異界渡り、ビカム -伝説のエルフは今日も勝手に深読みされる- 作:鹿紅 順
ガブリエラは出方を窺うように周囲を旋回する。銃口に捕捉されないよう風を切る速さは衰えていない。
(物理的な破壊をもたらす弾種を選ぶのは正解ですわ)
剣で届かない間合いには銃を、エネルギー属性が効かないなら物理弾を。有効手段であることをガブリエラは心中で認める。
(ならば、それは私も同じこと。余裕をもって避けられる間合いから貴方を攻撃するまで――!)
ガブリエラはさらに空高く飛翔し、ビカムを見下ろす。
〝鎧素徒〟の胸部装甲とスラスターの一部が変形、両腕の装甲と一体化する。
砲身――そう形容するに他ならなかった。
砲口に莫大なエネルギーが収束し、夜闇を照らす星となる。
「それではお疲れさまでした。これにて退勤とさせていただきます」
極太の光弾が発射される。
重力の網に捕らわれるビカムへと一瞬で追い付き――盛大な爆炎を上げた。
地上では何事かとシ民たちが見上げていることだろう。事情も知らぬまま、イベントか何かだと勘違いして。ガブリエラはシティの構図を反映しているようだと思った。一部の特権階級だけが世界で何が起きているのか知り、その他の被支配層はどうでもいい情報にドーパミンを分泌し快楽に溺れるのだ……。
――そのわずかな感傷が隙を生んだのかもしれない。
爆炎を切り裂いて伸びたエネルギー・フックショットがガブリエラの右足に絡みついた。
「なに……ッ⁉」
初めてガブリエラの表情から笑みが消えた。
彼女のミスを挙げるならば、ビカム本人を警戒するあまり、彼の相棒の存在を軽視してしまったことだ。
『こんな序盤で札を全部使いきるのは
しかし、通常であれば三回は障壁を発動できるエネルギーを全て使い果たすことになった……それほどまでの威力であった。
「……捉えたぞ(ちょこまか動き回られるのは面倒だ)」
「チィッ! だったら振り切ればいいだけのこと!」
砲身形態を解除したガブリエラが超音速の飛翔を再開する。
アキツ・シティに林立する超高層ビル群の間を縫うように飛び回り、様々な方向からのGがビカムを襲う!
「……(おごごごごごご……! 切れる、切れてしまう……!)」
しかし、美剣士の決意の固さを表すようにフックショットはガブリエラと彼を繋いでいる。じわりじわりと巻き取り、その距離を少しずつ縮めていく。
「っ、しぶといですね!」
作戦を変える――ガブリエラはビカムのみ叩きつけられるよう、近くのビル天辺のモニュメントに突っ込んでいく。
尾を叩きつけるかのごとくフックショットを振り回し、一秒後にはビカムが熟れた果物のごとく赤く弾ける光景を想像する。
だが、そうはならなかった。霊剣フェーレが黄金の軌跡を描き、障害物をバラバラに切り裂く。
「そんな……ッ!」
ガブリエラの動揺の隙を突き、フックショットを一気に巻き取る。
もはや目と鼻の先に彼女の顔があった。
「――(今……!)」
ハイテク銃から徹甲弾が放たれる。
恐るべき破壊エネルギーを帯びた弾頭は、ガブリエラ・タユウの額――を大きくそれ、スラスターの片翼を撃ち抜き、そのままあらぬ方向へ。
「――(――外した⁉ ウソだろう⁉)」
(――外した‼ 運が尽きたわね‼)
ガブリエラが残虐な笑みを浮かべる。
しかし、対するビカムは冷静なままだ。
――そう、ビカムの弾丸は、外れてなどいなかった。彼が狙ったものを正確に撃ち抜いていた。
高電熱片刃を振りかぶるガブリエラ。
その視界が激しくシェイクされた――徹甲弾が貫通した方のスラスターが暴走、飛翔を制御できなくなる。錐揉み回転しながら加速していく。
「い、やああああああああああ――⁉⁉⁉」
「――(死んでしまうーッ!?!?!?!?!?)」
そして――ビカムとガブリエラはアキツ・シティで最も高層なビルに激突した。
分厚い強化ガラスは、そのままでは尋常ならざる衝突ダメージを二人に与えただろうが……あらかじめ撃ち込まれていたビカムの徹甲弾が大きなヒビを入れていた。
――その先で〝セカンド・スピン〟すらも撃ち抜いていたのは、神業としか言いようがなかった。
そう、ビカムが飛び込んだのはシン・セントタワー、マーカス・ハーディの執務室であった!
