異界渡り、ビカム -伝説のエルフは今日も勝手に深読みされる- 作:鹿紅 順
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真っ先に動いたのはリンだった。
迷うことなく一直線に駆け抜け、その運動エネルギーごと紅刀に乗せ、『エデン』を守る電磁障壁へと叩きつけた。
……だが、障壁は揺るがない。常温核融合炉から潤沢に供給される電力がそのまま障壁の強度に変換され、最も外側の一枚すら破れない。それを全て突き破るとなれば、このシン・セントタワーすら崩壊するほどの大火力が必要になるのではないか。
『リン・ツカモト、その行動は無駄に尽きます』
障壁の奥、『エデン』の無機質な音声が響く。
『貴方の行動目的は正しい。〝テラ・イーター〟の命令権限は私が保持しています。私を停止させることはすなわち〝テラ・イーター〟の停止を意味します。しかし、貴方が残り寿命を破壊行動に費やそうと、この電磁障壁を破ることは叶いません』
「……(リン殿、とりあえず手を痛めるからそのあたりで……)」
私のことを忘れるな――言葉ではなく行動でそう示すように前に出るビカム。
魔法をも巧みに操る彼ならば電磁障壁を破る手段を有していないとは考えにくい。
それは『エデン』においても言われるまでもなく想定しうることである。
『これまでの観測結果から、美剣士ビカム、貴方が相手では不可能も可能に覆るリスクは排除できません。――ですので、私は安全な場所へ退避させていただきます』
「……羽でも生えて飛んでいくつもりか(なんて、まさかね。あんな大きい機械が――)」
『ほう。やはり侮れません』
地下の奥深く。何百キロもあろう筐体が移動できる場所など一見どこにも無いように見えるだろう――美剣士以外には。
『エデン』後方の壁が左右に動き、レールのようなものが斜めに下りてくる。
同時に『エデン』本体たる量子コンピューターの筐体を紡錘形状の殻が包み込み、そのまま運ばれレールの終端部に
「……!(えッ⁉ 本当に……⁉)」
「待て!」
焦るリンを嘲笑うかのごとくレール側面のスリットが次々と発光し、まるで何かのエネルギーを溜めているかのようだ。
やがて、レールの下端から上端へ全てのスリットが発光を完了した。
もはやそれはレールではなかった。
地下から大地を貫き天へと手を伸ばす――
『神のごとく、世界の破壊と再生を観測させていただきましょう――
轟音と共に、『エデン』を包んだ紡錘殻体が射出された。
ビカムとリンの妨害を阻んでいた電磁障壁は役目を終えたのか解除され、焦げ臭い匂いがあたりに漂った。
――驚きに硬直する隙を突くように、突如、マーカスの亡骸を包んでいた〝鎧素徒【調伏】〟がバラバラに弾け飛んだ。
戦闘開始前の逆回しのごとくパーツごとに分解、飛翔する。
そして宿主を変えるように――未だ魔法で縫い留められた〝黒鬼士〟に対し装甲の上から装着されていく。
装甲はより厚く、武装はより強力に。
今までの姿が鎧武者ならば、大将軍とでも呼ぶべき威容へと進化していく。
最後のパーツが装着され、エネルギーが端まで伝わった瞬間、
「――――」
〝黒鬼士〟を超えた何かはあっさりと魔法の拘束を振り払い、自由を取り戻した。
そして一度の跳躍で天井に達すると勢いのまま突き破り、破壊音を響かせ続けながらどこかへと去っていった。
『エデン』の逃走。
父の……〝黒鬼士〟の撤退。
全ては止める間もなく、動乱の中、一瞬で行われた。
リンには父の名を呼ぶことすら許されなかった。
***
常温核融合炉から供給される大電力を利用したレールガン型マスドライバー。
それが『エデン』を打ち出した装置の正体であった。
リンがシン・セントタワーのフォルムを、傾いたアルファベットの『V』と形容したが、斜めに伸びた片方の直線こそがマスドライバーの発射台だったのだ。
――かつて最終戦争により人類の絶滅が現実味を帯びた際、汚染され荒廃したチキュウからの脱出目的としてこれは建造された。
とはいえ人間を発射するものではなく、冷凍保存された人間の生殖細胞や科学技術を収めた記録媒体等を一時的に宇宙に退避させるものだ。やがて戦争を終えた人類が文明を復興させるための未来への贈り物として……あるいは生命の死に絶えた星を地球外生命体が発見したとき、確かに人類という存在がいたのだと歴史を記録するために。
