剣豪の英雄譚 作:二天一流
「───あー……出世したいなー」
ある日、何となくそんなことを考えた。
別に貧乏な家に生まれた訳じゃない。かと言って裕福……という程でもない。可もなく不可もなく。ごくごく普通の一般家庭の生まれだ。
両親2人に一人息子の自分。そんなありふれた3人家族。
お金を稼ぎたいかと言われるとそれも違う。
いい学校行って、いい大学行って、いい会社に就職して、たくさんお金を稼いで安定した生活を送って、老後は貯めたお金で優雅に……それも別に悪くはない。
でも違う。
"名を売りたい"
テレビで見る有名人。ネットで活躍するストリーマー。日本海外問わず熱狂を産むスポーツ選手。
そんな人達のように名前を売りたい。
道行けばサインを求められ、数多の人たちから憧れられ、お偉いさんからは褒められ、丁重にもてなされ、望めばなんでも差し出されるようなそんな"人間"に憧れた。
ただ、どうやって名前を売るか。
別に頭は良くない。学者や研究者は悪くないが、まあ俺には無理だ。
有名人。俳優、芸人……は演技力も笑いのセンスも凡人程度だ。難しい。
スポーツ関連は、そもそもルールがごちゃごちゃして覚えるのがかったるい。無し。
そんな中、テレビでやってたとある格闘技番組。
──これだ
直感で感じた。自分が目指すべきはここだと。
"King of Knight"
世界的に大人気の格闘リーグ。
異能と異能のぶつかり合い。これならルールも単純相手をぶちのめす。ただそれだけ。演技力も笑いのセンスも要らず別にバカのままでもやれる。
幸い、"検査"してみればどうやら"適正"があった。
やるしかない、そう思った。
そして、決意した日から10年。
『──決着!試合終了!ついに七星の頂点!《七星剣王》が決まりました!』
とりあえず、最低限の目標は達成した。
▶▶▶
「…………」
──なんか思ってたのと違うなあ。
高校2年の春。
進級し、新たな学年へと段階が上がった季節。七星剣王という称号を手にした俺は自分の席に座り、机に頬杖を着きながらそんなことを思っていた。
「七星剣王ってこんなものなのぉ?」
チヤホヤされない。
街に出ればそれなりに有名になったと実感できるほどに声をかけられるが……学園内だと周囲には人はおらず、遠目からチラチラ見られるのみ。なんだか腫れ物を扱われてる気分だ。
「やっぱKOKなのか……?」
プロリーグ、King of Knight。通称KOK。
やっぱりそこで名をあげるしかないのか。まあ最終目標はそこだ。やることは変わらない。
「こういう時はアイツに会いにいくに限る、か」
脳裏に浮かべる1人の人物。
どうせこの時間はまだあそこにいるだろう。そんなことを思い席から立ち上がった。
破軍学園。
その校門前に2人の人影があった。
「ステラ大丈夫?ほらタオル」
「あ、ありがとう……」
方や涼しげな顔でタオルを差し出す容姿の整った少年。方や肩で息をしながら膝に手をつくこれまた容姿の整った少女。
「はい、スポーツドリンク」
手にした水筒を差し出す少年、黒鉄一輝。
それを息も絶え絶えの少女、ステラ・ヴァーミリオンは半ば奪い取るように受け取った。
一輝はこうして毎日体力維持のためランニングをしている。その距離実に20キロ。
ステラもそれに習って彼と一緒に始めては見たが、このとおり限界寸前だ。ただのジョギングではなく全力疾走を時折混ぜたランニング。ペースが乱れ、慣れないものはすぐに体力が底をつく。とはいえわずか3日で完走できる根性は見せた。
1日目は途中で倒れ、2日目は無理をしたせいで吐いた。
伐刀者として才能がない一輝がどれ程の努力をしてるのか彼女は身に染みて理解していた。
手にした水筒、先程まで一輝が口をつけていた物を渡されステラは恥ずかしそうに飲むか飲まないか、そんなことを考えている横で一輝は一息つき、晴れやかな表情で破軍学園の校舎に目を送った。
「……なんだか、嬉しそうねイッキ」
少し顔を赤らめたステラが一輝に向けて声をかけた。
彼の去年は正しく苦難の1年。1つたりともチャンスを与えてもらえず、何もさせてもらえない。そんな無の日常を過ごした。
今年からは理事長も変わり、それに伴って教師の面子も半分以上が入れ替わった。更に理事長の計らいでチャンスも巡ってきた。正しく今年が勝負の1年。否が応でも気分は高鳴る。
それに──
「今年は新入生で妹が入ってくるんだ。もう、4年ぶりかな?どれほど成長してるのか楽しみだよ」
「ふーん……それにしてはなんか気合いが入ってるというか。いやまあ去年のこともあるだろうし分からなくは無いけど……」
「あれ?ステラは知らない?」
「……?」
「破軍学園には七星剣王がいるんだ」
「え…」
七星剣王。
魔道騎士学校、全七校の代表がしのぎを削る戦いの場。七星剣武祭。
その優勝者に送られる学生魔道騎士最強の称号。それが七星剣王である。
「ようやく、"彼"に挑める……!」
拳を握り、滾る気持ちが顔に現れる一輝。
「学生最強の騎士がこの学園に……イッキは会ったことあるの?」
「あるよ。なんなら去年は同じクラスだったからね。まあ、仲良くはしていた……かな?」
「……戦ったことは?」
「無いね」
親しげのある笑みから、真剣味のある真面目な顔へ表情が変わる一輝。