平衡感覚すら失う状況で、一発の弾丸に一手も二手も意味を乗せるなど……。
偶然? いいや。
この男を誰と心得る、だ――
「ビカム……⁉」
思いがけない再会に信じられないと目を
「……(リン殿!?!?!?!?!?)」
予定通りと涼しい顔のビカム。
その後方でガブリエラ・タユウが気絶し倒れている。〝鎧素徒〟も故障しており、撃破したと見ていいだろう。
リンが見て取るに、ビカムは今までマーカスの秘書と激戦を繰り広げていたのだ。空中にまで飛び出すとは尋常ではないが、そんな最中にも自分の窮地を救ってくれた……撃ち抜かれた〝セカンド・スピン〟がその証明である。
(ビカム、貴方って人は……)
万感の思い……そこへ水を差すようにエレベーターの音声が響く。
ハッと目を向ければ、マーカス・ハーディと〝黒鬼士〟の姿が閉まりゆく扉の隙間から一瞬垣間見えた。
階層位置表示は、急速に下っていることを示している。
「ビカム! ……ごめんなさい、私、〝聖書〟を――」
リンはビカムと分かれてからの状況を簡潔に説明した。
「……そうか(不謹慎だが私もそのフルコース、ちょっとだけ食べてみたかった……)」
ビカムは憂いを湛えた瞳をそっと伏せた。少女の立ち向かった運命の過酷さを思い、慈悲を覚えたことは間違いないだろう。
「お母さん……ごめんね、巻き込んじゃって……ごめん……」
リンは車椅子の母親の前に跪き、涙声で縋りついた。
ああ、ユノー・ツカモト! 今すぐに目を覚まして、貴方の子を貴方の腕の中に抱きしめてくれないか……そう願わずにはいられないほど哀れと言うしかなかった。
『――ビカム、マーカスはシン・セントタワーの最下層まで移動したわ。一番下の階層を越えてエレベーターが下り続けてる……公には存在しない階層、そこに何かがあるのでしょうね』
だが時は待ってくれない。二人は今すぐにでもマーカスを追わねばならない。
「……リン殿、今は」
「……ええ、分かってる」
少女は名残惜しそうに立ち上がり、母から一歩、距離を取った。もう危険な目には遭わせないと一線を引くように。
ユノーをこのままマーカスの執務室に置いておくことはできない。本当は医療設備の整った場所で安静にしてほしいが、今やシティのどこに安全な場所があろうか。
結局、帰るべき家である『ツカモト商店』へ、ビカムの魔法による召喚獣で送り届けることとなった。
不可視や防御の魔法が掛けられた大鷲がユノーを掴んで飛び立ち夜空の点になったのを見届け、リンはビカムと向かい合った。
「行こう――アイツの野望を打ち砕きに。私の故郷は、絶対に壊させない!」
「……ああ(私も、リン殿との約束を果たす。そして……)」
悠長にエレベーターが戻ってくるのを待たず、ビカムの霊剣フェーレが一閃され扉が切断される。
覗き込んだエレベーターシャフトは、自動的に作業灯が点灯するも、奥底が見えないほどの奈落である。
だが今の二人に闘志はあれど恐怖はない。
ビカムとリンは手を繋ぎ合う。
そして共に一歩踏み出し、深淵へと身を躍らせた。すぐさま重力が彼らを絡めとり、下へ下へと加速していく。
(待っていて、お父さん――)
決着の時は、近い。
***
『当該書物の欠落した紙面を受領。解析、学習中……』
「フン、遠回りをさせられたものよ」
「――マーカス!」
シン・セントタワー……公には存在しないことになっている真の最下層。
エレベーターの扉を切り裂いて飛び出たのはビカムとリン。シャフトを真っ逆さまに落下し風の魔法で急減速する荒業で、エレベーターに乗るよりも早く追い付いて見せた。
途中、一階で預けたリンの武装を回収、装着することも忘れない。処分もせず律儀に貴重品保管箱に収納していたもので呆気にとられたものだ。そんな事をせずとも
広大な地下空間には一つを除き存在するものは何もない。
その唯一の例外――佇むマーカスと〝黒鬼士〟の奥には、何重もの球状の電磁障壁に守られた、一辺が約二メートルの正方形の
リンには一目見ただけでそれの正体を直感することができた。
「『エデン』……!」
アキツ・シティ運営管理統括AI。
都市の頭脳であり心臓でもある人工知能。量子コンピューターの圧倒的
「〝聖書〟を返せという要求には応えられない」マーカスが言う。「既にそれは私の手を離れた。あとは『エデン』の解析を待つだけ……我が計画、我が大事業はようやく開始される」