結果として最悪の未来を迎える前に最終戦争は終わり、このマスドライバーも起動することなく役目を終えた。
しかし、マスドライバーを運用するために地下に建設された常温核融合炉は健在であったことから、これに目を付けた企業により、生き残った人々の生活用エネルギー供給源として利用された……これがアキツ・シティの始まりである。
そして、マーカスはマスドライバーを解体せず、万が一、億が一の事態に備え、量子コンピューターと『エデン』を避難させる手段として維持し続けていた。他のシティに無用な勘繰りを受けないよう、バルキロア本社であるシン・セントタワーのモニュメントに見えるよう偽造してまで……。
それは何たる皮肉、何たる運命の悪戯であろうか。
アキツ・シティの始まりを支えた装置が今――終焉をもたらす災厄として機能しようとしていた。
***
数分前――
アキツ・シティから少し離れた荒野では地響きが鳴り響いていた。
岩陰からは興奮したバイオミュータントが飛び出し、暴走アンドロイドが忙しなく頭部を振って周囲を走査する。彼らの一部は、突如出現した大地の割れ目に巻き込まれ、砂礫とともに暗い底へ落ちていった。
割れ目は左右へ開き続け――長方形の巨大な穴が四つ、地表に現れた。
深淵からせり上がってきたのは、
縁がノコギリ状になった円盤を横に何枚も並べて中心に軸を通し、それら円盤の上半分にカバーを兼ねるように車体が被さっている……とでも表現しようか。ただし、何もかもサイズがおかしい。
シティから何かが飛来してくる。夥しい数の
四つに分かれた浮遊飛行貨物機は四つの〝テラ・イーター〟の上部に移動し、エネルギーワイヤーを伸ばし接続した。
浮遊飛行貨物機が上昇し……信じられないことに〝テラ・イーター〟の巨体が大地から浮き上がる。全高三百メートル、全幅二キロの重量が宙に浮かんでいるのだ。〝テラ・イーター〟自身が内部に反重力装置を備え、その上で大量の浮遊飛行貨物機に吊り上げられてではあるが、その光景は非現実的に尽きると言える。
そして……アキツ・シティに住まうシ民たちは一斉に空を仰ぎ見た。
天高く伸びるビルディングの影のさらに奥、星々の光を遮るように出現した四つの巨体――
それらが横一列に隊列を組み、アキツ・シティの最も大きい大通りへと着地した。直前で危険を察知した車両が自動で群を成すように退避したため、着地点にいた車両で潰されたものはほとんどないだろうが、その衝撃がシ民に与えた影響は計り知れない。
今のシティを俯瞰で見れば、中心のシン・セントタワーから伸びた時計の針のように〝テラ・イーター〟は整列している。時計と異なるのは、針が順逆どの方向に回転しようと人々にとって致命的な未来を迎えることか。そして最も外側にある〝テラ・イーター〟はジャンク・タウンの土をも踏んでいた。
――……ギ――
接地してから数分、動きを見せなかった巨大機械。
訳も分からず、だが携帯端末のカメラを向け続けるシ民たちの前で今、
――ゴゴゴゴゴゴ――
ついに〝テラ・イーター〟は動き出す。
それはあまりにもゆっくりで、遠目には動いているかも定かではないほどのスピードであった。しかし、進路上に存在するあらゆる構造物は粉々に破壊されていく。
本来であれば〝選別の壁〟の外において、ジャンク・タウンを東西南北の方向から同時にひき潰すはずの圧倒的破砕力がシティの内部で解放されている。
都市を破砕し、文明を耕し、後には瓦礫を生み出す、史上最悪の機械。
享楽に浸りきったシ民たちは、〝テラ・イーター〟の足下に近い者以外、この事態の深刻さを正確に理解できていなかった。むしろジャンク・タウンの住民の方が迅速な初動――なりふり構わない避難を実行できていたという。
だが、昨日まで何の心配なく暮らしていたシティが、たった数時間で消滅すると言われ、何人が信じて行動を起こせるだろうか。
いっそ何も理解できないまま、苦痛を感じる間もなく潰されてしまった方が幸せかもしれない。
それほどまでに、残された時間はあまりにも――短い。
***
(あの機械を止めないと)
(でも……どうやって⁉)
マーカスが絶命し、『エデン』が逃げ去った地下最下層。
終わることなく襲い来る振動に、地上の絶望的な状況を想像しながらリンは必死に思考を巡らせる。
「……アイ、上は(どうなってるんだ……⁉)」
