異界渡り、ビカム -伝説のエルフは今日も勝手に深読みされる- 作:鹿紅 順
「……
――空気が一瞬で張り詰める。
「フフ――さすがに命までは。地獄の新入社員研修を潜り抜けた者同士の慈悲です。余計な事をしなければ手に掛けはしませんわ。まあどの道、あの機械に破砕されるまでのわずかな延命ですけれどね」
「……マーカスCEOの計画を知らないのか? 今破壊している場所だけじゃない。あの方……いや、奴はこの都市全てを――」
「ええ、全てを破壊して創り直す。それがマーカス様の望み」
「だったらなぜ! 計画も何も、もう無意味だ!」
イチタカの怒鳴るような問いに、ガブリエラはすぐには答えなかった。
そして諦めたように微笑んだ。
どうせお前には分からないだろうと、理解されることを手放した哀愁の笑み。
「私はバルキロア社員だけれど、損益だけを基準に動くわけじゃないの。……戦いしか能のない女を取り立ててもらった恩義を返す。社員の
「――いや、分かるさ」
間髪入れずにイチタカは言った。
「どれだけ環境合理性に従おうと、人間は間違える。時に非合理で理解しがたい行動を取る。だが……当たり前の話なのだ。私たちはいつも合理に従っているようで合理を超えた何かを日々取引しているのだから」
「合理を超えた何か……」
「君の言う恩義も、……あの時、私が受け取った感謝の言葉も」
――ありがと!
――ありがとう。
――あんがとよ。
イチタカの脳内にはジャンク・タウンで過ごした短くも濃い日常が思い起こされていた。
「結局、人間は非合理から逃れられない。人間は機械ではないからだ。マーカスCEOだろうとな」
「……そう。で? 要するに何が言いたいのかしら」
「つまるところ、我々は間違えるのが当たり前なのだから、失敗しようとまた途中からやり直せばいいだろうという話だ。一度失敗したものが無価値なわけがない。今はジャンクと呼ばれようとも――大切に直してやれば、いつか誰かにとって価値のあるものになる。たとえシティだろうと、必ず素晴らしいものにやり直せる」
「アベ部長……」
保安部副部長は己の耳が信じられなかった。
いったい本当に、彼はどんな経験をしてきたのだろうか。
ガブリエラが表情を怒りに歪める。
「シティをやり直すですって? ふざけたことを! マーカス様ですらここまで混沌・肥大化した都市構造に
「私は本気だぞ」イチタカの声は一切の迷いを感じさせなかった。「シミュレーションのように何でもゼロから始めるなんてつまらない事は機械に任せておけ。我々人間はもっと泥臭く楽しくやっていい。何度も間違えて、何度もやり直す。そうして出来上がるものは楽園から程遠いかもしれないが……完成された楽園には決して存在しないものを持つことはできる」
「……、……それは?」
「
「…………」
「タユウ秘書。貴方は今のシティを滅ぼすことが恩義だと
「…………」
「それに彼ならば〝担当する業務から、逃亡するべからず〟、〝仕事に失敗なく、引継だけがあり〟――そう言うのではないか?」
重たい沈黙が横たわる。
固唾を飲むという言葉がこれ以上似つかわしい状況はない。
イチタカは背後を振り返らない。言うべき事は全て伝えたのだから。
あとは、彼女が決めることだ。
ガブリエラは、
「フ」
こぼれる嘲笑。
「柄にもない人情芝居、私を
「そうか」
「ですが、まあ――今だけは下手糞な口車に乗って差し上げましょう」
ガシュッ! と音を立てて高電熱片刃が収納された。
説得は、成功したということだろう。
「マーカス様の大事業を継承しようという大言壮語、どこまで貫き通せるか見物させていただきますわ」
「その前にあのデカブツを止めなければならないがな」
「最も内側の一機は任せなさい」ガブリエラが踵を返す。「防衛部の総力をもって……まあ、進行を遅らせるぐらいはしてみせましょう」
「それならここで私と一緒に連携して指揮をとってくれるとありがたいのだが」
「冗談。私も、あのエルフに付けられた損傷が修復次第、戦闘に出ますわ」
今さらながら、ガブリエラが身に纏う装甲は所々戦闘の痕が垣間見えた。特に背中のスラスターの片方は塞がりつつある銃痕が目立つ。
ガブリエラが肩越しに振り返った。
貼り付けていたのは秘書の顔でもなく、忠義を貫こうとする者の顔でもない。
己の誇りに傷を付けられた――怒れる獣の顔。
「本人に直接借りを返せないのが最高に癪ですが――殴り甲斐のある
――まさか……私の邪魔などいたしませんわよね?
