異界渡り、ビカム -伝説のエルフは今日も勝手に深読みされる-   作:鹿紅 順

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第二章 第2話「杖の切っ先は」

   ***

 

 

 

 時刻は既に夜。草木も眠る〝左月(さつき)の天〟だ。

 

 リンダリアル世界の月は二つ存在する。

 最初に夜空を訪れ、暗闇に光をもたらす蒼い左月。

 その後に現れ、セプテールの目印になるために赤光をたたえた右月(うづき)である。

 

 昼間、世界に光が満ちているのは、燃える神『昼と炎のセプテール』の権能のおかげである。

 セプテールは創造神より二つの役割を与えられている。

 一つはリンダリアル世界に恵みの光を届けること。

 もう一つが地獄を焼き、悪魔たちに罰を与えることである。

 ゆえにセプテールが近くにいる時間――昼間は彼の燃える体が放つ光で明るいが、残る一日の半分は自分が居ないせいで冷めつつある地獄を再び燃やしに行くのだ。

 

 しかし、セプテールが居なければ世界は闇に覆われる。

 光のない世界に、生きとし生ける者だけでなく、川や木、山と空、海と大地までもが怖れに包まれた。

 

 そんな彼らを憐れんだ三女神の一柱が、自らの両目を材料に二つの月を創り、夜空に浮かべた。遠くにいるセプテールの光を届けるための月を。

 かくして、世界は夜でも仄かな光を享受することができるのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ビカムとリンを加えたテスカの馬車はその後、何度か魔獣の蹴撃に遭いながらも退け、今は森の中の野営に適当な場所で休息を取っている。

 しかし、敵はいつ何時やってくるか分からないため、夜の見回りを交代で担当することとした。ビカム、マルティナ、ニチカの三人が野営地の周辺からやや離れた位置で、油断なく周囲に視線を配っている。

 

 ……といっても、ビカムの所作に張り詰めたものはない。

 たとえ敵陣の只中だろうと、彼にとっては住み慣れた我が家のごとくであろう――己を脅かすものが存在しないという意味で。

 

 月明かりの木漏れ日を愛でるように彼の目は細められている。

 

「……(なぜ、この人は私と組むことを選んだのか……一人にしてほしかったのに……)」

 

 ビカムの傍には魔法使いのニチカが居た。

 

 二手に分かれ、野営地を中心に円を描くように見回るとのことで、ビカムは実力から考えて一人で務まると名乗り出たのだが、ニチカが強い意志で同行を申し出たのだ。

 

 ニチカに剣呑な雰囲気は感じられない。しかし友好的なそれでもない。

 そして周囲の気配を探りつつ、さりげなくビカムの動きに気を配っている。

 

「ビカムさん」

 

 唐突にニチカが口を開いた。

 

「貴方――〝異界渡り〟なんじゃないですか?」

 

「……」

 

「チキュウ人のリンさんと行動を共にしていたこと、こんな辺境の何もない――〝ゲート〟しかないような地域にいたこと、左腕の見慣れない鎧……。全てが貴方は〝異界渡り〟であることを物語っています」

 

「……良く見ているな(めちゃくちゃ警戒されてる……!)」

 

 ビカムは是と唱え、同時に深い洞察力を有した少女への賛辞を贈った。

 

 ビカムの言葉の褒賞を受け――しかしニチカはあろうことか、杖の先端をビカムに向けたではないか!

 

「……(!?!?!?!?!?)」

 

 こうなることを予見していたかのように、ビカムの表情は凪いでいた。

 微動だにせず佇むその姿は、名工が石から削り出した彫像のごとく。

 いついかなる状況に置かれようと、外界とは無縁とばかりに平静を保ち続ける。戦士としての(いただき)がここにあった。

 

「動揺しないのですね。私が杖を向ける理由を訊かないのですか?」

 

「……理由を問えば、君は杖を収めるというのか?(じゃあ……)」

 

「いいえ」

 

「(ええ……結論が決まっているのに訊くなんて)……無駄な問答だ」

 

「……ッ」

 

 ニチカは苛立ちを募らせ、キッと口端を歪ませた。

 魔法使いに杖を突きつけられているというのに、子供が振り回す木の枝でも見ているかのごとく、美剣士の怜悧な表情は変化しない。

 (あお)く美しい瞳に見つめられてニチカは不安を掻き立てられ、しかし強く杖を突きつけることで振り払った。

 

