異界渡り、ビカム -伝説のエルフは今日も勝手に深読みされる-   作:鹿紅 順

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第三章 第12話「天上の最終決戦」

   ***

 

 

 

「――ダメです! 続く攻撃第四波、第五波、全て撃ち落とされました!」

 

「う、嘘だろ……⁉」

 

 シティ中心部、バルキロア保安部の指令所は混乱を極めていた。

 

 何の前触れもなく出現した四機の巨大機械。

 それが目的も一切不明のままアキツ・シティを轢き潰すように破壊していく。

 

 事実確認を行う余裕すらなく、それでも彼らは優秀だった。何とか巨大機械を止めようと壁上警備のドローンや防衛装置を用いて攻撃を行った。

 しかし、それらの銃弾の一発すら……いや、ドローンが砲火を噴く前に全機が墜(お)とされているのだ。

 

 それを為しているのは――

 

「望遠での映像、出ます!」

 

 ドローンが撃墜されていない攻撃範囲外からの観測映像が指令所の正面スクリーンに映し出される。

 遠距離かつ拡大により幾分解像度の荒いそれは、漆黒の人影(・・・・・)を捉えていた。

 

「何だアレは⁉」

 

 そう呟く保安部副部長の言葉は指令所全員の思いを代弁していた。

 無理もない。彼らにそれが何かなど分かるはずもなかった。

 

 頭部装甲のスリットから怪しい残光を立ち昇らせた――鎧武者(・・・)など。

 

 かつて〝黒鬼士〟の頃の意匠を残しつつ重装甲・重武装へと進化を遂げた姿。

『エデン』の調整により〝鎧素徒【調伏】〟との融合を果たした威容。

 

 単に合体しただけではない――〝鎧素徒〟の能力は形を変えて継承されている。

 魔子に干渉する機能は、空気中の分子を強固に固定し、ブレードの一閃に合わせて飛翔する〝飛ぶ斬撃〟に改められた。保安部の攻撃を斬り(・・)落としているのはこの力である。

 さらには分子固定による空気の盾を周囲に展開し、銃弾や爆風への盾とする。

 

 あらゆる敵も砲撃も、一閃の下に薙ぎ払い、寄せ付けることなし。

 

 名付けるならば――〝黒鬼士【草薙】〟。

 

 彼が〝テラ・イーター〟の上に鎮座する限り、シティの滅亡という運命は揺ぎ無いものとなるだろう……。

 

「最新鋭の機械があんなものに……。くっ、どうすれば」

 

「マーカスCEOは⁉ 役員との連絡はまだ繋がらないのか⁉」

 

 副部長は当然保安部の手に余るとして上層部の指示を仰ごうとした。防衛部の出動を願い、総力をもってあたるべき事態だと具申するつもりだった。

 だがバルキロアに君臨する役員の全てが連絡不通という、ありえてはならない事が起きていた。保安部担当役員だけでなく他部門担当役員でさえもだ。

 

 その答えは最悪の形で判明する。

 

「見てください、あ、アレ……!」

 

〝黒鬼士〟を映し続ける映像のさらに奥、黒塗りの飛行型移動機が数台、連れ立ってビルの屋上を飛び立つ姿が見えた。

 外装も内装も高級仕様のそれは、バルキロア役員専用の機体であった。

 

 それが〝テラ・イーター〟から……今まさに破壊されているアキツ・シティを離れるように飛び去って行く。

 これが意味するところは、つまり。

 

(俺たちは見捨てられた、のか……?)

 

 事態の収拾を図るべく司令塔とならなければならない上層部。

 そのための絶大な権限を普段与えられているにも関わらず――彼らは逃走を選択したのだ。

 今まで奮闘していた保安部職員の心を折るには十分過ぎた。

 ある者は膝から崩れ落ち、ある者は手にしたラップトップを床に叩きつける。先ほどまでの怒号に代わって嗚咽と嘔吐く音が指令所内を満たしていく。

 

 ……もし神というものが存在するなら、この時ばかりは正しく仕事をしてくれたのかもしれない。

 

 映像の中、黒き鎧武者がゆっくりと振り向き、未だ撃ち落としていない飛翔物体(・・・・)へ向けてブレードを構える。

 

「あ」

 

 横薙ぎに振るわれたブレードから放たれた斬撃は一瞬で黒塗りの移動機に追いつき――そのまま追い越して空の彼方へ。

 移動機は切断面から上下に別たれるよりも早く、破損した電気系統からの火花が燃料に引火して爆散した。乗っていた人員の命を心配する余地もないほど派手な散り方であった。

 

(はは、ざまあみろ)

