異界渡り、ビカム -伝説のエルフは今日も勝手に深読みされる- 作:鹿紅 順
***
「――コイツで喉でも詰まらせやがれや、デカブツ野郎ォォォッ‼」
エネルギーポンプ車に乗り込み、自爆覚悟で〝テラ・イーター〟に突っ込むライゾー。
たった一秒でもいい、ジャンク・タウンを破砕するのを遅らせられるなら、この特攻にも意味があるはずだ――
血と汗と壮絶な決意がライゾーの顔を彩っている。
――だが、爆走する彼に、同じく猛スピードで追いすがる一つの影があった。
サイドミラーに映った光景に、ライゾーはあんぐりと口を開ける。
それはこの場にいるはずがない、いや、いてはいけない人物であった。
「――ア、アカネッ⁉」
「この――大バカ野郎がッ‼」
旧式自立型車椅子に行儀悪く乗り込み、ありえない速度で迫り来るアカネ・キクノジョーの姿があった。
「悪い予感がして追いかけてみれば! やっぱりロクな事考えちゃいなかったねッ!」
アカネの言うとおり、彼女はユノーが乗っていた旧式自立型車椅子の制御系を早業でイジり速度制限を取っ払い、暴走させて無理矢理追い付いたのだ(勿論ユノーはテツローに「ケガさせたら殺す」と丁重にお願いし預けている)。
エネルギーポンプ車に追いつくとアカネは危険を顧みず運転席に飛び移る。そして扉も屋根も吹き飛んで露わになっていたライゾー、その首根っこを両手で掴んだ。
「オイ、何すんだ! 止めるんじゃ――」
アカネは両足で思いっきり車体を蹴り、ライゾーを引きずり下ろす形で外へ飛び出した。
「うッ!」「くあッ!」
強かに体を舗装に打ち付け、ゴロゴロと転がる二人。
無人となったエネルギーポンプ車はそのまま真っすぐ突き進み――〝テラ・イーター〟の貪欲な口がそれを飲み込む。
ライゾーの企図した通り、大量のエネルギーを蓄えたタンクは一瞬で大爆発を引き起こした。それだけだった。
爆炎が晴れた後には、多少のダメージは負ったものの変わらず進行する巨大機械の姿があった。
「ほら見な! あのまま突っ込んでも犬死だったろうよ!」
「お、俺は……」
「アンタの決意を貶める気は無いよ。……でもね、やっぱり自分の命を捨てる策は下策なんだよ。最後の最後まで生き足掻く道をアタシは選ぶ。アンタにも選ばせる」
「……そうは言うが、もう、この場所で
そう、ライゾーの言うとおり〝テラ・イーター〟は目前近くまで迫っている。動きはゆっくりに見えるがスケール感が狂っているため、距離が縮まるまでもう三十秒もないだろう。
しかし、アカネとて無策でライゾーを追いかけてきたわけではない。
ここでようやくライゾーはアカネが背負っていた物の存在に気づく。
「そいつぁ……」
「あのバカ従業員が置いていったんでね、好きに使わせてもらうよ」
それはシティへの侵入案を授けられた礼にビカムがイチタカへ贈った緋色の大剣である。
背から降ろしたそれをハンマー投げの要領でグルグルと振り回す。
アカネはライゾーを追いかける道中、わざわざ『ツカモト商店』に寄り道してまで回収してきたのだ。
「――こいつで喉でも詰まらせちまいなッ!」
ヒヒイロカネで造られた大剣の特性は――魔力を帯びない攻撃では絶対に折れず、
チキュウの科学では決して壊すことも砕くこともできない。
宙を舞った大剣は破砕機構の中に呑み込まれるが、砕かれるどころか、剣身に噛みついてくるクラッシャーを逆に破壊しながらさらに奥へ奥へ――
そうして、巨大な何かと何かが噛み合う箇所に挟まり――
〝テラ・イーター〟が悲鳴を上げた。
詰まるはずのない機構が詰まり、止まるはずのない機構が無理矢理の静止を余儀なくされた。
巨体の中の一部だけが急制動するが、その巨大さゆえか、他の部分は地震の波が伝播するように慣性エネルギーを遅れて受け、大きく身をひずませる。
「や、やった……」
「マジかよ……!」
――ズズウゥンンンンン……!