冷静に問うビカムの意を受け、アイは地上の様子を映像投影する。
映し出されたのは、まるで数百メートルのビルを薙ぎ倒し、横たわったそれを雑草を
「あ……あ……」
シティ中心部だけではない。最も外側の〝テラ・イーター〟はジャンク・タウンを踏み潰す軌道にある。
すなわちアキツ・シティそのものの存亡の危機であった。
『さらに悪い情報だけれど……』言い淀むように間を空けてからアイが告げる。『予測では今から三十四分後に……『ツカモト商店』は破壊される位置にあるわ』
今度こそリンは絶句した。
彼女にとってのタイムリミットが一気に縮まった瞬間であった。
たとえ一時間後に〝テラ・イーター〟を止めることができたとしても、彼女の家は、家族と過ごした思い出の詰まった帰る場所は、跡形もなく踏み潰されているのだ。
膝から力が抜け、リンはぺたんと尻餅をついた。凛々しいサムライの表情は消え失せ、絶望に蝕まれた顔がそこにあった。
物理的に止められるとは到底思えない巨大機械、その停止スイッチを持った敵は宇宙へ逃亡、与えられた時間はたった三十分程度……心が折れるにはあまりにも十分過ぎる条件がそろっていた。
――この男以外にとっては。
「……『エデン』を止め、〝テラ・イーター〟を止める(それは分かっているが……そんな方法どうやって……)」
美剣士ビカム。
彼だけはまだ、諦めていなかった。
その清澄な瞳に、熱い反抗の炎を灯し続けていた!
『エデン』を止め、超巨大兵器を止める。言うは容易いが……否、もはや口に出すことすら馬鹿げた、当たり前すぎる唯一の解決策。その可能性をビカムは大真面目に探っている。ジャンク・タウンの住人でもない、異世界からの
その雄姿がギリギリのところでリンの意気地を立て直させた。この世界の人間である自分が先に折れることは許されないと、心の中のサムライが喝を入れる。
「私は……アレを止めに行く」
リンは映像の中の〝テラ・イーター〟を見つめた。絶望するためではなく、望む未来を掴むために。
「多分そこに、お父さんもいる」
それは確信に近い予測だ。未だ『エデン』の支配下にあるだろう〝黒鬼士〟が勝手に単独行動をとるわけがない。
事件の中心で父は待っているだろう。
ならばリンが往くは必然であると言えた。
『ビカム、『エデン』を止められるのはもう貴方しか……』
「……(そうは言うが、宇宙まで逃げた相手をどうやって……)」
アイの問いかけを受け、ビカムは注意深く周囲に視線を張り巡らせた。
とはいえ、元々『エデン』が鎮座し、存在そのものが秘匿された場所だ。人間のための設備など何もない。
となると必然、目が行くのは――
「……(そうだ! アレで何かを射出して『エデン』を撃ち抜くのは!)」
視線を追い、リンとアイもビカムが何を企図しているか悟った。
――レールガン型マスドライバー。
確かに、『エデン』があれで
しかし、その程度の思考を、かの人工知能が予測していないはずがない。
『……マスドライバーのシステム自体は生きているけれど、常温核融合炉からの電力供給は遮断されているわ。電源系統を物理的に破壊してまで……。万が一にも邪魔されないよう念の入れ様ね』
さらには別の問題がある。桁外れの加速度に耐えられる弾体が、いったいどこに転がっているというのか。
適当なスクラップなど撃ち出せば、一瞬で粉々になるか、断熱圧縮で燃え尽きるだろう。工学に基づき緻密に計算された形状だけが許される。だからこそ『エデン』も射出の際は専用の外殻で自分を保護したのだ。
極めて申し訳なさを覚えながら、これらの問題をアイは挙げた。
――莫大な電力。
――射出に耐えられる弾丸。
その二つを確保しないことには不可能であると。
果たして、美剣士が返したのは……沈黙であった。
「……(あー、その問題の可能性までは、うん、そこまでちゃんと考えては、うん……えっと、あの、えっと……)」
彼が沈黙を選ぶときはいつもそうだ。
遥かな高みから世界を見つめ、誰もが想像もしないような可能性を探り当て、
――既に己が答えを得たときだ。
「ま、まさか……!」
『う、嘘でしょう……!』
一拍遅れてビカムが為そうとしている事に思い至ったリンとアイは言葉を失った。
それは神の頭脳をも欺く、異世界人ならではの一手であった。
「……(……? どうしたんだリン殿、何を見つめ――)」