 

 胸がすくような思いは一瞬。

 

 直後、これで本当に誰にも頼ることができなくなった恐怖が副部長を襲った。

 

 

 

   ***

 

 

 

 熱圏。

 地表から高度二百キロメートルのそこはチキュウ大気の構造においてそう呼ばれる。

 

 ここは既に宇宙空間だ。人工衛星が飛ぶ高度ではあるが、超低軌道であるため大気の影響を無視できず、イオンエンジンなど何らかの加速装置を搭載しなければ空気抵抗で次第に減速し、大気圏に突入し燃え尽きることになる。

 

 もっとも、それは長期間飛行を続ける場合に限った話。

 たった三時間にも満たない刹那を飛行するだけであるならば関係ない――少なくとも『エデン』にとっては。

 

 マスドライバーにより束の間の衛星軌道に投入された神の機械は、アキツ・シティのあらゆるシステムの操作を放棄し、新生する楽園の設計に全リソースを注ぎ込んでいた。

 星を見下ろすこの暗黒の空間において、何者もこの静寂を邪魔することはできない。生存はおろか辿り着くことすら至難な空の果て。地上が生命の支配するところならば、天上とは機械の領域に他ならないだろう。

 

『――――本当に驚きました』

 

 新シティ・百年間運営シミュレーション……その七百万千五十回目が失敗した直後、『エデン』の機械音声が響いた。

 熱圏とは、本来なら極端な大気密度の低さにより音が伝わることはほとんどない無音の世界のはずだ。当然それを知らぬ『エデン』ではない。

 にも関わらず音で伝達することを選んだのは、ありうべからざるを成し遂げた相手への賞賛以外に他ならなかった。

 

「……(死ぬかと思った……)」

 

 ――美剣士ビカム。

 絶世の美貌を持つ剣士が今、実現可能性ゼロパーセントの確率を超え、宇宙空間にいる『エデン』の目の前に立ちはだかっていた!

 

 周囲には風が吹き、すなわち存在しないはずの大気が満ちている。温度も地表と変わらないよう調整され、酸欠になることもないだろう。

 

 飾り羽を揺らし、外套をたなびかせながら空中に佇むビカム。

 画家が筆を取れば歴史に残る絵画にすらなりうる光景。

 

 不気味なほどの沈黙を『エデン』は保っている。

 

「……さすがの貴様でも、なぜ私がここにいるか気になったか(本当に何度死ぬような思いをしたか……聞いてくれ)」

 

『どうやって(・・・・・)――と問う事に今さら意味はないでしょう。結果だけが全てです。貴方は私の予測を超え、私の下まで辿り着いた。これが全てです。掛け値なしに賞賛します』

 

「……機械らしい回答だ(ええ……? 気にならないのか……)」

 

 元より期待していないのだろうビカムは、さして気にした様子もなく右手にフェーレを顕現させた。

 

 

 

 ――このままでは誰も知ることなく忘れ去られてしまいかねない偉業を、ここに書き記しておくとする!

 

 マスドライバーで宇宙空間へと逃走した『エデン』を、ビカムはどのように追跡したのか――

 

 そう、ビカムもまたマスドライバーを使用して宇宙へと到達したのだ。

 それも自分自身を弾体とする、量子コンピューターですらシミュレーションの計算候補に含みもしなかった超荒業によって。

 

 ――莫大な電力。

 ――射出に耐えられる弾丸。

 

 前者はビカムの雷魔法により大電力をマスドライバーに供給、そして後者はビカム自身が弾丸となることで強引に解決した。電力はともかく、マスドライバーで自分を射出するには並々ならない労苦があった……感電対策、殺人的加速度対策、酸欠対策、防寒対策などなど……

 

 しかし! それらを魔法というファンタジーの極みにより全て無問題にしてしまったのだ!

 

 なお、魔法で本当に何とかしてしまえたのは、ビカムが卓抜した魔法の知識・技量の持ち主であるからこそだと、ここに付記しておく……。

 

 

 

「……(リン殿も、アイも、私がマスドライバーに乗るだなんてとんでもない案を言い出すとは……何をどう考えたらそんなアイデアが湧くのか……。こんなに魔力を消費したのは久々だ。疲れた。あとはもう『エデン』を斬ってお仕舞いだよな……?)」

 

 難行の後だというのに、ビカムに疲労の色はまるで見えない。

 体内魔力の半分を消費したが、それが何かと言わんばかりの涼しい佇まい。

 

 もはや『エデン』の筐体を守るものは何も無い。

 絶体絶命のピンチ。

 

『賞賛を受け取り――栄誉に浴しながら死ぬといいでしょう』

 

