魔法少女達の狂愛譚   作:Hasエック

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禁断の暁美ほむら"二度打ち"


"管理者"暁美ほむら

 

 午前6時58分、ほむらは目覚めし時計が鳴るより少し前に起こしにやってくる。

「起きなさい、○○。朝食の準備がもうできているわよ」

 ○○はまだ寝ていたいと言わんばかりに寝返りを打ち、睡眠を続ける。

 だが、ほむらにとってこれは予想通りの行動だった。

 本来起きる時間の7時に、耳を劈く音が部屋中に響く。

 しかし○○はベルを3回叩いたところで目覚ましを止め、少しあくびをしつつも上体を起こす。

 気持ちよく目覚めた彼はほむらへおはようと挨拶をし、ほむらも満足そうに微笑んでから挨拶を返す。

 このルーティンが彼にとって一番目覚めが良いということを、彼女は繰り返す時の中で学習していた。

「今日の献立は、あなたの好きなフレンチトーストよ」

 彼の気分はちょうどフレンチトースト。

 ○○の好物も、行動パターンも、自分にとっての最善も、彼女はすべて熟知している。転校してきたばかりの彼女が、なぜか我が物顔で○○の家に上がり込み、二人用のテーブル──ほむらが「これから私と暮らすのだから」と勝手に購入してきたもの──を設置した時は不気味でしかなかった。

 けれど、そんな異常な生活が2週間も続けば、人間の慣れというのは恐ろしいもので、彼女の存在を徐々に受け入れてしまっていた。

 テーブルの上には、4枚切りの食パンを使った、耳が削がれているフレンチトーストに牛乳。

 フレンチトーストを一口齧る。

 中まで染み込んだ卵のコクにすこしカリッとした食感。

 振り掛けられていたグラニュー糖の甘みが味蕾を刺激し、少し寝ぼけていた脳を覚醒させる。

「どう? お口に合うかしら」

 ○○は必死に肯定するよう首を縦に振ると、彼女は嬉しそうに目を細めた。

 このフレンチトーストも、ほむらの試行錯誤の賜物であることは言うまでもない。

 牛乳と一緒に流し込むと、乳糖の甘みとグラニュー糖の直接的な甘さが絶妙に調和して癖になる。

 4枚切りの分厚さが活かされた、最高の朝食。

 ○○はものの5分で平らげ、ごちそうさまと伝える。

「お粗末さまでした」

 ほむらは手慣れた手つきで食器を片付け、皿洗いを始める。

 水道から水が流れる音を聞きながら壁に掛けてあるカレンダーへ目を向ける。

 ──今日は、土曜。

 ここ2週間は、学校の時もプライベートの時もほむらと付きっきりの生活を送っていた。

 たまには、一人になりたい。

 そう思い、○○はほむらの背中に声をかけようとしたその時。

「今日は、夜までまどかの様子を見なければいけないの」

 願ってもない機会だった。

 ほむらの目的である『鹿目まどかを契約させない』、このことは事前に教えられていたため、○○はほむらが鹿目まどかへ執着するのには何の疑念も抱かない。

 分かった、と返事をすると、水の流れる音が止まる。

 ほむらはタオルで手の水気を拭き取り、○○へ近づいてひんやりとした右手を頬へ当てる。

「だから、逃げようなんて考えないことね」

 体温が、彼女の澱んだ瞳へと吸い込まれる感覚がした。

 

 午前9時30分。

 まだ朝食の余韻が残っているこの時間帯、○○は暇を持て余していた。

 学校の宿題は、前日の夜にほむらから催促される形でこなしており、部屋の掃除もその際にほむらがテキパキとこなしていたため、やることがない。

 ふと、窓の外を眺める。

 鳥の囀りが鮮明に聞こえ、太陽の光がカーテンの隙間から潜り込むように差し込む。

 たまには、ゲームセンターにでも行きたい。

 そう考えた○○はパジャマから私服に着替え、お気に入りのショルダーバッグを肩にかけて外出の準備を整える。

 そして玄関へ向かい、綺麗に揃えられた自分の靴を履き、鍵を開けてドアノブに手をかける。

『逃げようなんて考えないことね』

 ほむらの言葉が脳内で反復する。

 ──これはただの外出だ、逃げるわけじゃない。

 そう思い込み、扉を開ける。

 フレームを超えた瞬間、誰かに睨まれるような悪寒に背筋が凍りついたが、3歩進むとすぐに忘れてしまった。

 

 

 

 その頃、ほむらのポケットで携帯が振動し、画面を確認する。

『外出しました』

 その通知を見たほむらは小さく溜息をつき、追跡アプリを起動して片耳にだけイヤホンを付ける。

 その様子を見ていた鹿目まどかが、不安そうに問いかける。

「な、なにをしているの……? ほむらちゃん」

「○○が他の女に靡かないよう、管理をしているのよ」

 あまりにも重すぎる平然とした返答に、まどかは恐怖で目線を下げた。

「ほむらちゃん、こんなことするなんておかしいよ。だって……」

「私は至って正常よ、まどか」

 正義はすべて自分にあるかのような、澱んだ瞳でまどかを見つめた。

「彼は私たちとは違って、魔女が見えないの。いつ魔女に襲われるのか、魔女の口付けで操られて命を絶ってしまうのか分からない。だから私が1分……いえ、1秒単位で管理をしなければいけないほど、脆くて弱い存在なのよ」

