異界渡り、ビカム -伝説のエルフは今日も勝手に深読みされる-   作:鹿紅 順

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第一章 第6話「〝四鬼天〟」

 手袋と手甲に覆われたビカムの指が、本当の意味で(・・・・・・)手綱を手に取った。

 

 途端、白馬の疾走は、別人ならぬ別馬のように変化した。

 

 力強く、だが滑らかに、そして風のように、背後からの射撃を軽やかに躱しながら、ぐんぐんと速度を上げていく。乗り手の意志が蹄の先まで行き渡った、人馬一体の状態である。

 

 二つの壁を繋ぐ大通りにビカムたちは躍り出た。AI制御されたトレーラーは、道路上に出現した闖入馬を回避するため次々と左右に避けていく。

 そこに容赦なく電磁砲の射撃が通り抜けた。電磁砲に抉られた電面舗装路が一斉に『ERROR』の表示を吐き出す。

 

『――そこの車両……じゃなくて馬? 止まれ! こちらはシティ保安部交通警備隊だ! 警告を無視した場合、こちらは攻撃も辞さない!』

 

 前方に車両を並べたバリケードが出現している。

 車両上部の拡声器から警告が飛ぶ。

 

 後門の〝クリーナー〟、前門の警備隊。

 前後を挟まれたが……!

 

「……!(正気か?)」

 

 しかし、事態は想定を上回った。

 

 ビカムを追う〝クリーナー〟は躊躇うことなく電磁砲を発射した。

 当然、ただで命中するビカムではない。発射の予兆を読み回避する――その場合起こりうる未来を、果たして殲滅兵器は計算していたであろうか。

 標的を通り越した弾体は警備隊車両のバリケードの直撃し、激しい爆発と風を巻き起こした。警備隊員たちが悲鳴を上げながら木の葉のように吹き飛んでいく。

 

「……(ごめん……!)」

 

 シティの警備隊と理解した上で攻撃を厭わないのか――ビカムの目は咎めるように戦局を睨む。

 保安部の、いや、シティの損害を無視してでも、ビカムとリンを追う存在……。

 それはもはや、保安部より上位の……

 

『ビカム――!』叫ぶようなアイの声。『外壁管理システムに侵入したわ! 今、隔壁を開ける!』

 

 視線の先――シティと外界を隔てる〝瓦礫の壁〟の門が左右に開いていく。

 あとはこの遮蔽物の無い道路を、後方からの電磁砲を避けながら突っ切るだけ。

 

 しかし、〝瓦礫の壁〟まであと少しのところで、

 

『――妨害⁉ くっ、マズい……! 私のマシンパワーじゃ押し負けて、』

 

 広がりつつあった門が今度は逆に動作し、見る見るうちに隙間を狭めていく。開く速度と比較して、わずかに閉じる方が遅いのは、アイが音声入力に割く計算リソースすら電子戦に費やして抵抗している証だった。

 

 ビカムたちが辿り着くが先か、門が閉じるが先か。

 勝負は、五分五分。

 

「……(頼むっ、行けッ!)」

 

 果たして。

 回避すらかなぐり捨てた最後の疾走が功を奏したか、半馬身後方で門は重苦しい音と共に閉じ――

 電磁砲がそこへ着弾する轟音が外界にまで響き渡ったのだった。

 

 

 

 

 

「た……助かった、の……?」

 

 リンが呆然と呟く。

 先程までの喧騒が嘘のように、外界の荒涼とした風の音だけが耳朶を撫でる。

 この年若い少女が胸を撫でおろしたのも仕方ない。それを誰が責められようか。

 

「……(ふう、もう大丈夫だろう。流石にシティの外まで――)」

 

 ビカムだけが、それを予見していたのかもしれない。

 彼は一言も発さず、黙して備えていたのだ。

 

 ――閉じた門に縦方向の光が走り、都市の明かりが漏れ輝く。

 

 少しずつ開いていく扉を焦れったいとばかりに、奥から差し込まれた二本の巨腕が無理矢理押し広げる――〝クリーナー〟の再登場だ!

