップデートする拡張性進化式全身装甲。稀に出る横流し品ですら数十億の値が付く。私はこの装備をマーカス様から与えられた」

 

 うっとり、という表現が相応しいほどに相好(そうごう)を崩すガブリエラ。

 

「私が企業戦士の教育を任された理由が分かる?」

 

「……さあ(さあ……?)」

 

 ビカムは興味なく言い放った。

 

「――私が企業で二番目に戦闘技能に秀でているからよ!」

 

 爆発的加速が大気を叩く!

 

 鋭利な装甲に包まれたガブリエラの貫手を霊剣フェーレの腹を盾にして防いだビカムは今……夜空の下にいた。

 

 恐るべき突進力を乗せたガブリエラの攻撃は美剣士の足を大地から浮かせた――彼女は勢いを落とさずビカムを空中に打ち上げ、共に天井と大地を突き破ってアキツ・シティの上空へと躍り出たのだ!

 

 眼下、病院の光景は既に遠く、無数のサイバー的夜景が視界に広がる。

 

「貴方の剣の冴えは認めるところではあるけれど、空の上でも十全に発揮できるかしら――!」

 

 ゴウッ! と翼状のスラスターが青白い噴炎を上げた次の瞬間、ガブリエラの姿は消失している。

 三百六十度、全方向からの攻撃がビカムを襲った。

 超高速飛翔の勢いを落とさぬまま、超特殊合金製の鋭利な手甲が、脚部装甲に収納されていた高電熱片刃(ヒート・サーベル)が通り過ぎ様に振るわれる。

 

 ビカムは嵐に翻弄される一枚の木の葉だ――攻撃を受ける度、空中をあらゆる方向に吹き飛ばされる。接触の際に迸るのが血飛沫ではなく、武器と武器が接触した火花であることが唯一の救いだ。

 

「……(くッ……! 踏ん張りがきかないから攻撃も防御も中途半端になってしまう……!)」

 

「やはりこうなっては一流の剣士も形無しね! 今のお気持ちはいかがです!」

 

「……(酔いそう!)」

 

 ガブリエラの哄笑がシティの夜闇に響き渡る。

 

 ――しかし、お忘れになられては困る。

 

「(ん? 待てよ……一流の、剣士(・・)――そうか!)……ならば――」

 

 美剣士ビカムは一流の剣士であり――同時に一流の射手(ガンスリンガー)であるということを!

 そして当然、彼自身がそれを誰よりも認識していた。

 

 背中のハイテク銃を左手で抜き放つ。

 そして本当に照準を付けたのかと疑ってしまうほどの早撃ち。三発のエネルギー弾が銃口から放たれる。超高速で動き回るガブリエラ相手に、それは信じられないことに全弾命中した。

 ガブリエラが纏う〝鎧素徒〟の装甲にエネルギー弾が着弾し――だが散らされるように無効化される。

 

「ウフフ、ぬかりありませんことよ」

 

〝鎧素徒〟の装甲に塗布された特殊な塗料がエネルギーの収束を妨げることでエネルギー攻撃に高い耐性を与えている。先の銃撃が命中したのはビカムの高い技量も()ることながら、ガブリエラに避ける気がなかったこともあるのだろう。

 

「――アイ!」

 

弾種(モード):物理弾・徹甲弾(アーマーピアーシング・バレット)

 

 ビカムはすぐさま徹甲弾に切換えた。

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