魔法少女達の狂愛譚   作:Hasエック

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鹿目まどかの"家族"

 意識が覚める時、真っ先に女性用のシャンプー特有の甘い臭いが鼻腔を刺激した。

 彼女は右隣でもぞもぞと○○に自分が起きたことをアピールするかのように毛布を動かし、歯磨き粉の清涼感がある吐息混じりの声が撫でるように鼓膜を刺激する。

「起きて? ○○くん」

 その声を聞いた瞬間、○○は否が応でも自らの置かれている状況が夢ではないことに気づき、両手で顔を覆いながらもまどかに従い、重い上半身を起こす。

 まどかは覆っている手を優しく○○の膝の上に置き、手を重ねながら彼に今の"現実"を見せる。

「パパとママ、タツヤが下で待ってるからね」

 まどかはそう伝えると○○の手を逃げられないようにするため、またはこれが現実であることを強調するかのように強く握りしめる。

 __彼女が魔法少女になる前とは比較にならないほど、その手にはあまりにも強すぎる意思が込められていた。

 まどかに誘導されるがままにリビングへ向かい、テーブルには既に鹿目詢子、鹿目知久、鹿目タツヤが席に座っており、空いていた"二つ"の椅子の間隔は心なしか狭く感じられた。

「おはよう、寝坊助さんたち。待ってたんだぞー?」

 リビングへ着いた二人に詢子が○○へ挨拶を投げかける。○○は胃の底から込み上げてくる吐き気を堪えながら、目線をなるべく合わせるようにして挨拶を返した。

「ごめんねママ、()()があんまり起きてくれなくて……」

 まどかは当然のように○○を呼び捨てにするが、鹿目家の面々は一寸の違和感を感じることなく日常の会話を続ける。

「おはようまどか、○○。もう少し遅かったらタツヤが起こしに行くところだったよ」

「ねーちゃ! にーちゃ! おはよー!」

「おはようパパ、タツヤ」

 知久の包容力のある声と、タツヤの無邪気な声。世界中どこを探してもこれほど温かい家庭はないだろう。──それがすべて、目の前の少女の「願い」によって捏造された偽物でなければ。

 ○○は挨拶を返すと、まどかに手を引かれ空席に座るよう目配せをされる。

 まどかに逆らえず、渋々隣同士の席に座る○○。

 視界の端でまどかが覗き込んでいたが、意に介さずにテーブルの上の少し冷めてしまった3皿の料理へと目を向ける。

 平皿に乗せられた6枚切りのトースト2枚。丁寧に透明なボウルへと盛り付けられたサラダ。そのボウルにはキャベツと家庭菜園で栽培された鮮やかな赤を放つプチトマトに細切りにされた胡瓜。その近くには和風のドレッシング──○○がよくサラダにかけるブランド物──が○○から取りやすいように置かれていた。

 そして別の平皿には絶妙な焼き目のベーコンが3枚に、底面には油が染み込んである半熟の目玉焼き2個が盛り付けられていた。

 元両親が作ってくれた料理を恋しく思いながら○○は震えながらも手を合わせ、それに合わせて鹿目家も手を合わせて「いただきます」の声を部屋に響かせる。

 知久や詢子は自分の分の料理を食べつつも、タツヤの食事の面倒を甲斐甲斐しく見る。

 まどかも視線はタツヤへと向けているが、体の軸は自然と○○へと向けていた。

『見てるからね』

 料理を口に運んでも味に集中できず、まどかからの無言の圧迫感だけが脳を支配する。そんな○○を察した知久が、心配そうに眉を下げる。

「どうしたの○○? どこか具合が悪いのかい?」

 詢子やタツヤも続けて○○へ心配の目線を送る。

 悪意がないからこそ、辛い。

 この慣れない"家族"の日常に精神が悲鳴を上げているのだとは口が裂けても言えず、○○は精一杯の作り笑いを浮かべた。「まだ寝ぼけているだけ」と誤魔化し、手に持っていたトーストを口一杯に頬張る。

 すべてを奪ったまどかへの激しい憎悪と情けなさが、胸の奥から熱く込み上げてきた。

 しかし○○は、頬張ったトーストと一緒にそれを強引に喉の奥へと飲み込み、ただ小さく頷くことしかできなかった。

 時計の刻む音がやけに遅く、重く感じられた。

 

 