「その前にお前を倒して、『エデン』を止める!」
リンが武器の柄に手を伸ばし、抜刀せんと足に力を込めた――その矢先。
「……なぜ、あの書物を欲した」
張り詰めた空気を鎮めるように、涼やかな声音が隣から響いた。
リンはハッと思わず動きを止める。
そして信じられないように目線だけを彼に送る。
(ビカム……⁉)
(今はそんな事を訊いている場合じゃ――)
既に〝聖書〟の全文は『エデン』の手中にある。こうしている間にも人間には及びもつかないスピードで貪るように解析と学習が進行しているのだ。
もはや一刻を争う状況。今すぐにでも敵を止めなければならない。
だというのに――美剣士は今、マーカスと対話を試みようとしている。
「……なぜだ?(スゴく気になる、訊かずにはいられない)」
まさか、純粋な好奇心に駆られているというわけでもあるまい。
ならばこそ意味が、そこには秘められているのだろう。
たとえ自分自身がそれを感じ取ることができなくとも、ビカムが時を無駄にするようなことはしない……そんな強固な信頼がリンに構えを解かせた。
対話を選んだビカムへの好奇心が勝ったのか、マーカスは状況を楽しむように冷酷な微笑を浮かべた。
そして
「この世界の人間は絶滅に瀕した時代があった。伝染病でも隕石の衝突でもなく、国家間の戦争によってだ」
生物の目的が自らの種を保存することにあるのなら、我々は誕生の時点から破綻していたのだ――そうマーカスは述べる。
「戦争は五年間続き、それが終結したのは今から八十年前……人類史においてはほんの一瞬の出来事が、連綿と紡がれてきた長大な歴史を無に帰すまで迫った」
戦争の爪痕は、いつの時代も悲惨だ。
異なったのは規模。
戦死者の数も、汚染された地表の面積も、絶滅した生物種も、何もかもが桁違い。
「国家は瓦礫と化し、代わりに台頭した企業が人類の新秩序を担った。企業が最重要目標に設定したのが生き残った人類の生存、そして人口の回復。そのためのシティ。外界と環境を切り離し、安定して食料を供給し、人類の
「……何? やっぱり自分たち企業は牧場主だって主張したいわけ?」
「フン、既に言ったぞ、私は畜産事業経営者ではないと。私の立ち位置を例えるなら、オーナーの指示に従い過失なく家畜の世話をする従業員か」
「企業トップが随分と謙虚な物言いね」
「クハッ! 私は人類の臨界に達しているが――神に比肩することはない」
マーカスは背後を振り返った。
電磁障壁に守られた神の筐体を。
「同族同士で絶滅に迫るまで殺し合う人間に、人類の再生という事業を担わせることは不適当の極み。ならば人間ではない、人間を超越した存在こそが相応しい」
「……AIか(分かる……私もたまに難しい事はアイに全部決めてほしくなる)」
ポツリと呟いたビカムの姿はまるで嘆いているようであった。己が運命の舵取りを他者へ明け渡した者への憐憫が尽きせぬと……。
「人類復興支援・都市管理型人工知能『エデン』――シティ黎明期に開発された最初期のAI。その目的は人類の
「…………」
「『エデン』は実に優秀だった。百年と経たないうちに人口をここまで回復させた。エデンの設計者は思いもつかなかっただろう、優秀であるがゆえに未来で問題が生じるなど。――絶対的倫理規定……〝全人類の生命の保証〟」
〝――私は、アキツ・シティ運営管理統括AI、エデン。全人類の生命を保証するもの〟
「これがある限り、『エデン』はあらゆる人間を保護対象と
リンは自分の額に汗が伝うのを感じた。
話の核心が近づき、緊張が込み上げる。
『マーカス・ハーディ、貴方は人口飽和問題の解決策としてアキツ・シティを物理的に拡大させるためにジャンク・タウンを破壊し、そこに住まう人々を保護する気はない。でも人類を保護する『エデン』がそれを認めることはない――そのジレンマに立っていると言いたいわけね』
アイの要約をマーカスは「然り」と肯定する。
『その状況を打破するための鍵が〝聖書〟……』
「急に話が分からなくなったわね……」
リンが困惑を滲ませる。リンダリアル世界からチキュウ世界へ帰還する途中、人類史における〝聖書〟がどういった内容かつ存在だったのかアイから簡単にレクチャーは受けたが、なぜそれを企業が求めるのか余計に謎を深めただけだった。
「……もはや
ビカムの流し目がマーカスを射抜く。
さして真実に期待していないような声音が、むしろビカムの大きさを表しているようだった。