そう言い残し離れていくガブリエラの背後、イチタカの額から人知れず一筋の汗が伝った。
(――はあぁぁぁぁ……! なんとか説得が成功したか。生きた心地がしなかったぞ……)
(……あのいけ好かないエルフならこれぐらいの事、涼しい顔で乗り切るのだろうが。フン、視界に居なくとも不愉快な奴め)
と、罵倒のような賞賛のような複雑な感情を抱くのだった。
「聞いていたな。一番内側を除く三機に飽和攻撃を開始しろ なんとしてもアレを止めるのだ」
「「「了解!」」」
シティのあらゆる方向から〝テラ・イーター〟に向けて砲火が集中する。
先ほどまでの波状攻撃ではなく、シティ中の火薬を燃やし尽くすような絶え間ない攻撃だ。ミサイルは空になるまで撃ち尽くし、ドローンは弾切れになったら吶喊して自爆する前提で攻撃の列に加わった。
しかし、
〝黒鬼士〟の迎撃をすり抜ける攻撃は確かに増加した。――反応するように、今度は〝テラ・イーター〟に内蔵された防衛兵器が起動する。
空対空小型ミサイル、機関砲、電磁鞭が〝黒鬼士〟の対処しきれない攻撃のほぼ全てを迎撃する。わずかな命中弾もあるが……〝テラ・イーター〟の巨体に比べればあまりにも貧弱な傷だった。
総力を挙げた飽和攻撃を行って、ようやく均衡する状況。
(くッ、これでもまだ足りないのか!)
(やはり、あの人型を倒さなければ攻撃が通らん――)
――その時、歯噛みするイチタカの携帯端末が振動した。
こんな時にと思いながら画面を見れば……番号の羅列のみが踊っている。
だがイチタカの記憶力をすれば、端末に登録などせずとも、一度見た番号が誰に繋がる電話か忘れることはない。
反射的に舌打ちしそうになったのをグッと我慢し、イチタカは応答ボタンをタッチした。
『――今から送る座標に飛行ドローンを一機回しなさい』
スピーカーから聞こえてきた音声に眉を顰める。
「その声は……エルフのサポートAIの……アイ、だったか。ならそこにビカムもいるな。手を貸せ。あの巨大機械の上に陣取っている鎧人間を魔法でも何でもいいから排除してほしい」
『彼は今、宇宙にいるわ』
「……⁉ ……
『ご明察――』
――夜景を見下ろす高層ビルの屋上。
視界の遥か先、迫り来る〝テラ・イーター〟を睨みつけて、
「お願い、イチタカさん――私を、あそこまで連れて行って」
少女の左腕では、機械鎧が装甲の隙間から静かなる光を放っていた。
***
ビカムがレールガンで宇宙へ翔け上がる間際。
彼は左腕を覆う機械鎧――すなわち相棒たるアイを自ら外した。
何事かと訝しむリンにそれを差し出す。
「……リン殿、ここからはアイと共に。アイ、リン殿の力になってくれ」
『そんな……! ビカム、どうして⁉ もう私は必要ないっていうの……?』
悲鳴のような疑問を上げたアイ。リンも真意を読めず戸惑う。
ビカムはすぐには答えなかった。
「……アイは地上に残っていてほしい(今から私はレールガンに乗らないといけないんだ、悲しいことに……。万が一、アイがどんな影響を受けるか分からない。それに宇宙で
『ビカム、貴方が何と言おうと私は――!』
「……アイ、(私との別離の)その時は(いつか)必ず来る。(考えたくはないが、そういった場合に)備えなければならない。……だから残ってくれ」
いつも清涼な声音と異なり、ビカムの言葉は力強かった。彼の意志を翻させるなど不可能だと一瞬で悟るほどに。
――そう言い切るほどの何かをビカムは読んでいるのだ。その時、シティにアイがいることが決定打になる未来を。
そこまで言われてはアイに否やは無かった。まだ多少不満気ながらもリンの左腕に装着された。高性能の機械鎧は装着者を問わず、サイズは自動的に微調整される。
「……リン殿、必ずアイと共に(私に何かあったらアイを引き継いでほしい。それに鎧には
「――っ! 分かったわ……」
ビカムの期待を一身に受け、リンは重大な責務に身を震わせる。
彼が見据える何かはまるで分からない。しかし、訪れるのは確実なのだろう。その時、自分とアイが一緒にいるのが鍵になると……今はそれだけを心に刻む。
「お願い、イチタカさん――私を、あそこまで連れて行って」
艶めいた黒髪を夜風にたなびかせながら、リンは決意を込めて言う。
『リン・ツカモト……!』
通話音声からイチタカが驚いているのが伝わってくる。
『まさか貴様があの鎧人間を止めるとでもいうのか? 貴様の実力を低く見積もるわけではないが……手に負える相手とは思えない』
「あれは私の、父なんです」
『――――⁉ ……正直訳が分からないが、状況は想像以上に込み入っているようだな。しかし、たとえ肉親だろうと……』
イチタカが言い淀むのも、理解はできた。