 だが、神の機械は絶望を出力しなかった。

 

 ――複数の方向から照射されたレーザーが、『エデン』に直撃した。

 

「……(!?!?!?!?!?)」

 

 最終戦争前に打ち上げられ稼働していた発電・送電用衛星。本体に比して何百倍ものソーラーパネルを備えて地上に電力を供給していた旧時代の遺物。

『エデン』は故障していないそれら衛星をハッキングし、貯め込んでいた電力をレーザーに変換して自身に浴びせたのだ。

 

 勿論、盛大な自殺などではない。

 魔法世界において魔力が万能のエネルギー源ならば、電気こそが科学世界のそれである――

 まさにそうとしか表現できないような事象がビカムの目の前で展開する。

 

 目に見えない大気中の魔子(マギトロン)粒子が『エデン』へ殺到するように集中する。

 電気エネルギーを湯水のように消費しながら、魔子は実体を持ち始め、隣の粒子と連鎖的に結合していく。

 

『〝仮想顕現〟――これこそ、我々が至った魔子技術の最高峰。貴方の世界の召喚術から着想を得たのですよ』

 

 ――仮想顕現獣No.3:BAHAMUT(バハムート)。

 

『エデン』の宿る量子コンピューターを核にするように構成されたそれは、一対の大翼を持った人型の巨大機械竜。

 鱗の代わりに装甲が、血潮の代わりにエネルギーが走り、薄緑色をした半透明の実体の中で心臓のように『エデン』が格納されていた。

 

 仮想粒子化した魔子一つ一つの運動をコンピューターシミュレーションする――そんな馬鹿げた力技によってのみ実在を許される獣。一体を動かすのに一基の超級量子コンピューターの全演算リソースを要求するバケモノ。

 

 バハムートはまだ宇宙空間に顕現しただけ。何一つ動作を起こしてはいない。

 しかし、そこに存在するだけで……この物語を締めくくる天と地の戦い、その内の天上にて立ちはだかる、最後にして最大の敵なのだと見る者に理解させた。

 

『私にこれ以上退避行動を取る余地はなく、貴方にこれ以上追跡に費やす時間的猶予はない。愚策ではありますが、私が直接貴方を抹消してさしあげましょう』

 

「……(こんな奥の手があるなんて聞いてないぞ……! これ倒せるか……? 魔力の消費が結構洒落にならない状態だぞ……)」

 

 美剣士の返答はない。いや、必要なかった。

 手元に握り続けた霊剣フェーレがその証だ。今さら何の言葉を返すというのか。美剣士ビカムに逡巡と葛藤など無縁の言葉だった。

 

 確かな返答を受け取り、バハムートが臨戦態勢に移行する。

 

『では、分かり切った勝者を決めるための戦いを始めましょう。――地に墜ちよ、美剣士ビカム。天上に神以外は不遜です』

 

「……機械が随分と、感情豊かになったものだ(妹子・芋男先生のマンガを読んだお陰か……? やはり先生は神……!)」

 

 ビカムの挑発を合図に、光線と霊剣は激突した――!

 

 

 

   ***

 

 

 

「もう終わりだ……」

 

 シティ保安部指令所の誰かがポツリと呟いた。士気を挫くようなセリフを誰も咎めはしなかった。

 こちらの攻撃は何一つ通じず、もう残された出来る事は、瓦礫のように踏み潰されるまでの時間を数えているぐらいしかない。

 

 なぜ、こんな事になってしまったのか。その答えを知っている者は誰もいない。

 ある日突然シティは滅亡しました――物語としてはヒキもオチもクソもない、三文小説以下のストーリー。滅びるためだけの名もなき登場人物に、自分たちはなろうとしている。

 

 保安部副部長は滴り落ちる汗にも構わず天井を見上げた。

 思考がぐるぐると脳内を駆け巡る――シティを守れない。俺のせいじゃない。仕方ないさ。誰が指揮していたって同じことだ。上は全部逃げた。でも俺たちは最後まで頑張った。やれる事をやろうとしたんだ――

 

(……ああ、でも)

 

 自分を慰めるための言葉が渦巻く中で、

 ありえもしない仮定の話をしたくなった。

 

(こんな時に、あの人ならどうしただろう――)

 

 

 

「――諸君らは非常にたるんでいる」

 

 

 

 聞きなれたはずの、もう聞くことのないはずの声。

 

「今、保安部には出現した脅威を排除する業務が発生している」

 

 後任の人事が発令されておらず空席のままだったその席に、いつの間にか座っていたのは――

 

 

 

「入社式での訓示を忘れたのか? ――与えられた業務への返事は〝はい〟か〝イエス〟、そして〝完了しました〟のみだ。」

 

 

 

「「「アベ部長⁉」」」

 

 あの日、マーカスCEO直々に役職を没収され床の穴にシュートされたイチタカ・アベ。

 

「フン……元部長だ」

 

 その人が保安部指令所に帰ってきた!