「彼は利にならないことを極力しようとしないから。僕と戦うことには興味がなかったみたい」
「それは……イッキがFランクだから?」
「んー……………そう、かも?」
伐刀者にはランクというものがある。
A〜F、計6段階。Aがより優れた伐刀者であり、Fが劣っている伐刀者という具合だ。
一輝はFランクという誰よりも才能のない伐刀者。どれだけ低くとも一般的にはEランクが最下層なのだが彼はそれより下のランクに位置づけられた伐刀者だ。
「………」
目を閉じ思い出すのは去年"彼"から言われた言葉。
『今戦ってもなあ……まあ、時が来たら、だな。お前ならいずれ斬りごたえのあるやつになるでしょ』
あれは自分がFランクだからの言葉なのだろうか。なにか別の意味を含んでそうな言い方だった。
「イッキ?」
「……いや、考えるのはやめよう。どうせ分からないしね」
「……?」
「ごめん、こっちの話し」
声をかければ帰ってきたのは煮え切らない返答。
そんな一輝に可愛く頬をふくらませて軽く怒る様子を見せるステラ。
「俺の噂してる?」
「「っ!?」」
唐突だった。
どこから現れたのか、気づけば横に立っていた1人の少年。
最低限の手入れはされてるが……それでも無造作に顎あたりまで伸びた髪。前髪が邪魔なのか、前髪のみを上で縛り……ポンパドールと呼ばれる髪型だろうか。
身長は平均的。イッキとさほど変わらない背丈だ。
腕まくりをしたワイシャツに黒のスラックス。どこにでも居そうな学生といった出で立ち。
しかし、ステラはこの者が只者では無いことに気づいていた。
──全く気配を感じ取れなかった
気が付けば横に。いえばそれだけだが彼女からしたらありえないことだ。
ステラ・ヴァーミリオンはAランクの伐刀者。才能に満ち溢れ、それでいて才能にかまけず努力も怠らない、そんな強者だ。
気配を感じ取る能力においても他の伐刀者に引けを取らない……どころか同世代の中だと1歩先をいってるだろう。
そんな彼女が"気づかなかった"。
「俺の知らないとこで俺の噂をされる……そういうのが好きだ」
男と目があうステラ。
瞬間、とある光景が脳裏によぎった。
首元に迫る刀。それがくい込み首から血が吹き出る光景を。
「……っ!?……き、斬られ、た?」
「いや、斬ってない。というか、斬れなかった。すごいなあ。ステラ・ヴァーミリオンだよね?Aランクの。魔力が厚い。乱雑とはいえ斬れたのは薄皮一枚か。いやー、流石」
そう言ってはははと笑う男。
そんな彼を見てステラは首元に手を添え冷や汗を流した。
見せられた光景の中で彼女は迫る刀に迎撃しようとはした。手元に固有霊装を取り出し受け止めようと。
でも気づけば既に刃は肌へと達していた。
ステラは生唾を飲み込んだ。
「……そこまでにしてあげて欲しいな宮本君」
「ん?ああごめんね。色々有名だからさ試してみたくなって」
「え、あ、大丈夫。気にしないで、いいわ」
手を差し出してくる一輝から宮本と呼ばれた少年。
ステラに対して握手だろう。
その手を一瞥し。恐る恐ると言った様子で彼女はそれに応えた。手を握り……その瞬間──
「……っ、くっ…!」
「…………」
顔をしかめるステラに笑みを浮かべる宮本。
「……宮本君」
「ごめんごめん。でも今度は斬れた」
「え、ええ…そうね…!」
警戒はしてた。それでも斬られた。防御も間に合わず、魔力の鎧も突破し、首を胴を、縦に横に袈裟に。僅かの間に都度6つの剣閃。
悔しい。そんなことを思い彼女は目一杯の抵抗で握る手に万力のごとき力を込めた。
「あてててて……いいねえ、楽しそうな後輩が入ってきたな」
「これからよろしく、先輩…っ!!」
楽しそうな笑顔の宮本と不敵な笑みのステラ。
互いの視線が交差し火花が散る。
そんなふたりの様子を見て、一輝はふとため息を1つ。そのまま2人の方に手を置いた。
「そこまでにしておいてね。ステラも宮本君も」
一輝の言葉に2人は離れた。
そんな光景を見て彼は、少しばかり妬けた。
目指すいただきの男、尊敬する少女。そこに割り込もうにも割り込めない。
「ところで宮本君はここで何を?」
「ん?あー黒鉄ならまたいつも通りここで自主練してるかなーって。暇だったし会うかー程度のノリ。会えば大抵俺のこと褒めてくれるからさ」
「……へ?」
「相変わらずの承認欲求だね…」
宮本の言葉に惚けるステラと呆れの混じる苦笑いを浮かべる一輝。
「教室いても遠巻きで見られるだけでさ、街に繰り出せばそれなりなんだが……いやはや人生とは思いどおりになってくれんもんだね」
そう言って彼はたははと笑った。
「ま、こうしていい出会いもあったし満足したから戻るな。黒鉄達も始業式遅れるなよ、じゃあね」
そうして踵を返し歩き去っていく宮本。
そんな背を見つめながら一輝はステラに向けて口を開いた。
「……相変わらずだね彼は。ステラも覚えておいて、彼が──」
「七星剣王、なんでしょう?」
「やっぱり分かるものなんだね」
「当然よ。あんなのがゴロゴロいるわけないもの」
そんなことを言いながら彼女の体は身震いしていた。恐怖か萎縮か。いや、これは武者震いだろう。
いずれ戦う機会があるだろう頂点。幻覚の中で既に負けた。実戦では……と、すでに闘志を燃やしていた。
「《剣豪》"
「タケシ……名前は覚えたわ」
次にあった時は不覚を取らない。
そう決意を固めステラと一輝は並んで彼の背を見送った。