 考えれば当然のこと。彼奴がシティの刺客ならば〝瓦礫の壁〟の門を操作するなど造作もない。

 

 命を賭けた鬼ごっこが再開する。

 悪路での速度勝負に対応すべく〝クリーナー〟はさらに変形――前腕と四つの脚、尻尾に電磁砲をぶら下げた蠍形態へと変貌する。四本の脚で安定性を高めるばかりか、シティ内では制限していたのだろう榴弾やミサイルの重火器が剥き出しになっていた。

 

 砲弾の驟雨(しゅうう)が降り注ぐ。

 

「……(誰か助けて!)」

 

 ビカムが銃撃でミサイルを撃ち落とし、榴弾は紙一重で回避する。

 岩陰を巧みに利用しながら引き離そうとするも、彼我の距離は広がらない。

 

「び、ビカムさん!」妙案ありとリンが声を張った。「もしかしたら、あの場所に誘い込めば……!」

 

「……(……! なるほど!)」

 

 同じく思い至っていただろうビカムも首肯する。

 手綱を操り、目的の方向へ馬首を向ける。下界の喧騒など我知らず、月が孤独に輝いていた。荒れ風に雲は千々と裂け、渦巻く。

 逃げ込んだ谷間に馬蹄と爆音が轟き、この逃走劇のピークを奏でる。

 

 ビカムが撃ち抜き、爆発したミサイルの黒煙を突き破り、跳躍した〝クリーナー〟が一気に迫る!

〝クリーナー〟に意思があれば、心中でほくそ笑んでいたことだろう。追い詰めたり! と。

 

 ――我が術中に嵌ったり。そう真に微笑を浮かべるのはどちらか。

 

 崖の上から伸びた影が空中の〝クリーナー〟を覆い尽くす。

 上から飛び掛かるように組み付いたのは、かつてリンの護衛する輸送トレーラーを襲いビカムに撃退された巨大暴走アンドロイドだ。

 

 リンの狙いどおり、そしてビカムの読みどおり、両者をぶつける案は成功する。

 旧時代の兵器と新時代の兵器――

 火力においては後者が勝るに違いないが、武装が意味を成さない至近距離で二体は激しい格闘を繰り広げる。きっと生き物同士であれば翼をもぎ、皮を剥がし合うような生々しい戦いを。

 

 人馬はようやく孤高の疾走を取り戻すことができた。

 リンは今までの事態を反芻する。

〝鬼蜘蛛〟のジャガン。

 殲滅兵器〝クリーナー〟

 状況は十全に把握できずとも、自分が何か巨大な思惑に巻き込まれたことをリンは理解した。

 

「……ビカムさんは襲ってきた犯人の正体に心当たりはありますか?」

 

 リンは期待を込めてビカムへ問いかける。

 

「……さあな(むしろ私が教えてほしいくらいだ)」

 

 曖昧に返答を濁したビカム。それは既に核心に迫りつつある者の風格だった。リンに伝えなかったのは彼女の身の安全を(おもんぱか)ったのか、それとも時期尚早と判断したからなのか……。

 

「……リンダリアルへ行けば、手掛かりくらいは分かるだろう」

 

「……?」

 

「リン殿の父君を探す方法と、手掛かりを掴む方法は同じだ」

 

 謎かけめいた答えにリンは眉根を寄せるが、すぐに考えるのを止めた。この美しい剣士が導いてくれるままに行けばよいのだ。

 やがて遠目にも光り輝く渦が見えてきた。〝ゲート〟だ。

 目にするのは父が失踪した日以来。

 そしてあの先に父はいる――きっと。

 

「このまま進めば、いよいよリンダリアルか……」

 

「……引き返すか?(そうだ、リン殿は引き返して、チキュウの安全な場所で待っているのがいいんじゃないか? 私は一人で探せる。それが全員にとっての幸福……)」

 

 馬上、首だけで振り返り、肩越しにビカムが語りかけた。

 それは侮辱にもとれる言葉だろう。いや、常であればそう捉えざるをえない。リンダリアル世界へ飛び込むのを決意した者に、暗に引き返すよう促しているともとれる台詞(せりふ)を投げかけるなど。

 しかし、リンは気づいた――背中越しに伝わる少女の手の震えを感じ、ビカムはあえて挑発し、発破をかけるような言葉を選んだのだと。

 

「っ……まさか! むしろうずうずするわ。剣と魔法の世界、望むところよ!」

 

 だからこそ、リンは気丈に胸を張り、声に力を漲らせた。恐れるものなど何もないと虚勢を張って見せた。

 この旅だけの、一時の相棒(・・)となる彼に、自分の情けない姿など見せたくないのだ。

 

「さあ、行きましょうビカム(・・・)――リンダリアルへ!」

 

「……フッ(やっぱりね。そんな気はしてたけど。……やっぱりかぁ……)」

 

 少女の意気を真正面から受け止め、もう何人も旅立ちを止められないのだと、美剣士は諦めたように苦笑を漏らした。

 

 ビカムとリンは荒野を駆ける。

 偶然の巡りあわせから邂逅した二人は、数奇な運命に導かれ共に異世界へ赴くことになった。

 

 少女の父親を見つけるため。

 そして襲撃してきた何者かの正体を探るため。

 

 彼らの姿は渦巻き光り輝く〝ゲート〟に呑まれていった。

 