生き物が痙攣するかのごとく大きく震え――〝テラ・イーター〟は足を止めた。
致命的に壊れたのか、一時的な停止なのか、それは分からない。
だが、彼らが為した事は、この物語の趨勢を決定づける運命的な一手であった。
***
アキツ・シティの夜空に赤い血飛沫が舞う。
空想理論抜刀――〝夜咫〟。
理論上最速の抜刀をこの世に実現させる、人の
それは予定通りリンの首と胴を分断し、戦いに決着をつける――はずだった。
――ズズウゥンンンンン……!
抜刀の直前、〝黒鬼士〟を激しい振動が襲った。
〝黒鬼士〟――いや、コーイチロー・ツカモト。
彼が防衛のため降り立つ〝テラ・イーター〟は、このジャンク・タウンを破砕する最も外側の機体である必要はなかった。むしろ全体防衛を考えるなら真ん中の二機目、三機目の機体の方が目配りも楽だったはずだ。
非合理的。原因不明。
それでも、彼があえてジャンク・タウンに近い機体に陣取った理由を推測するならば――彼の無意識的な故郷への郷愁が為さしめた……そう思うのは都合が良過ぎるだろうか。
しかし、事実として〝黒鬼士〟はこの〝テラ・イーター〟の上に降り立った。
そして、アカネとライゾーの行動が、予期せぬ揺れを引き起こした。
完璧に、瑕疵が生じる。
振り抜かれた黒刃はリンの喉笛から入り左後方へ抜けた。
首を完全には断てず、その半分だけを斬り裂くに終わった。
「――――」
吹き上がる鮮血に目もくれず、リンは残り少ない魔力のほとんどを首の切創に集中させる。
時計の針を巻き戻すように傷が治癒し断面が塞がった。
そして、
残った最後の魔力を全て絞り出し――この一刀に捧げ尽くす。
シン・シャドー・スタイルの技ではない。
父を待ち、父を追い、ただ一日も欠かすことなく振り続けた。
下手糞でも、見苦しくても、才能など見出せずとも、積み重ねることを諦めなかった基礎の基礎。
粗削りだった塊は――いつしか非業の運命すら断ち斬る刃となる!
「はあああああアアアアア――ッッッ‼」
――〝一刀・無銘〟
抜刀術直後の一瞬だけ生じた隙へ振り下ろす。
〝鎧素徒〟の装甲を断ち、〝黒鬼士〟の鎧を抜け――その下の肉を、骨を、臓腑を斬った。
「―― ― ――― ―――― ――――――――――‼」
噓偽りなく全ての余力を使い果たし、紅刀を振り抜いたまま片膝を着くリン。
その頭上で声にならない苦悶の雄叫びが轟く。
致死量の血を傷と口から吐きながら、〝黒鬼士〟が力なく両膝を着いた。
「……ッ…………ッッッ‼」
声にならない悲鳴を上げるのは、この少女も同じであった。俯いた顔、その下に雫が幾つも滴り落ちる。
無辜の人々を守るため、再会を諦めず願い続けた実の父親を……殺すつもりで斬った。
どれだけ覚悟していたとしても、言葉では言い表せない悲しみが襲う。
それでもリンは声を出さずに泣いた。血が出るほどに唇を噛みしめ、絶対に泣き声は漏らすまいと悲しみに耐えた。自分はサムライであると、その誇りだけを握り締めて。
そうしなければ壊れてしまいそうな心を守るために。
(ごめん、ごめんなさいお祖父ちゃん、お母さん、アカネさん……)
リンは心中で謝った。こうすることしか出来なかった自分を許してくれと。
――力を失って
沈みゆくはずのそれが、再び起き上がろうとしていた。
「っ……!」
ギギギ……、と糸で吊られた操り人形のような不自然な動き。
操り人形という比喩はまさしく的を射ていた。
コーイチローの肉体に、もはや生物としてここから起き上がる生命力は残されていなかった。
しかし、彼の脊髄に沿って取り付けられた〝セカンド・スピン〟が、〝黒鬼士【草薙】〟の装甲が、死にかけの脊髄へ強制的に電気信号を流し込み、装甲が外骨格として筋と骨の代わりに肉体を駆動させる。