「ちょうど危なくなった時に現れるなんて都合が良過ぎる! 最初から見計らっていたんじゃないですか、もっとも警戒されずに懐に潜り込める瞬間を! 狙いはいったい何ですか。お金ですか。それとも捕まえて奴隷商に売り飛ばそうと……!」

 

「……誇大妄想だ(しないよそんな酷い事……⁉)」

 

「はっ、どうだか。〝異界渡り〟に手を染める人なんて、食い詰めて見境のなくなったろくでなしと相場は決まっています!」

 

 ……ニチカの言も、あながち否とは言い難い実情があった。

 

 二十年前の〝大衝突〟以降、二つの世界が積極的不干渉を貫いているのは周知のとおりだが、どこの世界にも希少品を求める需要の声はある。それが異世界にしか存在しない物とくればなおさらだ。チキュウ世界からリンダリアル世界に来る〝異界渡り〟はそれなりにいた。

 

 しかしその逆、リンダリアル世界からチキュウ世界へとなると、めっきり数は少なくなる。

 その違いが何から生じているかと言えば、一つに大陸の開拓度合いの差にあるとの説がある。

 

 チキュウ世界においては深海を除き、地表のあらゆる場所は偵察衛星により丸裸にされた。世界には果てがあり、有限であることが証明された。

 一度は絶滅したフロンティア。

 だが、リンダリアルという新たな開拓地の出現により、チキュウ人類の興味関心は間違いなく異世界へと傾きつつある。

 

 翻ってリンダリアル世界――ここには未だ人跡未踏の地が残っている。

 地図の白紙が埋まりきっていない状態で他の世界に関心が向くかといえば……。

 そしてリンダリアル世界の〝異界渡り〟は基本、冒険者と兼業のパターンが常だが、腕前のある冒険者はわざわざ得体のしれない異世界など行かずとも、普段の仕事で充分以上に稼ぎがある。危険な橋を渡る必要がないのだ。

 

 つまり結論を導くと、リンダリアル世界における〝異界渡り〟のニュアンスは、本来の冒険者稼業で栄達できず、異世界に行くしかなくなった落伍者やならず者を指すのであった。

 

 彼らはほとんどが犯罪者とイコールの存在。異世界という名のゴミ箱(・・・)、あるいは最終処分場を使って、密売、密猟、資金洗浄、不法投棄、証拠隠滅、要人誘拐、その他あらゆる犯罪行為に手を染める。

〝異界渡り〟と聞いて警戒心を露わにするのは、むしろリンダリアル人にとっては普通の反応に過ぎない。

 

 しかし、そんな輩とビカムを同列に語ろうとは。この娘は恐れというものを知らないのか。

 ……いや、見よ。杖の切っ先はわずかに震えている。

 実のところ、ニチカも己が行いに大きく動揺していた。

 見た目の雰囲気に反し、一度火が点けば仲間の中で誰より怒りが激しい彼女は、過去にエルフと喧嘩沙汰になったこともある。その時も同じように油断なく杖を相手に向ける一触即発の事態に陥ったが、今ほど胸騒ぎが襲い来ることはなかった。

 まるで、大罪を犯す寸前で踏みとどまっているような、大いなる意思が自分の挙動を注視しているような、そんな気分がざわめいてならない。

 

 それでもなお彼女は杖を手放さない。

 恐怖を乗り越える仲間への思いが杖から手を放させなかった。

 

「何とか言ったらどうですか。怒りもせず、怯えもしない。貴方本当にエルフですか?」

 

「……驚いている」

 

「……へえ、鈍いのですね。〝異界渡り〟なら稼業の評判の悪さは知っているものとばかり――」

 

「……止めようとしていることに――君みたいなのが(・・・・・・・)私を(・・)(大人しそうなニチカ殿よりむしろビラート殿の方が突っかかってきそうな性格と見たのだが)」

 

 ――なんという挑発なのか!

 

 たかが人間の魔法使いごときが自分を止めることなどできようか――ビカムはそう言いたいのだ!