マーカスが自嘲めいて
「――『エデン』を神の座へ押し上げる」
神。
人知を超越した絶対的権能を持つ存在。
人類に禍福と賞罰を与える者。
「『エデン』に神としての在り方を学習させ、神の視座を与えるのだ」
「……急に信仰に目覚めた、ってわけでもなさそうね」
「私は神など信じてはいない。だが、神の
吐いた息が水蒸気の靄となって吐き出される――マーカス・ハーディの内に秘められた熱の高さはいかほどか。
「――人間が人間を、罪の自覚なく殺害することを可能とさせる装置。それこそが神の役割! 人類史上最も優れた発明品! 人間が抱えきれない悪を投棄するゴミ処理場! その装置の前ではいかな善人であろうと、否、純粋な善こそ信仰の先兵と成り果てる。大義のために同じ種を殺戮し、蹂躙を躊躇わなくなる。そう……
神を信奉せず、しかし神の有用さを力強く説くマーカス。
だが彼こそが狂信者めいた眼をしてはいないだろうか。
しかし、剥き出しになった意思を目の当たりにしたからこそ、見えてきたものがあった。
「……『エデン』に人間を殺させる……」
『〝聖書〟の学習によって『エデン』自身の自己変革を促す――人類のより良い未来のために、人類を殺す矛盾を受け入れさせる』
「……絶対的倫理規定の解除をもって(なんてこったい――!)」
リン、アイ、ビカムは完全に理解してしまった。
人類を守護する管理者として生み出された『エデン』に人殺しを覚えさせる―― それこそがマーカス・ハーディの狙いであったのだ。
時として、人間を殺すことが人類にとっての善となり、または悪の拡大を防ぐ。
〝聖書〟とは、穿った見方をすれば、そのようなケーススタディ集とは言えないか。
自ら創造した人類の堕落を見かね、正しき人以外を大洪水で滅ぼしたように。
悪徳と
〝聖書〟の記述に
神の視点を獲得することで〝全体の幸福のための個の死〟を認める。選択肢として許容できるようにする――
「本気で出来ると思っているの……⁉」悲鳴のようにリンが叫ぶ。「たかが一冊本を読んだだけで好きに命を奪えるようになるなんて、AIはそこまで愚かじゃないはず。ましてやシティ全体を統括するほどの頭脳が、」
「――『エデン』がそれを望んでいる」
残酷な事実をマーカスが突きつけた。
「近い未来、人口過密によってアキツ・シティが崩壊することを『エデン』が誰よりも理解している。量子コンピューターの人口動態シミュレーションは未来予知に等しい……確実に訪れる滅びの未来を知りながら、何もしない方がよほど愚かであろう」
『――当該書物の解析および学習完了まで、残り五分』
『エデン』から発せられた感情のない機械音声がビカムたちに残された時間を無慈悲に告げる。
「理解したか? 貴様らにとって、もはや私を打倒すれば解決する話ではない。たとえマーカス・ハーディという人間が死のうと『エデン』が演算を止めることはない。――さて、そろそろ言葉は尽きたな。始めるとするか」
リンが、ビカムが、武器を構える。
〝黒鬼士〟も鞘から黒刃を抜き放った。
徒手空拳のマーカスへ、『エデン』の背後から飛来した物体が彼を背後から包み込み、一体化する。
「……(あれは……!)」
その驚異的な正体に合点がいったように、ビカムが眦を鋭くした。
ガブリエラ・タユウ……先ほどビカムが撃破した彼女の装着していた武装、それに酷似しているのだ。
ガブリエラの武装が爪や翼など竜人族めいていたならば、マーカスの武装は純粋な人型を守っている。コンセプトを推し測るとすれば、新たな機能の増設ではなく、人間の能力の特化・拡張とでも言うべきか。
〝黒鬼士〟と同色となる黒のカラーリング。光沢を放つ装甲と金属チューブがまるで鋼鉄の筋肉のごとく鈍く輝く。これもまた武の一つの到達点と言わんばかりに堂々と屹立する。
ガブリエラの意味深なセリフが蘇る。
〝――私が企業で二番目に戦闘技能に秀でているからよ!〟
ならば一番目とは、この男以外に存在しないだろう。
彼女に拡張性進化式全身装甲が与えられて、彼が持たざる道理なし。
〝鎧素徒【
マーカスとともにあらゆる敵を葬ってきた鎧が数万時間ぶりに主の下へ帰還した――サムライの少女と異世界の剣士を無慈悲に粉砕するために。
『敵性体の脅威段階をレベル7に認定。速やかに対象を排除してください』
ビカムとリンの足が同時に床を蹴った。
決戦が、始まる。