「……○○くんは、納得してるの?」

「彼なら分かってくれるわ」

 会話の歯車が、最初から噛み合っていない。その致命的なズレは、まどかの恐怖心を煽るには十分すぎるものだった。まどかは震える拳を握りしめ、それでも必死に言葉を紡ぐ。

「ほむらちゃん……こんなこと、もうやめよう? ほむらちゃんと○○くんには、もっと──」

「まどか」

 冷酷な声が、まどかの言葉を鋭く遮る。

 表情には、まどかを救おうとすることなど微塵もなく、ただ目の前の邪魔者に対する深い憎悪だけが渦巻いていた。

「いくらあなたでも、私と彼の関係にこれ以上口を出すなら──」

 次の言葉を紡ごうとした瞬間、ほむらはハッと正気に戻った。

 自分が、何よりも大切だったはずのまどかに、明確な殺意を向けていたことに気づく。髪の毛が引きちぎれんばかりの握力で、ほむらは自身の頭を抱え込んだ。

「……ごめんなさい、まどか」

 恐る恐る顔を上げると、まどかの顔は完全に怯えきっためでほむらを見ていた。

 そこに、かつて自分を救ってくれた「友達」を見る眼差しはもうない。

 致命的な拒絶。その事実が、ほむらの胸を鋭く抉った。

「今日はもう、別れましょう」

 ほむらはまどかに背を向け、振り返ることなくその場を去った。

(もういいわ……今回のまどかも、私を認めてはくれない)

 絶望の底で、彼女の思考は『もう一人の依存先』へと完全に塗りつぶされていった。

 

「おかえりなさい、○○」

 玄関を開けた先に待っていたのは、恐ろしい形相の顔のほむら。

 時刻は午後3時、彼は夜まで帰ってこないと言うほむらの言葉を信じて昼過ぎまでゲームセンターを満喫したその期待は、一瞬で水泡に帰した。

「私の言葉、忘れたの?」

 ○○は、逃げたつもりはないと弁明するつもりだったが、「言い訳は聞きたくないわ」と、冷たく遮られる。

 ○○は、まどかはどうしたのかと尋ねる。

「……今回のまどかはもう、どうでも良くなったの」

 ほむらの口から、今までの自身の行いを否定する言葉が聞こえた。

 今の彼女にはもう、○○への執着しか残っていない。

「それよりも、約束を破った○○にはお仕置きが必要なようね」

 ほむらは○○の袖を掴み、魔法少女特有の超人的な力でベッドの上まで引きずりこみ、無理矢理に押し倒した。

「私が何も知らないと思っていたの?」

 ○○が何をしていたのか、彼女は淡々と説明する。

 ゲームセンターへ向かい、3時間20分12秒遊んでいたこと。

 そこで佐倉杏子と出会い、楽しげに会話をしていたこと。昼食を共にしたこと。杏子と一緒にいた時間は、2時間14分32秒であること。

 そこからショッピングモールへ向かい、美樹さやかと偶然出会ってCDの話で盛り上がっていたこと。会話時間は33分23秒。

「何もかも、筒抜けなのよ」

 ほむらの身体が光に包まれ、白と黒を基調とした魔法少女の姿へと変わる。彼女の左腕にある盾が、不気味な機械音を立てて回転を始めた。

 一瞬にして、世界から色彩が失われ、すべてが灰色に染まる。

 時間が止まったのだ。

 この空間では、○○とほむら以外、空気の分子さえも動いていない。

 ほむらは盾の隙間に手を入れ、ひとつの鉄製品を取り出した。

 洋梨のような奇妙な形状をした、中世の拷問器具。

「これからあなたを、これで痛めつけてあげる」

 彼女は自分の脚を○○の脚に絡ませ、右腕を完璧にホールドして逃げ道を塞ぐ。そして、その冷たい鉄の塊を、○○の口内へと無理やりねじ込んできた。

 頂部にあるネジを、彼女の手がゆっくりと回す。

 ギチギチ、と音を立てて、口腔の中で鉄の梨が四方に開いていく。肉が裂け、歯茎が圧迫される凄惨な痛みが脳を突き刺し、一瞬で彼の口内は血の味と苦痛に支配された。

「痛い? でも、私の心の方がもっと痛いのよ」

 自らの狂気を正当化するセリフを吐きながら、ほむらは恍惚とした表情でネジを締め続ける。叫ぶことすら許されない。意識が飛びそうなほどの激痛のなかで、○○は血を吐き出すことしかできなかった。

「ああ……なんて素晴らしいのかしら」

 ○○の苦悶の表情を見つめながら、ほむらはうっとりと涙を流した。

「時間が動けば、あなたはまた私の知らないところで他の女と笑い合う……そんなの、耐えられないわ。だから、ずっとこのままでいましょう?」

 彼女はネジを限界まで回しきった拷問器具から手を離し、血塗れの○○の頬を優しく撫でた。

「この灰色の世界なら、あなたを脅かすものは一切来ないわ。ねえ、永遠に二人だけで、この止まった1秒を繰り返しましょう?」

 二度と動き出すことのない灰色の部屋で、ほむらの愛に満ちた歪な笑い声だけが、いつまでも反復し続けていた。




自己完結。
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