 言葉数少ないがゆえに行間を読ませることで、相手を刺激する効果はこれ以上なく高められていた。

 ニチカにとっての不幸は、ビカムの言わんとする旨を理解できてしまったこと。いや、挑発が挑発にならないほどの実力差があったことか。

 

「上等ですよ……!」

 

 額に青筋が浮かび、杖の先に魔力が渦巻く。

 ビカムはなおも動かない。

 だが、彼の指先が何事か為そうと――

 

「――何やってるのよ!」

 

 林を掻き分けて、マルティナがニチカの背後から飛び出てきた。

 立ち止まって口論するビカムたちに絶妙なタイミングで追いついたのだ。

 彼女はそのままニチカに抱き着き、後ろから伸ばした手で杖を掴む。

 

「放してください!」

 

「放すわけないでしょ! アンタいったい恩人に何してんの⁉ 昼間私たちを助けてくれた人よ!」

 

「この人は〝異界渡り〟です!」

 

 その事実にマルティナの動きが固まる。しかし手は放さない。

 

「……だとしても、助けてくれたのは本当じゃない。それに、まだ何かされたわけじゃない」

 

「何かされてからでは遅いんです! 私の父は仲間に加えた〝異界渡り〟に裏切られて家宝の魔導書を奪い取られた挙句に殺されました! 〝異界渡り〟なんて信用できない!」

 

 悲痛なニチカの叫び。

 マルティナは何を言えばいいか分からず――その気の緩んだ瞬間を狙って、杖を掴む手をニチカは振り解いた。

 

「【射よ】!」

 

 最も初歩的で最速の詠唱をほこる攻撃魔法が杖の先から放たれる。

 

 迫り来る紡錘状の光弾――

 

 ビカムは指先で小さく何かを空中に描いた。

 その不可視の軌跡に触れた光弾はあっけなく溶け散った。

 

「う、そ……魔法文字の一語で掻き消された……? ただの構成要素でしかない最弱の干渉力で……」

 

 風体と戦い方からして彼は剣士であるはずだ。

 しかし、今見せた魔法に関する技量は、明らかに並みの魔法使いと隔絶している。

 ニチカの顔に混乱がありありと浮かんでいた。

 

「……(ビッッッッックリした……本当に撃ってきた……! そんなに〝異界渡り〟のことが嫌いなのか……?)」

 

 何よりも、このビカムの落ち着き様よ。

 ニチカが本気で魔法を撃つ気なのを見抜いていたのだろう。

 

「……ここでは何も起きなかった(そういう事にしてほしい……喧嘩したのがバレたら空気が気まず過ぎて死ぬ)」

 

 今の出来事を水に流す、いや、初めから何も起きていない、と――

 嗚呼(ああ)、己に杖を向けたニチカの名誉すら守ろうというのか、ビカムよ。

 

 立ち尽くす二人に彼は背を向けた。

 並び立つ者のいない、孤高なる男の背中であった。

 

 

 

 ――その時、身の毛もよだつような咆哮が轟いた。

 

 

 

 テスカの荷馬車がある野営地の方角からだった。

 

 

 

   ***

 

 

 

 時は少し前に遡る。

 

 暗い森の中、焚火の明かりが煌々と夜闇を照らしている。

 野営地にはテスカ、リン、ビラート、モルデンの四人がいた。今の不寝番を務めているリン以外は思い思いに休息を取っていた。

 

 ビラートは背嚢を枕に早々に寝転がり、焚火へ背を向けて睡眠の構え。

 モルデンはビラートともリンとも距離を空けた場所に腰を下ろし、焚火を見つめながら思い出したように黙々と薪をくべている。

 危険な外でいつ満足な休憩が取れるかも不明な以上、休める時に休むのは冒険者として正しいのだろうが、リンはどうしても彼らの行為に隔意を感じずにはいられなかった。

 

 そして当のリンは……生まれて初めてする野宿に密かに興奮していた。

 サムライとなってからは輸送の仕事でアキツ・シティの外に出ることもあり、当然泊りがけになることもあった。

 その際は滞在するシティで宿を取るか、それが叶わないとしても輸送車には簡単ながら護衛用の生活空間が設けられている。ゆえに外気を浴びながら眠るなどまず体験することはなかった。

 

 しかし、このリンダリアル世界で己を守るものは何もない。

 ビカムから借り受けた毛布は、瑞々しい自然の空気を遮断するに用を為さない。頭上には星々が輝き、チキュウ世界では不夜の都市明かりに掻き消されてきた夜空の住人たちが、こちらの異世界では燦然と存在を主張している。