〝黒鬼士〟がブレードで空を薙ぐたびに不可視の斬撃が走り、数多のミサイルと無数のドローンを撃ち落とす。シティのほこる武力が虫のように払われていく。
飛来する斬撃を潜り抜けて懐に潜り込めたとしても……待ち受けるのはより激しい死地に間違いない。
行けば死ぬかもしれない。いや、間違いなく死ぬとイチタカは思っている。
だから送り出すことを躊躇っている。彼の優しさであり、真っ当な感覚だった。
でも――それでも。
「私は行かなければいけないんです。そうじゃないと、たとえ今日を生き延びたとしても、シティを救うことができたとしても――きっと永遠に後悔する」
姿は見えずとも決意は伝わったのか、電話口の向こう、イチタカは大きく息を吐いた。
『……剣を武器にする連中はなぜこうも
人一人乗せられるドローンは当然それなりに巨体だ、動きも鈍重にならざるをえない。
そもそも無人で運用する兵器、数による制圧をコンセプトに開発されている。コストをかけて回避性能を高めるのではなく、最初から撃墜による損耗を織り込んだうえで量産されているのだ。曲芸飛行をさせるための機体ではない。
『安心なさい。別にマニュアル操作で運べとは言わないわ。もちろん操縦制御権は私が握るけれどね』
「あそこまで行く策はあります」
それを全て承知のうえでリンたちは進むという。
ならばもはや、イチタカに言うべき言葉はなかった。
『――まったく、シティの命運をこんな小娘に託さねばならないとは、世も末だな。いや、既に末法の世界か』
リンの黒髪が強風に乱れる。
すぐ近くに飛行ドローンが待機していた。
『……死ぬなよ。でなければ俺がアカネに殴られる』
「はい……っ!」
リンを乗せたドローンは急加速の後、あっという間にシティの摩天楼の空に躍り出た。機体を他のドローンの群に混じるよう潜り込ませる。
(――来る)
不可視の斬撃が前方より迫り来る。
いくつもドローンが為す術もなく斬断され爆炎を上げる中、リンの乗った機体は斜めに移動し攻撃範囲から外れてみせた。
『距離一千までは任せなさい――私の矜持にかけて回避してみせる』
宣言どおりドローンは巧みに〝黒鬼士〟の攻撃を掻い潜る。
アイは光学観測やサーモグラフィカメラ等からの情報を統合的に分析し、〝黒鬼士〟の飛ぶ斬撃の軌道を予測して見せた。見えないはずの攻撃を捉えてのけた。
そしてドローンの飛行能力を最大限に運用し、〝死の剣閃〟からアイを守り続けた。
しかし、長くは続かない――彼我の距離が縮まるほど、相手の攻撃から回避までの猶予が短くなる。そして一向に撃ち落とされず近づいてくる機体は目立つ。〝黒鬼士〟の斬撃が明らかにリンを狙いだした。
一閃――回避。
二閃――脚部をかすめる。
三閃――プロペラの先端が斬り飛ばされる。
そこが限界だった。
機体の中心を捉えた四度目の斬撃が目の前に迫る。絶対不可避の攻撃。
「――はあッ!」
リンの紅刀が迎え撃つ。
その鮮やかな紅の刃から、魔力の斬撃が放たれた。
二つの斬撃は空中で衝突し――互いに霧散する。
「よしっ!」
シン・シャドー・スタイルのザン=シンも忘れてリンは快哉を叫んだ。
開眼の儀に成功したリンは魔力を体内から常時迸らせている。
その魔力を、魔力伝導性の高いヒヒイロカネ製の紅刀に漲らせ、刃として飛ばす――
本格的に魔力に目覚めて一日も経っていないというのに、なぜかリンには〝出来る〟という確信があった。……とはいえ実際に成功してみると、ぶっつけ本番で我ながら危ない橋を渡ったものだと遅まきながら冷や汗を掻いたが。
リンを乗せたドローンは最短距離を一直線に〝テラ・イーター〟へ迫る。
迎え撃つ〝飛ぶ斬撃〟を、同じく〝魔力の斬撃〟で相殺する。
その間隔は距離が縮まるほどに短く。
そして――リンは跳躍した。
足下では、役目を終え、真っ二つにされたドローンが爆散する。爆風を受け、リンはさらに舞い上がった。
〝黒鬼士〟がブレードを構える。
「はああああああああああ――ッ‼」
それが振り抜かれるよりも早く、急降下したリンの紅刀が迎え撃った。
空中で刃と刃が激突する。
「お父さん――ッ!」
「――――」
やはり、問いかけに応えは、無い。
だが、もう……それに動揺する少女はここにいなかった。
〝黒鬼士〟に弾き飛ばされたリンはクルリと回転して〝テラ・イーター〟の上に降り立つ。
三百メートルの高さ、強風が流れる決戦上にて両者は向き合った。
――意思を失わされ、機械に操られた父。
――父を止めるため、刃を手に取った娘。
運命とは、かくも残酷なものなのか。
この物語を締めくくる天と地の戦い、その内の地上にて立ちはだかる、最後にして最愛の
「……お父さん、私は――」
――私は、貴方を……
リンは何を言いかけたのか。
それが明らかになる前に――再び両者の刃は衝突を迎えた。