***
ジャンク・タウンでは阿鼻叫喚の声が鳴り響いていない場所はなかった。
シティ中心部のシ民たちとは違い、日々を生きることに真剣である彼らは、迫り来る生命の危機を正しく認識していた……同時にそれが抗いようのないものであることも。
とにかく最も遠ざかる方へ逃げ惑う住民たち。
その群衆の中に『万修理屋 ツカモト商店』の人間の姿はなかった。
「あれが……〝クローラー計画〟にあった超巨大兵器……」
突如出現した〝テラ・イーター〟の威容を仰ぎ見、アカネ・キクノジョーはいつもの威勢の良さを失い、呆然と直立することしかできなかった。
その傍らには旧式自立型車椅子に座ったユノー・ツカモトが。大鷲に彼女が運ばれてきたときも大層驚いたものだが、今の状況は比べ物にならない。
「発動してしまったのか……」
イチタカが唇を噛みしめる。
「おい、言ってる場合か! お前ら早く逃げるぞ!」
いち早く我に返ったのはライゾーだ。衝撃から立ち直っていないアカネとイチタカを叱咤しつつ、懐から取り出した通信機にまくし立てる。
「今動ける奴は周りの人間に避難を呼びかけろ! とにかくあのデカブツから少しでも遠いところに逃げるよう促すんだ! 俺たち自警団の底力見せやがれ!」
オウ! と勇ましい声が通信機から返ってきたのを確認すると、ライゾーはイチタカの腕を引っ掴んでズンズンと歩いていく。
「お前も手伝ってくれ! 周りのボーっとしてる奴らの尻を蹴り上げて逃げるよう言うんだ。人手は一人でも多い方が良い。自力で避難できない奴がいたら――」
「…………」
――掴まれた腕を振り払う。
動作とは時に言葉よりも雄弁であり、
決別の意志を示すのに、それはより効果的であったと言えた。
ただならぬイチタカの様子にライゾーは困惑を隠せない。
やがて彼の口から出た言葉は、困惑をより一層深めるものだった。
「……俺はシティへ戻る」
何を言われたか、ライゾーは一瞬理解できなかった。
「……は、はあッ⁉ おまっ、アレが見えねえのか、シティでも同じ状況だぞ! 今さら戻って何になる⁉」
「だからこそだ。シティが混乱状態にある今、〝選別の壁〟の入出管理はまともに機能していないだろう。シティを追われた俺が戻るにはうってつけのタイミングだ」
そう語るイチタカの瞳には固い意志が宿っていた。
この期に及んでシティでの復権にこだわるというのか。
「これを貰っていくぞ。採用から今日までの日給を換算すれば、このオンボロぐらいにはなるはずだ」
イチタカは店の奥にあった旧時代の内燃機関式二輪車を引っ張り出すと、制止する間もなくエンジンを吹かして走り去っていった。
「イチタカ……」
「だあもうッ! 居なくなっちまった奴を心配しても始まらねえ! 行くぞアカネ!」
ようやくアカネとライゾーは『ツカモト商店』を飛び出した。二人の背後を突かず離れず、ユノーを乗せた車椅子が追従する。旧式とはいえ自立型の車椅子なら備えている基本機能だ。
道中、ライゾーは擦れ違う自警団の団員へ指示を飛ばしていく。普段のむくつけき容貌からは想像できないほど的確で具体的だ。ライゾーに負けず劣らずの強面たちも洗練された動きでテキパキと住民たちの避難誘導を行う。
「ホント、人は見かけによらないわね……」
そう感嘆するアカネに、しかし希望の色はない。
このまま逃避行を続けていても時間稼ぎにしかならないことは、言葉にせずとも感じざるをえない。この壁に挟まれたジャンク・タウンにいる限り本当の逃げ場など無い。そして、いったいどれだけの人数がシティの外に逃げおおせることができるというのか……。
そのとき、二人の遥か頭上を、噴煙の尾を引きながら何かが高速で通過していった。ミサイルだ! さらに無数の警備無人ドローンが編隊を組んで〝テラ・イーター〟へ向かっていく。
「おおっ!」「見ろ、シティの兵器だ!」「そうだ、やっちまえ!」
同じ光景を見た住民たちが歓声を上げる。普段はあの兵器こそが自分たちに銃口を向けているのだが、そんな事実は忘れたと言わんばかりに声援を送る。
しかし――
ささやかな希望を嘲笑うかのように、飛翔するミサイルも無数のドローンも〝テラ・イーター〟に届く前に突然、空中でことごとく爆発していった。
「なんだァ⁉」
唖然とするライゾーの傍で、アカネは視界の中に微かに捉えたモノを反芻していた。
何か透明な……