 

 リンは己の生きてきた世界の狭さと、その世界が広がっていく不可思議な心地を味わっていた。

 

「眠れないようだね」

 

 体に毛布を巻いたテスカが声をかけてくる。雇い主たるこの老婆は勿論見張り番の役など御免されているが、寝付くには早いと言わんばかりに矍鑠(かくしゃく)としていた。

 

「すみません。ちゃんと寝て、体力を回復するべきですけど……」

 

「いんやあ、攻めてるんじゃないよ。昼には昼にしか出来ない事があるように、夜には夜にしか出来ない事があるもんさ。自分の(うち)にある深い思考の海に潜るのもそうさね。……それとも、あの一等美しいエルフの御仁のことでも想っていたのかえ?」

 

 揶揄うようなテスカの推測は、リンが苦笑したことで的中していたことが分かる。

 

「……とても不思議な人だなって」

 

 やがてリンの口から絞り出されたのはそんな言葉だった。

 

「ビカムと出会ってから短い間だけど、いくつも驚くような出来事があって。でも私と違って、あの人は何ら動じることがなかった。まるで……まるで盤上の駒の指し手というより、それを横から見ている人のような……上手くは言えないんですけど、そんな風に思えてならなかったんです。それが、とても――」

 

「――恐ろしい(・・・・)、かい?」

 

 逡巡した後、結局リンは首を縦にも横にも振らなかった。しかし、それこそが雄弁に意思を語っていると言えるだろう。

 年の功なのか、少女の迷いを悟った老婆は促す。

 

「話してごらん。一度吐き出しちまえばスッキリするもんさ。老い先短いこの(ばあ)になら、どんな秘密も墓場まではすぐさね」

 

 ……リンはビカムとの刺激的な出会いから今に至るまでを、かいつまんで語った。

 

「……なるほどねえ。アンタも若いのに鉄火場を潜ってきたわけだ」

 

「私もテスカさんと同じように、都市への物資運搬の途中でビカムに助けられたんです。……そう言えば、この馬車は何を運んでいるんですか?」

 

「ん? ああ、まあ、商い関係のものさ。で、アンタは何を思い悩んでいるんだい?」

 

「私もサムライ……武に身を置く人間として、高みを目指す気持ちはあります。でも、武だけじゃなく人の器を比べても格が違い過ぎるビカムを目の当たりにして……彼ほどの高みに私が至るには、どれだけの時間を費やせばいいのか思い悩んじゃいまして」

 

「――だからこの世のあらゆる(・・・・・・・・)努力は無駄って(・・・・・・・)かい?」

 

 ドキリ、と濡れ場のような黒髪が跳ねた。

 心中に(わだかま)った感情の正体を自覚し、同時に、言い当てられた事への驚きがリンを襲った。

 

 テスカは呵々大笑した。

 

「ハッハッハ! 聞いて安心したよ。つまり、ただ向上心が仕事し過ぎたってわけだねえ! ……しっかしお嬢さん、そりゃあ高望みってもんさ。あの御仁はエルフ。人間の物差しは当てはまらないお人さね」

 

「エルフ……」

 

 リンはビカムが語った五つの種族の話を思い出した。エルフとはおそらく人類種のカテゴリーに入るのだろう。

 その事を言うと、テスカはゆっくりと首を横に振る。

 

「今でこそ、エルフは人類の一種族として認識されておるけどね、それは遠大な世界の歴史の中で言えば、実にここ最近の話さ。彼らにはもっと古い呼び名がある――――創世種(そうせいしゅ)

 

「創世種……」

 

 それこそは、ビカムの語らなかった種族――神話の住人。

 

「アンタはチキュウからの客人(まろうど)だったねえ、知らないのも無理はない。……そうさね、語ろうか。神話の物語を」

 

 テスカは風に揺らぐ焚火の火を見つめながら言葉を紡ぎ始めた。

 あえて焦点を定めていないかのような双眸は、神憑(かみがか)りのような雰囲気を湛えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かつて世界には光も闇もない、完全なる無だけが広がっていた。

 

 ある時、何もないはずの無に、次々と波紋が生まれ、重なり合った波紋から最初の神、創造神が生まれた。

 

 創造神は歌と名付けられた波紋で原初の世界を創り上げた。

 創造神は歌い、自身を支える神々を生み出し、生まれたての世界を整えていった。

 

