胡の地より   作:遼心

105 / 105
梁山泊という領土は無くなったが、軍や指揮官がいなくなったわけではない。致死軍も陰で活動している。張朔と宣凱は持てる力を全て使い、海陵王の野望を阻止するために、知を絞る。


第百四話 頼み

「そのつもりならわざわざ梁山泊を無くしたりはしない。ただ胡土児(コトジ)の底知れない可能性が、どうしても必要な気がしてならないのだ」

「何のために」

「中華全ての民のために」

「梁山泊の志と同じ、というわけか?」

 兎の肉が、香ばしいにおいを立てている。そろそろ陽が傾きかけ、涼しい風が吹いてきた。張朔は蛇と米の鍋を火にかけた。

「そういえば候真殿が張朔に頼みがあると、書簡を預かっている。中はまだ見ていない」

 張朔は書簡を受け取ると、封を開けた。登州で魚がたくさんとれたので、干物にして青州で売りたい。帰りは泰山に登って景色を楽しみたい。という内容だった。

 もちろんこれは符牒(暗号)で解読法は梁山泊に関わるものなら皆暗記している。

「梁山湖に小型船百艘を派遣してほしい。金水軍が全軍出港した翌日の夜、泳いできた千名を拾い上げ、南の交易路に乗せ小梁山へ送ってくれ、という内容だ。とんでもない要求だな」

 それを聞いて、宣凱が微笑んだ。

「できそうか?」

「候真殿は今、何をしている?」

「わからん。羅辰殿が生きているかもしれないという話をした後、連絡がない」

「羅辰殿が?まさか」

「かなり確からしい。おそらくその件と関係あるかもしれない。何とかしてやってくれ。俺からも頼むよ」

 張朔は、腕を組んで考えた。

「今度の戦で小型船は使うのか?」

「いや、中型船のみ百艘で臨む。金水軍の舷側の高い船、おそらくこの船が戦の肝となる。船の構造と金水軍の熟練度から推察すると、水戦は河になる。ならば大型船よりも中型船の機動力が活きるだろう。俺はあえて、白兵戦を挑み舷側の高い船を奪取する。それが困難な場合は侵入後、船底に火を放つ」

「危険ではないのか」

「狄成(てきせい)殿の率いていた赤手隊が百名ほど生き残っている。彼らが今、水軍兵に徹底的に船に乗り込み、船を制圧する調練を行っている。敵は舷側が高ければ白兵戦はないと思うだろう。その裏を突く。攻城戦で開くはずのない門が開けば、城を守るのが困難なのと一緒だ」

「なるほどな、水戦の予想水域は?」

「金水軍が海上から揚州を目指すとは考えにくい。梁山泊から五丈河がで開封府へ、汴河を南下して泗州へ出るはずだ。そこから楚州、揚州へと進む」

「そのあたりの水域は、梁山泊の交易でも頻繁に使っていたな」

「ああ、舟隠しも多い。中型船百艘くらいなら容易に隠せるだろう」

「分かった。水軍進発は陸軍より半月遅れと見ている。進軍の状況は逐次連絡する」

「白兵戦の調練はもう十分だろう。速やかに戦時の態勢をとらせることにするよ」

「小型船の件も頼む」

「それは何とかしよう。しばらく交易の事は忘れることにする」

「水軍の侵攻が止められれば、随分楽になるだろう。頼んだぞ」

「宣凱、俺からも致死軍に頼みたいことがある」

 そう言うと張朔は筆箱を取り出して、さらさらと書簡をしたためた。

「これを候真殿に」

 宣凱は頷くと、書簡を懐に入れた。 

「さて、今度の戦だが、勝算はあるのか?」

 張朔は、単刀直入に言った。

「正直分からない。今一つ慎思、阿列の力量が測れない。手ごわい相手なのは確かなのだが。海陵王も兀朮(ウジュ)亡きあと、随分分別が着くようになったと思う。以前はなりふり構わず軍を動かしていたが、今はしっかりと戦略に則った軍の運用をしている。よほど信の置ける幕僚がいるのだろう」

「梁山泊は、騎馬隊だけで臨むのか?」

「慎思の奇襲に失敗した以上、戦略は練り直す必要がある。今、金軍は整然と隊列を組んで進行している。その軍を崩すのに歩兵は必要だろう。いま高亮将軍に歩兵一万を編成、調練してもらっている」

「一万か。それに騎馬隊が五千。いささか心もとない気がするが」

「今動員できる兵の限界だ。梁山泊は常に寡兵で大軍に当たってきた伝統がある。その力を信じるしかあるまい」

 宣凱は立ち上がり、眼下の景色に目をやった。

 夕日が沈もうとしている。その光が眼下の山々に映え、けものの鳴き声や風と共に、宣凱の身体に飛び込んでくる。それがなんとも心地よかった。

 しかし宣凱の心に、さざ波が立っては、消えた。

「飯ができたぞ」

 背後から、張朔の声が聞こえてきた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。