「そのつもりならわざわざ梁山泊を無くしたりはしない。ただ胡土児(コトジ)の底知れない可能性が、どうしても必要な気がしてならないのだ」
「何のために」
「中華全ての民のために」
「梁山泊の志と同じ、というわけか?」
兎の肉が、香ばしいにおいを立てている。そろそろ陽が傾きかけ、涼しい風が吹いてきた。張朔は蛇と米の鍋を火にかけた。
「そういえば候真殿が張朔に頼みがあると、書簡を預かっている。中はまだ見ていない」
張朔は書簡を受け取ると、封を開けた。登州で魚がたくさんとれたので、干物にして青州で売りたい。帰りは泰山に登って景色を楽しみたい。という内容だった。
もちろんこれは符牒(暗号)で解読法は梁山泊に関わるものなら皆暗記している。
「梁山湖に小型船百艘を派遣してほしい。金水軍が全軍出港した翌日の夜、泳いできた千名を拾い上げ、南の交易路に乗せ小梁山へ送ってくれ、という内容だ。とんでもない要求だな」
それを聞いて、宣凱が微笑んだ。
「できそうか?」
「候真殿は今、何をしている?」
「わからん。羅辰殿が生きているかもしれないという話をした後、連絡がない」
「羅辰殿が?まさか」
「かなり確からしい。おそらくその件と関係あるかもしれない。何とかしてやってくれ。俺からも頼むよ」
張朔は、腕を組んで考えた。
「今度の戦で小型船は使うのか?」
「いや、中型船のみ百艘で臨む。金水軍の舷側の高い船、おそらくこの船が戦の肝となる。船の構造と金水軍の熟練度から推察すると、水戦は河になる。ならば大型船よりも中型船の機動力が活きるだろう。俺はあえて、白兵戦を挑み舷側の高い船を奪取する。それが困難な場合は侵入後、船底に火を放つ」
「危険ではないのか」
「狄成(てきせい)殿の率いていた赤手隊が百名ほど生き残っている。彼らが今、水軍兵に徹底的に船に乗り込み、船を制圧する調練を行っている。敵は舷側が高ければ白兵戦はないと思うだろう。その裏を突く。攻城戦で開くはずのない門が開けば、城を守るのが困難なのと一緒だ」
「なるほどな、水戦の予想水域は?」
「金水軍が海上から揚州を目指すとは考えにくい。梁山泊から五丈河がで開封府へ、汴河を南下して泗州へ出るはずだ。そこから楚州、揚州へと進む」
「そのあたりの水域は、梁山泊の交易でも頻繁に使っていたな」
「ああ、舟隠しも多い。中型船百艘くらいなら容易に隠せるだろう」
「分かった。水軍進発は陸軍より半月遅れと見ている。進軍の状況は逐次連絡する」
「白兵戦の調練はもう十分だろう。速やかに戦時の態勢をとらせることにするよ」
「小型船の件も頼む」
「それは何とかしよう。しばらく交易の事は忘れることにする」
「水軍の侵攻が止められれば、随分楽になるだろう。頼んだぞ」
「宣凱、俺からも致死軍に頼みたいことがある」
そう言うと張朔は筆箱を取り出して、さらさらと書簡をしたためた。
「これを候真殿に」
宣凱は頷くと、書簡を懐に入れた。
「さて、今度の戦だが、勝算はあるのか?」
張朔は、単刀直入に言った。
「正直分からない。今一つ慎思、阿列の力量が測れない。手ごわい相手なのは確かなのだが。海陵王も兀朮(ウジュ)亡きあと、随分分別が着くようになったと思う。以前はなりふり構わず軍を動かしていたが、今はしっかりと戦略に則った軍の運用をしている。よほど信の置ける幕僚がいるのだろう」
「梁山泊は、騎馬隊だけで臨むのか?」
「慎思の奇襲に失敗した以上、戦略は練り直す必要がある。今、金軍は整然と隊列を組んで進行している。その軍を崩すのに歩兵は必要だろう。いま高亮将軍に歩兵一万を編成、調練してもらっている」
「一万か。それに騎馬隊が五千。いささか心もとない気がするが」
「今動員できる兵の限界だ。梁山泊は常に寡兵で大軍に当たってきた伝統がある。その力を信じるしかあるまい」
宣凱は立ち上がり、眼下の景色に目をやった。
夕日が沈もうとしている。その光が眼下の山々に映え、けものの鳴き声や風と共に、宣凱の身体に飛び込んでくる。それがなんとも心地よかった。
しかし宣凱の心に、さざ波が立っては、消えた。
「飯ができたぞ」
背後から、張朔の声が聞こえてきた。