 

 

   ***

 

 

 

「ば、かな……〝クリーナー〟だぞ! なぜただの人間が逃げおおせる……ッ⁉」

 

 偵察ドローンから送られてきた監視映像に、シティ保安部長イチタカ・アベは驚愕の呟きを漏らすしかなかった。

 標的二人はまんまとリンダリアル世界へ逃げおおせ、投入した〝クリーナー〟は旧時代のガラクタと血みどろの戦いを繰り広げている……。

 

 いったい、どうしてこうなった――イチタカの脳内を占めるのは、この疑問ばかりだ。

 念のため見張り役を買っていたジャガンが死んだことも、〝クリーナー〟が仕留め損なったことも、全て想定外の出来事。

 取扱説明書に一万の注意事項が書いてあったとして、一万一例目のイレギュラーに遭遇したようなものだ。

 

 どうするべきか、と部下たちの視線が束となり無言の重圧を生み出す。

 イチタカとてシティを統べる企業、その保安部長の椅子に座るまでに至った傑物である。たった一度の失態に、いつまでも無様をさらす彼ではなかった。ここから挽回するための策が瞬時に脳内へ展開される。

 

 だが……失態がかすり傷ではなく、致命傷であったとしたら?

 

 ここ一番で失敗してはならない時に、彼は達成できなかったとしたら?

 

「すぐに追撃部隊の編成を――」

 

 

 

「――その必要はない」

 

 

 

 峻厳な山脈を思わせるような重低音が指令所に轟いた。

 まさにそれは重さを持つ声。

 耳朶を打たれた者たちは、巨大な物体の下敷きにされたかのように、寸毫(すんごう)も体を動かすことができなかった。

 

「本件はお前の手に余る」

 

「あ、貴方様は……」

 

 心中でイチタカは呟いていた――自らの視線の先に立つアキツ・シティ支配者の名を。

 

 短く刈り込んだ白髪に、整えられた顎髭。老境と言って差し支えない見た目。杖を持ってはいるが必要なのかと疑うほどエネルギーに満ち溢れた巨躯。

 この老人こそ、保安部長まで上り詰めたアベですら目通りが叶うかどうかの遥か高みに君臨する存在。

 腕利きのボディカードを侍らせた姿は王のごとく。

 彼の決定一つでシティのルールと常識は塗り替わる。シティの住人の命はこの老人の指先に乗っているも同然であった。

 人間が身動ぎ一つで矮小な虫を潰してしまうというなら、彼はまさに巨人だった。たった一言の呟きすら、多くの人間の命運を左右する。

 

 本来なら執務室にアベを呼びつければ済む話であるというのに、直々に足を運ぶという行為が案件の重大さをこれ以上なく示していた。

 

「捜索の甘さで最重要目標を見逃し、あまつさえ強奪者を蛮族の世界へ取り逃がすとは」

 

 既に老人直轄の部下が破壊された『こみげむ』の跡地を再調査し、隠された地下室の存在と、持ち去られただろう最重要目標の痕跡を確認していた。

 

「直接指揮を執るまでもないと踏んでいたが……」

 

 彼の興味は既に、指令所前方の大画面にリピート再生されたビカムの映像へと移っていた。馬上からミサイルを銃撃で撃ち落とす、異世界の美剣士へと。

 アベへの関心など毛ほども残っていなかった。

 

「お、お待ち願います!」顔面を蒼白にしたアベが絞り出すかのように述べる。「もう一度っ! もう一度私めに挽回のチャンスを頂きたく願います! 必ずや奴から最重要目標を奪取してみせます! 直接リンダリアルに乗り込んで――」

 

「この私にチャンスをねだるとは、お前は何様のつもりだ」

 

 目に見えぬ重圧が吹き荒れた。

 

「……ぁ……」

 

 たった一言。

 意気込んでいたアベの決心、覚悟など、蝋燭の火のように掻き消える。

 

「お前は失敗を犯した、それ以外の評価はない。お前は、失敗しても後から働き次第で帳消しに出来るとなぜ思ってしまう? 紙が一度でも折れてしまえば、それはもう紙ではない。折り目のついた紙(・・・・・・・・)なのだ」

 

 成功し続けた者。

 一度でも失敗した者。

 

 たとえ損失を回復しようが、もはやそこには天と地ほどの差が生じている――一度の失敗も無いがゆえに企業の頂点に到達した男はそう言っている。

 どれだけ苛烈な理屈だろうと、それを覆せる熱量、信念、美学、権力を有していなければ抵抗はできない。

 老人の目に、もはやアベというシ民の価値は何ら残っていなかった。

 

「お前はクビだ」

 

 杖で床を一突き。

 アベの足下の床が開き、底の見えない穴が広がった。

 

