二人は馬を轟交館の牧に入れ、山に入っていった。宣凱の右脚は不自由だが、歩くのに杖は必要ないようだ。器用に右脚をつっかえ棒のようにしながら山道を歩いていく。歩く速度も決して遅くはない。
「さて、晩飯にはありつけるのかな」
宣凱が呟いた。
「おい、宣凱、お前俺の飛礫に頼る気だろう」
顧大嫂(こだいそう)と西域を旅した時は、街道だけでなく山野も進んだ。そこで狩りや野営の仕方も学んだ。張朔の飛礫でも、よく獲物を獲った。
顧大嫂はただ三人に命令するだけで、何もしようとはしなかったことが、当時は腹立たしかったが、今思えばそれも優しさだと感じるようになった。旅を終えた三人は、まるで別人のように、生きるために必要な知識と技術が身についていた。
「鍋と米はある。最悪何もとれなくても飢えることはない。気負うことはないぞ、張朔」
「お前、だんだん呉用殿に似てきたな。きっとその内友を失くし孤独になるぞ」
宣凱が力なく笑った。その笑い声に、微かな哀しみが混じっているように、張朔には聞こえた。
しばらく山道を行くと、開けた場所に出た。眼下にはきれいな山並みが広がり、吹き抜けていく風が心地よかった。
「よし、ここに幕を張ろう」
宣凱が雑嚢から幕を取り出し、手慣れた手つきで縄を木に括り付け、幕を広げた。
張朔も胡床を二つだし、腰かけて水筒の水を飲んだ。
ふと、傍の木に目をやった。
張朔はおもむろに立ち上がり、木に近づいた。そして剣を抜くと、木の幹に突き刺した。
剣先が、大きな蛇の頭を貫いた。蛇の胴体が暴れ、剣と張朔の腕に絡みついてきたが、やがて動きは弱々しいものになった。張朔の佩いている剣は、船上で使うことを想定し、刃はいくらか短いが、切れ味は鋭い。
張朔は腰の小刀で素早く蛇の頭を落とすと、尾を枝に縛った。地面に血がしたたり落ちる。
「晩飯を獲ったぞ」
張朔が言うと、宣凱はこちらを一瞥し、
「なんだ、蛇か。蛇は骨が多いので嫌いだ」
幕を張り終えた宣凱は、ずっと景色を眺めている。
「薪を拾ってくる」
張朔はそう言って山に入っていった。
梁山泊が消滅して以来、初めて宣凱と会ったが、宣凱は想像以上に、気が参っている様だ。張朔は今まで通り、十三湊(とさみなと)と沙門島を結ぶ交易路を管理すればよかった。交易を妨害する旧南宋水軍も壊滅し、交易は今、何の問題も抱えてはいない。
しかし宣凱は簫炫材(しょうけんざい)と共に、轟交賈(ごうこうこ)の理想を追求し続けていたはずだ。それは金国に隠密に行わなければならず、並大抵の苦労ではないはずだ。
張朔は、簫炫材と会ったことはない。梁山泊の志は簫炫材に託されたといっても、宣凱はその運営に深く携わっている。宣凱の志は、まだ道半ばなのだ。
薪を拾いながら、張朔は視界の端に、兎を捕らえた。
張朔は腰の袋から礫を一つ取り出すと、兎に向け打った。飛礫は兎の頭に命中し、倒れた。
憂いさえなければ、こんな何気ないこと一つでも、きっと楽しいのだろう。
張朔は宣凱と再会し、呉用を思い出した。若いころは、田舎の塾の先生をしていたという。それが晁蓋(ちょうがい)に出会って、世直しの旗を掲げた。常に梁山泊の運営を考え、同志を集め兵を募り、策を練る。童貫によって一度は壊滅した梁山泊を再建し、見事童貫を討ち果たし、宋という国を倒した。
それは、ただ軍が強いだけでは到底不可能な事で、呉用という人間がいたから成し得たことだ。
しかし呉用は現場の人間と合わず、常に嫌われていた。所詮頭で考えた策だと揶揄されても、最後には呉用の思い描いたとおりになっていることも、少なからずあった。
その呉用にすべてを託された宣凱も、同じような苦悩があったに違いなかった。