「ォ――オ――」
〝黒鬼士〟が黒刃を振りかざす。
「あ……あ……」
そこが限界だった。
握る力を失ったリンの手から紅刀がこぼれ落ちる。
既にリンの心は千々に張り裂けそうなのに、生ける屍と化した父をもう一度
「……もう……嫌だ……」
「オ――オ――オ――」
「もう斬りたくない……嫌だ、嫌だよッ‼」
〝黒鬼士〟の両手が黒刃を握り締める。
それが振り下ろされる未来を知りながら、少女は幼い子供のように泣き叫んだ。
「――戻ってきてよ、お父さんッ‼」
声が、聞こえた気がした。
***
私は、生まれた時から特別だった。
自惚れでも何でもなく、皆から
エルフの王族たる〝森〟の氏族長の家、当時の族長の孫として私は生を受けた。
エルフが十の氏族に別れて以降、王族という概念も廃れて久しかったが、全ての氏族の始まりである〝森〟の氏族、その族長の血筋は確かな崇敬を集めてきた。
その血に連なる者として生まれたが、私には他者とは徹底的に異なる点が一つあった。
それは、先祖返りのハイエルフとして誕生したこと。今までのエルフの歴史の中で初めての出来事だという。
創世の三女神の眷属としてエルフは知られ、創世種という古い呼び名もある。
しかし、それは過去の話だ。
悠久の時が過ぎ、寿命の長大なエルフも世代を重ねたことで、かつての神威を帯びていたという光り輝く姿から、他種族と変わらない定命の存在として定着した。それが今のエルフ族。
対して私は、神代の時代から蘇ったと言わんばかりに、曰く珠のように光り輝いて生まれてきたという。……産婆は絶対に話を盛っていると思う。
私自身、多少は見目麗しい――謙遜も度が過ぎると不愉快になるらしいから不承不承認めている――自覚はあるが、さりとて周りの同族たちと比べて異形であるとは思っていない。少しばかり先祖の血が色濃く出た、その程度の事実にしか感じていない。
だが――周囲はそうではなかった。
彼らは私のことを、まさに別種族として……神のごとく崇めたのだ。
存在そのものがエルフの至宝。〝森〟の氏族長をすら超えて崇敬を集めてしまう。
私を生んだ母が聖母認定されて、よく分からない新たな宗教が勝手に誕生するのは序の口で、好きな食べ物を口にしただけなのに〝森〟以外の氏族からその食べ物が大量に捧げられたり、当時赤子の私の機嫌を損ねた――赤子の機嫌など理由なく移ろうものなのに――世話役が飛ばされ、森にある木の数を数えるという意味不明な閑職に左遷されたりと、周囲が勝手に〝私の意志〟を解釈し、勝手に振る舞う。
……唯一、自分自身を褒めたいのは、そんな環境に溺れて増長せず、ひたすら自分の意志を隠して読み取らせないよう振る舞ったことだろう。
冗談でも何でもなく、自分の言葉一つで人が死ぬ。
意見を言うことも許されない。
感情を顔に表すことも許されない。喜びも怒りも哀れみも悲しみも、
私の行動で、他人の運命が容易く変わる。
だから、私は他人と関わることを、とても恐れた。
沈黙を常とし、感情を露わにせず、好悪を示さず、誰にも干渉せず、ただ存在し続ける。
自分から人を遠ざけ――それがますます他人への恐怖を大きくする。
そうして私は存在するのに存在していない、偶像のような人生を送り続けた。
周囲から祀り上げられ、何かを期待され……私自身は何も決定せず、是とも否とも応えない。
そんな生活を、生まれてから百年間。
私は何にも不自由せず、誰よりも自由を感じていなかった。
だが、ハイエルフとしての立場とは別に、氏族長に連なる者としての私の立場は複雑なところにあった。
母が私を妊娠していたころ、私の父は病で既にこの世を去っていた。