「ああああああああああ――――‼」

 

 暗闇に落ちていくアベの悲鳴がこだまする。

 穴が継ぎ目なく閉じると、彼が居た痕跡は何も残らなかった。

 

 指令所の職員たちの恐怖の度合いは察して余りある。ここの床そんな風になっていたの、とか、どういう造りになっているの、とか、そんな些末な事よりも、今見た暗黒の洞穴が自分の足下にも開く可能性を想像し、粉骨砕身業務に励まなければならないと身を震わせていたのだった。それは老人が指令所を去った後も続いた。

 

 アキツ・シティ中心部に(そび)えるシン・セントタワー。

 最上階執務室へ繋がるエレベーターからシティの夜景を見下ろし、彼は口を開く。

 

「この都市は完成しなければならん」

 

 斜め後ろに控えた美人秘書が「仰るとおりです」と相槌を打つ。

 

「そのためには、何としてもアレを我が手中に収めねば」

 

 老人はガラスに映る自分自身に言い聞かせるように重苦しく呟いた。

 そして新たな指示を出す。

 

「――残りの〝四鬼天(よんきてん)〟を全て投入しろ」

 

 それは彼に敵対する存在にとって、死刑宣告に等しい一手であった。

 

 

 

   ***

 

 

 

「――ジャガンが死んだようですねえ」

 

 アキツ・シティのどこか、薄暗い一室にて影が蠢く。

 

「左様。リンダリアルの剣士(・・)に、()で撃ち殺されたときた! なんと無様な死に方よ」

 

「フフフ……奴は〝四鬼天〟の中でも最弱にして、鎧の力に胡坐をかいた増上慢(ぞうじょうまん)。分不相応な輩がいなくなったのは幸いですが、我らの名まで軽く見られるのはいただけません」

 

 憤慨する女の声に、嘲笑する男の声。

 彼らを雇用する主の秘書から各々の端末に送られてきた情報に対し、反応はそれぞれ異なった――だが、仲間であるジャガンの死を悲しむ者は一人もいなかった。

 

 彼らこそ秘中の戦闘部隊〝四鬼天〟。

 かの老人の命令にのみ基づき、恐るべき武を振るう怪人たち。

 

 権力には常に、表沙汰にできない血塗られた裏側がある。

 彼らはある時より老人に仕えるようになり、その懐刀として暗闘を制してきた。

〝クリーナー〟のような兵器を有していながら、最後の暴力装置として重用されてきた〝四鬼天〟は、まさに切札中の切札と言うに相応しかった。

 

 ジャガンなど前座と言わしめる彼らを一斉に動かす――それだけかの老人は今回の事態を重く見ているのだ。

 

「……とはいえ、曲がりなりにもジャガンを下す実力があるわけだ。久々に我が棍を(たまわ)すに相応しい相手と、期待ができような」

 

「まあ確かに、近頃は歯ごたえのない相手ばかりでしたからねえ……貴方も久々に血沸き肉躍る戦いに臨めるかもしれませんよ?」

 

 ねっとりとした男の問いかけが向いたのは、相手への期待感を露わにした女にではなかった。

 二人から少し離れた位置、より暗がりに腰かけた一人の偉丈夫がいた。

 彼だけは端末ではなく、わざわざ壁のモニターに投映したビカムの逃走劇の映像を食い入るように見つめていた。

 

 モニターの光を受けて偉丈夫の全身が微かに浮かび上がる――身に纏う装いは独特であった。

 かつてこの地域を支配した国の歴史を、旧時代よりもさらに数百年遡り、戦国乱世である頃に活躍した武者鎧に酷似していた。

 

「〝黒鬼士(くろきし)〟殿は相変わらず寡黙ですねえ」

 

 無視と言ってよい態度に、しかし男は慣れた事だと笑いながら(かぶり)を振った。

 

「強ければよい。強ければ、全てが許される。チキュウも、リンダリアルも」

 

「フフフ、〝鬼怒女(きどめ)〟殿も、と付け加えておきましょうかねえ」

 

 三者三様の反応なれど、彼らの意識は全てビカムへと向けられている。

 彼らの無聊を慰めてくれそうな、哀れな獲物へと……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 疾走した父、ゲンジューローを探すため、

 突如襲撃してきた黒幕の正体を突き止めるため、

 手掛かりを求めて異世界に旅立ったリンとビカム。

 

 二人を追うシティの恐るべき刺客、〝四鬼天〟。

 裏側で陰謀の糸を引く謎の老人の正体とは。

 

 明かされぬ謎を抱えたまま、物語は銃と科学の世界チキュウから、剣と魔法の世界――リンダリアルへと舞台を移すのであった。

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