胡土児(コトジ)が轟交館の牧に戻ると、玄旗隊の二百騎が、丁度調練から戻るところだった。玄旗隊の調練は耶律哥(やりつか)と蕭尤(しょうゆう)に任せてある。連日呼延凌の騎馬隊と馬を責めていた。
内腿だけで馬に意思を伝える乗り方は、玄旗隊の全員が習得し、動きは見違えるように速くなった。足腰の鍛錬にもなっているようで、馬を降りた時の動きも機敏だ。
胡土児を認めて、蕭尤と耶律哥が報告に来る。そして「玄」の旗を力強く掲げる騎馬武者が、一騎。
「巨骨、旗を掲げる姿も様になってきたな」
巨骨はじっと、胡土児を見つめてきた。表情は相変わらずあまり変わらない。
巨骨は孔最が華州を制圧した後、梁山泊側へ合流してきた。一度宣凱が華州へ行き、孔最と会ってきたという。
その時、孔最が巨骨をこちらへ伴うよう懇願したそうだ。宣凱は快諾し、迷わず玄旗隊に配属した。
胡土児はしばらく巨骨と調練をして、巨骨が戦闘に向かない性格だと判断した。もちろん膂力はすさまじく、巨骨に敵うものは玄旗隊にはいない。
しかし拳ひとつ、剣の一振り一振りに、どこか哀しみが宿っている。そんな巨骨に兵になれというのも、酷な話だった。
しかし巨骨が、軍や戦に身を置きたがっているのを、痛いほど感じられた。
巨骨の眼に宿る哀しみ。それがどこから来るものなのかは分からないが、胡土児は玄旗隊の旗を持たせることにした。騎馬隊にとって旗は誇り。戦場で一度掲げれば、何があっても下ろすわけにはいかない。その誇りが、巨骨にどう影響するか、やってみるしかなかった。
武とは不思議なものだ。それぞれが、それぞれの想いで武器を手に取る。勝利や栄誉のため、出世のため、友のため、あるいは憎しみや欲望のため。どれも人らしいと胡土児は思っていた。孔最もそうだ。民のために命をかけて華州を奪った。
しかし巨骨だけは、そのどれとも違う何かが、確かにある。それが何か、知り得たところで胡土児に理解できるものでは、きっとないのだろう。しかし、玄旗隊での生活が、少しでも巨骨の癒しになれればいい。それでいいはずだ。
玄旗隊が馬の手入れを始めると、宣凱と秦容が近づいてきた。そしてたくさんの薪を抱えている。
「胡土児殿、今日はここで話をしましょう。食事もここで作りながら」
宣凱が笑顔で言った。秦容があきれたような顔をしている。
「胡土児、何とか言ってくれよ。宣凱は熊に襲われておかしくなっちまった。やたら外で飯を食いたがるし、日本刀ばっか振ってやがる」
秦容が、抱えていた大量の薪を下ろしながら言った。後ろから同じように呼延凌も薪を抱えてやってきた。