「いつの間にか気を失ったらしく、気付いたら目の前に、涙を浮かべた秦容の顔があった。兵を動員して、かなり大規模に捜索したらしい。そして俺は、秦容と共に小梁山に行くことになった」
「小梁山は秦容殿が南方に築いた、交易の拠点でしたね」
「ああ、今は交易の拠点どころか、現地の人も移り住むようになり、五万人を超える大きな街になった。今も人は増え続け、いずれ十万人を超えるだろう」
「北の地で育った俺は、南の熱さは想像できません。きっと音を上げると思います」
胡土児(コトジ)が笑った。胡土児はここにきて、すっかり人が変わったようだ。最初に会ったときはどこか投げやりで、近寄りがたい雰囲気があった。今はこうやって語り合うことも好むようになった。
「俺は小梁山で一人の民として暮らすうちに、正気を取り戻していった。人としての営みがそうさせたと思っている」
「人としての営み」
「そこに勝ち負けはない。人がただ、生きるために皆と協力し合い、力を尽くすだけだ。それは当たり前のことだが、俺にとっては新鮮だった。俺は初めて生きる喜びというものを知った」
「梁山泊軍総帥という立場では、気付けなかったことなのですね」
「そうだ、胡土児。人は勝ち負けだけを追い求めて、生きてはならんのだ。だからお前の言う、王進殿の武が、勝ち負けではないというのも、何となくわかる」
「それでも俺は、何かのために強くなろうとしています。強くならねばならない、とも思うのです」
胡土児は、少しうつむいて言った。
「それでいいのだ、胡土児。何のために強くなるのか、それはその想いで長年修練を重ねた後に、自然に答えが出ているものなのではないのか?」
胡土児が黙って頷いた。
「胡土児、お前作物を育てた経験は?」
「いえ。もっぱら森のけものを狩ってました。それが楽しくもあったので」
「けものを追う、それは外に気を発することだ。農作業は、気を内に向ける」
それを聞いて胡土児ははっとした。秦容との鍛錬はまさにそれだったのだ。武とは相手を制することと思い、どう攻めるかばかり追い求めてきた。秦容の武は、己の限界を見極め常にそれを越えようとするもの。内と外、どちらも大切なことなのだ。
「また機会があれば農事に従事してみるといい。粘り強く物事を捉えられるようになる」
そういっって微笑んだ呼延凌の気が、陽の光のように輝いて見えた。
その時、一人の兵士が駆け寄ってきた。宣凱が轟交館で待っていると言い、一礼して去っていった。
「行こう、胡土児。戦は近いぞ」
呼延凌と胡土児は立ち上がり、馬に飛び乗った。