 

 彼の様子は以前から大きく様変わりしていた。いつも整髪料で整えられていた髪は乱れを許し、身に着けているのはオーダーメイドスーツではなくオイルに汚れたツナギだ。おそらく壁の外……ジャンク・タウンに落とされたのだろうが、そこでの壮絶な生活を想像させた。

 

 しかし――今のイチタカ・アベは、依然と比べて存在としての重みを増している。

 

 それは皮肉にも、彼を直接没収してシュートしたマーカスCEOから感じたプレッシャーと同質のものだった。少なくとも副部長の感覚はそう訴えていたのだった。

 強い意志の宿った目が保安部職員たちを射抜いた。

 

「やれる事は何一つやり切っていないぞ。泥水を啜ってでも、他者を蹴落と……いや、使える者は何でも使って目の前のタスクを完全に処理する。それこそがバルキロア社員の矜持と知れ」

 

「し、しかしアベ部長……」

 

「〝上司に異を唱える部下、歯車に似た石屑(いしくず)〟」

 

 バルキロアの新入社員が洗脳的に叩き込まれる社訓を諳んじるアベ元部長。

 

「〝部下を導かない上司、スーツを着たマネキン〟」

 

 続く二つ目の社訓を口にしたのもアベ元部長だ。

 

「フン、戦力を第何波だの段階的に投入するから防がれるのだ。相手はただの人間一人、一度に撃ち落とせる量に限界はある。飽和攻撃を継続すれば命中弾は必ず出る。弾薬庫を空にするつもりで全部吐き出せ」

 

「「「は、はいっ!」」」

 

 これだ。

 今の自分たちに欠けていたものがピタリとハマったのだと、歓喜に震えながら副部長は覚る。

 高圧的で冷徹で無慈悲だが――状況を整理し、部下を指導し、完了まで必ず辿り着かせる。それこそがイチタカ・アベという人なのだ。

 

 たとえ今の彼が実質的に解雇……少なくとも保安部長職を解かれていようとも、そんな事は誰も気にして

 

 

 

「――それを彼らに命じる権限も根拠も、何一つなくてよ。イチタカ・アベ」

 

 

 

 席に座すアベ元部長の背後に誰かが立っていた。

 

 見るからに攻撃的な装甲に一対の飛翔スラスター、何よりも、ところどころあえて装甲が薄いような、煽情的でえっちな意匠の装備……を纏っている。

 だが副部長の目を奪ったのは決して件(くだん)の人物のえっちな部分ではなく、蜃気楼を立ち昇らせた抜刀済みの高電熱片刃(ヒート・サーベル)だった。

 

 ――ガブリエラ・タユウ。

 

 ビカムとの空中戦に敗北し、最上階の執務室で気絶していた彼女。

 時間の経過か、あるいは〝テラ・イーター〟の破壊音が目を覚まさせたのか。

 その人が今、イチタカの後頭部に武器の切っ先を突きつけていた。

 

「……貴方は、タユウ秘書か。普段の格好からは想像もできない出で立ちになったものだ」

 

「そういう貴方も落ちぶれた身形(みなり)になったものね。いや、今は分相応と言うべきかしら」

 

「マーカスCEOが居ないと活き活きしているように見える。普段相当ストレスを溜めこんでいるのか? ストレスは美容に良くないらしい。老けるのが早まるぞ」

 

「そう思うなら美容液の一つでも贈ってあげるのが男性の甲斐性ではなくて? ああ、美容液を買える稼ぎの職に就いているのが前提でしたね。ごめんあそばせ」

 

 人体など軽く消し炭に変えてしまう武装を前にして、イチタカは振り返ることなくガブリエラに問う。

 

「貴方はなぜここに? マーカスCEOに侍(はべ)っていなくてはならないのでは?」

 

「あの方は亡くなられました」

 

 問答する二人を除き、声にならない動揺が指令所を走った。

 

「……そうか。……だとしても、君が保安部を訪ねている理由の回答にはなっていないが」

 

 

 

「質は防衛部に劣りますものの、量という点ではシティの火力の大部分を握るのが保安部ですわ。――あの方の大望を阻む可能性がわずかにでも残るのがこの部署でもある」

 

 艶めかしい舌が口端の血を舐めとった。

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