順当に行けば次の氏族長を継ぐはずだったが、結果としてそれは叶わず、代わりに父から見て遠縁の親族が氏族長を継ぐことが決定していた。当然だ。生まれてもない幼い赤子に氏族長の重責が担えるわけがない。
掟に従い、氏族長と長老衆が議論を尽くし、傍系のエルフが次の氏族長だと正式に決まった。
――その後に生まれてきたのが私である。
本来の継ぐべき血筋の者、つまり私こそが次代の正当な継承者だと――そう推す声が出るのは時間の問題だった。
そこに関してだけ、私は明確に意見を表明し、掟の決定に従い、氏族長を継承する気はないと沈黙を破った。私を推す者もまだ何か言いたげではあったが渋々引き下がった。
しかし、当代の氏族長が急死したことで、継承問題が再燃してしまった。
血筋に問題なく、種族で初めて生まれた
血筋は主流から遠いものの、掟に従い正当な継承者であると認められた傍系。
理は後者にあるが、前者を推す者も驚くほどの割合だった。
このままでは〝森〟の氏族を二分してしまう――そう危惧を感じるほどに。
――生まれてから百歳になる年。
私は誰にも告げず、置手紙を残して一人、故郷の里を出奔した。
二百歳でようやく大人の入口と見なされるエルフからすれば、子供が一人で家出したようなものだ。
行き先はない。旅立つことが目的だから。
氏族を、里を二つに割らないため、自分の
……いや、それも言い訳なのだろう。
結局のところ、私は故郷を飛び出したかったのだ。
私をハイエルフとしてではなく、私個人として対等に接してくれる、そんな
あてどなく世界を旅し続け……気づけば三百五十年以上の時が経過した。
数えきれないほどの知己を得て、数えきれないほどの冒険をした。
数えきれないほどの別れを経験し、数えきれないほどの思い出が胸の中に残った。
しかし、どうなのだろうか。
私は結局、自らが追い求める
今までの出会いは無駄ではない。どれも大切なものばかりだ。
こんな……まだ見ぬ誰かを求めるくせに人見知りで、話をしたいのに口下手で、訳もなく緊張してしまう癖があって、そのうえ大勢の人がいるところが苦手で、常に好奇心よりも心配が勝るようなどうしようもないエルフに、皆暖かく接してくれた。
だというのに、私はまだ旅をやめていない。
挙句の果てに、自分のいた世界とは異なる世界まで訪れて。
この旅に終わりはあるのだろうか。私はいつ、どこで満足するのだろか。
終わりがないのだとしたら……私の旅に意味など存在するのだろうか。
分からない。分からないから彷徨い続ける。
自分でも分かっていない目的を果たせず死ぬかもしれない。それでも旅を続ける。
ああ……とめどなく考えが流れ寄せてくる。
重力の感覚を失い、浮いているのか落ちているのか。
体は重たく、指先は燃えるように熱く、凍えるように冷たい。
数百年分の旅の疲れが押し寄せたように体は重く……このまま眠ってしまいたい。
全てを諦めて、
何もかも忘れて、
これまでの旅など無かったように……私は暗闇に身を預けて――
――戻ってきてよ、お父さんッ‼
リン殿の声が、聞こえた気がした。
……そうだ。
たとえ一時とはいえ、異世界で得た相棒がまだ戦っている。
己の父を取り戻すために、過酷な運命との戦いを諦めていない。
私の勝利を信じて、今まさに刃を振るっている。
――私の旅に意味がなく、終わりが見えないとしても。
――今の私は、
ならば……私だけが諦めて安らかな眠りを貪っていていい理由はない。
臆病な心を奮い立たせて、強大な敵へ剣を振るう。
自分のためではない。彼女のために、ささやかな勝利を捧げよう。
あの少女にとって、私が旅を続けてきて良かったと、私と出会えて良かったと、最後に笑ってもらえるように。