胡の地より   作:遼心

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海陵王の軍に、胡土児に一切の怯懦はなかった。胡土児についてこようとする候真。その言には、なにか思惑を感じる。それは自由に生きようとする胡土児とは、相容れないものだった。


第十話 武人の本懐と業(ごう)

 翌朝、四人は森を引き返した。結局、昨晩兵は現れず、穏やかな朝を迎えた。並足で、はたから見たらのんびり散策した帰りにでも見えるだろう。

「候真、何故ついてくる。お前が一緒に来ることはあるまい」

「俺はただの見物だ。気にするな」

「海陵王に捕まったらお前も斬られるぞ」

「あんなぼんくらに俺が捕まるものか。ま、昨日食った肉の分くらいは手助けしてやってもいいがな。しかし朝飯に食ったあの腸詰はうまかった。あんな料理初めてだ」

「北の猟師飯めしだ。戦の前に食うと血がたぎる」

「俺は都で生まれて港町で育ったんで、あんな肉の食い方は知らん」

 胡土児(コトジ)は候真を振り切るつもりで歩いたが、さすがにぴたりとついてきた。

「お前たちの馬はさすがに目立つんで隠しておいたぞ。こっちだ。おっと、俺も馬できたが、遠回りして蹄の跡あとは残してないからな」

 候真が茂みに入っていった。

 胡土児は今一つ、候真と馴染めない感覚を覚えた。友と呼ぶには違和感のある、言葉にできない何かがある。以前は敵同士だった蒙古族の徒空とは、戦場で幾度か対立したが、友と呼んでいいと思えたのだ。徒空というのは、胡土児がつけた名だった。蕭尤(しょうゆう)と耶律哥(やりつか)は友というより、家族のようなものだと思っている。

 茂みに隠されていた馬を見つけると、胡土児はまず馬の身体を丁寧に拭ぐった。蕭尤と耶律哥も同じことをしている。馬に乗ると一気に森を駆け抜けた。

 森を抜けた胡土児達を迎えたのは、果てしない大地だった。しかし見渡すと、そこここでなにやら気配がする。近くを大勢が移動しているのは間違いない。

「どうやらまだ見つかっていないようだな。胡土児、どこへ向かうつもりだ」

「北の蒙古領へは行けまい、ならまず中華を目指す。金領に入ることになるが、城郭に辿り着けば、人に紛れることもできるかもしれん」

「ならまず、南西の黄河流域、沙谷津(さこくしん)へ向かえ。城郭といっても燕京や会寧府には向かえまい。沙谷津は西域の交易拠点だ。元梁山泊の人間がまだ警護の軍を率いて差配しているはずだ。金国の影響も少ない」

「候真、いいかげんにしろ」

 胡土児が言い放ち馬を止め、候真を睨みつけた。候真は続く言葉を飲み込み、胡土児をじっと見つめた。

「俺がいつから梁山泊の人間になった。海陵王の事や斜律里の書簡を携えてきてくれたことには礼を言う。しかし俺のゆく道は俺が決める。たとえそれが行き止まりでも、俺は後悔はしない。戦って果てるなら武人として本望だ。他人の世話になってまで生き延びて何になる。お前は梁山泊の亡霊に取りつかれて、ちょっと俺にちょっかいを出しただけだ。分かったらここで去ね」

 しばらく場を沈黙が支配した。そこを、風だけが吹き抜ける。

「分かった。ならば俺は去る。しかし胡土児、お前は自分が背負った業をまだ理解していない。吹毛剣を継いだ者が、自由気ままに生きられると思うな。中華はこれからまた混迷を極める。胡土児、お前はきっと、どこかでお前を求める声を聴くだろう。しかし志の意味を未だ知らぬお前は、いずれその剣に、人でないものにされるぞ。それだけは覚えておいてくれ」

 胡土児はしばらく返す言葉が見つからなかった。候真が馬首を返す。

「わかった候真。もしこの場を切り抜けたら、沙谷津に行ってやろう。俺の業とやらが何なのか、見せてみろ」

 候真は振り返らず、駆け去っていった。

 

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