 朝食を済ませ、ごちそうさまの声が部屋中に響く。知久が「お粗末様でした」と謙遜をしながら手際良く皿を片付け始める。

 ○○は自分の分を片付けようとしたが知久から静止された。

「今日は具合が悪そうだし、部屋に戻って休んだ方がいい。ここはパパに任せて」

 知久からの心配が胸に沁み、申し訳なさそうに○○は頷く。

「何かあったらあたしやパパに言うんだよ」

「にーちゃ、だいじょぶー?」

 続けて詢子、タツヤからも体調の心配をかけられる。そんな鹿目家の温かみに耐えきれない○○は「大丈夫」と返答をし、逃げるよう洗面所へと向かう。

 片手で数えられる程しか使っていない歯ブラシを手に取り、慣れない風味の歯磨き粉を乗せると歯ブラシをペンの持ち方へと変えて磨き始める。

 ふと鏡を見ると、後ろにはまどかが不安げな表情でこちらへと近づいてきた。まどかは毛先が少しへたっている自分の歯ブラシを取り、歯磨き粉を付けて○○と横並びになりつつ磨き始めた。

 

 ──鹿目まどかからは逃げられない。

 

 歯ブラシの音が共鳴する空間、分かりきっていたことを改めて思い知らされながらシャカシャカと歯ブラシを動かす。動かす毎にまどかの視線が鏡越しで少し揺れるのが分かり、全てを監視していると伝えているような気がして正気を保つのがやっとだった。

 そして○○は水道から水を流し、歯ブラシに付着した歯磨き粉の泡を洗い歯ブラシをホルダーへ戻した後はコップを無視して両手で水を貯める。

 貯めた水を口へと含み、丁寧に濯いでから吐き出した。

 まどかも続いて、コップを手に取り水を溜め始める。しかし○○はそんなまどかを置き去りにするようにその場を離れようとしたが、万力のような力で袖を掴まれてしまう。

『一人になるなんて、許さないよ?』

 そんな言葉が聞こえてくるような、まどかの強い意志と独占欲を感じた○○は大人しくその場にとどまる。

 そして歯磨きが終わったまどかが呟く。

「……コップを使ってくれたら、間接キスだったのにな」

 

 

 袖を引っ張られたまま、まどか"達"の部屋に連れてこられる○○。ベッドの上にある大きめの兎のぬいぐるみが、自分が戻ってきたことに喜びを感じているような錯覚に陥る。

 まどかは袖を離すと、○○へと向き直り恍惚とした表情で語りかける。

「○○くん、ここの暮らしには、まだ慣れてくれないの?」

 慣れるわけがない。

『○○を私の家族にする』──まどかがそう願い、強制的に鹿目家の一員にさせられた彼にとってまどかは全てを奪った魔女。

 鹿目家の人たちが○○を初めから家族の一員として愛してくれることに対して、吐き気すら感じていた。

 絶望に満ちた目で○○は首を横に振ると、まどかは慈悲深い笑みを深めた。

「そっか……でも大丈夫だよ、これから、いくれでも時間をかけて慣れていけばいいんだから、ね?」

 その言葉の絶望感に、○○の目から涙が溢れ出した。激しく首を振るが、何の意味もない。絨毯へと吸い込まれていく涙の滴すら、この歪んだ箱庭が○○のすべてを受け入れ、侵食していく過程のようだった。

 拒絶の意志を示す○○を見たまどかは、前の生活の未練を断ち切らせようと残酷な事実を突きつける。

「──○○くんの家族は、もう○○くんのことを覚えてないんだよ?」

 彼の中で、大切な何かが折れる感覚がした。

 涙腺が決壊し、膝をついて泣き崩れる○○。そんな彼をまどかは「よしよし」と背中を撫でて宥めながら、言葉を紡ぐ。

「でもね、これも全部○○くんのためなんだよ? ○○くんが他の女の子に取られちゃわないように……キュゥべぇにお願いして、わたしの家族になれば、ずーっと一緒にいられると思ったの」

 底知れない独占欲が、鹿目家ごと○○を包む。

 鹿目まどかという一人の少女が願い、現実を改変して一人の少年を戸籍ごと自分のものにしたという現実が○○へ襲いかかる。

 滝のように頬へ伝う涙をまどかは指で掬い、そして愛おしそうに眺めたあと躊躇いもなく口へ含み、飴玉を転がすかのように味わう。

「○○くんの涙も、○○くんの髪の毛も、○○くんの匂いも……全部ぜーんぶ、わたしのもの、だからね?」

 慈悲の象徴であったまどかは、もうどこにもいない。好きな男の子を独り占めする魔女が○○の隣へと陣取る。

「もう、くん付けで呼ぶのもやめるね? だって、家族だもん」

 元の生活を奪われた彼が無理矢理に得たのは、残酷で無垢な魔女が支配する箱庭。

 そこから永遠に出られないと悟った○○は今日も、「鹿()()○○」として生きる。

「これからもよろしくね? ──()()




慈悲。
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