 だが、創造神が初めて生命の創造を行った時、それは失敗した。

 世界はまだ、か弱き命を受け入れられるほど完成していなかった。世界の外から内を窺い知る事は、神といえど限界があった。

 ゆえに創造神は己の御業を内より支えさせるため、世界の内側に三柱の女神を創造した。

 

 愛と誕生を司る女神。

 美と結婚を司る女神。

 死と運命を司る女神。

 

 創造神と神々と三女神は歌い、世界は形を得ていった。

 

 再び創造神が生命の創造を行った。

 生まれた命はわずかに営んだ後、動かなくなった。「やはりか」と創造神は言った。これが最初の神の最初の言葉になった。

 

 三度目の創造は、三女神がともに行った。誕生した命を愛し育み、成長した命を(めあわ)せ子を成させ、生を全うした命に死の安らぎを与えた。

 そうしてようやく世界に生命は根付いた。

 

 創造神は「善きかな」と満足した。

 

 

 

 

 

「――これが創世記さね。アタシたちはみーんな創造神様が願って生まれた子供たちなんだよ」

 

 リンはテスカの語る神話を興味深く聞く。

 その一方で、チキュウ人としての教養が物語への没入を邪魔してくる感覚を拭えなかった。

 チキュウにおいて人々は、原始生命の誕生は数十億年前の深海の熱噴出孔を起源とするという定説をシティの一般教育カリキュラムで教わる。

 そこに神は登場しない。

 いや、形而上的存在など、生命の誕生には絶対に介在していないのだと病的なまでの偏執さで記されていた。

 

 リンは疑問を口にする。

 

「全ての生命は創造神によって創られたなら、エルフだけが特別な理由が分からないんですが」

 

「婆の話はまだ終わっていないよ。創世期にはまだ続きがあるのさ」

 

 

 

 

 

 しかし、生命が増えるにつれて三女神の仕事はとても多くなり、このままでは女神の力が行き届かない生命が出かねなかった。

 そこで三女神は創造神に願い出て、女神の仕事を補佐する各々の眷属を生み出した。

 

 愛と誕生を司る女神は、神の祝福を間違いなく届けるための白い翼を持った眷属を。

 

 美と結婚を司る女神は、愛し合う者の声を聴く優れた耳と輝ける体を持った眷属を。

 

 死と運命を司る女神は、速やかに死の安らぎを届けるための黒い翼を持った眷属を。

 

 三女神を補佐するため、いずれも不老不死不滅の存在として生み出された眷属は、己が女神から与えられた仕事を行い、やがて世界には生命が満ち満ちていった。創造神は「増えよ」と言祝いだ。

 

 しかし、世界が生命で満たされた頃、眷属たちに異変が起きた。

 

 白い翼を持った眷属は、慈愛の強さゆえに生命を過剰に育んでしまう。生命が自らの力で営むことが出来なくなるほどに。

 

 黒い翼を持った眷属は、もたらされる死が少ないと不満を抱き、創造神が生み出した生命を造り変え、死を与えるためだけの魔獣を生み出し、世界に争いを撒き散らした。

 

 優れた耳と輝ける体を持った眷属は、生命が自然に育まれるようになってから、何もせずに世界が移ろう様をただ眺めていた。白と黒の翼の眷属によって世界が荒れていく間もそれは変わらなかった。

 

 この様子を悲しんだ創造神はそれぞれの眷属に罰を下した。

 

 白い翼を持った眷属には、この世界に関わる権利を取り上げる罰を。しかし、眷属の生命に対する曇りなき慈愛と献身を認め、創造神の御許で直接仕える栄光を与えた。眷属としての名は封じられ、彼らは天使と呼ばれるようになった。

 

 黒い翼を持った眷属には、この世界から追放し、セプテールの炎が渦巻く地獄へと閉じ込め、業火に焼かれながら永遠に争い合う罰を。眷属としての名は封じられ、彼らは悪魔と呼ばれるようになった。

 

 優れた耳と輝ける体を持った眷属には、不老不死不滅の権能を取り上げ、同じ定命の生命として生きる罰を。

 しかし、美と結婚を司る女神が「彼らに何の罪があろうや」と具申したことで、創造神は不老の権能だけを残した。

 

 

 

 眷属としての名は保たれ――今日も彼らはエルフと呼ばれている。

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